終幕 隣の神様と、隣の憑神
「ふへぇ~。みんなおっは~…今日も寒いねぇ~」
考世学部の教室内に入ると、先輩がそう挨拶してくれた。ちなみに、ここに至るまでの経緯は毎朝のことだからあえて説明しない。
「おはようっす、先輩。暖房がある部屋っていいっすね」
「まったくだよ~。厚着して授業聞くなんて、やってられないもん~。ボイコット起こしちゃうよ~」
「はは、ほんとっすね」
双葉と先輩が話しているのを横目に、礼尾は僕にひそひそと何か言ってくる。
「なー、シン。お前の今日の里奈に対する目、おかしーぞ。もしかして、ようやく純情な感情が伝わったのか? でも、それすらも三分の一くらいだと思っとけよ?」
「なに言ってんのさ…礼尾の気のせいでしょ」
「いやいや、明らかに視線が異性に対するそれになってる。いや、男女なんだから当然なんだが…友達として仲のいい男女って目線じゃねー。俺の目は確かだ」
「一回投げ飛ばされるだけじゃ足りないのかな? もう一回投げるついでに追い打ちもかけてあげようか?」
「サーッセンした。でも、そんだけムキになるっつーことは…デュフフっつー感じ?」
「えーっと、DDTはまず頭を抱えて…」
「やめてください死んでしまいます本当に心から悪かったっつーか投げてねーしもはやただのプロレス技だし」
「投げっぱなしジャーマンの方がいいかな?」
「それも重傷負いかねないよな!? どちらにせよ下手すりゃ死ぬからな!?」
頭を抱え込んだりしているのが見えたのか、里奈さんがこちらに歩み寄ってくる。
「お二人とも楽しそうですね」
「そうは言うが、やられる側になってみろ。少なくとも命がけの技は遊びじゃねーよ」
「ふふ、そうですね。でも、やられる原因を作ったのですから、多少痛い目に合うのは仕方ありませんね」
「俺が悪いこと前提は何故!?」
「今までの経験から、でしょうか?」
くすくすと笑いをこぼしながら言う里奈さん。
「俺は、シンのバカがようやくお前の気持ちに気付いたか、っつっただけだよ」
「え、ええっ!?」
明らかにあせっている里奈さん。
「そ、その、それはつまり、その、あの、例の、あの話を、慎一さんにした、と?」
「…やっべー。地雷踏んだわ」
礼尾がぼそりといったその言葉が聞こえたのは、たぶん僕だけだった。
「…誰にも、内緒だって言ったじゃないですか…!」
「違うぞ。違うんだ、里奈。俺はあの事を話しちゃいない」
「よりにもよって…慎一さん本人に…!」
「やっべー。マジやっべー。こりゃ里奈さん聞こえてねーわ」
そういうと、礼尾は教室の外へと駆ける。それはおそらく、目の前の脅威から一ミリでも離れるために。
「待ちなさーい! 絶対、許しませんからねー!」
その背を追いかけていく里奈さん。
「二人とも、授業はじまるよー!?」
思わず叫ぶも、たぶん二人には聞こえていない。
「ったく、しゃーねーなー…あたしが追いかける。ノート頼んだぜ?」
「あ、ちょっと、双葉! 授業受けたくないだけでしょ!?」
あーあー…授業はじまるのに、受けるメンバーの過半数が教室にいないって…それだけ聞いたら、ちょっとした学級崩壊じゃないか…。
「イッチーは追いかけなくていいのかにゃ?」
「僕じゃ追いつけやしませんよ。里奈さん、体弱いのに身体能力は高いですし…」
電車内で本を読めばひどい乗り物酔いになる程度には弱いけど、走る速さとか、跳躍力とかは僕よりいいんだよね、里奈さん…礼尾や双葉もだけど。
「それにしても、イッチーみたいな鈍感男がいくらわかりやすいとはいえ、りなちんの思いに気付けるとはねぇ…時代は変わるねぇ…」
「なんですか、その言い方…」
「何か、気付くきっかけでも…ああ、愛紗ちゃんのおかげか~。りなちんの嫉妬っぷり、凄かったもんね~」
「まあ、それはあります…」
苦笑いしながら頬をかく。
「それは? ということは、他にも理由があるのかにゃ?」
いつも通り、のんびりとした口調でたずねてくる先輩。他の理由…か。
「神様のお告げ…ですかね」
「え?」
「とっても身近なところにいる、それこそ、隣にいるような神様のお告げです」
愛紗としてではなく、狐子としての発言。それを言いたかった。
「あはは~、誰のことかにゃ~」
先輩はそれを考世学部の誰かの比喩だと思ったらしく、そういって考えだしてしまった。
「…神様と…式神。あいつの言葉を借りるなら…憑神、か」
そんな先輩をしり目に、僕は窓際まで歩み寄り、誰にも聞こえない声でつぶやく。
狐子は、僕の隣の神様。気紛れだから、からかわれることもあるけど、本当に大切な場面では、僕を助け、導き、守ってくれる神様だ。
なら、僕は彼女の隣の憑神でありたい。いざという場面では、彼女の背を守れるような、そしていつかは、背を任されるような、最高の相棒になりたい。小夏さんにからかわれたようにラブでは好きになることはないだろうけど、人間的な意味で…もとい、神様的意味では、最愛の相手なのだから。
だから、僕は彼女の隣の憑神になりたいと思うのだった。
改訂隣の憑神さま壱 了




