肆幕 会合 弐
やがて、会場は人で埋まり、騒がしくなり始めた。
一応、いくつかの策は思いついた。あとは、それを使うほど追い込んでくれるかどうかだ。
楽しい。頭の中にそんな言葉が浮かぶ。これでは、戦闘狂そのものだ。でも、全力であれこれ考えるのは楽しかった。僕たち自身が駒になった将棋かチェスをやっているような感覚になる。
こちらの手番は一旦終わりだ。さあ、僕を楽しませるような一手を打ってくれ!
「はーい! 皆さんこんにちはー! ピエラータ先生と、アシスタント、カレンのマジックショー! 見に来てくれてありがとー! …って、先生またいない!? まったく…信じられますか? 昨日もショーが始まる時間に舞台にいなかったんですよ!? こうなったら、無理にでも呼ぶしかないですね! せんせ~い! でてきてください!」
そう言ってカレンがピエラータの看板に赤い布をかけ、一瞬で取り去る。
それだけで、看板はピエラータ本人へと変わる。どよめく観客をよそに、狐子はじっとその様子を観察している。
「転移…か?」
ぽつりとつぶやく。転移…つまりはワープってことだよね。
そのまま、ピエラータとカレンはいくつものマジックを見せる。
「あの炎も魔術的な物か…」
「転移にも条件があるはず…」
それらを見るたびに、狐子は分析を口に出す。
「では、とうとう最後のマジックです! 種も仕掛けもございません…人体切断マジックで~~っす!」
そう言って、カレンは一度舞台裏へと去り、マジックショーでよく見る箱を持ってきた。
「では、先生。信頼してますよ! スパッと行っちゃってください!」
ハイテンションにしゃべりながら仕掛けがないことをアピールし、箱に体を収めるカレン。
ピエラータは箱の上に置かれていた大きな刃物を何らためらうことなく箱の隙間に突き立てる。そして、二つに切られた箱を動かし、それぞれに距離を取らせる。
「うわぁー! 私、真っ二つになっちゃってます!? さ、さすが先生です! でもできれば早く戻してぇー!」
拍手喝采の会場。昨日はなかったマジックだな…。
「狐子、これも悪魔の力?」
「いや、これは純粋な奇術じゃな。敵のしたことに言うのも何じゃが、素直に感嘆を覚える」
あ、これは本当のマジックなんだ。何か…地味なことに悪魔の力を使っているなぁ…。
あきれに似た感情を抱いたところで、離されていた箱は再び近づけられる。
「ぷっふぁ~…何回やっても怖いにゃ怖いですねぇ…と、いうわけで今日のマジックはここまで! それでは皆さん、ご~きげ~んよ~う!」
赤い布を広げ、会場から自分たちが見えないようにするカレン。
しかし、それも一瞬。すぐに赤い布が地面に落ちる。
そこには、二人の立札が残されていた。一瞬の入れ替わりに、会場は驚きに包まれる。
「…また、転移か。む、このようなことをしている場合ではないな。彼奴等を追わねば」
若干慌てた様子で立ちあがると、狐子は指をはじいた。パチン! という音と共にわずかながら圧力のようなものを感じる。
「…ふむ。急いだ方がよさそうじゃ。行くぞ」
席を立つと、狐子は走りだした。慌ててその後を追う。
「エレベーターを待っている暇は…ない!」
そう言ってここはエレベーター脇の非常階段へと駆けて行き、中央の隙間の部分から飛び降りた…って、ちょっと!?
慌てて見下ろすと、狐子は二つ下の階の床に手をかけ、三つ下の階に飛び込んでいた。同じことをやるのは…ちょっと無理! 階段の踊り場から踊り場へと飛び降りる程度にする。
すさまじい速さで狐子の足音が遠ざかっていくのを感じる。そんなに急がないといけないほどあの二人は遠くにいるのか? とにかく、僕も急がないと…!
時折、先ほどの圧力のようなものを感じる。たぶん、狐子が探知術式とやらを使っているのだろう。この圧力が来る方へと走っていけば、狐子に追いつけるはず…!
足に霊力を集中させ、全力で地面を蹴る。早く追いつかないと…!
「見つけたぞ!」
狐子の声が響く。追いついたのか!?
「妹さん…あなた、ただものではありませんね…私たちに追いつくなんて」
何とか戦いが始まる前に追いつけたようだ。狐子とピエラータたち二人がにらみ合っている。
「どうも、カレンさん、ピエラータさん…あなたたちのマジックのタネ、いくつか見抜けたものですから…はぁ、答え合わせに、来ました」
「…へぇ。お兄さんも、なかなかやりますね…」
そう言って、カレンはかすかに笑みを浮かべる。
「あなたたちのマジックのタネ…それは、悪魔と呼ばれる存在の力だ。その力を使って、自分たちや物をワープさせているんだ。それが…一瞬での入れ替わりマジックのタネだ!」
「…なにを言っているかわからない、と言ったら?」
カレンの言葉に、僕は霊力の球を作りだし、投げつける。
「…っ!」
ひるむカレン。しかし、ピエラータが手を伸ばし、僕の投げた霊力球を受け止める。
「…これが、あなたたちが少なくとも普通の人間ではない証拠だ。ねぇ、あなたたちにも見えるんじゃないですか? 妹が隠すのをやめたら…その隠している物が」
「隠すって? なんの話ですか?」
狐子のほうをちらっと見る。それで僕の思いは通じたらしく、狐子は頭の上に手を持っていくと、普段耳が生えているあたりに当てる。
かすかな光。その直後、狐子の耳と尻尾が生えてくる。
「…え?」
動揺を見せたのは、カレンだった。
「せ、先生…これって、どういうことですか? 女の子に、動物の耳と尻尾が…!?」
「カレン、といったな。おぬし、何も聞かされておらぬのか?」
「…必要以上のことを教える必要は、ございません故」
その言葉を発したのは、ピエラータだった。
ゆっくりと、ピエラータは仮面を外す。
「…仮面などしておるゆえ、よっぽど人に見せられぬ顔かと思ったが…そうでもないのぅ」
狐子の言う通り、ピエラータは無感情な雰囲気の美形だった。
「おほめにあずかり、恐悦至極。金色の戦姫様」
「まあ、このような事はどうでも良いのだ。聞こう。ぬしらは、わしらの敵か、否か」
くすんだ青色の瞳で、こちらを見つめるピエラータ。
「さて…どちらでしょう、敵かもしれない、中立かもしれない、案外味方かもしれない…ただ、一つだけ確実なことがあるとしたら…できれば、あなたを敵にしたくはない」
「ならば、さっさと禊を受けるがよい。わしと戦わないで済む方法は、それだけじゃぞ?」
「…申し訳ありませんが、そういうわけにもいかないのです。禊を受ければ、“悪”の一字を背負っていた時のことはすべて忘れてしまう。私は、忘れたくないのです。カレンと出会った時のことを、出会ってからの日々を。それらを失えば、私たちは二度と会えない…全てを忘れるくらいならば、今ここであなたと戦い、命を散らす方がよいとすら思えます」
「…奇遇じゃな。ぬしと同じような事をぬかすバカが、ここにおるぞ」
笑いながら僕の方を指さす狐子。それを受けて、ピエラータの視線は僕へと移る。
「私と同じような思いをしているのなら、分かるでしょう。見つけてしまった。出会ってしまったのです。そして、愛してしまった…守りたい。共に在りたい。それを貫けないのならば、我が人生に価値などない…全てを忘れてしまえば、このような感情はなくなるのかもしれません。ですが、その“全てを忘れる行為”ができますか…? 私の想像が当たっていれば、あなたもそれをできないのでしょう。それができるのなら、このような場所にあなたはいない」
ピエラータの言葉は、少なくとも僕にとっては理解できる言葉だった。
だって、僕も同じように思っているのだから。ピエラータの言う愛はきっと異性としての愛。そこが違うだけで、本質は…大切に思う人を覚え続けていたい、そして、その隣にいたいという思いは、僕のそれとなんら変わりないように思える。
「ぬしよ、惑わされるな。口先だけなら、何とでも言える」
狐子はそう言って警戒を解こうとしない。だけど…それは本当に正しいのか?
「狐子…この二人をどうこうする必要は、無いように思う。ピエラータが言っていることが本当なら、二人に悪事をする気はないよ」
「本当なら、な…なら、嘘ならどうする? 死人が出てから動いては、遅い。悪魔は、そうなるに至った過程そのものが罪なのじゃ。罪には…罰を与えねばならぬ」
そう言うと、狐子は霊力で小刀のようなものを作りだした。
「許せとは言わぬ。じゃが、ぬしが悪魔で、禊を受ける気がない。それは…戦う理由になる」
そう言うと、狐子は一足飛びにピエラータに斬りかかる!
「…見逃しては、いただけませんか」
人間の限界をとうに超えた速度で迫り、確実に命を奪おうと振るわれる鋭い一撃。それをピエラータは大げさなほどに飛び退いて避ける。
「ぬしの言いたいことは分からんでもない。じゃがな、千の年月を経たものとして、言わせてもらおう。時には、捨てねばならぬ。それが、己が命よりも大切と思えるものであっても、な」
「捨てるべきは今だ…そうおっしゃるのですか?」
着地するピエラータに、そっと頷く狐子。
「…だとしても、私は…カレンを見捨てるわけにはいかないのです。せめて彼女に私の知るすべてのマジックを教えるまで、待ってはいただけませんか」
五芒星を指先で宙にえがき、漆黒の壁のようなものを作るピエラータ。
「それで、はいそうですかと受け入れるようなら…最初からこのような事にはなっておらぬよ」
再び地面を蹴り、狐子はピエラータに迫り、壁を斬り破る。
「…っ、看板!?」
しかし、そこにはピエラータの看板があるだけで、本人の姿はなかった。またワープしたのか?
「順交差五芒星陣…対神結界、対霊力、および防音付与」
廊下の先からピエラータの声がする。それと同時に狐子の周囲を漆黒の結界が包み込む!
「逃げますよ、カレン」
「は、はい!」
慌てて駆けだすカレン。その姿が見えなくなる前に僕もそれを追う。
しかし、それもカレンが角を曲がるまで。その背を追いかけていたものの、僕が曲がった時にはピエラータとカレンの姿はなく、あとには二人の看板だけが残されていた。
「くそっ…にがしたか。狐子!」
漆黒の結界のところまで戻る。その結界はいまだに存在していた。そういえば、対神結界だのなんだのと聞こえたっけ。今の狐子では無理やり破るほどの力がないのか?
「とりあえず、壊さないと…でも、僕の力じゃあ…」
記憶が確かなら、対霊力、防音付与とも言っていた。つまり、霊力に対しても耐性を持ち、内外で会話ができないのだろう。狐子の霊力で壊せないものが、僕の霊力で壊せるとは思えない。
「霊力がだめなら、素手でっ…!」
その程度のことでどうにかできるとは思えないけれど、何もせずにはいられない。そんな思いから結界を殴りつける。
けれど、やはり壊すことはできない。それどころか、鉄を殴っているように固く、このまま続ければこちらの拳が先に壊れそうだ。
「どうすればいいんだ…霊力と神としての力がだめなら、魔力で? でも、僕にはそんなもの…」
どうすることもできず結界の近くに立っていると、突然結界に亀裂が入った。
「!? な、なんだ…?」
念のため距離を取る。そして、その判断が正しかったことをすぐに知る。
結界の内側から強烈な衝撃波がほとばしり、結界をバラバラに砕いたのだ。近くにいれば、その衝撃波をもろにくらっていただろう。
「はぁ…なんとか、なった…が…逃した…」
そう言いながら倒れる狐子の髪は黄金色の光に包まれていた。それは、過去にも見た覚えのある姿。本気を出した金色の戦姫の姿だった。
「狐子…? 大丈夫!? 狐子!」
慌てて駆け寄る。たぶん、力を使いすぎたことによる過労だと思うんだけど…。
近づいてよく見ると、指先がわずかに透けていた。これは確か…希薄化。極端に力を使いすぎたことにより、狐子のような霊力で体を維持している精神体が虚ろになる現象だ。でも、これ以上力を使うことがなければ安全であるということも把握している。
「…お疲れ様」
とりあえず、そう呟いて抱きかかえる。
でも、問題はこれからだ。あの二人の扱いをどうするべきか…まあ、それは狐子が起きてからじっくり話し合うとしよう。
ショッピングモールの出口へ向かいながら、今後に思いをはせるのだった。
肆幕 了




