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壱幕 異常な世界のカケラと日常の断片 上

 僕が放った矢は的の中心へと吸い込まれるように飛んでいき、ダンッ! と派手な音を立てて突き刺さった。


「ふぅ……まあ、慣れればこういうふうに中心に当てることができるようになります。せっかくだから、何人かに実際にやってもらおうかな? どう思う? 与一君」


 いよいよ始まったオープンキャンパス。僕はやってきた数人の高校生たちに弓道の説明をしていた。

 ちなみに、手本を与一君じゃなくて僕がやっているのは与一くんが緊張に負けたからだ。やれやれ。まあ、そう言うタイプだから仕方ないんだけどさ……。


「い、いいと思います! ででで、でも、どうぎゅ……道具は壊さないように気を付けて!」


 うん、完全にテンパっているね。とりあえず落ち着かせたいところだけど……どうしよう。みんなの見ている前でなだめるのもなぁ……。


「それじゃあ、やってみたい人はいるかな? いたらその人にやってもらおうと思うんだけど。あ、もちろんやり方は教えるよ」


 まあ、あとでいいか。そう結論付けて言うと、数人の女の子が手をあげた。その顔はどこか期待に満ちているように見えた。そんなに弓道に興味があるのかな? だとしたら、弓道部の一員として嬉しいものだね。


「よし、それじゃあまずはそこの君から。名前は?」

「は、はい! 牧坂です!」

「牧坂さんね。それじゃあ、よろしく」

「はい! よろしくお願いします!」


 嬉しそうに僕の方へと歩いてくる牧坂さん。さて、まずは姿勢と胸当てをつけるところからかな。


「さて、弓道という物にはいろいろな礼儀があるんだ。射法八節って言ってわかる……わけないよね。普通知らないよね。でも、そこまでやろうと思ったら長くなるので今回は簡単な説明だけにしておくね。まずは、射法八節に入る前から。執り弓の姿勢なんだけど……」


 牧坂さんの後ろに立って手を取って教えていく。それと同時にぼそぼそと女の子たちが何かを言うのが聞こえた。


「ここまでやったら、ねらいをつけて矢を放つだけ。んー……たぶん、思っているより上の方を狙った方がいいと思うよ。さ! やってみて!」

「はい!」


 シュッ! 牧坂さんによって鋭く放たれた矢は勢いよく飛んでいく。だけど、残念ながらそれは的に当たることは無く、的の後ろにつまれているわらに突き刺さった。


「あぅ……失敗ですね」

「そうだね。でも、初めてなんでしょう? だったら十分だよ。初心者だと、引きが弱すぎて矢が地面に刺さったり、そもそも矢を飛ばすことすらできなかったり……とにかく、よくできました!」


 軽く背を叩いて微笑む。牧坂さんは照れくさそうにすると、弓や胸当てを僕に渡して先ほどまでいた場所に戻っていった。

 こんな調子で数人に教えていき(なぜか女の子が多かった)部活見学の時間が終わった。ふう、これで僕の役目は終わりかな……。


「先輩、お疲れ様でした! すいません、全部先輩任せになってしまって…」

「いいよ、別に。さてと、僕は考世学の教室に行こうかな。学部説明はたぶんないだろうけど……」

「そうっすね。考世学部はスカウト制でしたっけ? 須藤教授が目を付けた人しか入れないとか……」

「うん。ただ、その選考基準がよくわからないんだよね…礼尾と双葉は運動関係、里奈さんと……先輩も学業。そうなると僕は何だろう……」

「言われてみれば、先輩には他の人たちほどとがった特徴が無いっすよね。いったい何が須藤教授の気に入ったのか……って、あれ? まだ一人女の子が残ってますね…どうかしたんすかね。ちょっと、声かけてくるっす」


 荷物を持ったまま女の子の方へ歩いていく与一君。その様子を見守る。

 二言三言話すと、与一君は僕の方へと戻ってきた。女の子に動く様子はない。


「与一君。あの子、なんだって?」

「それが、よくわからないんすけど先輩に用があるとかで。話してきたらどうっすか? 片付けなら自分がやっておくっすよ?」


 そう言って与一君は片付けに戻っていった。僕に用? 誰だろう。高校生の女の子の知り合い……ここに来るような子は思いつかないけど…そう思いながら女の子のほうに歩いていく。


「えっと、僕に用だって聞いたけど……何かな?」


 僕がそう聞くと、女の子は僕をにらみつけた。う、何かまずかったかな?


「……お久しぶりですね、お兄さん。よくそんなにへらへらしていられるものです」

「おにいさ……って、え!? もしかして…ユキちゃん!?」


 そこに立っていたのは、僕の妹の友達だった女の子。白坂雪路ちゃんその人だった。


「……その呼び方をあなたに許した覚えはありません。少なくとも、あの日以来は」


 あの日。その言葉を聞いただけで、背筋に冷や汗が流れるのを感じる。呼吸も乱れて、少なくとも正常ではない。でも、彼女との会話は続けなくちゃ……。


「そう、だったね。ごめん。でも、久しぶりだね。あの日以来、あまりあってなかった気がするよ」

「当たり前です。憎い相手と顔を合わせるなんて、何度もしたくありませんから」


 ……やっぱり、そうだよね。あの日の原因を作ったのは、僕でもあるのだから。憎まれて当然、か……。


「……そんな相手の元に来て、どうかしたの?」

「……お知らせに来ました」

「知らせ? 何を?」


 そこまで話すと、彼女は僕に一封の封筒を手渡した。


「しいて言うのなら……運命です。せいぜいあがいてください」


 そう言ってユキちゃんは去って行った。運命……? いったい、何を言っているんだ?


「片づけ終わりましたよ、先輩……先輩? どうかしたんすか?」

「え、あ、いや。何でもないよ。片付けお疲れ様」

「いえいえ。何もできなかったんで、せめてこれくらいは。で、その封筒は? さっきの女の子が渡してきたんすか?」

「うん、そうだけど……」

「おお! もしかしたら、ラブレターかもしれないっすね! あ、自分は見ない方がいいっすね。一人の時にごゆっくり……」


 気を利かせているつもりなのか、そう言って与一君は僕から離れていった。


「ユキちゃん……運命を知らせに? 何を言っているんだ…?」


 ぽつりとつぶやいて、封筒を開く。中からは一枚の折りたたまれた紙が出てきた。


「えーと……? …………!?」


 その中には、実に単純で、実に明快な言葉が書かれていた。


 “お前は 俺に 殺される”


「な……なんだよ、これ……」


 その言葉は、血のように赤い文字で、でかでかと書かれている。何度も見直す。でも、そこに書かれている文字が変わることは無い。何度見直そうと、お前は 俺に 殺されるとしか書かれていない。


「これが……僕の運命だって言いたいのか? ユキちゃん……」


 “俺”というのが誰なのかはわからない。だけど、彼女の言葉が確かなら……僕は誰かに殺される。それが運命?


「…………」


 まさか……ね。殺人なんて、大きなこと、そう簡単にできるわけが無い。でも、警戒はしたほうがいいかもしれない……何年もの間、僕に憎しみを向けていた少女が運命と言って手渡した物なのだから。


「……とりあえず、皆のところに行こう」


 混乱している思考に一旦ふたをして、目的を思い出す。そのためにはまず着替えなくては……。

 でも、着替えをしていると、ふたをした隙間から疑問が漏れ出してくる。どうしてユキちゃんが僕に渡したのか? なぜこのタイミングだったのか? そして……私ではなく俺と書いたのはなぜなのか?

 疑問は尽きない。でも、考えたってしょうがない、か……何かが分かるとは思えない。

 着替えを終え、更衣室を後にする。この封筒は…とりあえず、持っておこう。


「さて、合流だ」


 荷物を持ち、考世学部の教室へと走る。この紙とユキちゃんの言葉を信じるわけではないけれど……大勢人がいれば殺人なんてできないはずだ。


‡   ‡


 そう思いながら移動すること数分。考世学部の教室の前にたどり着いた。中から聞こえる喧噪。でも、それは大勢によるものではない。やれやれ……みんな、いつも通りだなぁ。思いながら教室の扉を開ける。


「みんな、お疲れ。誰か来た?」


 僕が声を上げたから、注目が集まる。礼尾と、双葉と、里奈さん。二年生組が再びそろったね。そして、唯一の三年生も。


「んにゃ、イッチーおっは~。朝から大変だったっぽいね~」


 こののんびりとした口調の人が僕たちの唯一の先輩、速水凛香先輩だ。体のパーツの大きさは里奈さんと双葉を足して二で割った感じかな。つまりは、平凡。里奈さんみたいにグラマーなわけでもないし、双葉ほどスレンダーなわけでもない、付け足すならば、小柄な人だ。のほほんとした雰囲気と、黒縁メガネが特徴かな。


「ええ、まあ。先輩たちは……って、聞くまでもなさそうですね」


 見るからに暇そうな面々。何かやることがあったらこんなふうにはしていないだろう。


「……ところで、どことなく顔色が悪いね~? なにかあったのかにゃ?」


 そう思っているところにその一言。思わぬ不意打ちに動揺を漏らしそうになるけれど、それをこらえる。


「そうですか? 朝から集中したので、そのせいかもしれませんね。緊張もしましたし……やっぱり、人目があると意識しちゃいますね」

「なるほどね~、先輩も何となくわかるよ~。発表会の時とか、も~……緊張するったらないよ~」


 発表会か……何の発表なのかはあえて聞かないでおこうかな。先輩はそのあたりが謎だ。聞いても教えてくれないし……。


「ま、なんともないならそれが一番。先輩が勘ぐりすぎただけだったかにゃ?」

「たぶんそうです。ところで、他のみんなは?」


 話をそらすために二年生組の話に持って行こうと試みる。


「見ての通りだぜ、シン。やることないから待機中」

「あたしたちが下手に手伝ったらかえって迷惑になるかもしれねーからさ。とりあえず、須藤教授の指示待ちってところだな」


 礼尾と双葉がそう言う。里奈さんもそれに同意して頷いているから、面倒くさいから何もしていないというわけではなさそうだ。


「そっか。それじゃあ、僕ものんびりしようかな……」


 のんびりするというのはもちろん表面上の言葉。頭の中は、ユキちゃんから受け取った謎の紙の事でいっぱいだ。いったい何の目的であんな言葉の書かれた紙を渡してきたのだろう。たぶん嘘だとは思うのだけれど。

 とりあえず、事実だと仮定しよう。そうすると、伝える理由が無いのだ。何も教えず、夜道でグサリ。教えて警戒されるくらいなら、そっちのほうがずっと楽だ。だから、嘘だと思いたい。

 でも、何年も僕の事を憎んでいたのなら、殺害予告を出して恐怖を感じさせたい、という目的も考えられる……いや、考えすぎかな。さっきも思ったじゃないか、考えたってわからないと。

 第一、雪路ちゃん一人ならどうとでもなる。慢心でも何でもなく、ただ事実として、僕のケンカの実力から考えればわかることだ。例え刃物を持っていたとしても、雪路ちゃん……いや、男の二~三人だったとしても、何とかなるはずだ。その程度は僕にだってできる。逃げるだけだったら、もっと楽になることだろう。


「シン、どうかしたかよ? さっきからなんか真剣な顔してるぜ?」


 おっといけない。顔に出てしまっていたようだ。


「何でもないよ。礼尾には無縁だろうけど、女の子に告白されただけ」

「フゥッ!?」


 あ、いけない。里奈さんの触ってはいけないところに触ったっぽい。なんでかわからないけど、時々こうやって猫の威嚇みたいな声出すんだよね、里奈さん。


「一言余計だ、ばーろー。まあ、事実だけどよ…」

「そうだな。お前みたいなやつ相手にするのはよっぽどの変わり者ぐらいだろうよ」

「うっせー! 昔基準で考えりゃ俺だってマスラオって感じでイケメンに分類されんだよ!」

「はいはい。でも今は慎一みたいな優男の方がモテるって知ってるか?」

「知ってるよ! マスラオがあんま需要ないってことも含めてな! チクショウ……チクショウ!」


 そう言って机をバンバンと叩く礼尾。気のせいか、若干涙目になっている気もする。

 ガラッ。そこに扉を開ける音が響いた。


「……えー…私はお邪魔でしょうか?」


 そこに立っていたのは須藤教授だった。


「三成教授~、いえいえ~。れおぽんが暴走していただけですから、お気になさらず~」

「気にすることは無い、という事ですね。了承しました」


 いつも通り、どこか頼りなさげな感じでしゃべる須藤教授。でも、実際は結構すごい人なのだ。この考世学部も須藤教授をこの大学においておきたい一心で大学側が作ることを了解したという説もあるくらいだし。まあ、あくまで一説に過ぎないけど。大学の七不思議レベルだね。

 ちなみに他の七不思議は漫画研究会の裏の顔、腐女部が存在するとか……まあ、信用するに足らないレベルだから、この説もあてにはならないかもしれない。でも、実力はある人なんだろう。そうでなければ全員で五人しかいないような学部、とっくに廃止されている。


「さて、みなさん。今日はオープンキャンパスですね。慎一君は弓道部の代表として選ばれたという事ですが、他の皆さんは何かやりましたか?」


 僕以外の全員が須藤教授の言葉に首を横に振る。本当に何もやってなかったんだね……。


「そうですか……では、指令といきましょうか」


 やせ気味の顔にかけた眼鏡を上げながらそう口にする須藤教授。指令……いったい何を言い出すんだろう? まあ、たいていの場合雑用を頼まれる程度だけど。


「実は、他の学部の教授から資料整理を頼まれまして。八大のイメージ向上に一役買ってくれた慎一君以外の方々にお願いしようかと思います」


 そう言って小脇に抱えていた書類と思わしき紙をどすんと教卓の上に置く須藤教授。うーん、一人でやろうと思ったら多いけれど、全員でやろうと思ったらすぐ終わる、という量かな。


「それくらいなら大丈夫です。ですよね? 皆さん」


 率先して口に出すのは里奈さん。さすがだね、小中高とクラス委員長を務めただけはある。


「まあ、めんどくせーけど……それくらいならいいっすよ。なあ、双葉?」

「そうだな、あれくらいなら……」

「そうですか、引き受けてくれますか……と、いう事です」


 そう言ってドアの方に目を向ける教授。と、いう事ですって……何が?


「いやぁ、助かっちゃうなぁ~……よい、しょっと……」


 どすん、どすん、どすん、どすん……。他の学部の生徒らしき人が台車に乗せて運ばれてきた書類が次々に教卓につまれていく。この量は……全員でも多いくらいだぞ!?


「じゃっ、よろしく!」


 無駄にいい笑顔を残して去っていく他の学部の生徒。


「……と、言う事ですので頑張ってください。私は他の仕事があるのでいったん失礼します」

「ストーップ! 教授、これは詐欺っすよ! 最初に教授が積んだ分だけと思わせての巧妙な罠! これはひでーっす!」

「おや、私は書類がそれだけだと言った覚えはありませんよ? まあ、承諾してくれたのですから、頑張っていただきます。では、急ぎますので」


 そう言ってそそくさと教授は教室を後にした。その速度は教授にしては随分早いもので。悪いとは思っている……のかな?


「チクショウ……あの量だからまあいいかって思ったってのによ……」

「まあ、いまさらグダグダ言ったって仕方ないさ。やるよ、礼尾、里奈」

「そうですね、頑張りましょう!」

「先輩もやっちゃうよ~」


 決意を固めるまでの時間は礼尾より双葉の方が早いね。なんというか……男らしい。それをきっかけとして動き出す里奈さんと先輩。


「大丈夫? 僕も手伝った方が……?」

「いや、シンはゆっくりしていてくれ。教授にそう言われたってのもあるけど、疲れてんだろ? 顔色に出てるぜ」


 うーん、そんなことは無いと思うんだけどな。出ていたとしてもユキちゃんの紙の件だけで、疲れてはいないんだけど……まあ、ここはお任せするとしようかな。


「ごめんね、それじゃあ少し休ませてもらうよ。疲れが取れても書類が残っていたら手伝うからね」

「おう、そうしてくれ」


 申し訳ない気分になりつつもみんなから離れた場所の椅子をいくつか並べ替えて、簡易ベッドにする。これで横になれば十分休憩できる。

 何もすることがなくなると、どうしても頭の中にあの紙の事が思い浮かぶ。おかしいね、考えたってなにもわからないって自分でも分かっているのに、それでも考えてしまうなんて。

 でも、話はそれだけ重大なことだ。僕の命がかかっているかもしれないのだから。とりあえず、皆には隠すべきかな……心配をかけるだけだろうし。

 そんなことを考えていると本当に眠たくなってきた。少しだけ眠ろうかな……。

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