表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/42

捌幕 化物もどきはバケモノにはなれない 参

「狐子……ランドセル姿も似合ってるよ。でも、その恰好で遊園地に入るのは無理じゃない? 今日、平日だし……」


 こんな格好で入ろうとしたら、絶対係の人に止められる。


「気にするな、術で隠している。そういったことをせねば、この耳と尾はどう説明をつける?」

「……なるほど。本当に便利だね」


 結界なら小夏さんの姿を完全に隠すこともできていたし……もはや何でもありなのではないだろうか。


「しかし、ずいぶん人が少ないな…先日はこんなものではなかったというに」

「そりゃそうだよ。平日だし、ショーが始まるまでまだだいぶ時間あるし……」


 僕の記憶が確かなら、ショーが始まるのは午後一時からだったはず。ちなみに現在時刻は午前九時半ぐらい。大学の授業は始まっていることだろう。


「……里奈さん、心配してるかな……」


 思わずそんな呟きが出る。先に行ってほしいとは言ったけれど、授業に遅れるとまでは言っていない。里奈さんなら、何か心配しているのではないだろうか…。


「心配されて、怒られる程度で済ませるぞ。二人そろって学校をすっぽかしたと、幸衛殿、衛二殿に叱られる程度で……な」


 それは僕も狐子も生きて帰る、という強い意志の表れだと感じられた。


「そうだね。そうしたら……いろいろ、ゆっくり話そう。僕たちがそうすべきことを、ゆっくりと話すんだ」

「……ああ、そうじゃな」


 そう言うと、狐子は歩き出した。僕もその後ろを歩く。


「すいません、大人一人、子供一人お願いします」


 係員さんに声をかけて、入場券を買う。狐子は普通の人から見れば子どもだから、それで通してもらえた。もっとも、少しばかり変な目で見られはしたけれど。


「さてと……これからどうする? まだだいぶ時間あるよ?」

「そうじゃな……まあ、適当にぶらつくとしよう。地の利を得るのは悪くない」


 たしかに、ここの地図を頭の中に入れておけばいざという時にやくだつかもしれない。でも……。


「狐子、僕はあくまで平和的解決を望むからね」

「分かっておる。わしとて、このような場所ではやりにくい……」


 よかった、人を巻き込まない、というのは徹底してくれそうだな。だったら、対話で何とかなりそうならそれで済ませてくれるかもしれない。


「それじゃ、どこから回ろうか。小さな遊園地だからそこまで施設はないけど」

「遊びに来たわけではないのじゃが……ふむ、ぬしよ、あの、回っているもの……観覧車、と言ったか? あれにのってみぬか。一番上からならば大体の構造は見えるじゃろう」

「そうだね。それじゃあ、そうしようか」


 僕はこの遊園地の大体の構造は分かっている。けれど、最近は来ていなかったから何か新しいものができているかもしれない。それを確認するためにも、一緒に乗るのはありだろう。

 そう思って観覧車の近くの自販機で遊具券を二枚買う。


「いらっしゃいませ。ご姉妹ですか? ごゆっくりどうぞ!」


 ……女と間違えられるのも、ずいぶん久しぶりだ。でも先輩が里奈さんや双葉に見せていたあの本で僕は……いや、思いださないでおこう。おぞけや恐怖や吐き気がする。

 若干顔色が悪くなったような気がするけど、気にせず観覧車に乗りこむ。係員の人がドアを閉め、僕と狐子は徐々に上がっていく。


「姉妹、か……女性的な顔つきだとは思っていたが、よもや本当に女と間違えられるとはな」

「まあ、もう慣れたよ……」


 もう真面目に返すのにつかれる程度には女の人と間違えられたことはある。成人男性としては、そろそろかわいいよりもカッコイイを目指したいところだけど。


「しかし……人は面白いものを生み出すな」

「そんなに観覧車が気に入った?」

「それもあるが……遊具の数々じゃな。同じ回るものにしても、メリーゴーランドだの、コーヒーカップだのと様々じゃろう? わしには到底思いつかぬ。戦うことばかりじゃったからな……」


 そう言って眼下の遊園地を見つめる狐子の瞳は、愛しげで、それでいて切なげで……。


「これから遊ぶことも覚えればいいじゃないか。千年以上も人を守り続けてきてくれたんでしょう? それなら、ちょっとくらい休みをもらったって誰も怒らないさ」

「……そうじゃな。それがいつになるかわからぬが……こたびのことが片付いてから……いや、覇王がらみのことも片付けねばならぬな……」


 そうやって自分が休むのを先送りにしていては、また新たな問題が起きてその問題を解決したら……ってなりそうだけど、狐子のことだ。問題がない状況で初めて休む気になるだろう。


「僕はもっと強くならないといけないね……狐子の負担を引き受けられるくらいに」

「ぬしはもう十分強い。そう自分を追い込むな」


 その言葉は強く言い聞かせるようだった。この間言ってくれた通り、僕を人間でいさせたいからこその言葉なのだろう。


「天寿をまっとうしたら……僕も、狐子みたいに強い神様になれるのかな」

「ああ。ぬしは現段階で人間としては最高級。時を経てゆけば、それなりになるじゃろう」

「それなり、かぁ……」


 背もたれに思い切り寄りかかり、天を仰ぐ。

 それなりじゃ、駄目なんだ。それでは、狐子を守れない。

 それに、僕がこうした生活を送りだしたのだから、家族が、恋人が、友人が狙われるかもしれない。その人々を守るには、それなりの力じゃ、足りないんだ。


「そろそろ頂点じゃな……遊園地だけでなく、街並みもよく見える」


 その言葉に視線を外へと動かす。

 久しぶりに高い所から見る街並みは、そこまで変わってはいない。でも、細かいところを見ていくとけっこう変わっていて。


「懐かしいな……紫織が生きていたころ以来かな、観覧車に乗ったのなんて」


 紫織が死んで、僕の生活は大きく変わった。性格すら変わったかもしれない。

 でも。それでも、変わらないものはある。例えば、この街並みを見て、美しいと思う心のように。


「妹殿か……周りの口振りでは、ずいぶんしっかりしておられたようじゃが」

「うん、紫織は兄の僕よりよっぽどしっかり者だったよ。もしも今も生きていたら……きっと、立派な淑女になってたんじゃないかな。しっかりしすぎていて、他人に頼ることを知らないのがちょっとした欠点だったけど、ね」


 笑みを浮かべながら狐子に語る。


「そうか……素晴らしい妹殿だったのじゃな」

「うん。そういえば、神や魔って、みんな一度は死んでいる、幽霊って言うか、そんな感じなんだよね?」

「そうじゃな、幽霊というと違う気もするが……霊魂、という感じではあるやもしれぬ」

「それじゃあ、紫織も神や魔になっている可能性はあるのかな?」


 そう言うと、狐子は少し考えてからこう言った。


「その可能性はあるな。まあ、普通の人間ならばよほどのことがない限り輪廻、あるいは転生の道を選ぶとは思うが……」

「そっか……もう、紫織は紫織じゃない可能性の方が高いんだね?」

「うむ。どこかで別のだれかとして暮らしている、という可能性の方が大きい。日本人かもしれぬし、外国人かもしれぬ。この近辺にいるやもしれぬし、地球の裏側に暮らしているやもしれぬ。もしかしたらぬしに想いを寄せているやもしれぬし……と、まあ無数の可能性がある。一つ一つ考えていてはばかばかしくなるくらいにはな」


 そう言うと狐子は片目を閉じて笑った。


「まあ、幸せになってくれていることを祈るよ」


 だから、僕も笑ってそう返す。今、この時だけを見れば、緊張感なんて皆無に見えることだろう。


「……ふむ。ひとまず、大方の地図は頭に入った。あとは、実際に歩いて細かいところや、屋内まで叩き込めば何とかなるじゃろう」


 でも、そんな雰囲気も狐子が真剣な表情で言葉を発したことで終わる。


「そんなに細かく覚える必要があるの?」

「うむ。交渉中、人目につくわけにはいかぬからな。そう言った場所ならば、戦うことになってもすぐに決着をつければ……いや、これはあくまで万が一じゃが」


 とってつけたような万が一という言葉。それで僕は、狐子は本当ならピエラータを……悪魔を、消したがっていると確信する。


「狐子はさ……なんで、そんなに悪魔を憎むの? そりゃ、悪いことしたんだから裁かれて当然だとは思うよ。でも、ピエラータは自分の知るマジックを全てカレンに教えたら禊を受けるっていってる。どうして…それを信じようと思わないの?」

「それが当然のことだからじゃ」


 その言葉は早く、断じるような、それが常識であるかのような言い方だった。


「詐欺師に自分を信じろ、と言われて信じるのは、よほどのお人よしかよほどの愚か者。そうは思わんか?」

「そうかも知れないけど……でも、僕にはピエラータが詐欺師とは思えない」

「……それは、ぬしがお人よしである証拠じゃろう」


 だんだん下がりだす観覧車の中で、僕たちはそう話していた。


「――の、二の舞にするわけにはいかぬ…」


 小声でつぶやかれた言葉は、強風で少し聞き取れないところがあった。

 でも、今狐子は確かに言った。二の舞、と。

 きっと、狐子は、ピエラータと同じようなことを言った悪魔か悪神に、だまされたことがあるんだ。それで、誰かが被害にあったこともある。だから、悪のつくものを信じられないのだろう。

 そんな狐子の気持ちがわかってしまった分、何も言い返せなくなる。狐子も言いすぎたと思っているのか、何も言わない。

 上っていく時と下っていく時で、僕たちの間に流れる空気は真逆だった。

 その空気のまま、僕たちは乗降場に戻ってきた。係員の人がドアを開けると、その空気を感じたのか気まずそうな顔をしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ