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伍幕 チャットソフトにて 下

『……いかんいかん。わしとて神の端くれなのだ、本能に流されるなど、あってはならぬ…妙な気分になる前に、眠ってしまおう……』


 声が正気に戻る。そして、ぼふんとベッドに横たわる音がする。良かった。改めてドアノブに手をかけ――


『……しまった……布団も、枕も、何もかもから雄の匂いが……』


 ――手を放す。ど、どうしよう。僕はどうしたらいいんだ!? 何も聞いていなかったのように中に入って狐子に正気に戻ってもらえばいいのか? それとも、リビングに逃げ出すか?


『すまぬ……ここに、わしの、雌の匂いも……付け足させてもらうぞ』


 わ、わ、わ! 本格的に聞いちゃまずいところまで来ている!? とろけきった声の後に聞こえるのは、ベッドがきしむ音。つまり、ベッドの上で動いている…という事で……。

 少しして、きしむ音がより大きく、激しく聞こえてくる。あばばばば……ど、どうしよう……聞いてはいけないものを聞いているような……!


『んん……っ!』


 逃げよう。何も聞かなかったことにしてリビングに行こう。そう決めて扉の前から離れようとした時、勢いよく扉が開かれた。あれ? 僕、触ってすら……じゃあ、開けたのは……。


「どうじゃ? わしの嘘……演技。これでもまだ下手だというつもりか?」


 そこには着衣、頭髪などどこを見ても乱れ一つない狐子が立っていた。


「嘘とか、演技とか……何のことさ」

「そういう事を言う前に、まずは背筋を正してみてはどうかのう? ずいぶん前かがみになりおって」

「べ、別にどんな姿勢だっていいじゃないか」

「まったく、ぬしは……よっ」


 狐子は飛びあがり、僕におぶさってきた。


「したのじゃろう…? わしの声で、欲情したのじゃろう? わしのような外見の相手にそのようにしてしまうとは……恥ずかしくないのか? んん?」


 耳元で異様に色っぽい声でささやきかけてくる狐子。


「う、うう……たしかに、よからぬ想像はちょっとしたよ……」

「素直に認めるとはういやつよのぅ~、それで? なぜ今前かがみになっておるのじゃ?」

「ううう……! 分かったよ! 狐子は演技も嘘もうまい! 僕なんかじゃ到底かなわない!」

「うむうむ。それが分かればよいのじゃ」


 ひょっとして、僕が嘘つくのが下手だって言ったのを怒ってた? だからって、こういうなんて言うか……えっちい事で仕返ししてこなくたっていいじゃないか……。


「というか! 狐子は早く寝て! 休憩しなさい!」

「いやぁ、ぬしをからかうのが楽しくてつい、な……まあ、今度こそ寝る。すまなんだ」


 僕の背中から降りつつそういう狐子。まったくもう……妙なところで子供っぽいんだから……。

「さて、それでは大好きなお兄ちゃんの香りが染みついた布団と、枕でぐっすり眠らせてもらうとしよう。では、おやすみ」

「最後まで冗談は欠かさないのか……おやすみ」


 布団にくるまって目を閉じる狐子。数秒で静かに寝息を立て始める。そんなに疲れてるんだったら、本当に僕をからかう前に寝ればいいのに……それとも、僕の緊張を取るための狐子式リラクゼーションなのだろうか。たしかに、肩の力は抜けた。いや、別のところにその力が行っているわけだけど。

 まあ、そんなことはどうでもいいんだ、重要な事じゃない。問題は、これから何をするか、だ。とりあえずパソコン立ち上げるかな。ネットサーフィンでもしていれば暇つぶしはいくらでもできるだろう。

 ぴこん。そうおもってパソコンを立ち上げた時、チャットソフトに新規のコンタクト申請が送られてきた。はて……誰だろう。


『日向小夏よ。認証よろしく。――なっちゃん』


 申請にはそんな手短な文章だけが書かれていた。でも、それだけで全てわかる。


「……小夏さん、パソコンも使ってるのか」


 とりあえず認証する。


『ちょっと慎一君、どういう事かしら。あれだけさん付けしなさいって言ったわよね? なのに普通に狐子、狐子と呼び捨てにして……世の中にはやっていい事とやってはいけない事があるのよ? それと狐子に背中を拭かせるとかないわ。ありえないわ。それと、いくら自分の裸を見たと言ってもその程度じゃあ親密度あがらないから。私以上に親密になれるわけが無いから。分かったら諦めてとりあえず土下座なさい。――なっちゃん』


 認証ボタンを押した直後、そんな長文が送られてくる。うん、小夏さん、パソコンにけっこう慣れていると見た。


『落ち着いてください。というか、もういいじゃないですか……本人が気にしてないんですから――シンイチ』

『狐子がいいと言っていても私の気が済まない。おてんとうさまが許しても私が許せない。――なっちゃん』


 やれやれ……小夏さんにも困ったものだ。


『まあ、狐子のエロスな声を聞けたから、今日の私は淑女的よ。運が良かったわね。――なっちゃん』

『変態という名の淑女……いえ、何でもありません――シンイチ』

『うるさいわね……狐子の声に興奮した時点であなたも私と同類よ。――なっちゃん』

『……どこからどこまで知っているんですか?――シンイチ』

『最初から最後まで。アルファからオメガまで。この私が担当範囲内にいる狐子の話している言葉を一言でも聞き漏らすと思っていたのかしら?――なっちゃん』

『……親に引っ越しできないかどうかを提案したくなりますね――シンイチ』


 とりあえず、小夏さんだったら自分に都合のいい言葉だけ聞きそうな気がしなくもないけど。


『まあ、いいわ。慎一君もロリコンだって分かったし、しばらく狐子に関する話でもしましょうか。暇なんでしょう?――なっちゃん』

『僕はロリコンではないですがね……あと、狐子の話って、何をするんですか?――シンイチ』

『さんをつけなさいよロリコン野郎。まあ、あなただって狐子の事、いろいろ気になってるんじゃない? それに、こっち側のこと、いろいろ説明もされてないようだし……正直、よく私たちの話について来ようとできるなって感じよ。――なっちゃん』


 言われてみれば、何の説明もされてなかったっけ……勘でこういう意味なんだろうと片づけては来たけれど、それらがあっているとも限らない。それに、僕が知っておくべきこともあるかもしれない。ここで説明を受けておいた方がいいかな。


『じゃあ、説明をお願いします。ロリコン云々は意地でも否定させてもらいますけど――シンイチ』

『はいはい、分かりました。今のところはロリコンじゃない(自称)ってことにさせてもらうわ。で、説明するといったけど、どこから話そうかしら……。――なっちゃん』


 まあ、莫大な情報量になるのだろう。そう送られてきてからしばらくコメントは途絶えた。

『じゃあ、神と魔は必ず対立しているわけじゃない、ってところから話をさせてもらいましょうか。帯人から聞いていると思うけれど、魔はこの世界を構成するための必要悪の一種。生物が死なないと困るでしょう? で、生物が死ぬには原因が必要。その原因である、病気だとか……そう言った物を作り出すのが魔。それくらいの認識でいいわ。――なっちゃん』

『なるほど。で、対立しているのは悪神や、悪魔と呼ばれる存在なのですね?――シンイチ』

『そうね。悪神や悪魔は、この世界の法則を狂わせてしまう。だから、狐子のような戦闘担当の神が必要になる。まあ、今では神と魔VS悪神と悪魔っていうより、神と魔VS覇王軍って感じだけど。――なっちゃん』

『ふむ。しかし、覇王はなんで神や魔を敵に回したんですか? 人間という存在そのものを敵に回せる存在だというのは二人の会話でわかりましたが、その理由までは分からないのですが――シンイチ』


 送信すると、書き途中を示すマークがしばらくつく。


『悪いけれど、そこまでは分からないわ……なにしろ、宣戦布告の理由も、目的も覇王は言っていないのよ。本人に聞ければ一番早いんだけど……狐子が全力を出しても本気にさせることができないような存在、正直なところ出来る限り会いたくないわね。――なっちゃん』

『そういえば、狐子さんってどれくらい強いんですか? 覇王と戦えるくらいですから、めちゃくちゃ強いらしいってことは分かるんですけど――シンイチ』


 さん付けしないと面倒くさそうなのでさんをつけてコメントする。


『そうね……狐子の強さは、レジェンド。伝説よ。狐子が出向いて倒せなかった相手なんて、それこそ覇王ぐらいなものだもの。けして相手が弱かったわけじゃない。西方の跡継ぎ候補と目されているのは伊達じゃないわ。――なっちゃん』

『西方……というのは?――シンイチ』

『まあ、私たちの世界でトップクラスの力を持つ四柱の事よ。四神と言った方人間界での通りがいいかしら。南方の朱雀、北方の玄武、東方の青龍、西方の白虎。まあ、白虎は四神として動く気が無いらしいから、白虎ならぬ白狐になっているのだけど。そのせいで虎の威を借る狐と馬鹿にされることもあるわ。お母様や狐子の力を知っているなら到底そんな事は言えないはずなんだけどね。――なっちゃん』


 神々の中でもトップクラスの四柱……その跡継ぎ。それだけで万全の状態の狐子の力がどれだけ莫大なものなのかを知ることができる。


『もっとも、お母様が引退する気が無いから、跡を継ぐのがいつになるか分からないけどねー。でも、狐子は稲荷家ではお母様の次に強いんじゃないかしら。稲荷家で“狐”の一字を名前に許されるのは心技体全てにおいて優れた、当主が認めた存在だけだし。――なっちゃん』


 そんな特別な存在だったのか…小夏さんがしつこくさんをつけろと言っていた理由が分かった気がする。でも、そんな特別な存在の胸元に顔をうずめてハアハアしていた小夏さんはどうなんだ。


『そんなすごい存在だとは知りませんでした……でも、妹だと思えって言われてるので心の中で思うだけにしておきます――シンイチ』

『まあ、狐子がそれを望むなら敬語は使わないでも許すわ。でも、呼び捨ては認めない。一定以上の親密性が無いと認めない。――なっちゃん』

『は、はあ……さて、覇王の話に戻りますか。狐子さんのように、強大な力を持った存在ですら倒せない覇王って言うのは桁違いの中でもさらに桁違い、って認識でいいんですね?――シンイチ』

『まあ、化物としか言いようがないわね。私達とは存在する次元が異なるって言いたいくらい。こんな普通の人間も利用するチャットソフトで話してるのが笑えてくるくらいよ。――なっちゃん』

『でも、倒さないといけないんですよね?――シンイチ』

『そうね。――なっちゃん』

『……倒せるんですか?――シンイチ』

『現在の四神が全員集まって本気を出せば、あるいは?――なっちゃん』

『……そんなレベルですか――シンイチ』

『そんなレベルよ。はっきり言って、慎一君が神になったとしても入って行ける世界じゃないと思う。――なっちゃん』

『むう……――シンイチ』


 決めつけないでくれ、と言いたいところだけど、まだ神になる覚悟……死ぬ覚悟すらできていないからな……。


『でも、僕だって力をつけたいです。今の狐子さんを守れる程度には――シンイチ』

『なるほどね……ところで、少し聞きたいのだけど。――なっちゃん』

『なんですか?――シンイチ』

『どうして、狐子を守りたいって思うの?――なっちゃん』


 その言葉に、キーボードを打つ手が鈍くなる。


『言いませんでしたっけ? 妹だからですよ――シンイチ』

『それは、狐子がそう言ったから、そしてそれを演じているからでしょう? 本当のところはどうなのよ? 本当の理由があるはずよ。幻惑する幻影と、金色の戦姫。その戦いを見てなお、狐子を守りたいと思う理由が。――なっちゃん』


 そして、それで完璧に手が止まる。本当の理由……たしかに、僕は狐子を守りたいと思っているし、それは当然、あの戦いを見てなお思うものだ。たしかに弱気になったりもした。だけど……それでも、守りたいと思う理由。それが僕にはあるはずなのだ。

 でも、自分ではそれが分からない。なぜだろう……なぜ僕は、こんなに狐子を守りたいと思うのだろう。


『分からない、ってところかしら?――なっちゃん』


 しばらく悩んでいると、そうコメントが飛んできた。


『……恥ずかしながら、そうですね――シンイチ』

『はぁ……ばかばかしい。自分で分からないような理由でよく私たちの世界に残ろうと思えた物ね。――なっちゃん』

『確かにその通りかもしれません。でも、狐子さんを守りたいと思うこの気持ちは変わりません――シンイチ』

『やれやれ……じゃあ、私が思うところを言ってあげるわ。――なっちゃん』

『……お願いします――シンイチ』

『慎一君。あなた、狐子の事が好きなんじゃないの? それも、ライクでなく、ラブの方で。――なっちゃん』


 ラブ。それはつまり、一人の異性として狐子を好きなんじゃないか、と小夏さんは言っているわけで……って、ちょ、ちょっと待った!


『確かに、内面の事があるので異性と認識しているのは事実です。でも、あの外見ですよ? さすがにそれは……――シンイチ』

『無い、って言いきれるかしら? 異性と認識している以上、恋愛感情が発生するのは否定できないわよ。――なっちゃん』

『確かにその通りかもしれませんが――シンイチ』

『しれませんが? 何よ?――なっちゃん』

『あの外見ですよ? さすがにそこまではいきません――シンイチ』

『そこは慎一君が実はロリコンだったという事で。この説を否定したいなら、それなりに説得力がある理由を考えてみなさいな。――なっちゃん』


 うう……小夏さんにロリコン認定されるのは嫌だ……けど、理由なんて思いつかない。少なくとも、狐子の事を好きだという事は(無論、ライクの方でだけど)事実なのだから。


『ほら、すぐそばで寝ている狐子の寝姿を見てごらんなさい。熱いものがこみ上げてくるでしょう? 無防備な寝顔にときめくでしょう? それが、あなたがロリコンだという何よりの証拠よ。――なっちゃん』

『勝手に決めつけないでください。僕はロリコンじゃありません――シンイチ』


 でも、小夏さんの言葉につられて狐子の方を見てしまう。その寝顔は、あどけないと言えるまでに無防備で、かわいらしかった。


『それに、さっき狐子のエロスな声を聞いて興奮していたようだし? 狐子に欲情しないってのは嘘になるでしょ?――なっちゃん』

『あれは妙な声を出すから意識してしまっただけです。決して狐子さんの外見に興奮したわけではありません……というか、欲情と恋愛は違うものだと思います――シンイチ』

『相手を欲しいと思う気持ちに変わりはないわ。それに、人間で慎一君ぐらいの歳だったらちょうどヤりたい盛りでしょう?――なっちゃん』

『そういう表現はやめましょうよ。通報しますよ?――シンイチ』


 いや、その話に付き合ってしまった僕も僕なんだけど。


『おお、怖い怖い……怖いから別の話題にしましょうか。でも、覚えておいてちょうだい。私たちの世界は曖昧な理由でやっていけるほど甘い世界じゃないから。――なっちゃん』

『一応、分かっているつもりです。それで、別の話題と言っても何を話します? そう言えば、狐子さんの話し方からするに小夏さんの方が年下なんですよね? なのに、なんで狐子さんの外見は子供なんですか?――シンイチ』


 狐子が自分が妖狐になって少し経ってから~と話していたのを思い出してそう聞いてみる。


『えっ? あー。まあ、そのー……それは……なんだ……。――なっちゃん』


 なんだろう、妙に言いよどんでいる?


『まあ、そのあたりには深い事情があるのよ。狐子が慎一君の事を信頼したら話してくれる日が来るかもしれないわね。とりあえず、狐子にとっていい思い出ではないから、私が勝手に話していいことではないと思う。――なっちゃん』

『そうなのですか……僕が人間でいるうちにそれを話してもらえればいいのですが――シンイチ』

『HAHAHA、そんな簡単に狐子の信頼を得られるとでも? 人間なんて脆く脆弱で非力な存在に? ま~私レベルにならないと狐子の信頼は得られないわね~(爆笑)――なっちゃん』

『はいはい。まあ、いつか小夏さんに並んでみせますよ――シンイチ』


 それが難しいことだなんてわかっている。だけど、狐子を守るためならそれくらいしてやるという、小夏さんに対する意地のようなものが僕にその文を書かせていた。


『キャータノモシー。千年以上の時を経た私に簡単に並べたら、覇王なんてあっという間に倒せるわねー。(棒)――なっちゃん』

『でしょうね。僕だって簡単に並べるとは思っていません。でも、僕が神様になったら案外狐子さんと一緒に戦えるくらい強くなるかもしれませんよ? もちろん、そこに至るまでには血反吐を吐いてなお努力が必要でしょうけど――シンイチ』

『それが分かっていてもさっきのセリフが言えるのね。バカみたいって思えるけど、そういうおバカさんはお姉さん、嫌いじゃないわよ。――なっちゃん』

『それはどうも――シンイチ』


 お姉さんって年なのか……いや、何でもない。


『なんか慎一君を殴らないといけない気がしてきたんだけど、気のせい?――なっちゃん』

『気のせいでしょう。特に何も言ってませんから――シンイチ』

『うーん……ただのノイズだったのかしら……年増とか、BBAとか、そんな意味の思念が聞こえた気がしたんだけど……多少距離があると、ノイズが混じりやすいのよね。――なっちゃん』

『たぶん、気のせいでしょう――シンイチ』


 危ない……うかつに物も考えれやしない。というか、そこまで思ってないですよ、小夏さん。


『しかし、なんだかんだで長いこと話してるわね。友達たちと話そうとしてたなら、悪いことしたわ。――なっちゃん』

『いえ、僕も狐子に休んでもらいたくて時間をつぶそうと思っただけなので。事情は……まあ、聞こえていたでしょう?――シンイチ』

『一応ね。それじゃあ、もうちょっと話しましょうか。説明すべきことはまだまだあるんだから。――なっちゃん』


 まあ、そうだよね。新しい世界の事を知ろうとしていると言っても過言ではないのだから、話は長くなるだろう。


『お願いします――シンイチ』

『えーっと、さっき会った時に私達神や魔がどういう存在かは話したわよね。――なっちゃん』

『はい。霊感の有無に関係なく見えるほど高位の精神体、でしたよね――シンイチ』

『そうそう。でも、中には肉体を持った特級層の存在もいるの。まあ、実際に会うようなことがあるかはわからないけど、知識として持っていても悪くはないでしょ。――なっちゃん』

『特級層……貴族みたいなものですかね――シンイチ』

『そうね。だから、強ければ、ってわけじゃないの。例えば、四神だって肉体を持っているとは限らない。肉体に入ると力が制限されるから、戦おうと考える存在はあえて肉体を持たないことが多いの。狐子とか、お母様とか、白虎のバカ連中とか……。――なっちゃん』

『バカ連中って……いいんですか? 仮にもトップクラスの力を持つ人をそんな悪しざまに――シンイチ』

『あー、いいのいいの。四神になる気が無いのも身分に制限されたくないからだから。要するに自分より強い奴に会いに行きたい連中の集まりよ。たぶん幻惑する幻影と相性いいんじゃないかしら? 脳 筋 的 な 意 味 で――なっちゃん』

『の、脳筋ですか…――シンイチ』


 一口に神様と言ってもいろんな神様がいるんだなぁ……小夏さんは何だろう。脳筋ではないけど、脳がくさ……っと、また察知されてしまう。

 それにしても、脳筋の神様って……なんか、ちょっとなぁ……はた迷惑っぽい気がする。


『まあ、そういうのは一部。狐子やお母様みたいに威厳あふれる存在や、私のように知的な存在の方が多いわよ。――なっちゃん』


 知的……? 痴的のまちが……


『なんかまた慎一君を殴ったほうがいい気がしてきた。――なっちゃん』


 しまった、ばれた。


『だから何ですぐ僕を殴りたがるんですか……狐子さんと一緒に寝るからですか?――シンイチ』

『本来ならそれだけで抹殺したいくらい妬ましいわよ? 狐子と一つ屋根の下どころか、同衾するなんて……手を出したら狐子がどう言おうと霊体まで消すからね? いや、私が同じ状況になったら迷わず手を出すんだけど。――なっちゃん』

『心配しなくても手を出しませんよ。僕はロリコンじゃありませんから――シンイチ』

『あー、はいはい。もっと肉感的で、ボーン! ドーン! って子が好みなんでしょ? お友達の里奈ちゃんみたいな。――なっちゃん』


 な……なんでここで里奈さんを例えに出すんだ! それは、確かに肉感的な体つきだってことは否定できないけど……。


『里奈ちゃんはエロい体してるわよね~。胸も大きいし、お尻もハリがありながらもやわらかそうだし……狐子に興味がないってことはああいう子が好みなんでしょう? 触りたいんでしょう? 揉みしだきたいんでしょう?――なっちゃん』


 思わず動揺して手が止まっている間にそんな文が送られてくる。


『失礼な事を言わないでください! 里奈さんはそんな、なんていうか……そういう、性的な事とは関係ありあmせん!――シンイチ』


 あ、ミスタイプ。でも、里奈さんを汚すような発言がどうにも許せなかったんだ……。


『そんなことないわよ? 女にだって性欲くらいあるんだから。それと、今度思い切って手でも触ってみなさいよ。まんざらでもない、って反応するから。――なっちゃん』

『またそんな根も葉もないことを…――シンイチ』

『私の事を誰だと思っているの? このあたり担当の土地神よ? どこの誰が誰を好きなのか、くらいの事は把握しているし、性欲があるのは私自身が女だから分かってるわ。――なっちゃん』


 まあ、土地神だから担当区域の住人の考えを読めるというのは信じている。だけど、里奈さんが僕に触られてまんざらでもない、というのはよく分からない。付き合い長いから嫌がられるってことはないだろうけど、だからと言って喜ぶかというと……?


『とにかく、慎一君は里奈ちゃんとさっさとくっつきなさい。そして幸せな家庭を築いて狐子から離れなさい。大丈夫、狐子は私が幸せにするから。――なっちゃん』

『死んだ目で小夏さんに抱き付いている狐子さんなら想像できました。ただ、ハイライトのある目で小夏さんの言う“幸せにする”結果が見当たりません――シンイチ』

『――この文章は不適切な表現があるため表示できません――』

『あら、やっちゃった。――なっちゃん』

『……何を書き込んだんですか――シンイチ』

『それを書いたらまたソフトに止められちゃうじゃない。まあ、いろいろ書いたのよ。私が狐子を幸せにする手法をね。――なっちゃん』


 要するにテレビではピー音どころかカットされることを書き込んだのか…。


『話が冗談にむき出したことだし、真面目な話は今日はこれくらいにしておきましょうか。ていうか、直で会って話したほうが早いしタイプするのめんどい。――なっちゃん』

『チャットを全否定しましたね……まあ、会いに行けない距離ではないわけですし、そうかもしれませんね――シンイチ』


 まあ、小夏さんの理論では毎日会っている友人たちとチャットしているのも面倒という事になるけど、それは個人の見解という事にしておこう。


『ところで、慎一君は今日いつまで起きているつもりなの? 言っておくけど、狐子の力を完全に戻すには相当長い期間必要よ?――なっちゃん』

『ですよね……とりあえず、徹夜する気はありませんよ。適当な時間まで暇をつぶしたら狐子さんを起こして眠るつもりです――シンイチ』

『そうしなさい。狐子だってそれを望んでいたし……できれば、一晩くらい、ゆっくり休ませてあげたいけど。――なっちゃん』

『そうですね。希薄化するほど力を使っているのですから、それくらいさせてあげたいです――シンイチ』

『でも、慎一君が徹夜したら周りの人にも不審に思われるし……まあ、悩むべくは狐子と一緒に行動することの言い訳よね。――なっちゃん』

『え? 言い訳しないといけないようなところにまで一緒に行動するんですか?――シンイチ』

『まあ、学校には一緒についていくっていうでしょうね。いくらなんでも、そんな長い間狐子と別行動するのは無防備すぎるもの。今の狐子の寝顔くらいにね。――なっちゃん』


 そう言われてまた狐子の方を見てみる。あーあー、嫁入り前の子がよだれまで垂らしちゃって……かわいいなぁ……いや、小夏さんみたいな変な意味でなく、純粋に。外見だけは愛紗として初めて会った時に言っていたように、八歳って言われて信じるレベルだから、小さな子を見る目でかわいい。とりあえず、ティッシュでよだれ拭いといてあげよう。


『今狐子に近寄ったみたいだけど、何かあった?――なっちゃん』


 戻ると画面にそんな文字が表示されていた。察知能力高いなぁ。


『いえ、さっきの小夏さんの言葉につられて狐子さんの方を見たらよだれを垂らして寝ていたものですから。ティッシュで拭きに行ったんです――シンイチ』

『慎一君、そのティッシュ、言い値で買うわ。――なっちゃん』


 しまった、報告する相手を間違えた。


『いや……そういうのは……――シンイチ』

『いくら出せば売ってくれるのかしら? 私も伊達に神様やってないから、それなりに給料もらってるのよ。こっちでも使えるように宝石や貴金属での給付だけど……さあ、いくら分欲しいの? 百万? 千万? それとも億か? 億欲しいのか!? いやしんぼめ!!――なっちゃん』

『落ち着いてください――シンイチ』

『これが落ち着いていられるものですか! 狐子の唾液が含まれたティッシュの存在を知って落ち着いていられるようなら、私は神なんかじゃなくていい! そう! 私は一匹の狐! そして狐子を敬愛し、畏怖するからこそ全身を毛づくろいする! 狐子の全身をprprするの! こっこぉーん! こっこぉーん! 大丈夫よ怖がらないで他意はないからうへへじゅるりペロペロモフモフクンカクンカペロモフクンカ! なんで!? 狐子の体をなめてるだけなのに、わだじ、わだぢぃっ!!――なっちゃん』


 ……クリック。


『通報した――シンイチ』

『え、ちょ、本当に通報画面でてる!?――なっちゃん』

『最後の言葉はそれでいいですか? でしたら、再度クリックして通報を確定しますけど――シンイチ』

『サーッセンッシタッ! 自分、マジチョーシこいてましたッ!――なっちゃん』

『やれやれ……――シンイチ』


 誤通報のボタンをクリックし、通報を取り消す。


『あー、びっくりした……通報された時の画面見るのなんて神仲間とチャットしてた時くらいだから……。――なっちゃん』

『通報自体はされたことあるんですね……それと、小夏さん以外にもこれを利用してる神様っているんですね――シンイチ』

『まあ、念話できるっていっても距離があると力それなりに使ってだるいからね。人間は守るべき存在と認識しているけど、その力に頼るべき時には頼るわ。――なっちゃん』

『狐子さんもそう思っていればいいんですけどね…――シンイチ』

『狐子は一人で抱え込みやすい子だから。何でもはき出せる相手が一人いればいろいろ楽になるんだろうけど……まあ、無理でしょうね。付き合いの浅い相手は信用できない、付き合いの長い相手は心配させたくないって感じだろうから。恋人でもできれば変わるのかしらねぇ……。――なっちゃん』

『小夏さんの事ですから、自分がその恋人になれたらなぁ、って言い出すんでしょう?――シンイチ』

『よく分かったわね。でも、恋人になるなら男の方がいいだろうって思いもあるわ。肉体的なつながりだとか、愛の結晶っていうのかしら……要するにアレやソレのことだけど、そういう物を持った方が、深い関係になりそうじゃない?――なっちゃん』

『まあ、全否定はしないでおきます――シンイチ』

『愛の結晶だけは、私じゃどうしようもないのよね……女に生まれたこの身が恨めしいわ。――なっちゃん』

『女に生まれたことを感謝すべきだと思いますけど……小夏さんが男に生まれていたら、とっくに逮捕されてますよ――シンイチ』

『そうね……でも、あれくらいしないと私の愛は表現できないの。――なっちゃん』

『そうねって……自覚はあるんですね…――シンイチ』


 だったらやめようよ……狐子だってあんなに嫌がってるんだから……。


『……慎一君だったら、どうなのかしらね?――なっちゃん』

『何がですか?――シンイチ』

『狐子の恋人。少なくとも、精神力だけは一人前だし、顔もいいし、性格だって悪くない。夜伽のセンスは……したことないか。まあ、お姉さんが教えてア・ゲ・ル的なことができるから、ハーレムの一人にする分には文句なしね。――なっちゃん』

『突然なんですか……さっきまで里奈さんと早くくっつけ、って言っていたくせに――シンイチ』

『神様は気まぐれなのよ。それに、狐子の幸せにつながる事なら、男とくっつくのだって認めないこともないことも無いような気がしなくもない。――なっちゃん』

『どっちですか……――シンイチ』

『こまけぇこたぁいいのよ。でも、本命にするとなると……狐子の考え方では、今はなしってところかしらね。狐子は……ううん、私たち、一定以上の年数を経た存在は死別の悲しみをよく知っているから。相手との絆が深ければ深いほどそれがつらいってことも含めてね。――なっちゃん』

『つまり、もしも仮に僕が狐子に一人の異性として愛されようと思ったらこいつは死ぬかもしれないって心配がいらないほど強くならないとダメ、ってことですか?――シンイチ』

『そういう事ね。霊体は肉体と違って老衰ってことはないけど、消滅することはあるから。それは、精神力の磨耗だったり、力を使いすぎたり、敵に消されたり…つまり、“長く生きすぎてもう死にたいよ”って思ったり、無茶をしたりしない上に、慎一君の言ったとおり、敵に消される心配がいらないだけの強さも求められる。それは私たち共通の思いだから、狐子は他にも条件があるでしょうね。いくら自殺願望を持たず無茶もせず力も強いからって、自分の好みから外れた相手に体を許すなんて、私だってごめんだわ。――なっちゃん』

『なるほど……ま、狐子さんの事を異性として認識することはあっても、恋愛対象としてみるかはわかりませんが。もう言いあきましたけど、僕はロリコンじゃないものですから――シンイチ』

『はいはい。それはもういいから。私だって言ってみただけで、慎一君が狐子の本命の恋人になるなんて思ってないから。第一、私たちレベルの力を身に着けるには私たちレベルの経験が必要になるもの。そして、今の私たちに並ぶ頃にはその頃の私たちはもっと強くなっている。――なっちゃん』

『ようするに、追いつくことはできないわけですね――シンイチ』

『そ。万が一、狐子が“自分を倒せた者と結婚する”なんてどこぞの戦闘民族にいそうな考えをしていたら、慎一君が恋人になる機会はゼロね。――なっちゃん』

『だからなぜ僕を例に挙げるのですか。その気はないですってば……――シンイチ』

『あくまで例だと思ってちょうだいな。普通の人間の知り合いなんて慎一君くらいだから、他に例えようがないのよ。――なっちゃん』

『そういう事なら……まあ、納得しておきます――シンイチ』


 他に例えようがある気がするというのは置いておこう。


『でも、慎一君に強くなってもらいたいのも本当だからね? 少なくとも、狐子の足を引っ張ったりしない程度に。慎一君だってそれは望んでいるでしょう? だからこそ枷をつけられず、非日常を受け止めるなんてバカしたわけだし。――なっちゃん』

『まあ、そうですね。自分でも馬鹿な真似だという意識はあります。それでも、狐子さんの事を見捨てたくない……というと上から目線に聞こえるかもしれませんが、何というか……やっぱり、守り抜きたいんです――シンイチ』

『さすが慎一君ね。あなたがケンカを始めた理由、偽善ではなかったと私の心に刻むわ。――なっちゃん』


 僕がケンカを始めた理由、か。そういえば、あれもちゃんと理由があって始めた事だったっけ。そんなふうに昔の事を思い返す。

 その後は、動画を見ながら小夏さんの狐子関連のチャットに対応していた。そうしているうちに、どんどん時間が経過していく。


『あら、もうこんな時間ね……そろそろ寝た方がいいんじゃない?――なっちゃん』

『確かに……では、もう落ちますね。失礼します――シンイチ』


 そう打ち込んで、シャットダウン操作をする。


『はいはーい。狐子を起こすときはちょっと気を付けてね――なっちゃん』


 操作をし終えてから電源が落ちるまでの間に、そんなチャットが飛ばされてくるのを見た。 え? それって一体どういうこと?

 んー……聞こうにも、またパソコンを立ち上げないといけないからちょっと面倒だな。まあ、命にかかわるような事態にはならないだろうし、いいや。ふわぁ……普段ならとっくに寝ている時間だから、大分眠い……。

 あくびをしながら狐子の方へと歩み寄り、どう起こそうかと少し考える。まずは声をかけるくらいにしてみようかな。


「おーい、狐子ー? そろそろ起きてー」


 反応はない。歴戦と言えど、オフの時はしっかり熟睡するのかな? 仕方ない、ちょっと肩をゆすってみよう。


「おーい、狐子ー? 自分中心で悪いけど、僕そろそろ限界なんだけどー……」

「んぅ~? ん~…」

「え、うわっ!?」


 肩に触れていた手をすさまじい力で引っ張られ、体勢を崩す。そして、そのまま思い切り頭を抱きしめられる。よりにもよって、胸元のあたりで。


「む、むぶぅ!?」


 八歳相当の外見なのだから、胸はない。でも、思いっきり押し付けられれば口と鼻はふさがれるわけで。こ、このままじゃ呼吸が……! いや、衣服が隙間になってかろうじて呼吸できる!


「んふっ♪ ふぅ~」

「もがぁっ!?」


 頭を抱きしめたまま狐子が寝返りをうつ。首がもげるかと思った。


「もごっ! もごもごおふぃふぇっ!」


 狐子、そろそろ起きてと言ったつもりだけど、それももごもごとした声になってしまう。


「ん、んんっ……!」


 僕の意思が伝わったのか、狐子は僕の頭を抱く力を若干弱めると、


「んっ!」

「~~!?」


 さらに寝返りをうった。引っ張られた首がっ! 首があぁ!


「う、重っ……またお前か、こな……ではないの。ぬしじゃったか。ところでこれはどういう状況じゃ?」


 僕の体が狐子に乗ったのが幸いしてか、狐子が目を覚ます。でも、寝ぼけた様子の狐子は起きてなお僕の頭を離す様子が無い。なので、無言で腕を軽くたたき、このままじゃいろいろまずいという事をアピールする。


「ん……ああ、すまぬな……」


 ようやく解放してもらえた。とりあえずベッドの上に座って……それにしても、甘くていい香りだったな。って、おちつけ。狐子の体から放たれていた香りを考え直す時ではない。


「えっと、とりあえず、起こそうと思って肩をゆすったんだけど、その手を狐子に引っ張られてバランス崩して倒れこんじゃって。で、頭を思いっきり抱きかかえられて、そのまま狐子が寝返りをうった結果がさっきの状況。首がもげるかと思ったよ……」

「そうか……ふわぁ……それはすまなんだ……ところで今は何時じゃ?」

「ああ、時計ならあそこに」


 僕が指さした場所を見るために起きあがり、ベッドの端まで移動する狐子。


「ん……? なんと、もうこんな時間か。ずいぶん眠ってしまったな」

「狐子は疲れてるんだから、これくらい寝たって罰は当たらないさ」

「そうはいうが、主……ずいぶん眠そうじゃぞ。普段ならとうに寝ておる時間なのではないか? 無理をさせてはいないか?」

「大丈夫だよ。これからしっかり寝るから。目覚ましをセットしておいて、と」


 ベッドの上を移動し、壁際に着いたところで横になり、布団に入る。


「それじゃ、おやすみ~」

「うむ、おやすみ。添い寝して子守唄でも歌ったほうがよいか?」

「あはは……気持ちだけ受け取っておくよ」


 千年以上生きている狐子から見れば人間の間で成人すらしていない僕はよちよち歩きの赤ん坊みたいなものなのかもしれないけど、さすがにそこまで子供じゃない。

 横たわり、枕に頭をゆだねる。

 目を閉じると、そこからはさっきも感じた狐子の甘い香りがするような気がして……僕は、そのまま眠りに落ちた。


伍幕 了

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