肆幕 会合 壱
特に何事もなく家につき、一晩過ごす。
そして、翌日。僕と、術で耳、尻尾を隠した狐子は二人で電車に乗り、ショッピングモールにたどり着いた。
「……いるな。ここからでも悪魔の力を感じる」
ショッピングモールの前にたどり着くなり、狐子は僕の耳元でささやいた。遠距離からでも感じられる、つまり、力の強い悪魔がいるということだろうか…ところで。
「何で肩車なの?」
僕は今、狐子を肩車している。ちなみに、今日狐子は外見年齢の割に大人っぽい上着やスカートに黒タイツと、クールな感じで決めている。
「仲の良い兄妹に見えるじゃろう? それに、顔が近づく分こうして周りに聞こえぬように話すにも便利じゃ」
「そういうことね…」
とりあえず納得しておく。
「それで? 奇術師にはどこに行けば会える?」
「んー…控室がわりの部屋があるはずだけど、たぶん一般の人の出入りができない場所じゃないかな…」
「そうか…ならば、とりあえずはそやつの奇術を見ておくか。どのような力か見当がつくやもしれぬ」
「分かった。じゃあ、屋上だね」
話を終え、僕は笑顔を浮かべる。ちゃんと仲の良い兄妹に見えるようにしていなくては…。
「見終えたら、探知術式をこまめに使う。向こうにもこちらの存在は分かるが…その発信元が誰かまでは分からぬはずじゃ。これだけ人がいれば、余計にな」
「向こうがどこにいるか定期的に分かるってわけだね? 人を巻き込む危険性のない場所に行ってくれればいいんだけど…」
「向こうは奇術以外には悪魔の力を使わなかったのじゃろう? ならば、交渉できるやもしれぬ。ヤケになれば人を巻き込むやもしれぬゆえ、したくはない賭けじゃがな…じゃが、これくらいせねば強引に侵入あたりをやるしかない」
「人を巻き込むくらいならその方がマシな気もするけど…」
「ぬしの履歴に泥を塗るわけにはいかぬよ」
「そんなものより人命優先すべきって言うか…」
狐子の優先順位がいまいち分からないと感じつつ、狐子をいったんおろしエレベーターに乗る。
屋上へと近づいていくにつれ、高まる緊張感。昨日はお互いに敵意がなかったからあの程度で済んだ。
でも、今回は違う。向こうの世界ではかなりの知名度を持つ狐子がいる。それだけで、悪魔にとって戦うべき時が来たと感じさせるかもしれない…観衆の前でいきなりそれが始まるとは思いたくない。けれど…万が一、始まってしまったら…。
いやな想像。頭を振って追い払う。大丈夫だ、ここの土地神が誰か知らないけど、結界をはってくれているはず。それがある限り、異能の存在が一般人に手を出すなんてできないはずだ。
そして、エレベーターは屋上へとたどり着く。
「…まだ、ショーに集まっている人はいないようだね」
席についている人はいない。けど、屋上にある遊具で遊んでいる子供や、それを見守る親は数人いるようだ。
「どこに陣取るものか…」
「いきなり襲い掛かってくるとか、万が一のことも考えてね、狐子」
「そうじゃな…一般人が巻き込まれたり、人質にとられたりのことを考えると…最前列か? しかし、それではわしの存在がすぐに目につく…」
そう話していると、後ろからエレベーターの到着音が聞こえた。ショーを見に来た人だろうか…その割には、ずいぶん早いけど。
「あれー? お兄さん、ひょっとして昨日も来てくれた人じゃないですか?」
後ろから聞こえたその声には、聞き覚えがあった。そう、昨日のアシスタントの声だ!
「ああ、やっぱり! 女の子みたいな顔だし、最初のつかみのマジックの相手になった人だから覚えてたんですよー! 今日は彼女さんと一緒じゃないんですか?」
振り向くと、やはりアシスタントがいた。ピエラータの看板を持って…その声に敵対する意思は見られない。それとも、隠しているだけか?
「ええ。昨日の事を話したら自分も見たいと妹が言いだしまして…幸運にも二日続けてとのことだったのでこうして妹と見に来ました」
「なるほど! それじゃあその子が妹さんですかー! かわいいですねー! 初めまして、私は今日マジックショーをやるピエラータ先生のアシスタントの、カレンっていいまーす! マジックショー、楽しんでいってね!」
「…は、はいです」
「やー、ごめんごめん! ちょっとテンションあげすぎちゃったかなー? でも私たち、基本的に先生は喋らない方向性で行ってるから私がテンションあげて会場盛り上げないといけないから、やっぱねー! それに可愛い子見たらテンション上がるしー!」
狐子の姿をはっきりと見たであろうアシスタント…カレン。それでも、驚きなどは見られない。この人はただのアシスタント…普通の人間なのか…?
「んじゃ、私はこのへんで! お兄さんは見るの二回目ですし、退屈かもしれませんけど、今度はどうやったら私たちみたいなことができるのか見抜いてやる! くらいのつもりで見てってくださいよー! まあ、無理だと思いますけどね!」
カレンは終始ハイテンションで去っていった。
「狐子…今の人、どう思う?」
「…一応、悪魔の力は感じた。じゃが、わしに対する敵意やわしを脅威と感じる雰囲気は感じない…そうなると、何も教えられていないが契約をしてしまった人間、と考えるのが妥当なところじゃが…」
カレンはステージ中央にピエラータの看板を置くと、舞台裏へと入っていった。
「じゃあ、ピエラータの方が悪魔ってこと?」
「おそらくは、な…奇術師になるとは、ずいぶん変わったことを…」
そういわれて考える。
「ねぇ、狐子。悪魔とか悪神って…本当に悪いやつばかりなの?」
「どうしたのじゃ、急に」
「世界を維持するための善と必要悪。それが神と魔。そしてその目的を逸脱して力を扱うものが悪神と悪魔…だけど、そういう存在の中にも改心した奴がいるんじゃないか? ってふと思ったんだ。それがピエラータで、魔には戻れないけどせめて人の世界に溶け込もうとして、マジシャンになった…みたいな話はありえないの?」
僕の言葉に狐子は考えを巡らせる。
「改心した者の話ならば、千年の間にも少しは聞いたことがある。じゃが、その場合とある儀式によって禊をし、その穢れを落とし、神に、あるいは魔に戻るのが普通じゃ。わざわざ悪魔のままでいる理由がわからぬ…悪魔でいる限り、そうでないものに命を狙われる。それと、悪魔や悪神の力は穢れと呼ばれるものが混ざるだけで、本質的に大差はない。つまり、悪魔にできることが魔にできぬ、ということはない」
「つまり、人の世界に入りこむにしても先に禊をうけるだろう、ってこと?」
「うむ。わしらにとって悪の一字を背負わされることは人間の世界でいうなれば…国際指名手配されるようなものか。どこに行っても、何をするにも怯えておらねばならない。その状況ならば、まず疑いを解くのが先じゃろう? よりにもよって公演を開くような職にはつくまいよ」
狐子の言葉にうなずく。
「…でも、実際こうしてショーをやってるんだよね」
「そうなのじゃ…思考がいまいち読めん…」
そう言って悩む狐子。僕も少し考えをめぐらせてみる。
できる限り見つかりたくない。なのに、なぜ人目につく職業につくのか? 思いつくのは、一つだけ。
「「おとりに使われている」」
僕と狐子の声がぴたりと合う。
「…ぬしも同じ答えか」
「まあ、それ以外思いつかないからね。目立ちたくないはずなのに目立つなんて、おとりくらいのものでしょ」
「うむ。じゃが、それが事実ならば…わしらはまんまとはめられたわけじゃ。わしの答えは決まっているが…ぬしはどう思う?」
はめられたかもしれない状況でも、狐子は僕を試してくる。どうするか…か。
「二つ答えが思いついた」
「ほう? 言うてみるがよい」
「一つ、これ以上はめられる前に逃げる。小夏さんが結界はってるところまで行けば、たぶん安全だし、僕と狐子の安全を考えればこっちかな」
「ふむ。それで、もう一つは?」
「とても単純で、分かりやすい。けれど、僕も狐子もだいぶ危険な目に合う」
一呼吸開けて、次の言葉を口にする。
「悪巧みから何からまとめて力技で突き破る。力量差がありすぎれば、柔よく剛を制すなんてできないからね。ただ、これには圧倒的な力が必要になる…だから、狐子が無理だと思うんだったらこの案はなしだね」
「なるほど…圧倒的な力、か…」
そう言うと、狐子はふっと微笑んだ。
「ぬしにはまだ話しておらなんだな…実は、わしは分かりやすいものが好物じゃ」
「つまり?」
「圧倒的な剛を以て柔を制す。実に単純。実に分かりやすい。気に入った…決めていた答えと、まったく同じじゃ」
「了解。まあ、はめられるかもと警戒する分には損はないからね。これでどう出るか…楽しみだよ」
笑顔で応えると、狐子は意外そうな顔をした。
「戦いを前に楽しみとは、顔にも性格にも似合わんな。てっきり防衛の手段として仕方なく戦っているものと思ったが」
「自分の全力を出せるのって、楽しくない? それがどんな形であれ、ね」
「やれやれ…ぬしも戦闘狂の素質があるやもしれぬな」
そんな話をしている間に、ちらほらと会場に人が集まりだした。
「さて、どこに座る?」
「無論、最前列。正面から受け止めるのじゃろう? ならば、そこ以外にはありえぬわ」
そう言って狐子が歩いて行く。
いいね…相手が頭を使ってくるっていうのは、今までのケンカ人生であまりない。数が集まれば何とかなる、という考えの連中ばかりだったからね。
僕は里奈さんや凛香先輩ほど頭がいいつもりはない。だからと言って、バカであるというつもりもない。策略には、策略でやり返してやるくらいの頭はあるつもりだ。
さあ、考えよう。敵がどう出てくるかを――。




