伍幕 目。ただ、それだけが 壱
狐子を両腕に抱きかかえたまま、家路につく。狐子が目を覚ます様子は一向に見えない。それだけの疲労がある、ということなのだろう。
しかし、狐子の寝顔を見るたびに思う。こうしていると、あどけない少女以外の何物でもない。実際は千年以上生き、その大半を戦いに置いた存在だと思えないのだ。
「少しは、外見相応のところも持っていればいいのに…」
狐子の見た目に合うようなところを、僕はまだ甘いものが好きというところくらいしか知らない。そりゃまあ、千年生きた大人なんてレベルじゃない存在相手に子供らしさを求めるのは違うかもしれないけど…それでも、愛紗として見せているような部分を狐子としても少し見せてほしいのだ。
もちろん、それが僕のわがままだということは分かっている。守りたいと思う相手に完璧であってほしくない、そうでなければ自分を信用して弱みを見せてほしいというわがままだ。
「まあ、今の僕にはそんなもの、見せてもらえないよね…」
狐子にとって僕は式神でしかないのだ。多少の信頼はあれど、出会ってから日も浅い。そんな相手を、弱みを見せるほど信頼できるはずがない。
「…小夏さんにだったら、見せてるのかな…二人きりの時に、悩みを話したり…してるのかな…」
本田の件があったあと、狐子はたまに一人で出かけていた。あれは、小夏さんに会いに行っていたのかもしれない。
「狐子の悩みって、いったいどんな悩みなんだろう…知りたいな…」
狐子の顔を見つめながらつぶやく。すると、狐子はまぶたを開いた
「……そんなに、聞きたいか?」
僕の腕の中から降りて、狐子は言う。
「わしの悩みはな…ぬしに関することじゃ」
「僕に関すること?」
「…率直に聞こう。本田の件があった時の、あの術。いったいどうやった? ぬしに使えるはずがないのじゃ。使う力が大きすぎる。それに、詠唱に使われる言語も、ぬしが知るはずもない言語。ぬしはどこで知った?」
そういわれて、あの時のことを思いだす。そう、あの時僕は今の狐子以上の力を行使していた。
「分からない。小夏さんがテレパシーみたいなので教えてくれた言葉をそのまま言っただけなんだ…そうしたら、呪文みたいなものがどんどん頭の中に思い浮かんで…」
「ほう…小夏め。幾百と聞くことができそうじゃな。ちなみに、その教わった言葉とやらはどんなものなのじゃ?」
疑いのこもった目で僕を見ている狐子。
「えーと、確か…ナーよ、我が内にありて我で無き者を解放するだったかな…ん? う、ぐぅ…!?」
言い終えると、左足の付け根のあたりに激しい痛みを感じた。そういえば、この感覚、あの時にも…!
「大丈夫か!?」
僕の変化に、駆け寄ってくる狐子。
「大丈夫…くっ…つぅっ…!」
「…? どういう、事じゃ…!?」
しかし、何かに気づいたような様子を見せると、後ずさりをしだした。
「どうか…したのっ?」
「ぬしの中の霊力が、爆発的に上昇している…こんな、バカなことが…!?」
狐子の表情は、驚愕というより、恐怖といったほうがいいような表情だ。そんなに僕の力が強くなっているのか? 狐子が恐怖する程に!?
「足が…痛い…!」
「…急激な力の上昇に体がついていっておらぬのか…? ぬし! 何でもいい! 術を使うのじゃ!」
術…術を使えば、いいのか?
そう思った時、頭の中に言葉が浮かびだす。
「デグリスィニンア ルラ イナリココ」
言葉をすべて言い終えると、僕の周りにやさしい光が浮かぶ。それらは狐子へとまっすぐに飛んでいく。
「これは…霊力、か…? なぜ、これほど高密度のものを、ぬしが出せる…?」
戸惑いつつも、狐子はそれに触れる。
「…いやされる。力が戻ってくるのを感じる…自身の力を他者へと移したのか…?」
その光たちは、狐子がふれたそばから、まるでかわいた土に水を垂らすように、しみこんでいく。
「信じられぬ…これでは、結界を壊す前と変わらぬ…いや、それ以上に力を持っている感覚じゃ。ぬしが、これだけの霊力を…?」
どうやら、今の光で狐子の疲労をいやすことができたようだ…けど、問題がある。狐子の言っていたとおり、僕にこんなすごい力を使ったり、術を唱えたりできるわけが無い。
でも、今実際にできてしまった。これはいったい、どういうことなのだろう…。
「あ、痛みがひいてる…」
「ふむ…となると、やはり霊力が急上昇したことによる影響か…しかし、理解できぬ事象はいくつもあるな…」
「そうだね…僕は一体、何なんだろう…今の力、今の言葉…何もかも、僕には理解できないよ」
僕は式神になった時点で、“普通の人間”からは外れている。でも、狐子があれだけ驚いていたのだから、今の力はその外れている場所からさらに外れていると考えていいだろう。例えば、本物の神様に匹敵するような力だとか、それくらいの規模。
考えないようにしていた。前の戦いで使った力が小夏さんの霊矢以上のものだという事を。それを認めてしまえば僕は人間でなくなるような気がして。
狐子と並んで戦えるまでの力がほしいと願っている。狐子を守れるだけの圧倒的な能力を手に入れたいと祈っている。でも、それらは僕が人間であることを否定するものだということも分かっている。
人間であることをやめるのは、正直に言って抵抗がある。それが狐子を守るためだと分かっていても、だ。
人間をやめれば…今の日常はこれ以上ないまでに粉々にされてしまう。僕が人間でなくなれば、礼尾との、双葉との、凛香先輩との、そして…何よりも、里奈さんとの日常。それらを否定してしまうような気がする。人間をやめるというのは、それくらい大きな意味を持つはずなのだ。
「…動揺、しておるな。察するまでもない」
「まあね…自分にすごい力が眠っているかもしれないなんて、マンガやライトノベルの主人公みたいじゃないか。すごいや、自分が主人公になれるなんて、思ってもみなかった」
心配をかけたくなくて、わざと明るく言う。
「…無理せずともよい。そういう類の動揺でないことなど、それこそ察するまでもない。怖いのじゃろう? 恐ろしいのじゃろう? ならば…素直にそういえばよい」
でも、こんな嘘でごまかせるような相手ではない。
「なに言ってるのさ。凄い力があるってことは、狐子と一緒に戦えるってことじゃないか! それなら、僕は喜ぶべきだ。怖い? 恐ろしい? そんな感情を持つ理由がどこに?」
それでも、僕は嘘を並べ続ける。
「それより、家に帰ろうよ。外、寒いし」
見抜かれてると分かっていても嘘を言わずにはいられない。いったい、何のために、誰のために嘘をついているのだろう…。
「…ぬしよ。念のため聞くが…あの詠唱の言語、学んだわけではないのだな?」
「うん。自分でもどこから出てきた言葉なのかよくわからないや」
「そうか…」
そう言うと、狐子は思案を巡らせだした様子だ。
「とりあえず、霊力が増加する前の言葉は、軽々しく言うでないぞ。どんな影響が出るかわからぬ」
「分かった。いざってときしか言わないようにするよ」
「それをせねば確実に死ぬ状況でなら…まあ、仕方ないとしておくか」
やれやれといった感じで首を振りつつも、狐子はそういう。
「しかし、これからはどうしたものか…あの二人は逃がしてしまったからな…後を追おうにも手がかりがない…」
「そうでもないんじゃない? あの二人がよっぽど大胆か、相当のバカだったら、手がかりがある。違う?」
「…次の公演か? さすがにそれは無理じゃろう。馬鹿で済む域を超えておる。明確な命の危機が迫っていると知りながら、それでもやるとは思えぬ…じゃが、手がかりがあるとすればそこか…」
しばらく悩むと、狐子は一つ頷いた。
「まあ、憶測で話していても仕方あるまい。ぬしの部屋のパソコンで調べてくれ」
「了解」
そう話しているうちに、僕たちは家の前にたどり着いた。
「さて、まずはぬしの部屋に行こうか」
「そうだね。ただいまー」
一緒に家の中に入り、二階の僕の部屋へと行く。
「えーっと、それじゃあ…ピエラータ、と…」
そのままパソコンを立ち上げ、この間見たサイトを検索する。
「トップページは見た感じ、この間と変化はなさそうだね…」
呟いて、公演予定日のリンクをクリックする。
「これは…ちょっと、予想外だね」
そこにはおかしなことは何もなかった。
だけど、今はおかしなことがないのがおかしい。公演中止のお知らせだとか、僕たちに居場所を知られないためのなんらかの変化がない。
それが何を意味するのか…。
「なめられているのか、誘っているのか…」
端正な顔をゆがめ、忌々しげに狐子はいう。だけど、僕はそのどちらでもないように思う。
「狐子…ピエラータとカレンに、僕たちへの敵意は本当にあるのかな?」
僕が思いついた可能性は、一つ。
「二人は、今日のことで全部終わり、ということにしたいんじゃないかな? 自分たちは干渉しないから、お前たちも干渉するな…そう言いたいんじゃないかな?」
「なるほどな…好戦的な奴では無いようじゃった。むしろ、戦いを嫌っておったな、ピエラータとやらは」
そう呟いて、何かを考え始める狐子。
「…ねぇ、狐子。やっぱり、見なかったことにしない?」
「あの二人を、か?」
僕の言葉に狐子は耳をピクリと動かした。
「見逃して…どうする?」
「どうもしない。僕はあの二人を信じる。信じて、自分から罪の禊を受ける気になるときを待つ。それが一番じゃないか。戦う必要はない。僕はそう思う」
一応、それなりに根拠のある考えのつもりではある。ピエラータはカレンのことを愛している。でも、悪魔であることをやめれば…禊を受ければ、カレンの記憶を失ってしまう。最愛を失ったことすら忘れてしまうのだ。僕でいえば、里奈さんと二度と出会えなくなったうえに里奈さんという存在を忘れてしまう、といったところだろうか。
存在すら忘れるなら、失う痛みはないだろう。だけど…そこに至るまでの痛みを耐えきれるだろうか?
この人しかいない。そう思える相手を忘れ、二度と出会えなくなると分かっていてなお、そこに向かう痛みを。
「…救いようのない阿呆じゃな」
だけど、僕の言葉を狐子は一蹴する。
「そういえば、ぬしには悪の一字を刻まれる条件を言っておらなんだな…」
そこまで言うと、狐子は一呼吸開ける。
「わしらの頂点に立つ存在がいる。その存在に、罪を犯したと認識されることで、悪の一字を刻まれる。その中で最も多い罪は…命を奪うことに、愉しみを覚えること」
「それって…ピエラータが快楽殺人鬼だ、って言う事?」
「殺す範囲が人だけでないこと、正確には殺人鬼だった、かもしれないことを付け足せば、そう言える」
人だけでない…つまりは、ありとあらゆる生物を殺すことに快楽を覚えてしまった、という事?
「で、でも、それも可能性でしょ? あくまで、最も多いパターンだってだけで」
「統計で八割正解、と言われるのと、二割正解、と言われるの。内容が同じなら、どちらを信じる?」
「それは…八割だけど…」
「そういうことじゃ。ぬしの思いは二割のほう。分かるか? ぬしには悪いが、わしは八割の方を信じる。そして、殺すことに快楽を覚えたかもしれない存在を危険視するのは当然じゃろう? それは、人の世でも同じはずじゃ」
狐子の言う事は正しい。八割とか、二割とかはたとえだろうけど…最も多い可能性なら、相当な割合だろう。
「…でも…本当に快楽で生物を殺せるんだったら、今だってそれをしているんじゃない? 楽しいことをやめるのって、難しいよ?」
「なぜやめていると言い切れる? 生物を殺す、というのは羽虫を叩き潰すのも、人間を殺すのも同じこと。どこかでアリを一匹一匹つぶしているかもしれぬじゃろう? 殺すことに快楽を覚えた、ということはそう言った行為にも快楽を感じるということじゃ」
「…どこかで何かを殺すことはやめてないって?」
「その可能性が大きい。彼奴が殺すことに快楽を覚えたのだとしたら、な」
そう言ってうつむく狐子。でも、最後の一言からして、そうではない可能性もあると考えてくれているのだろう。
「まあ、何はともあれ本人と語らうしかないじゃろうな。ぬしがやりたいようにやるには、の話じゃが」
「…でも、狐子は僕がしたいようには、させてくれないんだよね?」
頷く狐子を見て、がっかり感とでもいうか、どんよりとした気分が押し寄せる。
「わしは…二度と昔のような事態を起こしたくない。話し合いで解決できると過信して、犠牲を出すようなことはしたくない…そんなことになるくらいならば、わしは彼奴を斬る」
そういう狐子の表情はとても暗く、悲しげだった。昔に何かあったのはそれを見ればいやでも分かった。
そして、自分の失敗、それもこんな表情をするほどつらい失敗を思いだして、口にしてまで話し合いは不可能だと判断する狐子を、説得するのは無理そうだと察することもできた。
「…そこまで言うのなら、分かったよ。僕も、戦うことにする」
もちろん、それは本当の思いではない。だけど、この状況でまだ狐子を説得するのは、愚策のように思える。
「すまぬな…ぬしに、戦いを強いねばならぬとは…」
「気にしないでよ。敵は倒さないと、こちらがやられてしまう。だったら、僕は戦うよ。狐子を守りたいから、ね」
「……そうか」
あ、狐子を守りたい、というのはちょっと失言だったかも…狐子の悲しげな笑顔を見て思う。
「とりあえずは、決まりじゃな…次の公演の日に、彼奴等をとらえ、確実に消す。確実に…な」
でも、そんな表情を狐子はすぐに消し、非情なまでの無表情でそう口にする。
「わかった。次の公演は…火曜日だね。学校は休まざるを得ないか…」
「日常生活に支障をきたさせてしまうとは、本当に無能な神じゃな、わしは…そうせねばならぬほど力が弱っている証拠か」
自虐を口にする狐子の頭に手を置き、軽くなでる。
「大丈夫。本田の件の時点で、それくらいの覚悟は決めてるから」
満面の笑みを浮かべながら、なでる手を少し強める。
「すまぬな…」
そういう狐子は耳をぴくぴくと動かしている。頭をなでられる感触が違和感なのかな?
「まあ、いざとなったら例の言葉を言って一発で解決だよ。狐子は無理しなくていいからね」
頭をなで続けながら言う。
わしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃ。
「…いつまでなでるつもりじゃ?」
「狐子の気分が変わるまで。喜びでもちょっとした怒りでもいいから、今の表情はやめてほしいな、って思っただけだよ」
頭をなでるのをやめ、微笑む。
…しかし、本当に髪の毛サラサラだな、狐子は。
「わしともあろうものが、式神に気を遣われるとは…らしくないな。どうも、ぬしの前ではわしらしくなくなってしまう」
「僕、そんなに接しにくいかな?」
「いや、むしろ長年過ごしたかのように感じる。不思議じゃな、一年も共にしておらぬというのに」
そう言ってクスリと狐子は笑う。よかった。少しは気をそらせたかな?
「さて、火曜日はそうと決まったわけじゃが、月曜日…要するに、明日はどうするつもりじゃ? ぬしよ」
明るい声で狐子は口にする。その様子は無理をしているようには見えなかった。良かった、気分は変えられたようだ。もちろん、狐子の演技がうまくてこれが演技だと見ぬけていないという可能性もあるけれど。
「もちろん、学校に行くつもりだよ。留年したら大変だ、家にも迷惑をかけるし、みんなと顔を合わせた時だって気まずいからね」
「そういうものか。昔の感覚とは違うのぅ」
昔の感覚…そういえば、狐子は学校のことをいつも寺子屋と呼んでいたっけ。千年以上生きているのだから、昔の知識で話をしているのだろう。寺子屋と呼ばれていた時代だと年の違う子が同じ場所で同じ授業を受けていたのだから、その頃の基準で話しているのなら感覚が違う、と言うのもわかる。
「んー。後輩が上司になるというか、そういう感じかな? それか、同期の人がどんどん出世していくのに自分は今の地位から変わることがないというか…」
「なるほど、そういう気分か。たしかに、後輩が上司になるというのは、人間には多少気になるものじゃろうな」
頷こうとして、ふと疑問に思う。
「人間には…ってことは、狐子は特に何も感じない?」
「うむ。当然じゃろう? 出世していくからには、自分には欠けている才覚がその者にはあったということじゃ。ならば、その事に特に感情は覚えぬ。まあ、おべっかがうまいというのが理由じゃったら多少はいらだちを覚えるやもしれぬが」
なるほど。もっともだ。
「さて、今からは何をしたものかのう。寝るほど疲れておらぬし…」
「本当に? 希薄化するほど力を使っていたけど…」
「ぬしの出した霊力らしき光のおかげで疲れと呼べる程度の物はすっかり取れた。ぬしの方こそ疲れておらぬのか? あれほどの霊力を出したら、少なくとも今のわしなら疲れる」
そう言われてちょっと考えてみるけれど、特に倦怠感だとか、疲れらしきものは感じない。霊的な疲労というものがどのような症状を出すかわからないけれど…あれを出す前と後で何かが変わったようには思わない。
「特になんともないよ、大丈夫。訓練でもつけてもらいたいくらい絶好調」
笑顔でそういうと、狐子はどこかいやそうな表情を浮かべた。
「小夏のところに行くのなら一人で行ってくれ…わしがいたら訓練にならぬじゃろう」
「あー…まあ、小夏さんだもんね…」
狐子の言葉に、狐子が小夏さんのところまで行った時のことを考える。まず間違いなく、狐子は小夏さんに愛でられるだろう。訓練を始められるかどうかすら疑問になってくる。
「狐子に訓練をつけてもらうわけにはいかないのかな? 小夏さんから剣術や動きながらの弓術は教わったけれど、術関連のことは教えてもらえなくて。そのあたりは狐子の判断に任せるとか、狐子の方がうまいとか…適当に流されてばかりなんだよね」
冗談めかして頬をかきながら聞いてみる。
「ふむ…教えておいて損はないが…ぬしはそれでよいのか?」
「と、いうと?」
僕が聞き返すと、狐子はため息をついた。
「ぬしは非日常の世界というか、わしら側…人間でないものにより近づいてしまうのじゃぞ? そこに抵抗はないのか、と聞いておる」
む。そう言う言い方をされると少し気になるかもしれない。特に、里奈さんという人間としての強い関係ができた今では。
でも、僕の答えが変わることはない。
「人間でいることは、狐子を守るための枷…とまでは言わないけど、少なくとも得にもならない。なら、別にいいさ。人間でなくなったって」
人間らしくあるということは、狐子や小夏さんのように強くなることとは対極にあるように思う。つまり、狐子を守れないということだ。
そう思う自分がいる。
だけど、そうは思わない自分もいる。
人間をやめてまで狐子を守りたいのか? そもそも、自分が人間をやめてまで狐子は守らねばならない存在なのか? そんなに弱い存在なのか? そう疑問に思う自分もいる。
自己矛盾。そんな言葉が頭に浮かぶ。僕にはまだ迷いがあるのだろう。
情けない話だ。口先だけならなんとでも言える、とはまさにこのこと。
「…ぬしには、まだ迷いがあるように思う。口は達者じゃが、心の奥底はそうでも無いようじゃな」
そんな思いが表情にも出ていたのか、狐子にそう言われてしまう。
「じゃが…はぁ。まあ、術なしで戦うというのは彼奴等相手では厳しいじゃろうな。わしとしても不服じゃが、まあ…いくつか簡単な術を教えるとしよう。使いさえしなければ、疲労もたまらぬしな」
その言葉を聞いて、感じた感情は何と呼べばいいのだろう。いくつかの感情が混ざり合って、自分でもよく分からなかった。
「それじゃあ、よろしくお願いするね。狐子」
「うむ。では、ちと長くなるぞ。何しろ、基礎からたたき込まねばならぬからな」




