pareidolia
ちょうど3年前くらいだったかな。サークルの友達が「夏休みに彼女と盛り上がりたいから怖い映画教えて」って頼んできたんだ。俺はその当時地元の小さなレンタルビデオショップでバイトしてて。デカイチェーン店とかじゃなくて、個人がやってるようなこじんまりしたやつ。
それで、友達に頼まれたのはいいけど、俺ぶっちゃけホラーなんて怖くて見たことなかったんだ。しょうがないからそこの店長に事情説明して、「一番怖いホラーってどれですか?」って聞いてみることにした。
そこの店長っていうのが所謂「映画オタク」で、年間数百本は映画見てるような人なんだ。ちょっと小難しそうな髭面のおっさんなんだけどさ。映画の話をすると止まんないんだろうな…もう忘れたけど客がいない時にその友達の相談を話したら色んなホラー映画のあらすじや「ホラー論」みたいなのをキラキラした目で延々語られて…んで、奥に引っ込んだと思ったら、一本のビデオテープ持ってきてくれたんだ。
「このビデオなら間違いない」って自信満々の笑顔で。分かるか? 今時VHSだぞ? 大学生がそんな旧石器時代の再生機器なんて持ってねーよ。
って断ろうと思ったけど、店長があんまりにも勧めてくるし、断るのも悪いから借りてったわけ。タイトルは「人形の家」。これだけ。一見普通のテープだったけど、今思い出すと、ケースに模様入りのシールみたいなのが貼られてたな。もしかしたらあれ、御札だったのかも。
そのあと友達に店長から借りたビデオテープのこと話したら、「是非貸してくれ」って言うんだ。何でも彼女の親父さんが特撮マニアで、古いVHSでも再生できる機器持ってんだと。彼女の家にいく好日にもなるし、友達はむしろ大喜びしてた。
それで大学が夏休みになって、しばらくその友達ともあってなかったんだけど。2週間くらいたってから店長に「あのビデオどうなった?」って催促されて、遊びついでに友達の家に取りに行くことにしたんだよ。その友達は大学の近くで一人暮らししててさ。だけどいくら連絡入れても出ないから、流石にちょっと俺もそこで不審に思った。
で友達の家について呼び鈴鳴らしたら、ぎぃ…ってドアが開いた。俺電気とか消えてててっきりいないと思ってたから、マジで驚いてさ。でもそれ以上に驚いたのが、その友達の顔な。げっそりやつれてて、目の下にクマはできてるしなんつーか健康な人間の肌の色じゃなくなってたんだよ。ちょっとどす黒く変色してて…とにかく休み前の面影は全く無くなってた。勿論俺は仰天して、正直その場から逃げようか迷った。そしたらソイツが蚊の鳴くような声で「助けて…」って言うんだよ。
もう俺も訳わかんなくて「どうした?」って聞いたら。
どうもどの友達が言うには、「ビデオには本物が映ってて、それをみた次の日から良くないことが次々と起こるようになった」らしい。その「本物」が友達を付け狙ってくるのだと。そのあまりの怖さにノイローゼになった友達がビデオを持ってお祓いに行ったら、寺の住職から「それを持って中に入るな!」と真っ赤な顔で怒鳴られたらしい。部屋ん中で話してる時も、友達は夏だってのに毛布に包まってガタガタ震えてた。で、例のビデオだけど「お前が余計なもんもってきたせいで」って散々イヤミ言われながら投げつけるように返されたよ。自分で貸してって言っといて、それはないよな。だけど俺もまさかそのビデオがそんな恐ろしいもんとは聞いてなかったから、もうおっかなびっくりでさ。爆弾抱えるような気分で、急いで店に直行した。んでカウンターで暇そうにしてる店長に「なんてもん貸すんですか!」って怒鳴ってやったんだ。
そしたら店長がさ、「わりいわりい、この間貸したあのビデオ、タイトル間違えた」って笑って言うんだ。勿論俺はちんぷんかんぷんよ。「最恐のホラーを貸し出すつもりが、幼児向けの人形劇だった」っていう訳。確かにタイトルは「人形の家」だけどさ。しばらく二人で店の中で固まってたね。
そのあと俺は嫌だったんだけど。店長に友達の事情説明して中身一緒に確かめたわけ。
そしたらそこに映ってたのは…確かに映像は古いけど、ちゃんとした幼児向けの人形劇だったんだよ。途中映像が切り替わって怖い映像になったなんてこともないし、アイツが言ってた「本物」ってのがどれのことなのか店長と何度も確認したけど結局分からず終い。店長も俺も、「もしかしたら本物の…?」なんて思ってたから、拍子抜けだった。
だけど本当に驚いたのは、そのあと友達が狂ったようになっちゃって、どこかの病院に入院しちゃったことだな。勿論俺はあのあと何度もアイツん家にお見舞いに行って、「俺も店長もみたけど何にも写ってなかった」って説明したんだけど、アイツは頑なに「あれは本物だ」って言い張って聞かなかった。12分30秒付近の背景に~…なんて言ってたけど、店で確認してもやっぱり何も写ってないんだよ。よく見たら人の顔に見えなくもないな、ってシミみたいなのはあったけど、古いテープなんだしそんなのよくあるじゃん。大体本当に呪いのビデオなら、俺も店長も、一緒に見たっていう友達の彼女もとっくに呪われてるはずだしな。因みに彼女ならおかしくなったアイツに愛想尽かして、今働いてる会社の同僚と婚約してるってよ。
結局アイツは「本物」が写りこんでるって思い込んで、「自分は呪われてる」って自分に言い聞かせて、戻れないとこまで落ちてしまったんだと思う。病院に一度会いに行った時には、もう焦点もあってなくてさ。俺の方すら見ないの。その顔ったら、まるで人形みたいに無表情で、多分俺の思い込みかもしれないけど、生きた人間って感じがしなかったね。