参幕 呆然、そして 壱
マジックショーが終わり、会場の人たちは徐々に去っていく。
紙のマジックの後も、時折悪魔の力を感じた。ただ、それで会場の人たちに危害が及ぶ事はなく、その力は純粋にマジックのために使われているようだった。
「楽しかったですね、慎一さん…慎一さん?」
悪魔の力を感じて呆然としていた僕だけど、里奈さんの声で正気に戻る。
「え…あぁ、うん。すごかったね。どうやって僕の持っていたレシートとこの紙を入れ替えたんだろう?」
「不思議ですね…タネなしの手品を見せられた気分です。まるで、本当の魔法のような…」
悪魔の力があった以上、本当に魔法なのだろうけれど、それを言ったところで里奈さんをこちらの世界に引き込んでしまうだけだから黙っておく。
「そうだね。この紙を書いた人は仕込みで、実はレシートと紙はマジックショーの前からすり替えられていた、とかそんなものじゃないよ。財布を取り出して、中身を入れ替えて元に戻すなんてことされたらさすがに気付くからね…」
「本当ですね…私もそんな事している人がいたら気が付きます。いったいどうやって入れ替えたんでしょう…」
たぶん、前の戦いで言うところの“影”のように、悪魔の力なのだとは思う。つまり、あのマジシャンかアシスタントは、その力を何らかの形で用いて、あの紙と僕の持っていたレシートを入れ替えた。
では、その力の詳細は? ワープさせた? それともまさか…時間を止めてその間に入れ替えたとでもいうのだろうか。
とりあえず、これは家に帰ったら狐子に報告すべきだろう。
「考えても、分かりそうにありませんね。どうも、凄いことが目の前で起きたらしい、と事実を受け止めるしかなさそうです」
「…うん、それがよさそうだ」
困惑した笑みの里奈さんにそういって、僕たちも会場を後にする。
「ところで、これからどうしましょう? 帰るか、もうちょっとお店を見て回るか…」
正直に言うなら、一刻も早く家に帰って狐子と相談をしたい。でも、里奈さんを見ていると一緒にいたい思いでいっぱいになる。マジックにのみ利用して、人に危害を加えたりはしていないのだから、悪魔の力だっていいんじゃないか? そんなふうに思えてくる。
そこで、僕はそれらの中間をとる。
「ごめん、ちょっとお手洗い行ってきていいかな?」
トイレに行って、携帯で家に電話をして、狐子に報告する。それが、今の僕の欲望と必要な事を同時にできることのように思えた。
「はい。分かりました。では、私は待っていますね」
「うん。ごめんね」
「いえ、生理現象なのですから仕方ありませんよ」
そう言って微笑む里奈さん。こんな素敵な笑顔を向けてくれる相手に、小さなものとはいえ嘘をついているというのは、気分が良いものではなかった。
「でも、まあ…仕方ないか…」
トイレに入り、人がいないことを確認して携帯を取り出し、家へと電話する。
しばしコール音がして、それが途切れる。
『はい、とーさかです』
電話に出たのは狐子だった。よし、好都合だ。
「狐子? 僕だけど…」
『おにーちゃんでしたか。どうかしたですか?』
愛紗の演技を続けているのは、たぶん母さんたちにばれないようにするためだろう。話を続ける。
「悪魔が、また出たかもしれない」
僕がそう言うと、狐子は息をのんだ。
「マジックに力を使っているだけで、危害を加える様子はなかったけど…放っておいて大丈夫だと思う?」
『…はい、わかりましたです。おうちに帰ってきたらたくさんお話を聞かせてくださいです』
その言葉は、大丈夫だと判断したからこそだろう。そう信頼する。
「分かった…早めに帰ったほうがいい?」
『はいです。おにーちゃんとはなれているのはさみしいです…』
それでも、話は早くすべきだと考えているのは僕と同じらしい。ふと聞いてみるとそう返してきた。
「うん…それじゃあ、早く帰るよ。少し待ってて」
そう答えて通話を終える。
「さて…里奈さんにはなんといったものか…」
真っ先に思い浮かんだのは、そんな事だった。とりあえず、トイレを出よう。
「お待たせ、里奈さん」
「いえ、大丈夫ですよ」
「そっか。またナンパされていたらどうしようかと」
「私だって強いんですからね? いざとなったら戦います」
「んー…それでも、ちょっと心配かな。夜道でいきなり襲われるかもしれないし…ほら、さっきの連中が逆恨みしたり。それに、夜は寒いし…」
たぶん心配いらないんだけどね…正直、里奈さんと組めば、普通の人間相手なら後れを取らないだろうし。
「そうですね…それじゃあ、ちょっと早いですが帰りましょうか。何か用事もあるようですし」
あ、あれ…? なんかばれるようなこと言ったかな…?
「慎一さんの顔色を見ていればわかりますよ。マジックショーを見てから、何か様子がおかしかったです。それに、愛紗さんも寂しがっていそうですからね。愛紗さんのために、慎一さんをひとりじめするのは、その…私の苗字が変わるまで待ってあげないでもないというか…」
「そっか…ありがとう。けどごめん。里奈さんの苗字を変えるような覚悟は…まだない」
「ええ、分かっています。けど、まだということは、いつかは…」
「うん…こんなに里奈さんのことが好きだなんて、こうして思いを表に出さないと、きっと気付かなかった。まだ自分でも気づかないような、強い思いがあると思う。だから、きっと、いつか…」
そっと微笑みかけながら語らう。
きゅっ、と僕をにぎる手が強くなる。この強さが僕らの絆なら、もっと、もっと強くなるといい。そう思いながら、僕も少しだけにぎる力を強くする。
里奈さんも同じことを思ってくれたのか、照れくさそうに僕に笑みを返した。




