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陸幕 それは僕が少なからず望んだはずのことだから

 僕は、光る紺碧色の液体にまみれ、蹴りあげた足をおろすことすら忘れて呆然としていることしかできなかった。

 きっと、これは人間でいうところの血液なんだ。そんなことが、ぼんやりと頭に浮かんでいた。

 少しずつ、ほんの少しずつ、状況を理解していく。そこでようやく、足をおろす。

 足首より下だけになった影の男の分身。それが言っていた言葉。「人間が式神になった程度の力では傷一つつけられんだけの力は込めた」という言葉。

 それをこんな風にしてしまった、僕の力。

 じゃあ、僕は……なんなんだ?


『これで分かったか? お前も俺たちと同じだ』


 耳に影の男の声が響く。


「違う! 僕はお前とは違うっ!」

『同じだ。お前に言った言葉に嘘偽りはない。少なくとも、お前は人間では――』

「黙れっ! 黙れ黙れ黙れ! 僕は人間だ! 人間なんだっ!」


 僕は……化物なんかじゃない!


『ならば、お前の力にどう説明をつける?』

「……っ」


 違う……! 僕は……!


「わしの式神をあまりいじめんでやってくれんか」


 そこに、凛とした声が響いた。


「狐子……!」


 静かに、滑るように屋上まで飛んできたのだろうか。そっとビルの屋上に着地した。


「……莫大な霊力を感じて小夏のもとを後にしてみれば……影の。あまり悪さをするのであれば、さすがに我慢はしてやれんぞ。この命と引き換えにしてでも貴様を消すやもしれんな」


 そういう狐子の手から雷が放たれ、空中にぶつかる。


「……この程度の力で俺をどうこうできると思っているのか?」


 雷が放たれた空中から影の男が姿を現す。


「できんじゃろうな。じゃが、弱ったわしが命と引き換えに全力を出すのを許すお前ではなかろう」

「俺のことをよく分かっているな。当然だ、全身全霊を出せるお前が命がけで本当の全力を出す。そうしたお前を倒してこそ、この退屈な永遠に意味を見いだせるというもの」

「ならば、さっさと去れ。今のわしが命がけで全力を出す前にな」

「……お前と、遠坂慎一。どちらが俺をより楽しませてくれるのだろうな」


 そう言い残すと、影の男は再び姿を消した。


「やれやれ……その力は使うなと言ったじゃろう。こんなに血に濡れてしまって……後でちゃんと洗おう。なに、これも霊的な物じゃ。普通の人間には見えぬゆえ安心するがよい」


 優しい声で狐子は言う。もしも僕がショックでその場に崩れ落ちたりしていたら、優しく抱きしめてくれていたかもしれないと思うほど、その声は安心できた。


「ねぇ……狐子。一つ、聞きたいんだ」

「なんじゃ? どうした?」


 僕を見上げる瞳は、慈愛にあふれていて。


「僕は……なんなの?」


 その瞳に、僕は問いかける。


「ぬしはわしの式神じゃ。そうなっただけの人間じゃ……奴の言葉に惑わされる必要はない」


 そう言って僕の手をそっと握る狐子。


「さ。ぬしよ。帰ろう。いつまでもこんなところにいては風邪をひくぞ」


 優しく僕の手を引く狐子。その優しさが、かえってつらくて。

 だから、僕は狐子の手を払ってしまった。


「……どうした?」


 困惑しつつも、僕に微笑む狐子。


「……一人で、歩けるから」


 僕の声は硬い。きっと、表情も硬いだろう。

 そんな自分に嫌気がさしながら、屋上の端まで歩いて行き、足に霊力を込めて飛び降りる。

 衝撃音は結構なものだけど、僕の体は特になんともない。足首をくじいたりしていないし、骨だって折れていないし、痛みもほぼない。


「僕は……なんなんだ……」


 僕……人間では傷つけられないはずの影の男の分身を蹴りの一撃で原形をとどめないまでにしてしまった。

 式神というのは、こんなに人間離れしていくものなのか? 五階建てのビルの屋上から飛び降りて、なんともなくなるまでに?

 そう思っていると、狐子も屋上から飛び降りてきた。着地の寸前に足元に光が波紋のように広がると、落下速度を急激に落とした。その結果、着地の音はほとんどしなかった。


「……大丈夫か? ぬしよ」


 僕の前までかけてきて、顔を見上げながら言う狐子。その表情はとても不安げで、心配をかけてしまっているのだと感じずにはいられない。


「……僕は、このビルの最上階まで跳びあがれるし、そこから飛び降りられる。そのどちらも、体がどうにかなるわけじゃない。こんなの……人間じゃない」


 ぼそぼそとした声で、僕は喋る。


「……人間でなければ、何だろう。あいつが言っていたみたいに、妖怪の類なのかな……おかしいね。人間のままでは狐子は守れない。守るためには人間をやめないといけない。そんなの最初から分かっていたのに……いざ自分が人間じゃないかもしれないと思うと怖くてたまらなくなるなんて」


 こうもやけになると、笑えてくるものか。きっと今の僕は、自虐的な笑みを浮かべている。


「……誰だってそうじゃ。今まで信じていたなにかが違うかもしれないとき、怖くなる。わしもそうじゃった。じゃが、ぬしは違う。ぬしは人間じゃ。精神体となった時神になるやもしれぬ、式神の人間じゃ。わしが保証する」

「でも、あいつは……あいつは、式神の人間にはできないようなことを僕がしたと言っていた。それが、頭から離れないんだ……」


 それに、狐子が驚くほどの霊力を放ったことだってあるし、今だって莫大な霊力を感じて来てみれば、と言っていた。それは、僕が人間じゃないかもしれないということを狐子も認めている、ということじゃないのか?


「……ぬしよ。ぬしの霊力が爆発的に上昇するときに言う言葉……小夏と話して、少しばかり仮説を立てた」

「…………?」

「ナーよ、我が内にありて我で無き者を解放する。それが、ぬしの力が上がるときの言葉じゃ。まだまだ仮説にすぎぬゆえ、確証はないが……ナーというのは、仏教における龍神……神の世界での最高位の称号を示すものかもしれぬ。そして、後に続く我が内にありて我で無き者。これは簡単じゃ。ぬしの中にいるが、ぬしではない精神体。そして、それを解放する……わしの言いたいことは、分かってくれるか?」


 無気力な頭を動かして、狐子の言いたいことを考える。


「僕の中にいるだけで、僕じゃない精神体がいる。それを解放すると霊力が高まる。つまり、あれは僕じゃなくて、僕じゃない精神体の力だ、って言いたいの?」

「そういうことじゃ。ナーと呼ばれるほどの者が封印しているとあらば、あの霊力も頷ける。つまりじゃな、ぬしは人間で、わしとの契約の結果流れ込んだ力と、主の中の何かが放つ力を借りて、これだけのことができている、と思うのじゃ」


 狐子の目は、だからぬしは人間だ、と言っている。


「……そうかもね。でも、僕にとっては関係ないよ」


 それが本当だとしても、僕が化物のような力をつかえることに変わりない。

 だったら、僕が化物であることに変わりはないんだ。


「……まあ、いいか。化物に化物扱いされたんだ。それくらいの力があるってことにしておくよ」


 化物は化物らしくなってやる。そうやって、狐子を守り抜いてやる。

 日常との両立は難しくなるだろう。それでも、僕は生きていく。人の皮をかぶった化物として。

 人でなくなることは、僕が少なからず望んだはずのことなのだから。


「帰ろう、狐子」

「うむ、行こう。血まみれのままではあまりにも、な」


 こうして、僕たちは家へと向かう。

 何か大切なものをなくしたような……少なくとも僕は、そんな感覚を感じながら。


‡  ‡


脱衣場で服を水につけ、風呂場に入り、シャワーを浴びる。


『霊的なものでも水で落ちるとは思うが……まあ、いざとなったらわしが何とかしよう』


 狐子がそう言ってくれたから、服の返り血は狐子に任せる事にした。

 普段より熱いシャワーを頭から浴びながら、自分の脚を見る。


「見た目は……変わり、ないのにな……」


 僕の脚は太くも細くもなっていない。だけど、本気で跳ねれば五階建てのビルの屋上にすら手が届く。そして、人間以外の存在一人、原形をとどめないまでにする威力を持った蹴りを放つこともできる。本気で強化すれば、それだけの脚力を秘めている。

 なら、腕力は? それも、人間以上ではなく、人間以外の力になっているのではないか?


「考えても仕方ないか」


 そうだ。僕は自分が人間でなくなることを望んでいた。狐子を守るために。人間でなくなることをためらっていたのは、今までの日常が壊れるかもしれないことが怖かったから。

 でも、狐子がこうして人間としての生活ができている以上、それはそんなに恐れる必要があることなのだろうか?

 そう、日常の中では自分の力を封じ、普通の人間のように振る舞い、普通の人間として生きていく。そうすることはそこまで難しいことではないのでは?

 僕の場合、強化をしなければ強い人間程度の力のはず。

 でも、自分の力を封じなければならないなんて、それこそ化物じみているのでは?


「……っ!」


 一瞬頭をよぎったそんな言葉。思わず自分で頭を殴りつける。その言葉は、狐子や小夏さんのことまで化物扱いしている。


「僕の日常にいる化物は……僕だけで十分だ」


 そう強い意志と共に呟き、シャワーを止め、浴室を後にする。 まずは、明日の学校を今までのように乗り切ろう。

 式神になってからの学校へ行った回数は一桁ではない。強化さえしなければいいのなら、化物の僕でも普通に暮らせるはずだ。

 そうと分かれば、今はもうゆっくり休もう。今日はいろんなことがありすぎた。

 体を拭き終え、服を着ようとしたところでふと左足の付け根が気になった。

 例の言葉を言うと常に痛みだす部分。ここにはたしか、妙な形のアザがあったはず。


「ナー……か。何か関係があるのかな……」


 気にはなるけど、まずは服を着よう。寒い中、裸でいるのはまずい。


‡   ‡


 その後、少しの時間を自室で過ごし、夕飯の時間になった。

 箸を使い、茶碗を持つ。今日まで当たり前にしてきた、たったそれだけのことが妙に怖く感じる。

 もしも、力を入れすぎて箸を折ったり、茶碗を割ったりしてしまったらどうしよう。そんなことばかりが頭をよぎる。


「しんちゃん、どうかしたの? 食が細いようだけど……体調でも悪いの?」


 ふいに母さんに聞かれて、指に力が入り、箸が少し曲がったように感じた。


「ううん、なんでもないよ……ちょっと、考え事してただけ」


 できる限りの明るい表情、明るい声で答える。


「考え事? なにか悩みがあるのかい?」

「それは……」


 父さんの優しい声に思わず答えそうになるけれど、“僕は化物かもしれない”なんて言ったら別の意味で心配される。


「まあ、悩みってわけじゃないよ。本の主人公の気持ちを考えすぎただけ」


 だから僕は、そう返した。ライトノベルや漫画の主人公なら、今の僕みたいなキャラを見かけた覚えがあったからだ。


「食が細くなるような本……いったいどんな本なんだい?」

「まあ、なんて言うか……自分は人間だと思って生まれ育ったけど、本当はそうじゃないかもしれないっていう主人公がいてさ。でも、それは周りに知られたくない。自分は人間だと思われてるから、今の関係が築けているんじゃないか? そういう風に考えるキャラだったかな……」


 僕がそう言うと、父さんも母さんも軽い驚きを浮かべていた。


「ごめん、こんなこと考えたところで意味なんてないのに、好きな作家さんの作品のキャラだから、考えすぎちゃって」


 驚くような要素があっただろうかと疑問に思いつつ、話を終わりに持っていく。


「それは、悩む事なのかしら~? あ、本の主人公が、ね?」

「……え?」


 想像もしていなかった言葉に、驚きが口をついて出る。


「だって~……もしも、本当に人間じゃなかったとしても、それまで普通に人間として暮らせてきたんでしょう?」

「そうだけど……自分は化物かもしれないんだよ? だったら、人間として過ごして、人間としての常識をなまじ身につけてしまった分苦しいんじゃあ……」

「慎一。今、化物と言ったね」


 妙に真剣な表情で父さんが言う。


「慎一にとって、化物の基準は何だい?」

「それは……人間じゃない、って言うか……」

「なら、人間以外のすべての動物は化物かい? 例えば、犬や猫は化物なのかい?」

「そうじゃない……けど……」

「じゃあ、どんなものが化物なんだい?」


 化物の基準……? 言われてみれば、真剣に考えたことはなかった。


「……答えられないようだね。それじゃあ、僕から聞くけれど、神様は化物かい?」

「神様は神様……だと思う。化物とか、そういうものではない気がする」

「じゃあ、悪魔は化物かい?」

「化物……だと、思う」

「そうか……」


 少し時間をおくと一つ頷いて、父さんは口を開く。


「その二つのちがいはなんだい? どちらも化物だという人もいるかもしれないよ。少なくとも現代の科学では説明できない奇跡を起こしたり、とんでもない悪行をしたりする。それに、慎一は今、だと思うとか、気がするとかで、絶対にそうという言い方をしなかったね。それは、慎一自身化物の基準をよくわかっていないことの証明じゃないかな?」

「……それは、そうかも……」

「ちなみに、僕は化物か否かの基準を一つ、胸に刻んでいるよ」

「本当に?」


 父さんのいうところの化物とはなんなのだろう。その基準で、僕は化物なのだろうか?


「それはね……心、だよ」

「心……?」


 心? それが化物の基準とどう関係するのだろう?


「そう、心。心が化物になってしまえば、それは化物だよ。例え、何の力も持たない普通の人間であったとしても、ね」

「……逆に言うと、誰が見ても化物であったとしても心が化物でなければ化物じゃない……ってこと?」

「そうとも言えるかもしれないし、そこまでは言いすぎかもしれない。そうだね……例えば、吸血鬼がいたとしよう。たいていの人はこの時点で人間離れした力を持ち、人の血を吸って、自分の眷属とするような化物を思い描くと思う。でも、考えてみてほしい。もしも、人の血を吸うことを嫌い、拒むような吸血鬼がいたら? その理由が、人らしくありたいからとか、人の命を奪いたくないからとかだとしたら? それでも化物と言えるかい?」

「…………分からない。正面きって化物呼ばわりすることはしないと思うけれど、それでも化物は化物だと思ってしまう自分がいるかもしれない」

「そうだね。僕だってそう答えると思う」


 ……? 父さんは、何が言いたいんだ? これじゃ、どんなに人間らしくあろうとしても化物は化物、ってことになるじゃないか。


「続きがある。その誰よりも人間らしくあろうとする化物が、どうするかの話だ」

「どうするか?」

「うん。それでもなお、人らしくあろうとしたら……そうしたら、その吸血鬼は人間だといってもいいんじゃないかな? 僕はそう思う。逆に、化物扱いされるなら化物に戻ってやるって思ってしまったらそれはもう化物だ」

「つまり……人間であろうとする心こそが人間であることの証明だ、って言う事?」


 僕の言葉に父さんはうなずいた。


「自分は化物だって認めてしまった時点で、その存在は化物になってしまうんだよ。だからと言って、自分は化物じゃないと拒み続けても自分を恐れて過ごすだけだ。だから、そうだね……自分はすごい力を持った人間だ、って考えることができたら楽なんだろうね、きっと」

「すごい力を持った人間……」


 そんな考え方、ありなのか? 地上五階まで跳ぶような脚力を、その程度の事で片づけていいのか?

 人間ならば当たれば木端微塵になるような蹴りを放てることを、凄い力の一言で終わらせていいのか?


「でも、その主人公の力はそれこそ、吸血鬼並み……ううん、それ以上かもしれない。それでも、人とあり続けようとすれば人間だって言えるの?」

「質問に質問を返すようで好きな言い方じゃないけれど……その主人公が自分は化物だって認めたら、それこそ他の誰が主人公は人間だって言ってくれるの?」

「あ…………」

「いいかい? 自分で自分の味方をすることをやめた時、その人に味方してくれる人はいなくなってしまうんだよ。自分の味方をやめてすぐなら、味方であろうとしてくれる人はいてくれるかもしれない。けど、最後には必ず見放されてしまうだろう。だって、自分の一番の味方は、自分自身なんだからね」

「そうよ~? しんちゃんが子供のころに、人に愛されたければまず自分を愛せって私は言ったでしょ~? それも衛二さんの言っていることと同じ。自分で愛せない自分を、誰が愛してくれるというのかしら~?」


 父さんと母さんの言っていることは理解できる。それが間違っていないであろうことも。

 でも、受け入れられない自分がいる。一般人から見れば十分化物の僕が、人間であり続けたいと思うだけで人間であれる? そんな簡単な事でいいのか?


「なんて……本の内容も知らない僕たちが偉そうに言えたことじゃないけれど」

「そうね~。しんちゃんが深く考えるような内容なのだから、きっと人間事情なんかも複雑なのね~」


 悩んでいる間に父さんと母さんはそういって食事を再開した。


「おにーちゃん。むずかしい話はよくわからないです。けど……おにーちゃんはなやまなくってだいじょうぶです!」


 そう狐子は言う。きっと、今しているのは物語の主人公ではなく僕の話だと分かっているのだろう。


「自分が化物だと認めてしまえば化物になってしまう……か。誰が見ても化物としか思えないような力を持っていたとしても、そう言えるのかな……」


 僕はつぶやいて、夕食を食べ進める。

 いまいち味がわからない夕食を。


‡   ‡


 夕食後。自室でベッドに横になっていると、控えめにノックをする音が響いた。


「……どうぞ」


 扉が開き、そこに立っていたのはやはり狐子だった。


「明かりもつけずなんじゃ。これから眠るところだったのか?」

「……明るいからいらないだけだよ。少なくとも、今の僕の目には十分明るく見える」


 例の言葉を一日に二度も言ったからだろうか。体の中の力が妙に大きく感じる。その影響でか、強化をしようとも思わないのに強化をしているときのような視界になっている。


「……のう、ぬしよ。ぬしは、わしのことを守りたいと、よく言ってくれているな」

「……そうだね」

「……それでも……わしの、せいじゃろう?」


 かぼそい声で言いながら、狐子はこちらへと歩み寄ってくる。うつむき具合で、その顔は見えない。


「ぬしよ。ぬしが望むのなら……わしを殺しても構わんのじゃぞ?」

「突然何を言っているのさ、狐子……そんなこと、できるわけが」


 ない、といおうとしたところで狐子は重ねるように口を開く。


「わしがいれば、ぬしはわしの式神としてますます力をつけるじゃろう。じゃが、それはぬしの望みではない。だから、ぬしよ。わしを殺せ。そうすれば、ぬしは過剰な力を持たぬ人間に戻れる。例の言葉を口にしなければナーによる封印もあろう……そして、今のぬしにはわしを殺せるだけの力もある。だから……」

「それはお断りだよ。今だって、狐子を守りたいと思ってる。そのために人外の力を見につけたっていいと思ってる。だけど、怖いんだよ……僕は、ただの化物になろうとしているんじゃないかって」

「ぬしは今すぐには化物にはならん。じゃが、わしとの契約が深くなり、より多くの力を使えるようになれば、ぬしのいうところの化物にはなりうる……」


 狐子の声は震えているように聞こえる。


「だから、ぬしよ。わしを殺してはくれぬか。話さずにいたが、今の力では神々の世界へ戻ることすらできはせぬ。人の世でここまで弱れば、わしら精神体に待つのは十中八九終わりだけじゃ……それが、早いか遅いかだけの違いじゃて」

「知ったことじゃないよ。終わらせない。僕が狐子を死なせたりなんかしない」


 僕がそう言ったとたん、狐子は顔を上げた。

 その目からは、涙が流れている。


「なら……っ! 私は何をすればいい! お前をこれ以上人間でなくならせないためには何をすればいいの!? お前がっ、お前が私を守りたいと思っているように、いや、それ以上に私だってお前を守りたい! 人でいさせてあげたいのにっ!」


 叫ぶように言うと、狐子ははっとした様子で口を抑えた。今……口調が変わっていた?


「……ぬしよ。ピエラータたちとのことが片付いたら、ゆっくり話をしよう」


 呼び止める間もなく、狐子は僕の部屋を出ていった。


「それにしても、今の狐子……何か、おかしかった……よな……」


 一人称が私になってたし、僕の事もぬしではなくお前と言っていた。普段みたいに、語尾に“じゃ”をつけるような年寄り口調でもなかった。

 ひょっとして、今の話し方が本当の狐子なのか……?


「狐子は……いろんなことを隠しているな……」


 きっと、狐子は僕の知らないことで、僕の知るべきことを隠している。でも、それは狐子なりの思いやりから来るものなのだろう。それは、なんとなくわかる。

 でも、それは僕が知るべきことなのだから、教えてほしい。


「だからって……聞かせてくれないだろうな……」


 いろいろと考えなくてはいけない。だけど、今日はもういい。疲れた……このまま眠ってしまおう。

 寝る前のお風呂に入っていないし、着替えてすらいないというのは、今の僕には気にならなかった


陸幕 了

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