弐幕 物語は再び始まる
フードコートへやってきた僕らは、適当に注文を済ませ、席についた。休日だけあって人は多い。けれど、中庭もある解放感あるつくりからか、窮屈さは感じない。
「もうちょっとしたらマジックショーですね。私、実際に目の前でマジックを見るのは初めてです」
「言われてみれば、僕もかな。どんなマジックなんだろう…」
話していると、手元の機械が音を鳴らしだした。注文した料理が完成したらしい。
「あ、僕がまとめてもらってくるよ。里奈さんは座ってて」
「あ、はい。ありがとうございます」
機械を持ってカウンターへ向かう。ちなみに、僕はハンバーガーのセット、里奈さんはきつねうどんにした。
「二十五番のお客様ですね。こちら、お品物となります。お会計、千百五十八円になります」
「えっと…二千と…ちょっと待ってください、五十八円も出すので」
財布の中の細かいお金を出して、おつりとレシートを受け取る。さて、里奈さんのところに戻ろう。
「里奈さー…?」
戻ってくると、里奈さんは三人の男の人に囲まれていた。もしかして…ナンパ? 何か話しているようだから、聞き取れればいいんだけど…大勢の声に紛れて、何を話しているのか聞こえない。
んー…非日常の力をこんな形で使うのもなんだけど…勘を忘れないためにも、一回やっておこう。
「霊力強化…聴覚」
周りに聞こえないように、ぽつりとつぶやいて自分の中のスイッチを入れる。これも、僕が狐子と出会ったことで使えるようになった不思議な力の一つ。
不思議な力を使うためには、霊力というエネルギーが必要となるのだけど、それは何もないところから火を出すようなことばかりに使うわけではない。体の一部に集中させれば、その部分の働きを強化することもできるのだ。例えば、目に集中させれば視野拡張、暗視とかができるし、こうして耳に集中させれば小さな物音を聞き逃さないようにしたり、指向性マイクのように、聞きたい方向の音だけを聞くようにしたりできる。
「…いーじゃんか、おねーさん! 俺らと遊ぼうぜぇ?」
「ですから、お断りします。私には彼氏がいるので」
「その彼ってさっき座ってた女みてーな奴だろぉ? あんなんより俺らと遊ぶ方がよっぽど楽しくて、キモチイイぜぇ?」
「ぎゃははは! いえてんなぁ!」
…うん、完全にたちの悪いナンパだな。だったら、容赦はいらない。
「お待たせ、受け取ってきたよ」
空いている方向から里奈さんの前にきつねうどんを置く。
「それと、君たち。こういうこと、される側って迷惑だってわからない? ほら、さっさとどっかいってよ」
「あぁ? 彼氏さんよぉ、それはできない相談ってやつだなぁ」
「そうだぜぇ? 第一、こんな美人をヒトリジメってのはどうかと思うぜぇ?」
はぁ…話の通じない相手って疲れるなぁ…。
「どっかいけっていってるんだよ。それとも、君たちは痛い目にあってからじゃないとまともな会話ができないタイプ?」
あくまで笑顔のままで言い放つ。里奈さんが僕の方を心配そうに見ているけれど、それは昔のような僕になってしまわないかが心配なのだろう。そうでなければ…この人たちの方を心配しているのかな。
「言ってくれんじゃねぇか、女みてぇなツラのくせによぉ…! やんのかゴルァ!」
怒声に周囲の視線がこちらに集まる。
「いいけど…ここじゃ他の人に迷惑だから広いところ行こうか」
ポテトをかじりながら言う。
「里奈さん、ショーが始まるのって何時だっけ?」
「え…一時、半…です」
「そっか。それじゃあ、ここで食べながら待ってて。間に合うと思うから…コート、預かってもらっていいかな? 汚したくないから」
「……無理、しないでくださいね」
そういう里奈さんに見られながら、ハンバーガーを手に取る。
「モグ…とりあえず、ムグムグ…そこの中庭だったら、大丈夫かな?」
緊張なんて感じない。今の僕にとって普通の人間は、あまりにも弱すぎて、脆すぎる。手加減しないといけない、というところに気を使えば何とかなるだろう。
「ほら、お好きなようにどうぞ…僕はお昼ご飯食べてるから」
「ふざけやがってぇ!」
殴りかかってきた男。その腕を横からたたいて軌道をそらしつつ、軽く蹴りを入れる。
「君たちなら食べながらで十分…めんどいから、まとめてきてくれない?」
僕の挑発に男たちはあっさりとのる。うん…どいつものろい。
微妙に立ち位置をずらし、男たちの攻撃のタイミングに差を出させる。一瞬早く訪れた男の腕をつかみ、一人の男の拳をそれにぶつけさせる。そして、片手の腕力と体さばきのみで腕をつかんだ男を投げ飛ばす。その目標は、残りの男。直線的につっこんでくるだけの相手だ。簡単に命中した。
「モグ…ねぇ、はっきり言っていい? 君ら、弱すぎ。こんな大勢の前で、君たちのいうところの女みたいな顔のやつに片手でいいようにされるとかさぁ…されてて恥ずかしくない? しかも自分たちの方が数多いんだよ? まともな感覚だったら恥ずかしくてやってられないね」
ハンバーガーをかじりながら話をする。これくらいであきらめてくれればいいんだけど…。
「取引しない? 見逃してあげるよ。だから、さっさと帰って? 僕たちはデートを続けられる、君たちはこれ以上痛い目を見なくて済む…お互い、利益があると思うんだけど」
「なめんじゃねぇぞ…このクソヤロウがぁ!」
そういうと、男たちの一人が特殊警棒を取り出す。それを見て、残りの二人も同様にする。
「交渉決裂…だね」
男達が武器を出したことによってか、周囲から悲鳴が上がる。里奈さんの方を見ると、心配そうな目をしていた。大丈夫だよ、と言う代わりに笑顔を浮かべ、ハンバーガーを食べきる。
「人を傷つけていいのは、そうされる覚悟のあるものだけだ…僕はそう考えてる。つまり、君たちはやられる覚悟を持ってるんだね?」
「ごちゃごちゃうっせぇんだよ!」
僕がすべて言い終える前に男が殴ろうと駆け寄ってくる。
「やれやれ…人の話はちゃんと聞いてよ」
その足元に行くようにハンバーガーの包み紙を手放す。
「なっ…!」
油やソースのついた紙を踏んだことで若干すべり、男は体のバランスを崩す。
その隙をついて、手に握られた特殊警棒を狙って霊力強化をのせた全力の蹴りをくりだす。自分で言うのもなんだけど、小夏さんの訓練を多少とは言え受けた僕の体術はなかなかのものだ。そこに霊力強化をのせれば、その威力は特殊警棒程度ならへし曲げられる程度になる。
「…は?」
自分たちの武器をあっさりと破壊された動揺からか、男たちは動かない。静寂の中に、男の手から弾き飛ばされた特殊警棒だったものが、地面に落ちる。
「次は…そうだね。今のを顔に叩き込む。意味、分かるかな?」
「「「……!」」」
「いいよね? さっきも言ったと思うけど…君たちはやられる覚悟を持っているんだからね?」
一歩、前へと歩み出る。
「ひいぃぃぃぃ!」
それだけで、特殊警棒を持っていた男が逃げ出す。
「君たちは逃げないの? だったら…遠慮なく、蹴るよ? たぶん、痛いじゃすまないね」
「やべぇって…こいつ本気だ!」
「チッ…! テメェの面、覚えたからな!」
そんな捨て台詞を残して、残りの二人も駆け出していった。
「やれやれ…自分の出したゴミくらい自分で持ち帰ってよね…」
ぶつぶつといいながら特殊警棒だったものとハンバーガーの包み紙を拾い上げる。
「すいません、お騒がせしました。どうぞ、ご歓談にお戻りください」
そう言って席に戻る。
「いやぁ…ケンカなんて久しぶりにしたよ。心配した?」
「男の人たちが武器をとりだした時は心配しました。慎一さんがやりすぎてしまうのではないかと思って…」
「そうだね。僕もちょっと不安だった。それにしても、これはやりすぎたかな…特殊警棒って結構高くなかったっけ…」
曲がった特殊警棒を机の上に置きながら話す。
「そうですね。二万から三万円はします。でも、あんな人たちが持っていても悪用されるだけですし、壊して正解ですよ。私はそう思います」
「そう言ってくれると助かるよ…って、うどん食べてないね。食べててくれてよかったのに」
僕が言うと、里奈さんはあきれたようにため息をついた。
「さっきはああ言いましたけど、慎一さんのことだって心配だったんですからね? のんきにうどんをすすっていられませんでした」
「心配してくれてありがとう。でも、もうすぐマジックショー始まっちゃうよ?」
「え!? そういえばそんな時間でした!」
腕時計を指さしながら言うと、里奈さんは急いでうどんを食べ始めた。
「のどに詰まらせないようにね」
そんな里奈さんを愛おしく思う。ああ、僕の中にはこんなに里奈さんを大切に思う心があったのか…。
そうして、ポテトをつまみつつ少しの間待つ。
「ごちそうさまでした! さ、行きましょう!」
「まずは食器返してからね。僕もゴミ捨てておかないと…」
ちょっとしたトラブルに巻き込まれつつも、僕らのデートは続いていく。
‡ ‡
「すごかったね…あの男の子。蹴りで警棒曲げてたよ?」
「あんな細いナリでも、本当はめちゃくちゃ鍛えたプロのキックボクサーとかだったのかもね。だって、特殊警棒ってものにはよるけど一トンくらいの衝撃には耐えられるんだよ? 普通の人間に出せる蹴りじゃないって」
「一トンの蹴りって…死んじゃうよ」
「マジそれ。記念にもっぺん見とく? あの子、ゴミ箱の上にあれ置いてたし」
二人が去ったフードコートの一角では、そんな話題で盛り上がっていた。
「…………」
そして、フードコートのゴミ箱の前。そこには特殊警棒だったものをじっと見つめているピエロがいた。
「ん? なんか言った?」
「ううん、何も?」
「ウソ、なんか言ったでしょ…近くで声したし」
「やめてよ~。私たちの近くにあるのなんて、このピエロの看板くらいじゃん!」
‡ ‡
屋上に出ると、寒気が僕らを襲った。すぐに上着を着直す。
「はぁ…何とか間に合いましたね」
「そうだね。人、割といるなぁ…」
「それは休日ですから。しかたないですね」
腕時計を見て時間を確認する。始まるまであと…五分か。
「席は埋まっちゃってるみたいだね。後ろの方から立って見るしかなさそう」
舞台の上には、ピエロのような仮面をつけた人の看板が立っている。
「大丈夫ですよ、私の背でもちゃんと見えます」
「なら、いいんだけど」
僕らは、二人とも手袋をつけていない。だから、互いの手を温めあうかのように、しっかりと手をつないでいた。
「そういえば、きつねうどんの分のお代も慎一さんが払ってくださったんですよね? いくらでしたっけ…」
「気にしないで。彼氏なんだから、あれくらいはらわせてよ。それに、里奈さんにはもっと高いものを買ってもらっちゃったし」
「え? ああ、そうでしたね。この服、買ったんでした…あの姿は、二人だけの秘密ですね」
「大っぴらにしたら、さすがに僕も怒るからね?」
そんな話をしていると、舞台に人が出てきた。あの人がマジシャン…なのかな?
「レディース・アンド・ジェントルメン! お待たせいたしました! これよりピエラータ先生のマジックショーを開始いたします! …ってあれあれ~? 先生がいらっしゃらない…ちょっとー、先生? こんな立札でごまかされるわけないでしょ~?」
そういいながら出てきた人…たぶんアシスタントさんは、その立札に赤い布をかける。
「先生! 出てきてください!」
その時、何かを感じた。直後にアシスタントが赤い布を取り去る。
「先生~? だめですよ? サボっちゃ!」
会場にどよめきが走る。なんと、赤い布がかけられた一瞬のうちに立札が人に変わっていたのだ!
「え? はいはい…サボろうとしたわけじゃない? 人を探してた? 今回のマジックにはお客さんの協力が必要だから、その人を探してた? ふーん…それじゃあ、さっそくマジックを見せてくださいよ、先生!」
アシスタントが言うと、先生と呼ばれているマジシャンらしきピエロが、大きく首を縦にふる。
「はいはい、最初は入れ替えのマジックなんですね? …ほうほう。なるほど! 皆さん、ここはショッピングモール。となれば、お買い物だってしますよね? その時は、何をもらいますか? ……そう! 買ったもの、おつり、そしてレシートですね! まずは、そのレシートと、こちらの真っ白な紙を入れ替えるマジックをするそうですよ!」
おおー、と会場の中で声がする。アシスタントがくるくると紙を回しているから分かるけど、表も裏も真っ白だ。文字はおろか、点一つない。
「では、先生。よろしくお願いします!」
アシスタントさんがマジシャンにその紙を渡す。すると、マジシャンはポケットからサインペンを取り出して、最前列に座っていた女性にそれらを差し出した。
「ああ、なるほど。何か書いてもらって、仕込みがないってことの証明にするんですね! さすが先生。ちゃんと考えてますね!」
「え、何書いてもいいんですか?」
「はい、どうぞ!」
「それじゃあ…」
女性が真っ白な紙にサインペンで何かを書き出す。
「はい、ありがとうございます! では、皆様。こちらの模様を覚えておいてください!」
アシスタントが改めて紙を見せる。そこには星といくつかのアルファベットが書かれていた。
「さ、先生。改めてどうぞ!」
再びマジシャンの手へと紙が戻る。マジシャンはそれをいくつかに折りたたみ、右手に持つと、左手で念を送るようなしぐさをしだした。何が起こるのだろうか…?
トリックを見破ろうとじっと見ていると、突然その紙から炎が発せられる。
その時、マジシャンの視線がこちらに向けられた気がした。そのとき、久しぶりにある感覚を覚える。
それは、紛れもなく…狐子たちの敵である、悪魔の力だった。
「……!」
戦慄する。なぜ? なんでこんな平和な場所で、平和な時間で、この力を感じるんだ?
動揺しているうちに、紙を覆っていた炎は消える。
「お疲れ様です、先生! さて、無事入れ替わっているのでしょうか!?」
燃えた痕跡が見えない紙をマジシャンの手から受け取るアシスタント。
「えーと…どうやら、フードコートのレシートのようですね。二十五番のお客様…ご注文の品は、ハンバーガーのセット、それときつねうどんですね。お会計は千百五十八円で、二千五十八円出しているようです…お心当たりの方、いらっしゃいますかー?」
その言葉を聞いて確信する。入れ替えられたのは、僕の持っていたレシートだ。
「慎一さん。今のって私たちの頼んだものじゃないですか?」
「う、うん…番号も、金額も僕の出したのと同じだ」
「じゃあ、間違いないですね! はーい! 私たちです!」
里奈さんが声を上げる。
「おお! 凄い美人さんですねぇ! では、あなたの持っていたレシートを見せてください!」
「はい! 慎一さん、見せてください!」
里奈さんに促されて、財布を取り出し、たたんでいたレシートを開く。
「……!」
それは、先ほど女性が書いた記号の紙に変わっていた。
「どうですか~? ちゃんと入れ替わっていますか~?」
「は、はい…このとおりです」
驚きの声が会場に響く。それを見たマジシャンが拍手の身振りをする。それにつられて、会場の人たちも拍手をした。
一方で、僕は呆然としていた。今…いったい、何が起きた? 紙が炎で包まれた。そこまでは、マジックでありがちなことだ。でも…そのあと感じた、あの嫌な感覚。あれは間違いなく悪魔の…狐子たちのような神様と敵対する存在の力だった。前の戦いの中で感じたものと、間違いなく同じだ。だったら…あの戦いが、再び始まるのか?
僕の非日常は、静かに、再び回りだしたようだった。
弐幕 了




