番外 明日への前日譚1
これは、僕が大学一年の頃にあった、ちょっとしたお話。
冬はつとめて。雪の降りたるは…枕草子のそんな言葉を、八千代神社の前で友達を待ちながら思いだす。
寒いのはあまり好きじゃない。だけど、雪がひらひらと舞う光景を見ているのは好きだと思う。風情があるというか、見ていてきれいだから。
「あけましておめでとうございます、慎一さん。雪がきれいですね」
ふいにそう声をかけられ、その声のしたほうを見る。
そこには、舞う雪の白さと美しさに勝るとも劣らない一人の女性が立っていた。
「おめでとう、里奈さん。今年もよろしくね」
その女性の名は、紫藤里奈。小学生のころからの僕の幼馴染だ。普段はストレートで伸ばしている長い黒髪を、今日はかんざしでまとめている。その髪型は振り袖姿と相まって、新年の初詣兼初日の出を見に行くという今日にふさわしい和の雰囲気をかもしだしている。
「ところで、ほかの皆さんはまだ来ていないのでしょうか?」
「そうみたい。まあ、約束の時間まで十分はあるし、もうちょっと待ってようか」
「そうですね。それまでは…二人きり、ですね」
冷たい風にさらされてか、ほんのり赤い頬で里奈さんはそう呟く。
「そうだね…ちょっと、寂しかったりする? 騒がしいメンバーがいないし…」
「そ、そのようなことはっ! わ、私は、その…慎一さんさえ…」
途中から小声になって、なんと言っているのか聞こえなかったけど…里奈さんが寂しくないならいいかな。
その後、少し慌てた様子の里奈さんと話していると、ふいに携帯からチャットアプリの通知音が響く。誰からだろう?
『私先輩。今れおぽんの家の前にいるよ~。――リンリン』
八大の考世学部メンバーの会議に、そのような言葉が書きこまれていた。
「先輩、どうかしたのかな? 今、礼尾の家の前ってことは、集合時間に間に合いそうもないけど…」
そう呟いたとき、再び通知音。今度は…?
『私先輩。今れおぽんの家の中にいるよ~。――リンリン』
そこからは怒涛のようにメッセージが送られてくる。
『私先輩。今れおぽんの部屋の前にいるよ~。――リンリン』
『私先輩。今れおぽんの部屋の中にいるよ~。――リンリン』
『私先輩。今れおぽんのベッドの下にいるよ~。――リンリン』
…ベッドの下?
『私先輩。男の子って本当にベッドの下にえちー本隠すんだねぇ…。――リンリン』
『ちなみにそのえちー本だけど、ろ――リンリン』
……ろ? と、いうか、このノリは完璧にメリーさんの電話じゃ…。
そう思った時、今度は着信音が鳴る。相手は…先輩?
「はい、もしもし…」
『悪い、シン。寝落ちしたからよ…今からそっち行くわ…ちょ、先輩その箱の中は本当にダメっす。その中は俺の秘蔵の――プツッ』
声は礼尾のものだった。つまり、先輩は本当に礼尾の家の中に入って、ベッドの下にいたのだろうか…。
通知音で目が覚めて、チャットアプリを開く。すると、そこには少しずつ自分に近づいてくる先輩からのメッセージが。そして、その内容のとおりベッドの下を見ると…うん、殺人鬼が隠れてたなんてオチじゃないだけましだけど、普通にホラーだ。
「うーす、お二人さん、ずいぶん早いな」
戦慄しているところに、のんきな声が聞こえた。
「今年もよろしくお願いしますね、双葉ちゃん」
「あー、よろしく…しかし、先輩は礼尾の家で何やってんだ…?」
「文面通りに受け取っていいことをしていたみたいだよ。まあ、あけましておめでとう、双葉」
「へいへい、あけおめ、あけおめ」
あくびをしながら応える、どこか少年的な雰囲気のある彼女は、千歳双葉。里奈さんと同じく僕の幼馴染で、元ケンカ相手だ。
「そういや、この神社でもなんかイベントあんの? 寺じゃないから除夜の鐘はないだろ?」
「まあ、甘酒くらいなら出すんじゃないかな? 子供のころ、妹と一緒に飲みに来た覚えあるし」
「お、甘酒かぁ…いいねぇ。じゃあ、とりあえずもらいに行こうぜ? 熱い甘酒が飲みごろになるころには二人も来てるだろうし、体あっためながら待ったほうが良くね?」
「確かに…ここでただ待ち続けるのはつらいですね」
そう言って、里奈さんは手に息を吐きかけている。僕は手袋をつけているからまだましだけど、そうでない二人にとってはこの寒さはつらいだろう。
「それじゃあ、境内に行こうか。たぶん、神主さんが用意してると思うから…早すぎたら手伝ってもいいだろうし」
そう話しながら、僕たちは石段を上がっていく。次第に甘酒の香りが漂いだし、人の声も聞こえだす。
石段を上がりきると同時に、境内の様子が見えた。まばらな人影が、甘酒が入っていると思われる鍋の周りを囲んでいるな。
「おはようございます、寒いですね」
周りの人達にそう挨拶をすると、鍋のまわりのスペースを少しあけてくれた。厚意に甘えて、そこに入らせてもらう。
「甘酒どうぞー…おや、慎一君に、お友達の…」
顔見知りの神主さんは、甘酒を渡した後に、来たのが僕たちだと気が付いたようだ。
「どもっすー。初日の出見に来ましたー。それまでの間寒いんで、甘酒お願いしまーす」
「お久しぶりです。私も、甘酒を…」
二人も僕の両隣に入り、甘酒を受け取って、一口。
「うひょー、あったけー…」
「優しい甘さがありますね…」
二人の様子を見ながら、僕も甘酒を一口。特有の風味が鼻に抜け、ほんのりとした甘みが口に広がる。うん、おいしい。
「今年の末には、みんな二十歳になってるんだよね…お酒に、タバコ。僕たちの中にやる人はいるかなぁ…」
「酒はガバガバやるだろ? 盛り上がりといや酒だし。タバコは…あたしはやらねーかな」
「私もタバコはやらないと思います。お酒も少しくらいしか…」
「礼尾はどうだろうね。かっこつけるためにタバコ、吸うかな?」
「まあ、本人に聞きゃいいんじゃね? しばらくすりゃくるだろ」
そんな話をしながら、甘酒をすすっていく。
「やほ~、来たよ~」
二杯目を飲みだした時、のんびりとした声が石段の方から聞こえた。
「みんな~、れおぽんってね~、実はロ」
「はい、先輩そこまででオナシャス!」
何か大声で言おうとした先輩の口を、礼尾がふさぐ。
「やれやれ、ずいぶん遅かったね、礼尾。とりあえず、甘酒でも飲みなよ。凛香先輩も、寒いでしょうからとりあえず火のそばに」
「ういうい~。いや~、まさかれおぽんのベッドの下にあんなものが…」
「その話はもうなし! 死にそう…っつーか、ベッドの下に先輩が居るの見たときは心臓とまりかけたし…」
…ああ、やっぱり本当にベッドの下にいたんだ…。
「でも、ちょうどいいころあいに来れたかにゃ~? みんな、東の空を見てごらんよ~」
甘酒をもらいながら、先輩はそう言う。
「あ、本当ですね…明るくなりだしています」
「動画でも取っておくか…あ、礼尾。いいギャグ思いついたぞ。まず頭を丸坊主にしてだな…」
「やらねーからな!?」
夜が明け始めて、周りの人達も騒ぎだす。一方、僕はただ静かに、心の中で言葉を浮かべていた。
妹である君すら守りきれなかった僕だけど、せめて周りの人達は守ります。だから、紫織。君は、安らかに眠っていてほしい。
僕自身に何があっても、どうなっても、みんなを守りぬいてみせるから――。
「……さて、初日の出も見たことだし、お参りして帰ろうか。寒いから、風邪ひかないようにね」
「おうよ、シン。みんなー、五円玉は持ったかー」
はしゃぐみんなの声を聞きながら、明けたばかりの空を見やる。
ああ、今年も良い一年になりそうだ。




