九十九藍空の場合
「大丈夫七海さん?」
「あ、うん。
ありがとう九十九君」
笑顔で返す七海さんにほっと息をつく。
彼女が男性が苦手だと双子の妹に聞かされたのは同窓会1週間前の事だ。
行く気のなかった同窓会に七海さんが参加すると聞いて、僕がやっぱり行くと言った時、藍那は少し苦い顔であのね、と切り出した。
「(でも、こうして普通に話してくれてるって事は、少しだけ期待しても良いのかな…)」
中学時代、まだ七海さんが普通に男子と話せていた頃、何度か僕は彼女に助けてもらった事があった。
今思えば、彼女を意識し始めたのは、その時から。
「(期待しても良いと思うけど、正直男として見られてない気がする…)」
さっきも、「七海さんに会いたかったから」という意味で言ったのに、全く気付いた様子はなかった。
自分の中性的な容姿も相俟って落ち込む。
「ごめんね、僕のせいで七海さんにまで迷惑かけちゃって」
「え、何で九十九君が謝るの。
九十九君悪くないじゃない」
「いや、でも、」
「気にしないで。
私が好きで間に入ったんだから」
ふわりと笑う。
ああ、本当に昔から女神みたいだ…!!
思わず「好きです」と口が滑りそうになって、必死にそれを堪え、「ありがとう」と笑った。
他の同級生もいる前で彼女を困らせたくないし、僕もフラれたくない。
「――――馬鹿にしないでよ…!!」
不意に、藍那の声が聞こえた。
近くにいた僕たちくらいにしか聞こえなかっただろうけど、確かに藍那の声は泣きそうで、必死に押し殺していて。
「藍那!!」
泣きそうな顔で、会場を抜けていった。
猫被りの藍那が僕たち以外がいる場所で素を出すなんて、一体何があったのだろう。
彼女と話していたのは、悠哉だったはずだ。
その悠哉はと言えば、藍那の走り去った方を見つめて首を傾げ、
「俺何か悪い事言ったか…?」
「何か言ったからこうなってるんでしょ…
私藍那のところ行ってくるよ」
「七海さん僕も行こうか?」
「女同士の方が藍那も落ち着くと思うから」
それもそうかと納得する。
いくら兄妹でも、言いたくない事はあるだろう。
「ごめんね七海さん。
藍那の事頼むよ」
「任せて任せて。
すぐに藍那と一緒に戻って来るから」
あの頃と変わらない頼もしさ。
僕も七海さんのような人になりたかったよ。