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伍幕 チャットソフトにて 上

 小夏さんとの邂逅を済ませ、狐子の半透明状態……希薄化が治った僕らは家路についていた。もう暗いから、外に出歩いている人は僕たちぐらいのものだ。


「しかし……アレな方だったね」

「わしもよく今まで友人関係を続けてきたと思っておる。久しぶりに会ってそれを再認識した……やれやれ」


 まあ、あれは小夏さんなりの愛情表現なんだろうけど……それにしたって行きすぎだと思う。警察に見つかったら間違いなく逮捕物だ。


「それにしても、このメガネってなんなんだろう。かけた感じ、度は入ってないみたいだけど……」


 神社を立ち去ろうとしたとき、小夏さんに呼び止められ、渡された物なんだけど……ちなみに、巫女服の袖の下から出していた。


「ふむ……まあ、大方予想はつくが…貸してみるがよい」


 狐子の言葉にうなずいて渡す。


「……うむ、やはりな。これはつけている人間の霊感を疑似的にあげる眼鏡じゃ。まあ、付け続けていれば本当に霊感が身につく可能性もあるがな。小夏なりに、霊感なしには見えぬほど低級の霊体と戦う可能性もあると考えてこれを渡したのじゃろう。もっとも、そんなことをさせるほどそれほど長い付き合いにならぬようしたい物じゃ」

「寂しいこと言わないでほしいな…」

「はぁ……寂しいことも何も、事実じゃ。わしは覇王軍と戦うための流浪する神。それに対してぬしはなんじゃ? 神野家のように弱った神を保護する家の者ですらない。それがいつまでも共にいるなど、できるはずもない。まあ、ぬしが天寿をまっとうしたうえで神として生きることを決めるというのなら、そのうちまた会う事もあるじゃろう」

「そのうちって……何年後の話さ。百年? 二百年?」


 ため息交じりに話す狐子に、少しむっとなりながらそう返す。


「さて、な。まあ、そのうち別れの日は来る。それだけは覚えておくのじゃな」


 正面を見据えたままの狐子。その姿にどこか既視感を覚える……ああ、そう言えば紫織は少し不機嫌なときなんかに、こんなふうにしていたな。狐子の場合は……どうなのだろう。でも、それを思い出したことで狐子に対するちょっとした苛立ちのようなものはなくなっていた。


「……でも、僕、何も狐子に返せていない。二度もあの男から助けてもらったのに……」

「……一度目はぬしも助けてくれた。二度目は、わしらの責務とでもしておけ。事務的な事ゆえ、感謝の念など必要ない」


 やはり正面を見据えたまま話す狐子。顔は見えるけど、感情は分からない。


「だとしても、僕は狐子に何かを返したいよ。例え事務的なものだとしても、助けてもらったことは事実なんだから」

「ならば、せいぜい自分自身を守ってくれ。守るものは、一つでも少ないほうがやりやすい」


 相変わらず内心の分からない顔でそう言う狐子。でも、その瞳に若干感情が浮かんだことを感じた。これは……悲しみ?

 そうか。狐子は千年以上も神様として生きているんだもんな。小夏さんは、神は完全にして万能、全能にして無欠かもしれないと言っていたけれど、力に限界があるということもあわせて考えれば決してそうとは限らないのだろうと察しが付く。そして、守りたいものを守れなかったこともあったのだろうという事も……。


「……分かった。頑張るよ」


 自分に嫌気がさすな。狐子の兄ぶっておいて、守るもの……弱いものとして認識されているなんて。僕にあの男のような力があれば、違っていたのだろうけど……そう考えると、魂を売ってでも力を身につけたい。そんな思いが浮かんできた。

 でも、それすらも中途半端な覚悟に過ぎない。魂を売ったところで、生きている事実に変わりはない。小夏さんの言っていた、死という壁を越えて初めて見える境地にははるか遠い。死ぬ気で努力しようと、狐子を守るためには意味なんてないんだ。結果にはならない。本当に、死なないと……でも、今の僕にそこまでの覚悟はない。僕がそこまでしても狐子が喜ばないという事はいわれているし、それに……未練があるから。

 僕が死んで悲しむ人がいる。それは、少なくとも僕にとって死をためらう理由には十分だ。父さん、母さん。それに、仲の良いみんな……里奈さんに、双葉。礼尾に凛香先輩。少なくとも、このあたりは悲しむことだろう。

 どこまで行っても、僕は一般人だ。己の命を鴻毛のごとく扱うなんてできない。霊感だってないし、霊力とやらだって微々たるものだ。所詮人間の身で、神様を守ろうと思うこと自体が愚かな事なのだろうか……そんな、狐子を守る事をあきらめるような思いすら湧き上がる。


「……狐子。もしも、僕が術をかけてほしいって頼んだら、どうする?」


 そんな思いがつい言葉という形で漏れてしまう。


「ずいぶんな心境の変化じゃな。そうじゃな……迷うことなく術をかけ直すじゃろう。人間を巻き込んで共に戦うという事自体、規格外の事じゃからな。すべて忘れさせて、日常に戻し、守り続ける。式神の契約をなしていて、それによって幾分身体、霊的成長があると言えど、おぬしは人間にすぎぬのじゃからな」

「……そう、か……」


 いいじゃないか。すべて忘れて、狐子の事を何の迷いもなく妹だと呼んで、守っているつもりで日々を送るのも――そんな思いは、弱気の表れだろう。

 でも、狐子と影の男の戦う所を見たうえで強気になれていたほうがどうかしているのだ。どうしてあんなに饒舌になれたのか……弱気になった今では、不思議でならない。


「それで? ぬしはどうしたいのじゃ。術をかけるのは、まだ遅くないぞ」


 そんな言葉が、僕の弱気を助長する。


「……術が解けるのって、どういう状況?」

「わしが解こうと思うか……わしが消滅するか、じゃな。まあ、前者はぬしが天寿をまっとうし、わしと再会するときまでありえぬが」


 自然に解けることは無い。そう認識していいだろう。つまり、僕が生きているうちに狐子を神様だと思いだすのは、狐子が消滅――それは、生物で言う所の死を意味するだろう――を迎えた時だけ。

 そうなったら、僕はどうする? 守りたいと思った相手の事を投げ出して、全てを忘れて平和を謳歌していた自分を許せるか?

 ある日、狐子が消えてすべてを思い出した自分を想像する。そこには、後悔の念にさいなまれて泣き叫ぶ愚かで醜い男の姿があった。

 狐子ほどの存在が、僕が生きているうちに消えることを前提にした話。だけど、その前提は今は……狐子が弱り、影の男に狙われているという今を考えれば間違っていると言い切れない前提だ。いや、今の狐子なら本田やユキちゃんに消されることだってあり得る。それは、二人と対峙した時の言葉からも想像できる。

 さあ、考えろ、遠坂慎一。今のままではさっき想像した、愚かで醜い姿の男になる日はそう遠くないんだぞ。お前は、そんな男になりたいのか?

 そんな思いが、僕の弱気をかろうじて止めてくれる。


「……ごめん。ちょっと弱気になってただけ。僕に、術は必要ないよ」

「そうか……その言葉、今のところは信じておこう。じゃが、覚えておくがよい。今のままでは、ぬしはきっと後悔する。ああ、こんな世界の事、知らない方が良かった……とな」

「……後半は聞き流しておくよ」


 こんなふうに思いが行ったり来たりするのは、その思いがひらめき程度に過ぎないという証拠だろう。本当に守りたいと思うのなら、その思いを決意に……そして、覚悟に変えていかなくては。あの戦いに身を投じるには、覚悟ですら足りないくらいなのだから。


「今はよく分からないけど、ユキちゃんは僕が対応すべきらしいからね……せめて、ユキちゃんを正気に戻すくらいの事はしておきたいんだ」

「……まあ、小夏はあんなじゃが、真剣な表情で嘘を言ったことは無い。それがあそこまで言ったのじゃ。あの娘をぬしが受け持った方が良いのは、事実なのじゃろう」


 相変わらず静かに告げる狐子。


「それなら、なおさらだね……僕が、何とかしないと…」

「どうしようもないと判断したら、わしが手を下そう。ぬしにあの娘を殺せと命じるのは、あまりにも酷じゃからな……わしが始末する」

 ……始末する。なんて重い言葉だろう。だって、要は殺すという事だ。僕にそれが実行できるだろうか? 本田相手ならできるという気もするけれど、いざ実行できる状況になったら……ためらってしまうかもしれない。妹を殺した犯人だとわかっていても、だ。これが超自我というやつだろう。道徳的に人殺しを行ってはならない。その教えが僕の自我を抑え込んでいるのだ。


「狐子は……その行為に関してためらいは無いの?」

「……もう、とうに慣れた。生物を殺すのは、霊体を消すのと比べれば、どうという事はない。肉の器から放たれた霊体はやがて輪廻転生の輪に入るが、霊体を消すのはそれどころではない。本当に無にする……消滅させることなのじゃからな」


 失言だった。その言葉を聞いて思う。覇王軍が現れたのは最近の事でも、その前から悪神や悪魔は存在していた。そういった存在と戦うのが神ならば――少し考えれば分かる事だった。


「……ごめん。いやなこと言わせて」

「気にするな。これが初めてではない」


 その顔は無表情だけど、どこか悲しげで……たぶん、悪神や悪魔を消すことに慣れてしまった自分に対する悲しみなのだろうと感じた。いくら相手が悪事を犯す輩であっても、一つの命を消すことに変わりはないのだから……。


「そのような事より、周囲に対する警戒をしておくがよい。神社内ほど結界が強ければ悪神や悪魔のような不浄な存在は立ち寄ることもできぬが、外に出ればその限りではないのじゃぞ」


 そこで狐子はようやくこちらを見てくれた。けど、その顔は明らかに話題を変えたい、という顔だった。


「そうなんだ……分かった、気を付ける」


 僕だってこの話を続けたいわけじゃない。狐子の話に乗らせてもらおう。


「…………」

「…………」


 とはいえ、この話題はさっきの一言で終わってしまうようなものか……ちょっと気まずいし、何か他の話題を出したほうがいいかな……?


「……家が見えたな。そろそろ日常の話をする準備をしておけ。ご両親が帰ってきていたら、おそらくどこに行っていたのかくらいの事は言われるじゃろうから…二人で散歩をしていた、という事にでもしておこう」


 そう思ったところに狐子の言葉。家、か……ちょっと前に出たばかりのはずなのに、妙に懐かしく感じる。それだけ今までの常識とはかけ離れた世界に入っていたという事なのだろう。

「分かった……それじゃあ、開けるね。ただいまー」

「ただいまです!」


 家に入った途端に笑顔に、愛紗になる狐子。狐子としても、こんなにいい笑顔を浮かべることはあるのだろうか。それを、僕が見る日は来るのだろうか……そんなことを思いながらリビングへのドアを開ける。


「あら~。お帰り、しんちゃん、愛紗ちゃん。二人そろってお出かけだったのかしら~?」

「はいです! おにーちゃんとデートしてました!」

「あらあら~。しんちゃん、相手は小学生なんだから、えっちなことは良くないと思うわよ~?」

「いや、そこ真に受けるところじゃないし、そもそもデートでえっちなこと前提って何さ。いくら義理と言えど妹に手を出さないし、彼女ができたとしても、僕は結婚するまではこう……プリミティブな、健全なお付き合いをするよ? 二人で散歩してただけだよ」

「夜のお散歩~? 後ろに意味深を付けた途端にえっちなことの暗喩みたいになりそう…夜のお散歩・意味深……あらあら~」


 もうやだこの母親。何が何でもえっちなことに結び付けたいのか……? それと、母さんの中での僕のイメージが気になる。


「いろんなところを回っていたら暗くなっただけ。愛紗はこっちで暮らすことになるんだから、このあたりの事を知っておいた方がいいでしょう? 愛紗も利用しそうな場所の案内をしてたら、いつの間にかこんな時間になってたんだよ」

「そこまで言うなら、信じておくわ~。でも、あんまり必死になって言っていると、ただの言い訳みたいに見えてくるから、注意が必要よ~?」

「……怒っていいかな? 怒るところだよね?」

「だぁ~めぇ~……うふふ……」


 まったく、母さんは……若干の怒りを感じていると、袖をクイクイと引っ張られた。狐子? なんだろう。


「どうかした? 愛紗」


 狐子の方を見ると、なぜか若干涙目、上目使いでこちらを見ていた。あ、あれ? 何かまずい事でも言っただろうか……?


「おにーちゃん……わたしとデートしてるって思われたら、怒るですか……?」


 ああ、そういう意味ね。どうも、今後もお兄ちゃん大好きな妹という立ち位置を崩すつもりはないらしい。ある意味、崩してほしいんだけどな……その、いくら演技と分かっていても……照れるというか……。


「そういう事じゃないよ? ただ、母さんが言っていることがあまりにもおかしかっただけ。だから、僕は怒るよ、とか言ったんだ」


 それにしても、ずっと年上の、それも神様に対して子供にするように話すのは妙な気分だな……いや、それ言ったら妹だと思ってる、とかもおかしくなるからおいておこう。


「それじゃあ……これからもいっしょにおでかけしてくれますか?」

「もちろん。いっぱいデートしようね?」


 うわあああああ! 恥ずかしい! 絶対後で狐子にネタにされる! あと小夏さんに聞かれたら殺される! でも言ってしまった! だ、だって子供相手だったらこれくらい言ってもおかしくないかなって……。


「はいです! あの……いつか、大人のデートも教えてくれるとうれしいです!」


 はい!?


「あ、あはは……愛紗が大きくなってもそう思っていたら、教えてあげられるかもしれないね」


 否定しないと母さんが何か言うだろうけど、真っ向から否定したら子供の言う事を真剣に受け取りすぎと言われるかもしれない。ちょうどいいラインを考えて否定しなくては……。


「おにーちゃん、わたしの準備はいつだっていいんですよ? でも、あんまり待たせるおとこのこは嫌いになっちゃうかもです」


 ちょっとむくれて言う狐子。小夏さんが見ていたら『狐子かわいいいいいいいい!』とか言いそうだ。


「おませさんめー。でもだめ。大人のデートは大人になってからだよ。お酒がハタチになってからじゃないと飲んじゃいけないように、大人のデートだって大人になってからじゃないとだめだからね」


 それにしても、狐子はどうして大人のデートなんてことを言い出したんだろう……僕をからかいたいのか? そりゃまあ、これくらいじゃあ千年以上生きている神様だなんてわからないだろうけど……それにしたって、反応に困る。

 まあ、それくらいの遊び心があったほうがいい。遊び心があるなら、いつか狐子として笑ってくれる日が来ると思えるから。そう思って冷静に対応しよう……少なくとも、さっきまでよりは楽しんでくれていることだろうし。


「うふふ、二人とも楽しそうで何よりね~。さて、そろそろ夕ご飯にしましょうか~。衛二さんは、仕事が遅くなるそうだし、先に食べちゃいましょう」

「あ、そうなんだ……それじゃあ、そうしようか。愛紗も動いてお腹空いたでしょう?」

「ん~……言われてみれば、そうです。それに、ちょっぴりねむたいです……」

「それじゃあ、早くご飯を食べて、お風呂に入って寝ちゃおう」

「一緒にお風呂ですか!?」


 ……遊び心、だよな?


「一緒はちょっと無理かな~……傷にしみるとよくないだろうし……まあ、体を拭くくらいはするけど」

「それじゃあ、わたしがふいてあげますです! 全身ぴっかぴかです!」

「……うん、それじゃあ背中はお願いしようかな。背中は」


 大事な事なので二回言いました。このノリだと子供の無邪気さをいいことに前まで拭いてきそうだからね……そして小夏さんに抹殺される。誰よりも不健全な存在に不健全だとかそういう理由をつけられてひどい目にあわされる。たぶん。

「ふふふ、仲良くなったわね~。夜のお散歩・意味深には意味があったようね~」

「母さんはとりあえずその意味深って付けるのやめようか。それと、愛紗は座ってていいよ。疲れてるんだから、ゆっくりしていて」


 希薄化とやらは収まったようだけど、自分の存在がうつろになるほど力を使ったのなら疲労はあるはず。


「うう、おにーちゃんも同じ距離を歩いていたのに……」

「体格、年齢、性別。僕と愛紗ではいろんなことが違うからね。疲れだって違うものだよ。僕は平気だから心配しないで」


 実際、僕はミルクセーキ用の牛乳を買うためにちょっと走ったくらいだもんな。狐子と比べれば疲労は無いに等しいはずだ。そういえば、甘いミルクセーキが飲みたいというのは愛紗らしいかわいらしさの演出の為だろうか、それとも狐子の本心だろうか。


「それじゃあ、しんちゃんはこのお皿運んでおいてちょうだい。あとは私が運んじゃうから」

「これだけでいいの? なんか悪いね、気を使わせてるみたいで」

「普通気を使うわよ~。今日退院したばかりの怪我人相手なんだもの~」

「それもそうか。じゃあ、ありがたく気を使われておくよ」


 えっと、今日の夕飯は……レバニラ炒めかな? レバーは鉄分豊富。刺されて失血した僕には適している……と母さんは考えたのだろう。それが医学的にあっているかどうかは置いておくとして、その気遣いはありがたい。


「さて、今日はレバニラ炒めだけど、愛紗は食べられるかな? レバーってちょっと癖があるイメージだけど」

「びっくりしたんだけど、愛紗ちゃんは好き嫌いが無いのよ~。何でもおいしそうに食べてくれて……作っている側として嬉しいわ~」


 狐子だったら……たぶん、戦場では食べられるだけでありがたい、とか言うのかな? まあ、千年生きているのにピーマン嫌いとか言ったら……いや、それはそれでかわいいかもしれない……って、こんなこと考えるようじゃあ小夏さんに毒されているかな。あそこまで行く前に元に戻らないと…。


「そっか。愛紗はえらいね」

「えへへ……そうですか?」

「うん。僕が愛紗くらいの頃は結構好き嫌いがあったと思うよ。母さんに徹底的に直されたけど、ね……」


 ちらっと母さんの方を見る。嫌いな食べ物を無理やり食べさせられた時の一種の恐怖は今でも忘れていない。正直、母さんを怒らせる方が嫌いな食べ物を食べるより辛かったんだよね。母さん、普段おっとりしている反動からか怒るとすごく怖いんだ……。


「うふふ……好き嫌い言う子には、オシオキですよ~?」


 ほら、笑顔の裏からすさまじい黒さを感じるでしょう? 実際、過去にも……『うふふ、食べないなら無理にでも食べさせちゃいますよ~?』と言って母さんは僕の顔をつかんで……うう、これ以上は思い出したくない。


「……好き嫌いが無くて良かったです」


 その黒さを感じ取っているのか、苦笑しながらいう狐子。歴戦の神様すら苦笑させる黒さを放つ一般人って……。


「そうね~。愛紗ちゃんは、本当にえらいわ~」

「そんなにほめられるとてれますです…」

「そういう所、かわいいわよね~。さ、ご飯にしましょうか~。しんちゃんも座って?」


 母さんが席について、手を合わせる。母さんの黒さに気おされて過去の記憶にとらわれかけたけど、それで正気に戻る。


「う、うん。それじゃあ……」

「はい、それじゃあ……いただきます」

「いただきます」

「いただきますです!」


 レバーを口に入れて咀嚼する。うん、思っていたとおり少し癖はあるけれど、おいしい。母さんの味付けも僕好みでちょうど良いし……。


「やっぱり、ゆきえさんのお料理、おいしいです。わたしもこんなふうにお料理できたらなぁ……」

「何事も慣れよ~。これくらい、二十年以上料理を作り続けていれば、できるようになるわ」

「それじゃあ、おにーちゃんのお嫁さんになるまでお料理していたら、ゆきえさんみたいにお料理できるようになりますか?」

「もちろんよ~。愛に不可能はないのよ~?」

「あいに、ふかのうはない……ですか」


 ちらっとこちらを見る狐子。


「それじゃあ、わたしにできないことはありませんです!」

「あらあら~。しんちゃんったら、モテモテね~」

「モテモテっていうのは普通複数人の異性に好意を持たれている状況の事じゃない? 他に誰か僕を好きな人いたっけ?」


 頭の中に身の回りの女性を思い浮かべてみるけれど、狐子以外には双葉と里奈さんと凛香先輩くらい……でも、三人とも僕の事は友達としか思ってないだろうし……。


「しんちゃんは鈍感ね~。女ったらし~、女の敵~」

「いや、どういう意味さ!?」

「訳が分からないなら、余計よ~? やーいやーい……なんて、うふふ」


 もう……母さんは何が言いたいんだ。僕がもてた事なんてなかったし……。


「ライバルがおおいほど燃えます!」

「あらあら。愛紗ちゃんはなかなか熱いわねぇ」

「だって……おおぜいいる人たちのなかからたった一人、自分をえらんでもらえた時のよろこび……それは、ライバルがいないとえられない物ですから!」

「あらあら。愛紗ちゃんは、やっぱりおませさんねぇ」


 まあ、よく分からないけど、今はそれより食事を済ませるのが先だね。悪魔や悪神というのはよく分からないけど、本田とユキちゃんが攻め込んでくる可能性だってあるのだから、隙を見せる時間は短くしなくては。

 二人が話している間も食事を進める。母さんの作る料理はどれも僕好みの味付けでおいしかった。やっぱり家でのご飯が一番だね。


「ごちそうさまでした。自分の食器、片づけるね」

「あら~。早いわね。もういいの?」

「うん。そこまで動いたわけじゃないから、お腹あまり減ってないんだ」


 にこやかに言って食器を片付ける。二人はいろいろ話してたからまだ食べ途中のようだ。


「さて、と……」


 これから何をしようかな……訓練しようにも、ここでやるわけにはいかないし…今から神社に行くって言ったら物騒だからやめておけ、って言われるだろうし……うーん……。


「うーん……パソコンでもいじるかなぁ……」


 動画サイトをいろいろ見てみたり、チャットソフトでいろいろ話をしたり……うん、礼尾たちに退院した報告をしたいし、パソコンでもいじっていよう。


「じゃあ、上に行ってるから、なんかあったら呼んでよ」

「はいはい。ごゆっくり~」


 リビングを出て玄関の方へ。階段を上り、自室に入る。


「うーん……やっぱり自分の部屋が一番落ち着く。さて、と……」


 パソコンの前に座り、電源を入れる。里奈さんたち、インしてればいいんだけど……。

 ブゥ……ゥン。モニターが映る。パスワードを打ち込んでログインし、チャットソフトを起動する。


「お、いるいる……いつもの会議で話をするかな」

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