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漆幕 かくて戦いは始まる 中

 先ほどまで目を開いていたはずなのに、今は閉じている。そんなことを感じながら目を開く。真っ先に飛び込んでくるのは、枕元の目覚まし時計。十一時五十五分くらいをさしている。さすがに暗いな…。

「…今のは…ただの夢…じゃないよな…」

 室内では跳躍はできない。今のが何なのかを確かめるすべは…そう思った時、小さな羽音に気付く。

「季節外れの羽虫か…? まった…く…」

 高速で飛ぶ羽虫を聴覚で感じて、高速で飛んでくるナイフをはじいた時を思い出す…目に霊力を集中させる。

 明るい。最初に感じたのはそんなことだ。そう、ただ、明るいだけ。

 夜中の十二時くらいの、明かりをつけていない、カーテンを閉めた部屋の中を明るいと感じる。条件が違えば。例えば、昼頃だとすれば。例えば、明かりがついているとしたら実に普通のこと。

 そして、見える。小さな、小さな羽虫が飛んでいる。

「……」

 ゆっくりとその近くへと歩み寄り、飛ぶ道筋を予測して、その上で親指と人差し指を合わせる。

 そして、指を開く。そこには、羽虫の死骸があった。

「……ぁ…」

 声にならない声が漏れる。なんだよ…これ…。

「仙人…憑神…」

 仮面の言葉が頭に浮かび、口をついて出る。僕は…普通の人間じゃない…?

 式神なのだから、その時点で十分普通じゃない。でも、目覚まし時計を見た時はこの部屋の中のことを確かに“暗い”と感じたんだ。だから、これは…式神としての力じゃない。

 目覚まし時計の方を見る。

 “明るい”室内で、はっきりとその針が見えた。細く、せわしなく動く秒針すらはっきりと。

「僕は…あいつは…いったい…」

 僕の中にいるあいつは、あまりにも知りすぎている。おそらく、霊力集中による肉体強化は、人間離れした力をもたらすが故に狐子が教えてくれなかったことだろう。それを、あいつは知っていた。なぜ? それに、僕がやり方を知らないナイフ投げ。なぜあいつはそれを使えるんだ?

 僕を百と例えるならば、あいつは二百も三百も行っていると思う。僕の中にありながら、僕をはるかに超えた者。あいつは…仮面は、そんな存在だ。

「むぅ…」

 狐子の声が聞こえて、また少し慌てる。霊力のコントロールを失ったらしく、暗く、時計の針も見えない元の視界に戻る。

「ん…? ぬしよ、どうかしたか?」

 潜り込んでいたベッドから顔をのぞかせ、そう尋ねてくる狐子。

「いや…ちょっと、虫がね」

「虫…? この暗闇の中でみえるのか?」

「さっきまで明かりをつけてたよ? 潜ってたから分からなかったんだろうけど」

「む、そうか…熟睡してしまっていたようじゃな」

 寝起きだからか、僕のたどたどしい嘘にもごまかされてくれたらしい。悟られたらちょっとどころじゃなく面倒なことになっていただろうから、助かった、としておこうかな。

「まあ、とりあえず明かりをもう一度つけてくれ。この中で準備体操をする気にはならぬ」

「分かった」

 少し眠たげな声でいう狐子に従う。えーっと、電灯のスイッチは、と…あった。

「う…眩しい…」

 そう言うと狐子は再びベッドの中に潜り込んでいった。

「ちょっとちょっと。寝すぎると動けなくなるよ?」

「分かっておるが…少し目が慣れるまで待ってくれ…」

 冗談かと思いきや、わりと本気らしい。少しの間狐子はベッドから出てこなかった。

「大丈夫? 狐子」

「うむ…待たせた」

 そうは言うけれど、その目は眩しげだ。まあ、僕も眩しいし…しょうがないか?

「さて…まず、聞きたいのじゃが」

「なに?」

「なにやら、ぬしの雰囲気が変わった気がするのじゃが…気のせいかのぅ?」

 どうやら、最初からばれていたらしい…どうごまかそう。

「少しばかり手慣れた者のそれというか…よもや、小夏のところに行って訓練をしていたのではあるまいな?」

「まさか。おとなしく寝ていたよ」

 嘘ではない。嘘では。

「そうか…まあ、よい。人間の範疇内で強くなっておけば、それなりに戦える程度の相手じゃ。もっとも、それも低級霊のみ。ユキちゃんとやらと本田という男、侮らずとも人間ではやられかねん。じゃがまあ、式神のぬしならば、ユキちゃんとはかろうじて戦える程度か」

「そっか…ユキちゃんはそれくらい、人の外の存在になってしまっているんだね」

「うむ。あの影を見れば分かるじゃろう? 人間とは…呼びがたい」

 少し言葉を選んだ様子の狐子だけど、ユキちゃんがどんな状況にあるのかはわかった。そこから助け出すことはできるのだろうか…いや、弱気になってどうする。弱気になったら、ユキちゃんを助けることはできない。そうしたら、敵として…。

「でもまあ、僕だって少しは戦える存在になっているんでしょう? だったら、何とかして人の側に引っ張り戻す。何としてもね」

「そうじゃな…ならば、いっそユキちゃんはぬしに任せようか…」

「え? 本当!?」

「戦闘能力を見比べてからな。ぬしでも行けると思ったらぬしに任せる。二対二よりも、一対一の方がやりやすい。不意打ちや、一時的な二対一。互いの隙を助け合う…まあ、本田がユキちゃんを助けに入るとは思えぬが…その逆もな。二対二ではそれらがありうるゆえ、一対一が二つ、という方が助かる」

「なるほど…」

 一対多数の戦いには慣れているけれど、確かにそう言う事態が起こるとやりにくい。今までは相手が弱かったから何とかなっていたけど、あんな力を使える相手が二人となると、僕ではまず勝てないだろう。

「まあ、屋上にたどり着くまでに罠、低級霊がたっぷり。屋上に堂々と二人が仁王立ち。そんなところじゃろう。それ以外の状況は…まあ、その場その場で何とかなろう」

「もしもユキちゃんも低級霊扱いされていたら、二対一で?」

「うむ。まあ、低級霊扱いするには強すぎる力を持っているようじゃが…もちろん、本田に何かされているがゆえにわしらの敵になっているのならば、ぬしに足止めを任せてわしが本田をやる」

「了解。その時は任せて」

 狐子の目の前で霊力強化を使ったらどこで知ったのかなどを徹底的に聞かれるだろうけど、本田相手に先に行ってくれるなら安心して使える。

「あいつなら、ユキちゃんを盾にすることはあってもユキちゃんの為に何かすることはない。だから、ユキちゃんを守ろうと本田が行動するケースは考えないでいいと思う」

「じゃろうな。本田は明らかにゲスじゃった。あやつがユキちゃんの為に動くわけが無い」

 その言葉にうなずく。

「さて。作戦会議はこの程度でよいじゃろう。罠はわしが見抜き、低級霊の群れは例の眼鏡をかけて共に対処する。基本的にぬしは後方から霊弓を用いて戦ってくれ。いざというときのみ、近接戦闘を許す。追加点としてはこんなところか」

 再びうなずく。並んで戦いたい、と言いたいけれどまずやらせてくれないだろうし、できるかどうかもわからない。矢を動く的相手にどれだけ当てられるかは、自信を持って向かおう。不安になったら負ける。

「それでは、体慣らしを始めようか。ストレッチといったか。その程度で済ませて、残りの時間は自由に過ごそう」

「うん、分かった」

 とりあえず、体育の時間でやっていたようなストレッチをしておこう。あとは、ケンカ前にやっていたオリジナルストレッチ。そのあとは…まあ、やってから考えよう。


‡   ‡


 そして、一時半。余裕を持って向かうにしても、少し早い時間だ。

「そろそろ着替えをしておくとするか」

 狐子が不意に言う。そういえば、着替えてなかったっけ。

「そうだね。それじゃあ、すぐ…」

「わしは廊下に出ていよう。わしが着替える時はぬしが廊下に出てくれ」

「ん、分かった」

 やっぱり、狐子も女の子なんだな。着替え姿を見たり見られたりするのは恥ずかしいのだろう。

 廊下に出る狐子の背を見送って、パジャマを脱ぎ、できる限り動きやすい服を選んで着替える。廊下は寒いだろうからできる限り早く着替える。

「お待たせ。着替え終わったよ」

 扉を開け、狐子に告げる。

「では、交代じゃな。着替えに少しばかり時間がかかるかもしれぬが、許してくれ」

「気にしないで」

 そう言って狐子と入れ替わる。さて、着替え終わるまで何をしていようかな。

 そんなことを考えていると、部屋の中からかすかに衣擦れの音が聞こえてきた。う、これは…少し気まずいぞ…。

 とりあえず、体の各部位に霊力を集中する練習でもして衣擦れから気をそらそう。腕、足、目…よし、動揺さえしなければ自在に操れるな。

『待たせたな。着替え終えたぞ』

 そうしているうちに部屋の中から声がした。部屋の中に入る。

「少しばかり早いな…何をするか…」

 そういう狐子は、純白の和服を着ていた。白無垢を思わせる…と言ったらすこし派手かな? でも、狐子にとても似合っていて、思わず見とれてしまうほど美しい。足の方には動きやすさを出すためか、大胆なスリットが入っていて、白く細い足が見えて非常に目の毒だ。それと、腰のあたりに尻尾穴が開いている。狐の尾は真ん中が膨らんでいるからか、付け根部分では大分余裕がある大きさの穴になっていて、そこからも白い肌が見えて、非常に以下略。

「まあ、今から行っても問題ないと言えば問題ないか」

 その言葉に我を取り戻す。いけないいけない…妹の親友の命を懸けた戦いに赴こうというのに、何をよこしまな考えをしているんだ。

「そうだね。遅れたら影の男が出張ってくるわけだし、早めに行った方がいいかもしれない」

「うむ。ならば…行くか」

「うん。何としても生きて帰ろう」

「当然じゃ。気合入れの為に、円陣でも組むか? 二人で円になるかは疑問じゃが」

「まあ…手を重ねてえいえいおー、でいいでしょ」

 笑いながら手を差し出す。その上に狐子も手を差し出す。

「勝とう」

「ユキちゃんを助けて、完全勝利といこうか」

「そうだね…それじゃあ」

「うむ」

「「行くぞ!」」

 少し大きめの声で言って、重ねた手を空へと向ける。天上の存在に決意を見せるように。

 パソコンデスクの上に置いていた小夏さんがくれた眼鏡を持ち、部屋の電灯を消し、階下へと向かう。そして、玄関で靴を履き、二人で外に出る。

 家の扉の鍵を閉め、ズボンの右前のポケットにしまう。

「久々に着たが、やはり、この服装の方が気合が入るのぅ。霊的な意匠もあるゆえ、普通の服より強度も高い…ぬしも、戦闘用に一着作ってみるか? 小夏に頼めば作ってもらえるじゃろう」

 少し歩くと、狐子がそう言い出した。どこかはしゃいでいるようにも見える狐子。この服を気に入っているのかな? 足の主張が激しくて、嫌がりそうだと思ったけど。

「そうだね。でも、和服はちょっと着るのが難しそうだし…洋服でも作ってもらえるかな?」

「和裁ができるのじゃ。洋裁もできるじゃろう。無論、霊的な意匠を加えた、強い力を持つものをな」

 しかし、戦闘用の服を作るか、なんて言われるとは思わなかったな。できる限り戦うな、これで最後にしろ。くらい言われるかと思ったけど。

「次の戦いのために、作ってもらおうかな。できる限り地味なやつ」

「なんじゃ、わしのものでは派手か?」

「んー…少なくとも、夜の闇にはなじまないよね? 僕、黒が好きだし、そのあたりも含めて考えると地味なやつの方が」

「なるほど。潜入任務でも着れるようなものか」

 潜入任務って…そんな機会あるのだろうか。

「そうだね。それくらい地味か、周囲になじむものがいいかも」

「ふむ。わしからも言っておこう。まあ、この戦いを終わらせることが先決じゃがな」

「ユキちゃんを助けて、生きて帰るんだからあらかじめ考えておいてもいいかもしれないけどね」

「ふふ、そうじゃな。余裕があるようで何よりじゃ」

「強がってるだけだよ」

 そうは言いつつも、生きて帰ることができるという事は奇妙な確信があった。精神世界で霊力を目に集中したときのように、どこか、直感的に思うのだ。狐子は強いのだから、絶対に勝てると感じているのかもしれない。

 あとは、その勝ち方で生きて帰るのが二人か、三人か。それが問題だ。

「…さて、そろそろ着くな」

「そうだね。眼鏡、かけておくよ」

 眼鏡をかけると、周囲が明るくなって見えた。あれ…これって、目に霊力を集中した時と同じような感覚だ。という事は、目を霊力強化すれば、眼鏡なしでも低級霊が見えるってことかな?

 そんなことを考え、歩く。廃ビルが見えてきた。あそこが、決戦の舞台となるのか…。

 そして、もう少しだけ歩き、廃ビルにたどり着く。

「お待ちしておりました」

 出入り口の中、月明かりすら届かない陰から声がする。

「雪慈ちゃん…迎えに来たよ。一緒に帰ろう」

「第一声がそれですか。返答は分かっているはずです」

 その声は、紛れも無くユキちゃんの物。

「お断りいたします。そんなに私を連れていきたくば…死体にして、引きずっていくのですね」

 そんな返答が響くと、ユキちゃんが陰の中に姿を現した。

「想像はできているのでしょうから、あえて言いますが…罠と手下を数多く用意させていただきました。金色の戦姫と真っ向から正々堂々と戦うほど愚かではないものですから」

「今までもそんなことはあった。そのことごとくを打ち破って、わしはここにいるのじゃがな」

 不敵な笑みと共に狐子がそう口にする。

「では、ここでの戦いで、あなたの歴史の中で数少ない黒星がつくことになるでしょう…前口上はこれくらいにして、戦いを始めましょうか。上層で、お待ちしています」

 そう言うと、ようやくユキちゃんは月明かりの下に姿を現す。

 しかし、その直後に屋上から伸びてきた影に引っ張られ、連れていかれてしまう。その表情を見る事は出来なかった。

「…とりあえず聞くけど、屋上までジャンプして中の手下も罠も全部無視する、ってことはできるの?」

「良い案じゃな。どれ…」

 足元の石を拾い上げ、屋上に向けて投げつける狐子。その石は屋上に届きそうというところで、何か見えない壁にはじかれたように軌道を変えた。

「そこまでバカではない、と言いたげじゃな。あきらめて中に入るとしよう」

 そう言いながら、いくつか手ごろな石を拾い上げ、袖の下にしまう狐子。罠を抜ける時に使うのだろうか。何はともあれ、狐子の後についていかなくては。

 狐子の後について廃ビルの中に入ると、そこには無数の黒い糸のようなものと、四角い箱に口と足がついて、牙をむきだしにしているような化け物が何体かいた。その後ろに、階段が位置している。

「見るからにザコっぽいのが低級霊で…黒い糸が罠かな?」

「そのとおりじゃろうな。後方からの支援は…任せるぞ」

 帯の結び目から木刀を取り出し、その中に突っ込んでいく狐子。後方支援…ばっちり、やらないとな。

「マダチ」

 口に出すと、体の表面を覆うマダチが左手の中に集まっていくのを感じた。仮面がしたように、その間にも右手の中に霊力の球を作り出す。

 左手から吹き出すようにして弓の形を取っていくマダチ。相変わらず、ほとんど透明だけど、かすかに青みがかったその外見は、神秘性を感じずにはいられない。

「…行くよっ!」

 罠にかかってから襲うように指示されているのか、その場から動こうとしない低級霊に第一矢を放つ。勢いよく飛んでいく霊矢は、狙いどおり命中し、そいつを消滅させる。

 そこまで至ってようやく僕が弓を使っていることに気が付いたかのように、動きを見せる低級霊。ここからが本番、か。動く的…今まで狙ったことの無い物だ。

「…第二矢」

 動きをよく見ろ。僕に気付きもしないような単純なやつらなんだ。動きだって、何らかのパターンがあるかもしれない。自分にそう言い聞かせ、敵に矢をあてることができると考えながら、霊力の球をもう一度作り出す。

 その間に、狐子は黒い糸を次々に切っていく。狐子が木刀を一振りするたびに、風圧にすら耐えきれないように黒い糸が切れていく様は、見ていて面白いものすらあった。

 おっと、そんな場合じゃない…とりあえず、パターンは見つけた。あとはそれをよんで…そこっ! 空を裂いて飛んでいく矢は、無事低級霊に命中する。そして、低級霊は少し時間をあけて影の粒のようになって消えていく。さっきはすぐに消えたのに…二回目で、すでに威力が落ちているのか?

「…第三矢っ!」

 そんな思いをかき消すように声を上げ、三度霊力の球を作り出し、弓につがえる。直後、球は矢へと姿を変える。大丈夫だ…まだまだいける!

 狐子も九割方糸を切り終え、低級霊との戦いに入ろうとしている。少しでも狐子の負担を減らさないと…!

 狙いをつけ、第三矢を放つ。命中。二矢と同じく、少し時間を空けて崩れていく低級霊。

 それが崩れ終わる頃、狐子はすべての糸を切り終え、敵の中心へと飛び込んでいた。

「…はぁっ!」

 回転しながらの一閃。狐子が帯と服の間に木刀を収めると、その周りにいた低級霊は一体残らず二つに割れ、消滅していった。

「まずは、一階突破。まったく、見え見えの罠じゃが、数だけは多い…面倒くさそうじゃな。ここは何階建てじゃ?」

「四、五階建てだったかな…僕もそんなに気にしたことないなぁ」

「そうか…まあ、何階建てで、何回の罠が、何体の低級霊がいようが関係ない。片っ端から片付けて、本田を倒し、ユキちゃんを取り戻す。そうじゃろう?」

「うん。その主な戦力になってもらう事になるけど…」

「心配するな。誰かを助けるために戦うというのは、悪くない話じゃ」

「ありがとう。それじゃあ、次の階に向かおうか」

 僕の言葉にうなずく狐子。ん、階段にも黒い糸があるな…。

「ピアノ線を張り巡らせているような物かな? 触れたら切れる、みたいな」

「おそらく、そのとおり。暗闇に影で作った黒い糸。なじんで見えにくいが…注視すればどうという事はない。ここのも切るぞ」

 そう言って木刀をふる狐子。プチンプチンと糸が切れていく。

「とりあえず、ユキちゃんとの戦いに向けて余力を残しておくのじゃぞ。と、言っても霊力の完全な制御法を教えておらんぬしには難しいか?」

「うん。全力か撃たないかのどちらかしかできないと思うな…近接戦闘なら、まあ何とかなるだろうけど」

「ふむ…ならば、次の階は様子見じゃ。ぬしは後ろの方で見ていてくれ。もう少し格上の…というても、本田には低級霊しか操れぬじゃろうが…まあ、今のように一閃で殲滅できぬような相手が出てから、後方支援を頼む。その時が来たら指示を出すゆえ、そのとおりにしてくれるか?」

「わかった。無理はしないでよ?」

 再びうなずく狐子。まあ、歴戦の神様なんだ。そのあたりの判断は間違えないで出してくれるはずだ。

 階段をのぼりながら、時折木刀を振るう狐子。やれやれ。本当に、どれだけ張り巡らせているんだ?

「…さて、次じゃな」

 ようやく階段を上り終える。そこにはやはり黒い糸が張り巡らされていて、一階のよりは強そうな…まあ、まだザコっぽいけど…そんな化け物がやはり数体いた。

「この程度か。いくらでも、何とでもなるな」

 余裕の表情でつぶやく狐子。ゆっくりと歩みだし、黒い糸を確実に切りながら化け物の方に歩んでいく。格が違うという事を察しているのか、化け物たちは慌てているような様子を見せた。

 そして、最後の糸が切られた時、一斉に狐子に襲い掛かる。

「ぬるいわ」

 しかし、やはり一閃。一斉であったが故に、それだけで済んだ。

「廊下の端に階段があり、その逆側にも階段がある…そういった構造の様じゃな」

「そうだね。罠や手下を無視できないような構造になってる。本田にとって都合のいい構造ってわけだけど…何とかなりそう?」

「無論じゃ。この程度の敵に負けていては、二つ名で呼ばれることはあるまいよ」

 黒い糸を切りながら階段をのぼる。単純な作業に近いから、そんな雑談をすることができた。

「三階。また、少しばかり格が上がっておるようじゃな」

 狐子の言葉通り、さっきのよりも手足が長く、胴のような物もでき出している化け物がいた。少しずつ強くして…まるで遊び感覚だな。

「そろそろ、一閃ではすまぬじゃろうな」

 そう言いつつも、やはり余裕といった様子で糸を切りながら化け物の方に歩む狐子。

「手伝う?」

「まさか」

 狐子は最後の糸を切る…と見せかけて、低い位置にあるそれを飛び越え、一気に化け物との距離を詰める。

 またも一閃かと思いきや、二体の化け物がそれを後ろに飛んでかわす。そして、木刀を振るった隙をついて狐子に襲い掛かる。

「…知能も、少しはあるか」

 しかし、ゴシャアという強烈な打撃音と共にその化け物たちは吹き飛ぶ。空いている手で化け物を殴り飛ばしたらしい。木刀を振るった後の崩れた姿勢でどうやって二回も殴ったか? そんなの、僕が聞きたいくらいだ。まばたきをした刹那に吹き飛んでいたのだから。

「倒れているものに追い打ちをかけるというのは、悪人の様で性に合わぬのじゃが…まあ、許せ」

 そう言って壁に叩きつけられて動けない様子の化け物たちを切り捨てる狐子。消えるのを確かに見届けた後で、こちらに戻ってきて、先ほど飛び越えた糸を切った。

「そこまでしなくてもいいのに」

「まあ、安全のためにな。うっかり引っかかると転ぶ程度ではすまぬ」

また階段の糸を切りながら雑談をする。そして、四階にたどり着く。

そこには、人間に近い姿の、だけど頭はやはり箱に口がついているような化け物が数体いた。数体と言っても、先ほどまでより数が増えているように感じる。

「やれやれ、先ほどまでよりは手を焼きそうじゃな」

「今度こそ、手伝いが必要かな?」

「かもしれぬな。いつでも撃てるように準備だけはしておいてくれ」

「了解」

 霊力の球を作り出し、弓につがえる。僕たちの会話を理解しているのか、あるいは一階の化け物のようにそれに気付く頭もないのかはわからないけど、化け物たちはそれに対して反応を見せなかった。

「まったく…糸がうっとうしい」

 ぶつぶつと言いながら糸を切り、化け物たちに近づいていく狐子。それに反応してか、化け物たちは隊列のようなものを組む。少しずつタイミングをずらして襲い掛かる気のようだ。

 そして、襲い掛かるのは突然だった。糸に体があたり、切れることを恐れない様子で狐子の方に突っ込んできたのだ。

 でも、それに狐子は一切の動揺を見せない。ただ、一体、二体と切り捨てていく。

 しかし、その間に化け物たちは狐子を囲うように移動をしていた。大丈夫かな?

「一階の連中の二の舞じゃな」

 そう言って回転しながら一閃する狐子。でも、それで全ての化け物を切ることはできなかった。一体の化け物がわざとか、あるいは偶然かタイミングをずらして襲い掛かったのだ。

「撃て」

 狐子の言葉に、ほぼ反射的に弦を離す。霊矢は一直線にその化け物に飛んでいき、突き刺さった。

「よくやった」

 倒すことはできなかったけど、ひるんだ様子を見せた化物。それを切り捨てながら、狐子は言った。

「もうちょっと早く言ってほしかったな…反応が遅れたらどうするつもりだったのさ」

「そうじゃな。今度は蹴り飛ばしていたやもしれぬ」

 糸を切りながら笑う狐子。さて、そろそろ最上階について、屋上に出る階段にたどり着くと思うんだけど…。

「む…」

 そううなった狐子を見て、どうかしたのかと駆け寄る。

「あ…階段が崩れてる。しかも、空中にも糸があるし…これじゃあ、飛びながら糸を切らないといけないのか?」

 さすがに、そんな速さで木刀を振るう事はできないのではないか? そう思ったけれど、狐子は慌てる様子もなく言った。

「どれ、下がっておれ」

 狐子の言葉に従い、少し距離を取る。

「我が刃は、触れずとも斬れ、空すらも斬る。無限の距離を切り裂く刃なり…」

 そう言うと、狐子は居合いのように木刀を構え、振るう。その切っ先から、霊力が飛んでいくのを僕は見た。

 それが通った後に、糸は一本たりとも残っていなかった。その威力を示すかのように、上の階のコンクリート製の壁に切り裂いたかのような跡がつけられている。

「…ひょっとして、僕っていらない子?」

「霊力の消費は控えておきたかったゆえ、使えなんだのじゃ。ぬしの力には助けられておるよ」

「本当ならいいんだけど…」

「とりあえず、跳び越えるぞ」

 そう言うと狐子は僕を抱きかかえた。随分とまた軽々と…。

 ビルの三階くらいまで飛び上ることができる狐子が、僕を抱きかかえたくらいで一階分の高さを飛び損ねることはなく、あっさりと次の階の床に飛び乗り、僕を床におろす。

「本日二度目のお目見え、光栄です」

 それと同時に、声がする。

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