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序幕 始まりの、始まり

 そこは、狭く、暗い道。そこを駆けるのは、一人の少女と影のような化け物。少女は時折背後を見て、化け物を引き離せたかと確かめる。しかし、その距離は縮むことはあれど、のびることは無い。

 そして、僕はそれを道の始まりからただ見ている……なぜ? 少女を助けなくては。そう頭で思っているのに、体が動かない。

 そして、やがて化け物は少女に追いつき、その頭を影で包む。

 グチャリ。その直後、嫌な音がして、影がちょうど少女の頭分くらい小さくなる。


『オマエガ タスケナカッタカラダ』


 化け物はそう口にすると、狂ったような哄笑をあげ消えていく。後には、頭のない少女と僕だけが残された。

 そして、世界はゆっくりと歪んでいく。グニャグニャと風景は歪み、世界の色が混ざり合い、黒くなり――そして、何もなくなった。


‡   ‡


 ジリリリリリリリリ!


「……んぅ。もう朝かぁ…」


 目覚まし時計のベルを止める。スヌーズ機能があるからちゃんと目覚まし機能を切っておかないと。


「今日の夢見は最悪……どういう夢だよ、まったく」


 ぶつぶつと呟きながら僕は錠剤をのみ込み、着替える。

 ただ着替えるのもなんだから、自己紹介でも考えておこう。僕が所属している学部の紹介は無くても、部活の紹介はあるだろうからね。


「うーん。自己紹介ってどう始めればいいのかな。とりあえずは名前から……?」


 頭の中で組み立てていき、自分なりに良しとできる自己紹介文が思い浮かんだ。口に出して練習しておこう。


「僕の名前は遠坂慎一。この大学の二年生で、見ての通り弓道部に所属しています。女みたいな顔だってよく言われるけど、立派な男だって言う事は間違えないでね」


 今日はオープンキャンパスの日。そして、弓道部の代表として、後輩になるかもしれない子たちへ挨拶をする日だ。


「……なんだけど」


 そんな日にあんな不吉な夢を見ることは無いじゃないか……化け物に女の子が殺される夢なんて、見たくなかったよ…。


「何か不吉な予感がするなぁ……」


 まあ、予感なんかですべて決めることはできない。とはいえ、気を付けた方がよさそうなのは確かだ。夢は心を映すという話もあるし。

 さて、着替えも終わったことだし、朝食を作るとしようかな。

 実家暮らしをしている僕だけど、ここ数日は自炊している。その理由は、両親が新婚旅行に行っているからだ……うん、新婚旅行。ちなみに、両親ともに戸籍にバツはない。つまり、結婚してから約二十年になるというのにいまだに新婚と言い張るのだ。バカップルめ。

 なんてことを考えていても仕方がないのでてきぱきと料理の支度をする。朝食のおかずはちょっと多めに作って、弁当のおかずにもする。学食があるといっても、自分好みの味付けにできて安いという弁当に勝るものではない。


「味付けは……うん、まあこんなものかな」


 味見をしてから皿に盛り付け、ご飯を茶碗によそい、テーブルへと運んで行く。僕は和食派なのでここ数日はずっと和食ばかりを作って食べている。


「いただきます」


 誰に言うわけでもないけれど、挨拶だけはしっかりしておかないとね。しいて言うなら、食材への感謝を込めて、ってところかな。


「おっと、そうだ。テレビ、テレビ……」


 テレビのリモコンを操作して電源を入れる。欠かさず見る朝のニュース番組だ。上の方に時間も出るし、世間の事を勉強できるし、僕にとって欠かせないものと言えると思う。


『――県、八重坂市で、誘拐事件が発生した模様です』


 え? 八重坂市? それって、このあたりの事じゃないか。誘拐事件だなんて、物騒だなぁ……。


『誘拐されたのは、井上美香ちゃん八歳。スーパーでご両親が目を離している一瞬の隙に連れ去られたという事です。身代金目的の連絡もなく、なぜさらわれたのかは、犯人が捕まっていない現在では不明です。なお、監視カメラの情報によると、男は中肉、身長は百八十センチ程度と大柄だという事です。これを受けて、小中学校では教師同伴の集団下校が行われると決定され――』

「大ごとだな……子供を狙っての誘拐かぁ。身代金の連絡もないとなると…ただ小さい子供をさらって何かするだけ、とかなのかな……」


 何はともあれ、犯人が早く捕まってさらわれた子も無事に帰ってくることを祈ろう。他人の僕にできるのはそれくらいなものだ。

 その後も、ニュースを聞きながら食事を進め、二十分ほどで食べ終える。誘拐事件以外では八重坂市に関係のあるニュースは無かった。


「ごちそうさまでした、っと……片づけて、ご飯とおかずを弁当箱に詰めて……」


 ひとりごちりながら上着を着るなど、大学へと向かう準備をしていく。それにはさほど時間はかからなかった。


「さて、出かける前に、これだけは忘れちゃいけないね……」


 準備を終えた僕は、仏壇の前に正座をする。そしてろうそくに火をつけ、その火で線香に火をつける。そして鈴を鳴らして手を合わせる。


「……それじゃあ、行ってくるよ。紫織」


 誰もいない家の中で、猫を抱いた少女の遺影にそう呟いて、僕は立ち上がり、荷物を持って家の外へと向かう。待ち合わせもあることだし、少し急がないとね。

 靴を履いて家を出て、鍵を閉める。ガスの元栓は料理が終わった時に閉めたから大丈夫、窓もこの寒い時期にあけるわけが無いから問題ない、と。

 頭の中で確認しながら、最寄り駅へと向かう。いけない、いつもの時間よりちょっと遅いかも……ちょっとだけ走ろう。お腹が痛くならない程度に。

 僕が走っているのだから当然だけど、よく言えば見慣れた、悪く言えば見飽きた風景はいつもより早く流れていく。季節によって変わる温度はというと、非常に寒い。その寒さはまるで身を切り裂くよう。上着や手袋が無かったらとても耐えられなかっただろう。

 駅構内に入ると二人の女の子がこちらに手を振っていた。良かった、朝の待ち合わせにはまにあったみたいだね。


「慎一さーん! おはようございますー!」


 そう言って大きく手を振るのは、僕の入っている学部のアイドル……いや、全校のアイドルと言っても過言ではないかもしれない。とにかく、それだけスタイルも性格も整った、きれいな女の子なのだ。その名は紫藤里奈。このことを話すと、全校男子に嫉妬されてもおかしくないのだけれど……なんと、僕の幼馴染なのだ。小学校からの付き合いになるかな……その体の成長過程はずっと見てきた。べ、別にえっちな意味じゃないよ? ちなみに、手を大きく振っているから首にかけているロザリオと胸が揺れている。あ、今サラリーマンがちらっと見ていった。


「うす、慎一」


 長くきれいな黒髪を振り乱す里奈さんの横で小さく手を振っているのは千歳双葉。双葉と書いてふたはと読む。ここを間違えると怒るので注意が必要だ。ちなみに、赤味がかった比較的短い髪、少年的な雰囲気から男だと思う人もたまにいるけれど、立派な女だ。僕が女に見られて、双葉が男に見られる。これは僕の周りではたまにあるパターンだ。うーん……たしかにぱっと見では仕方ないかもしれない。でも、双葉もそれなりにスレンダー系の美人だと思うんだけどなぁ。喧嘩っ早いのが玉に瑕だけど。

 ちなみに、双葉も僕の幼馴染だ。里奈さんと同じく、小学校からの付き合い。


「んじゃ、発車には時間あるけど電車のっとくか? 座席、空いてるっぽいしさ」

「あ、そうなんだ。じゃあ、座っちゃおうか」

「そうですね。そのほうが本も読めそうですし…」


 そう言って鞄から一冊の本を取り出す里奈さん。


「おいおい、里奈。本読んで電車酔いなんて勘弁してくれよ? エチケット袋なんて持ち合わせてないんだからな?」

「大丈夫ですよ。そんな簡単には酔いませんから」

「ならいいんだけどな……」


 二人の話を聞きながら電車に乗り込み、里奈さんを中央にしてその両隣に僕と双葉が座る。いつもの事だ。


「里奈さん、今日の本のタイトルは?」


 本が好きな里奈さんは授業と授業の間の休み時間にも読書をしている。僕もたまにそれを読ませてもらったりしているから、少し興味があったりなかったり。


「今日の本は聖女と害虫という名前です。吸血鬼の男性と修道女の禁断の恋を書いたものなのですが…慎一さんも読んでみますか?」

「そうだね……うん。里奈さんが読み終わったら貸してもらおうかな。考世学部の趣旨にもあっていそうな気がするし」


 考世学部。それが、僕が所属している学部だ。普通、いろんな授業を受けないと単位が取れないけれど、考世学部だけは特別らしく、この学部だけで行われる授業、考世学のみですべての単位をとれるようになっている。

 まあ、それで楽になるということは無いけどね。全教科の基礎くらいは叩き込まれるし、世界各地の伝承やオカルトなんかを調べないといけないし……まあ、名前通り世界を考えるのだから、それくらいは当然なのかもしれないけど。

 まあ、そんな学部だから吸血鬼というオカルトじみた単語にはどうしても反応してしまう。いったいどんな話なのか……修道女と吸血鬼となると、本当に禁断の恋だもんなぁ。楽しみだ。


「そういえば、電車の中で本を読むなんて珍しいね。一年生の頃にも二、三回あったけど」

「夜寝る前にも本を読んでいるのですが、これからいい所というときに睡魔に負けてしまう事があるもので。そういうときに電車の中で本を読むんです。学校の休み時間まで待っていられませんから」


 照れくさそうに笑いながらそう口にする里奈さん。里奈さんは本当に本が好きなんだな。


「双葉も里奈さんを見習いなよ。この間の小テスト、ひどかったんでしょ?」

「思わぬ飛び火だな……ま、赤でさえなけりゃ問題ないって考え方だからなー、あたしは。里奈みたいに勉強しようとは思えねーのよ」

「やれやれ……そんなんだと本番の試験で盛大にすっころぶよ?」

「ふっ……あたしの一夜漬けの力をなめない方がいい」


 はぁ……同じ人間の女性でもこれだけ考え方に差ができるんだもんなぁ。たしかに、ある意味世界は謎で満ちているか。

 そんなことを考えながら電車に揺られること数分。僕たちの通う八重坂市立八重坂大学(通称八大)の最寄り駅、近衛坂町に電車が到着した。


「ついたね、下りようか。双葉、里奈さん……里奈さん?」


 僕が声をかけると、下げていた顔をゆっくりと上げた里奈さん。その顔面は蒼白。もともと白い肌だけど、血の気が引いたせいでもっと白くなっている。


「り、里奈さん? どうしたの?」


 なんとなく予想はつくけれど、念のため聞いておく。


「……酔いました……うっ……」

「あーあ。だからあたしは心配したのに……ほら、お花摘みに行くぞ。こう言うときは一回吐き出しちまった方が楽になる」


 電車を降りかけていた双葉が戻ってきてそう言う。


「すいません……ちょっと、肩を貸していただけると嬉しいです…」

「だそうだ、慎一。あたしたちで連れていくぞ。早くしないと電車がでちまう」

「わかった。一、二の、三っと」


 里奈さんの左側から支える。そう言えば、前に電車の中で本を読んだ時もこうなっていたような気が?

 さすがに中にまで付いていくことはできないから、少し離れた場所で二人を待つ。里奈さん、大丈夫かな。

 少し経つと、まだ気持ち悪そうな里奈さんと双葉が出てきた。


「里奈さん、大丈夫? 何か飲みたいなら、水筒あるけど……」

「うぅ……はい…ありがとうございます……あ、これは……」


 そう言って里奈さんが水筒に手を伸ばす手を止める。どうかしたのかな?

 少し考えてから気が付く。そういえば、僕の水筒は直接口をつけて飲むタイプだった。自分が飲んだら間接キスになってしまうとでも思ったのかな?


「大丈夫だよ。今日はまだ口付けてないから」

「あ、そうなのですか……すいません、いただきます」


 あれ? どこか残念そう? うーん……付き合いは長いけれど、女の子の考えることはよくわからないや。

 とりあえず、水筒を受け取った里奈さんは何口かお茶を飲み、若干すっきりとした様子になった。


「ありがとうございます。だいぶ楽になりました」


 ふたを閉め、水筒を僕に渡す里奈さん。うん、顔色も少し良くなったみたいだし、心配はなさそうだ。


「それでは、学校に向かいましょうか。本当にすいません、お待たせしてしまって」

「気にすんなって。時間なら十分あるんだし、ゆっくり行こうじゃないの」

「双葉の言う通り。それに、待つというほど待ってないから気にしないで」


 申し訳なさげな里奈さんにそういって、三人で大学へと向かう。


「で? 慎一。今日も来ると思うか?」


 駅を出て少しすると、不意に双葉がそう尋ねてきた。主語のない言葉だけど、長いこと付き合いのある僕にはそれで十分伝わる。


「まあ、毎日の事だし。今日も来るんじゃない?」

「だよなぁ……まあ、里奈はまだきつそうだし、あたしがよけさせる。迎撃はいつも通り慎一に頼む」

「悪いね。まったく、あの悪友は……」


 そう話していると、背後から足音が聞こえた。忍び歩きをしていたのに、うっかり出してしまったような感じで。

 ……来るか!


「おっはようございまぁああああああ!?」


 背後から飛びついてきて首を絞めようとしたところを逆手にとって、一本背負い。飛びついて来た勢いもあって、結構簡単に投げることができた。


「おはよう、礼尾」


 ちゃんときれいに着地した悪友に挨拶をする。

 彼の名は来栖礼尾。茶色っぽいぼさぼさとした髪と、ピアスが目立つ僕の悪友だ。高校からの付き合いだったと思う。


「いやぁ、相変わらずだな、シン! 一応不意ついたつもりだったんだけどなぁ」

「足音を出したら台無しだよ、礼尾。これで僕の何連勝だっけ?」

「ん~……三百から四百連勝ってところじゃねぇの? 一年のころから毎日に近いペースでやってっけど、一度もシンに技をかけれたためしがねーし」


 僕がこの礼尾を親友でなく悪友と呼ぶのは、毎朝僕に何らかの技をかけようとしてくるからなのだ。まあ、ケンカには慣れているからそのことごとくを迎撃してきたわけなんだけど。

 考世学部の二年生は全員で四人。そして、その全員がここにそろっている。

 端整な顔立ち、それを鼻にかけたふるまいをしない謙虚な心。そして頭の回転も速い。でもちょっと体が弱いのが玉に瑕な紫藤里奈。

 喧嘩っ早いけど大勢の弟妹を持っているからか根は優しい、千歳双葉。

 はっきり言ってしまうとバカだけど、底なしに明るい性格でみんなを笑わせる、来栖礼尾。

 そして、僕、遠坂慎一。これに、今頃教室でのんびりしているであろう一人の三年生を加えれば、考世学部は全員だ。来年度は人が増えればいいんだけど。

 まあ、何はともあれ雑談をしながら僕たちは八大へと歩んでいく。みんなと会うまではいつも同じ単調な生活だけど、こうして集まると途端に騒がしい、楽しい日常へと変化する。この日常は毎日変化の連続で、飽きるなんて考えられない。

 そう、できる物なら一生続いてほしいくらいに、楽しい日常なのだ。


「お、見ろよシン! マフィン・プランカで新メニューだってよ! 帰りに寄ってみようぜ?」


 そう言って礼尾は僕たちが時折溜り場にしている喫茶店を指さす。そこには“新メニュー登場!”という文字とその新メニューらしきものの写真がでかでかと印刷された紙が貼ってあった。


「ん~……それもいいけど、もうお財布がね。悲鳴あげてるんだ」

「まじかよ…じゃあ俺がおご……って、一皿八百五十円か…わりぃ、シン。ちょっと無理だわ……」

「いいよ、別に。次の給料日も近いし、給料入ってからみんなで食べに来ようよ」

「いいねぇ。あたし、ここのナポリタン大好物なんだよ。甘いものもうまいし……里奈もだろ?」

「そうですね。ケーキ類は絶品です。ただ、次の日の体重計が怖くなるのが……」


 おなかに手を当ててそう呟く里奈さん。やっぱり女の子はそう言うのは気になるよね。


「フン、カロリーが怖くて飯が食えるかっての。なぁ、シン!」


 そう言って肩をくんでくる礼尾。いや、まあ確かにその通りなのだけれど……。


「だからと言って、カロリーを摂りすぎるのもどうかと思うけどね。礼尾はたまに食べすぎ。今は若いからいいけど、将来は中年太りするかもしれないよ?」

「はっ、食ったら動く! それだけの事だぜ!」


 そう言って前髪をかき上げる礼尾。いや、かっこつけたつもりだろうけど、あんまりかっこよくないから。外見はともかく言ってる内容が。


「運動……やはり痩せるには運動が必要ですよね…」


 自分のお腹に手を当ててそう呟く里奈さん。太った……ようには見えないけど、どうかしたのかな。あの胸でくびれまで出来たら、全校どころか全世界の女性のあこがれになりそうなんだけど。


「そうだなー。お前には大きな脂肪の塊が二つもついてるもんなー。きーっちり燃焼させねーとなー」


 そう言って里奈さんの胸に手を伸ばす双葉。


「女の子同士とはいえ、そういうのはちょっといただけないですよ」


 何でもないかのようにその手を逸らす里奈さん。しつこく双葉が手を出してもことごとくそらしていく。そっか、里奈さんって護身用の武術やってたっけ。こういう痴漢じみた行為に対する対処法は体に染みついているって言う事か。


「おらおらおら、おらおらおらぁー」

「もう、双葉ちゃん。しつこいですよ……えいっ!」


 そう言って双葉の腕を笑顔で捻り上げる里奈さん。おお、あれは痛そう。


「いでででででで! ギ、ギブッ! ギブする! 悪かった!」

「はい、わかりました。手を放します」


 あくまで笑顔のままの里奈さん。それを見ていると、僕たちの中で一番怖いのは里奈さんなんじゃないか、などと言う考えが頭をよぎる。でも優しいのも本当だし……うん、怒らせたら危険、ってことでいいかな。


「あー……痛かった……まったく、手加減してくれよ……」

「していましたよ。本気だったら関節外したり、骨折ったり……」

「わ、分かった。分かったから本気の目でこっちを見ないでくれ」


 腕を抑えながら双葉は里奈さんから離れていく。たしかに、里奈さんの腕だったらそれくらいできそうだ。


「まったく、ある程度予想はできるんだから、しつこくやることは無いだろうに」

「そうなんだけどよ、やっぱ始めたら一回は触っておきたいっつーか……むきになっちまってよ」

「ははは……双葉らしいね。でもはっきり言うとバカだよ」

「歯に衣着せぬ言葉いただきました、と。さて、そろそろ着くな。後輩になるかもしれねーやつらに、きっちりいいところ見せろよな!」


 そう言って僕を軽くたたく双葉。そうだ、頑張らないと。せっかくだし、かっこつけたいもんな。


「とーさかせんぱーい! こーっちーっすよー!」


 そう決意を固めながら門を通るといきなり大声で呼ばれた。ん、この声には聞き覚えがある。


「与一君か。何かあったのかな…ごめん、皆は先行ってて」

「ん、りょーかい。それじゃ、行こうぜー」


 みんなと一旦分かれ、弓道衣姿の与一君の方へ向かう。彼が呼んでいるという事は弓道部に関することなんだろうけど……どうかしたのかな?


「与一君、どうかしたの? もしかして何かトラブル?」

「本番前の練習っすよ! やらなくても大丈夫なんすか?」

「ああ、なるほど。それじゃあちょっとやって行こうかな。でも、いつも通りの距離なんだから大丈夫そうな気もするけどなぁ……というか、与一君は僕よりうまいのに練習してたの?」

「当然っすよ……何人来るかわからないっすけど、観衆目線の中で外したりしたら……うう、想像しただけで嫌な汗が……」

「やれやれ……」


 このやや心配性な青年は百舌谷与一君。昔から弓道をやっていたらしく、先輩である僕よりずっとうまい。まあ、緊張に弱いっていう致命的な欠点もあるのだけど……一度集中すれば周りが気にならなくなるから緊張するのが先か、集中するのが先かという所が問題だね。


「とりあえず、一緒に練習しましょう! さ、先輩早く!」

「わかった、わかった。引っ張らないでもちゃんとついていくから」


 そんな話をしながら弓道部の練習場へと歩いていく。さて、どれくらい練習しようかな……練習で疲れて本番で散々な結果では意味が無いから、そこそこにとどめておきたいところだけど。

 そんなことを考えながら歩くこと五分弱。弓道の練習所にたどり着いた。代々の先輩たちが材料を少しずつ集め、完成させた練習場だ。だから、ところどころ歴史を感じさせるつくりとなっている。


「さ、先輩。着替えて練習を始めましょう」

「うん、着替えてくるよ」


 ロッカーの中の弓道セットを取り出すために、更衣室の中に入る。


「さて、気合入れていきますか」


 そう呟いて着替えを始める。


序幕 了

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