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壱幕 平穏な世界と時の中で弐

 僕らは、エレベーターに乗ってゲームコーナーのある階にやってきた。


「よし! もうちょい、もうちょい…! あー!」

「はい、もうワンクレ! 諦めんなよ!」


 エレベーターを降りた途端に、礼尾と双葉の声が聞こえてくる。


「相変わらず、あの二人は騒がしいね」

「本当ですね」


 手をつないだまま、僕らは声のもとへと歩んでいく。


「くっそ、このアーム弱すぎんだろ常識的に考え…て…」

「どうした? 礼尾、アームの位置ぜんぜんちが…あ」


 手をつないだ僕と里奈さんの姿を見て、二人は驚きをあらわにする。


「…え、ちょっと待て。お前ら…いつからそういう仲に?」

「ついさっき、二人にからかわれた後」

「ああ、なんかざわざわしてんなー、と思ったらそういうことか…って、そうじゃない。里奈が慎一のこと好きなのはバレバレだったけど、慎一…ニブチンのお前が、いつからその思いに気づいて…?」

「愛紗を大学に連れていってから…かな。さすがに、あそこまで嫉妬心をあらわにされたら僕だって気付くよ」


 二人ともぽかんとしていて、頭がまともに回っていない様子だ。


「このとおり、私たちは付き合うことにしました。今後もお友達として、よろしくお願いします」

「お、おう。よろしく…」

「おめでとう…で、いいんだよな? うん」

「それじゃ、二人とも頑張って。僕らはこのまま初デートしてくるから」


 まあ、説明は学校でもできる。ここは放っておこう。


「二人とも、驚いていたね」

「それだけ、予想外だってことですよ。だって…私が慎一さんのことを好きになったの、小学校からですよ? それからずっと…好きなんですから」


 思い返してみると、たしかに里奈さんはそのころから僕のことを好いてくれていたと思う。ただ、僕がどこまでも鈍感に流していただけで。


「僕なんかを好きになってくれてありがとう。でも…どうして僕を?」

「それは…妹さんや、そのお友達のためにケンカをするようなやさしさと、強さと…あと、私と同じような気がしたんです」

「里奈さんと同じ?」

「はい。何といえばいいか分かりませんが…普通じゃない、とでも言いましょうか」


 普通じゃない? どういうことだろう…里奈さんは、頭もいいし、外見もいい。才色兼備すぎるほどだ。それを普通じゃないとすれば、たしかにそのとおりだ。

 でも、僕はどうなんだろう。個性らしい個性もないようなモブキャラだと思う…不思議な力が使えるのは普通じゃないけど、それは最近になってからだし、そもそも里奈さんがそれを知っているわけが無い。

 まあ、いいか。度が過ぎたお人よし、とかそういうことかもしれないし。里奈さんの知っている僕で、普通でないとなるとそのあたりだろう。


「ところで、次はどこに行きましょう。お二人へののろけもすんでしまいましたし…」

「洋服、見に行く? 新しいお店が入ったって言ってたよね?」

「はい! あ…でも、今買ったら荷物になってしまいますね。でも、見に行きたいですし…」


 そう言って悩みだす里奈さん。そんな様子も、見ていてかわいらしい。


「じゃ、下見しようよ。買うのは帰るちょっと前にして、いいものがあるかどうかを見るだけ。どうかな?」

「その手がありました! それでは、早速行きましょう!」


 そういうと、里奈さんは僕の手を引いて歩きだした。


「ina:Reというメーカーを知っていますか? 慎一さん。ちまたで噂のメーカーで、その独創的なデザインは素晴らしいんですよ!」


 興奮した様子で語る里奈さん。


「そうなんだ。どんな風なの?」

「そうですねー…洋服に和のテイストを加えたというか、洋服風の和装というか…まあ、見るのが一番早いですね。あそこがina:Reのお店です」

「へぇ、どんな服なんだろう…」


 里奈さんが指さしたほうを見る。ほほう、看板の時点でセンスが感じられるな。黒地にロゴとシンプルだけど、そのロゴがスタイリッシュというか。


「いらっしゃいませ。よろしければ、こちらをどうぞ」


 店内に入ると、店員さんから一枚のパンフレットのようなものを渡された。


「ああ、これなら私の母がもらってきたものと同じですね。これを見て私もこのメーカーいいなぁ、と思ったんです」


 僕が持っているパンフを、里奈さんがめくっていってくれる。


「へぇ…メーカーの成り立ちとか書いてあるんだね。あ、社長の顔写真も…!?」


 思わず吹き出しそうになる。

 その顔写真の人物は、メイクや服装、サングラスなどで分かりにくいものの、間違いなく僕の知っている狐の神様の一人だったのだから。日向小夏。僕の知る限りでは、彼女はそういう名前だった。

 あ、そういえばここのメーカー名も“イナリ”だっけ。つまり…土地神をやりつつ、人間界でアパレルメーカーの社長をやっている…ということだろうか。どっちが本業かは気にしないでおこう。


「どうかしましたか? 慎一さん」

「いや…なんて言うか、この人が親戚にすごく似ているような気がしたんだ。気のせいだと思うけど」

「世の中には自分と同じような顔の人が三人いる、といいますものね。そういう偶然もあるかもしれません」


 とりあえず、今度会ったら聞いてみよう。最近は訓練もつけてもらっていないし。


「まあ、問題はどんな服なのか、だよね」


 そう言って視線をパンフから店内へと移す。

 そこには、小夏さんがデザインしたとは思えないまともな…というより、かなりいい雰囲気の服があった。


「へぇ、たしかに和服に洋服の要素を加えた、って感じだね。洋服みたいに着やすくする工夫や、動きやすさを出すための工夫がいろんなところにある。それでいて、和服の良さは失われていない…里奈さんが気に入ったのも分かるよ」


 …一つ、すごく見覚えのあるデザインがあるのは黙っておこう。あれ、狐子の戦闘服と同じデザインじゃあ…。


「文句をつけるとしたら、少し露出が多い所ですね。今の子にはこういうのがうけているのかもしれませんが…私はちょっと…恥ずかしいです」

「確かに、里奈さんがこの服を着たら…」


 そっと想像をめぐらせる。狐子みたいな少女の外見でも色っぽさを感じるような服装を、里奈さんみたいな体型の人が着たら…。


「振り向く人が増えそうだね」

「…ひょっとして、今、着ている私を想像しましたか?」

「…まあ、ちょっとね」


 頬をかきながら答える。


「慎一さん…そんな、えっちな人だったんですね」


 顔を真っ赤にして言う里奈さん。


「幻滅した?」

「そんなえっちな人なら、どうしてもっと早くにこういう関係になれなかったのか、と疑問に思っています」

「僕、むっつりなのかもしれないね」

「もう…そこは否定してください」


 つないでいるのと反対側の手で軽くたたかれる。


「というか、僕がえっちなら、このメーカーの服をいいと思った里奈さんはなにさ?」

「それは…! このメーカーのことを知るのがこういう関係になる前だったからで…こういう格好をすれば、慎一さんが私のこと、女の子として見てくれるかな、って思っただけです…慎一さんが鈍感なのが悪いんです…」

「あ…そう、なんだ…」


 着るのが恥ずかしいとか、着てるところを想像しただけでえっちだとか言うような格好をしてまで、僕に女の子として見てもらいたかったのか…そんな強い思いに気づいていなかったなんて、過去の自分を殴り飛ばしたくなる。


「ごめんね、鈍感で。でも、気づいたからには大胆に行くよ。まあ、里奈さんには及ばないかもしれないけど」


 少なくとも、あんな衆人環視の中でキスをするような勇気は僕にはない。って、思いだすとまた顔が熱く…!


「ふぇっ!? えっと、その…な、何のことでしょう?」


 慌てた様子で、でも僕から視線を外さない里奈さん。まずい、里奈さんの唇から目が離せない…! それをそのままいう勇気も僕にはない!


「それは、まあ…着るのが恥ずかしい、っていうような服を着てでも異性として見てもらおうとか…僕にはできないかなー、って」


 とりあえず、さっき思った事を言ってその場をごまかす。


「ま、まあ、男性はそうでしょうね。女性と違って、露出を増やしてアピールしたって、変にみられるだけですし」

「そうだね。まあ、僕はもともと男らしさがあまりないから、筋肉がどうこうとかできないけど」

「そんなことありませんよ。妹さんへのいじめをやめさせるためにケンカをするなんてなかなかできません。そういうところは男らしいと思います。たしかに顔は女性的なところがあります…が…」


 …? どうかしたのかな? 視線が一点で固まったようだけど…。


「すいません、店員さん。あの服に、この人に合うサイズはありますか?」


 そう言う里奈さんの視線を追う。そこには、一着の服があった。他の物と比べれば露出は少ないけれど、足の下の方に若干のスリットが入っているうえに、へそ、胸元のあたりが開いている。

 そして、里奈さんの言葉を思い返す。私に合うサイズ、ではなく、この人に合うサイズといった。

 そして、里奈さんと一緒にいるのは僕だけだ。

 全力でその場を後にしようとする。


「慎一さん、どちらへ?」


 しかし、それは里奈さんとつないでいた手によって妨げられる。


「私、ずっと思ってたんです…慎一さんが女性の服を着たら、とてもかわいいんじゃないかって」

「それ、凄く聞きたくないカミングアウトだよ!?」

「えー…スリーエルが当店でとり使っている中では最大となります。それ以上のサイズとなりますと、本店へ行っていただくか、オーダーメイドという形に…」

「店員さん。流さないで。僕、男。あの服、女性もの。オーケー?」

「大丈夫です…大変お似合いになるかと」

「店員さぁん!?」


 止めてよ! 女性ものを男性に着させようとしないでよ! なに!? 似合ってなくても“大変お似合いですよ”って言って客に買わせるあの商法、とうとう性別の垣根すら超えたの!?


「では、さっそく着てみてください、慎一さん」


 そう悶えている間に試着の準備は整ってしまったらしい。店員さんの手にはスリーエルと思わしき服が握られている。


「…初デートで女装…はぁ。いろんな意味で忘れられない一日になりそうだね」

「いい思い出になりますよ。きっと」


 逃がしてくれそうにないなぁ…仕方ない。着るか…はぁ…押し込まれるように試着室へ入る。

 でも、これ着方が分からない…女性ものの服の着方なんて知らないぞ…とりあえず、ワンピースタイプというか、上から下まで全身を覆う感じで作られてるし、頭からかぶればいいのかな…。


「言っておくけれど、似合わないからね!」


 頭からすっぽりとかぶり、ちゃんと着られたことを鏡で確認して、試着室のカーテンを開ける。


「やっぱり…似合うじゃないですか」

「本音でも建て前でも嬉しくないからね? それ」

「あ、店員さん。この服買います。おいくらですか?」

「買うの!? これ下見じゃなかったっけ!?」


 ということは…今後も女装させられる可能性がある? 里奈さんって…こんなおかしな人だっけ…。

 僕が頭を抱えている間に、里奈さんは会計を済ます。


「…とりあえず、元の服に着替えるから」


 ガッシリ。試着室の中に戻ろうとした手を、しっかりと握られる。


「…里奈さん?」

「店員さん、ハサミとか、何か切れるものはありませんか? タグとってこのまま着て帰ります」

「里奈さん!?」

「えー…カッターナイフでよろしければ」

「店員さん!?」

「ありがとうございます。さ、慎一さん…行きましょう?」


 まずい。里奈さんの笑顔が僕の主観だと怖い。


「お願い。里奈さん。この格好のままで一緒に回るのは許して…第一、僕の外見じゃあ、すぐ男だってばれるよ? 女顔かもしれないけれど、髪だって短いし…一万歩譲って僕が変な目で見られるのはいいけど、里奈さんだって女装趣味の彼氏持ちだとか、変な目で見られるんだよ?」

「慎一さん…そうですね。分かりました」


 良かった。これはあくまで悪ふざけだったんだね。たぶん、今まで僕が思いに気づけなかったことに対する里奈さんなりの罰というか、そういうことなんだ。


「このショッピングモール、本当に品ぞろえがいいですよね。ウィッグ屋さんもあるなんて…大丈夫、長髪のものもあるって知ってますから」


 あ、だめだ。この里奈さん、僕が知っている里奈さんとは何かが決定的に違う。

 絶望を感じて、それを表情に出してしまったのを悟る。


「…ふふっ、冗談ですよ、慎一さん。慎一さんの顔だったら女性ものでも似合うのは本当ですが、さすがに公衆の面前で女装なんてさせません」


 いや、すでに店員さんの前で女装させられてるんだけど…。


「二人きりの時にこっそりしていただきます! 慎一さんの女装姿にここまでドキドキするとは…計算外でした!」

「女装するのは確定なんだ…」

「大丈夫ですよ。そのうち慣れますから。あ、写真撮っていいですか?」

「絶対ダメっ!」

「礼尾さんや双葉ちゃんにしか見せませんから! お願いします!」

「その条件なら…って頷くわけないでしょ!? も、もう着替えるっ!」


 慌てて手を振りはらい、試着室に駆け込む。はぁ…買った以上持って帰るんだよな、これ…。


 若干の憂鬱を感じつつ急いで元の服に着替えて、試着室を出る。


「…里奈さん、その手に持っている物は何かな?」

「服です」

「…試着するの? それ」


 とりあえず、今着たものより露出が多いのだけは分かる。


「はい。試着します。慎一さんが」

「着ないからね!?」

「大丈夫です! ほら、背中もこんなに開いていてセクシーですよ!」

「大丈夫要素が見つからない!」


 僕が思わず叫ぶと、里奈さんはこらえきれない様子で笑いだす。


「あははっ…さっき冗談だって言ったばかりじゃないですか。本当に着ていただくのは、二人きりの時ですよ」

「着ないからね…二人きりだろうと何だろうと!」

「それなら、買っても仕方ないですね。店員さん、冗談に付き合っていただき、ありがとうございました」

「いえいえ。私も眼福でした」


 はぁ…このお店、二度と来ない…というより行けない。


「それじゃあ、次のお店行こうか。どこに行く?」

「では、ウィッグ屋さんに」

「却下」


 ina:Reを後にしながら話をする。


「では、お昼ご飯にしましょうか。思っていたより長い時間ここに来るまでにかかりましたし」

「そうだね。それじゃあ、フードコート行こっか。里奈さんは何が食べたい?」

「慎一さんで」

「え?」


 また冗談…だよね? 思わず固まると、里奈さんは自然な動きで僕と手をつなぐ。


「冗談ですよ。仕切り直しましょうか」

「う、うん…えっと…里奈さんは何が食べたい?」


 僕が聞くと、里奈さんはきょろきょろと周りを見だした。何を食べるか考えているようだ。


「そうですね…何があるか見ないと決められないですね」

「んー…じゃあ、まずはフードコートに行ってから考えようか」

「はい。では、行きましょう」


壱幕 了

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