七海遥香の場合
「久しぶり七海さん」
「久しぶりー九十九君」
にへらと笑って答える。
不思議な事に、男性が苦手な遥香も何故か藍空だけは昔から普通に会話が出来ていた。
「(会社の人とだって普通に話せるようになったのは20歳過ぎてからだし…
藍那と同じ顔だから警戒しないのかなあ…)」
藍空は藍那と良く似て綺麗な顔立ちをしているが、どちらかと言えば中性的だ。
男として、意識していないのかもしれない。
「七海さん仕事は大丈夫?
結構忙しそうって藍那に聞いたけど」
「あ、うん。
土曜日は早く終われる日だから。
今日の分の仕事は大分前からスケジュール調整してたし。
九十九君も忙しいんでしょ?
最初は来ないって聞いてたし」
「え、あ、いや、その…
七海さんが仕事忙しいって聞いて、もしかしたら今日も来れないんじゃないかって思ってたから。
ここ最近もそうだけど、会う機会なんて随分減っちゃったからさ」
「4人で集まるのでさえ久しぶりだもんねぇ」
「あはは、そうだね」
「あっれー、もしかしなくても九十九かー?」
呂律の回っていない呼び声。
話しかけてきた青年はもう酔っているのかニヤニヤと下品に笑い、彼を見た藍空はぐっと眉間に皺を寄せた。
「…久しぶり、安田君」
「何だよお前ー来てたんなら言えよなー。
にしてもお前偉くなったよなあ。
昔は俺に虐められて泣いてた奴が、今じゃ将来有望なインテリアデザイナーだっけ?
色々話聞かせてくれよ九十九ー」
彼の名前を聞いて遥香が思い出したのは、中学時代の藍空への虐めの事。
九十九藍空という珍しい名前、女性のように綺麗な顔立ち、気の強い美人の双子の妹。
何が気に入らなかったのかは今でも分からないが、藍空への虐めの主犯格はいつもこの安田という男だった。
「いや、僕は…」
「安田君、向こうで委員長が呼んでるみたいだけど」
そして、いつもそれを庇っていたのが誰でもない、遥香だ。
中学の頃は特に男が苦手でもなかったし、遥香自身、そういった事が大嫌いな性格だったから、見かければ庇う事は出来た。
だが、今は、
「んあー?
七海…か?
昔はただうるせぇ奴と思ってたけど、中々良い女になったじゃん。
そんな奴放っといてこっち来いよ。
酌してくんねぇ七海」
「ッ…」
微かに震える手は、誰にも見せてたまるかと拳にして隠した。
「ほら、来いよ」
安田の手が、伸ばされる。
「――――悪いけど安田君、七海さんは僕との話の途中だから」
その手を止めたのは、藍空だった。
「ああ?
何だよ九十九、お前俺の邪魔すんのか?」
「…止めとけよ安田。
今の藍空の事が気に入らねぇなら態々絡みに来るんじゃねぇよ」
冷ややかな声と周囲の空気を感じ取り、安田は「んだよ、ただの冗談じゃねぇか」と捨て台詞を吐いてその場から立ち去った。
「大丈夫七海さん?」
「あ、うん。
ありがとう九十九君」
良かったと笑う藍空に、先程の面影は一切ない。
「(初めて九十九君が男の人に見えた…)」
ドキドキと、心臓が高鳴った。