捌幕 化物もどきはバケモノにはなれない 壱
ジリリリリリリリ……目覚ましのベルの音で、目が覚めた。
うつ伏せで眠っていた僕の手には、一冊のノートが握られている。
「そうだ……昨日、里奈さんの家から帰ってきて、狐子にノートを渡されて……術の詠唱を書いてくれてあったんだっけ」
たぶん、それを読んでいるうちに寝落ちしてしまったのだろう。まあ、序盤の簡単な詠唱なら暗記できたし、そもそも今日は交渉で終わらせるはずなんだから、全てを覚えておく必要もないだろう。
「すぅ……すぅ……」
ふとぬくもりと寝息の音を感じて横を見ると、狐子が眠っていた。こちらに顔は向けていないけど、きっと、外見に似合ったあどけない寝顔をしているはずだ。
「狐子、起きて。遅れるよ」
しかし、いつも僕より朝が早い狐子が起きていないなんて珍しい。ノートを書くのがそんなに疲れたのだろうか。
「む……そうか……もうそんな時間か……」
そう言うと狐子は起き上がりながら眠たげにあくびを一つする。
「とりあえず、今日はお互い普通に学校に行ったふりをするんだったよね?」
「うむ。会場の場所は昨日の説明で把握した。現地でまた会おう」
結局、必要のない会話は狐子としなかった。おととい口調がおかしかったのは気になったけど、それに触れてはいけない気がしたのだ。
そう思うと、どうにも話しにくくて……結局、必要最低限の会話しかできなかった、というわけ。
「それじゃあ、とりあえず着替えちゃおうか。今日も寒いね……」
この間着替えるとき、じっと僕のほうを見ていたから僕が服を脱いでも気にしないだろう。そんな考えからためらいつつも服を脱ぐ。
「そうじゃな。しかし、妙に眠い……」
そんな僕の背後でパジャマを脱ぎだした様子の狐子。衣擦れの音が聞こえる。意識しないようにしても、鋭敏になった聴覚がそうはさせてくれない。うう、気にしちゃだめだ……!
いくら外見が子供といえど、狐子は女性だ。下着姿の女性が近くにいて冷静でいられるほど、僕は女性慣れしていない。何か話して気を紛らわそうにも、緊張からか何を話すべきか思い浮かばない。だって、いま後ろには下着姿の狐子が……!
鼓動が早まるのを感じていると、衣擦れの音がやんだ。着替え終わった……のかな?
振り向こうとした時、僕の中の何かが危険信号を発した。
ちょっと待て。一声かけてからでも振り向くのは遅くない、と。
「狐子、着替え終わったの?」
「いや、今脱ぎ終えたところじゃ」
危なかった……! あとちょっとで下着姿の狐子を見てしまうところだった! そんなことしたら小夏さんに殺される!
「待たせた。朝食と行こうか」
命の危機を回避できたことに安堵を感じながら、狐子と連れ立ってリビングに向かう。
「おはよう」
いつもどおり挨拶をして、いつもどおりの朝食が始まる。




