死に体
『死にたい』。そう呟いたとき、キミは死に体になる。しにたい。死に体。死体だ。本来は相撲用語らしいけれど、そんなの知らない。ボクがそう思ったなら、それでいいんだ。別に言葉の意味を細かく咎める人は周りにいないし。
「死にたい」
あ、また。その瞬間、キミは死に体になる。死臭が辺りに充満する。キミの眼窩は落ちくぼみ、肌は血の気が引くどころか、所々腐り落ちて骨が見えている。もう見慣れたものだし、一々びっくりしたりはしない。それにボク以外の誰も、キミ自身でさえもキミが死体になる事を知らない。前にそれとなく周りに聞いてみたら、至って普通のキミに見えるらしい。
実はキミは本当に死体なのか。それとも自身の死を望むキミを哀れに思ったボクがボク自身に見せる幻覚なのか。どちらかはわからない。前者かもしれないし、後者かもしれない。あるいは両方だったり、どちらでもないのかも。でもボクにとってそんなのはどうでもいい。ボクにとってはキミが死体でもそうじゃなくても、キミがいればそれでいい。
「ほら、そんな事言わないで」
ボクはキミの手を取る。グチュリ、とキミの腐った肉が嫌な音を立てるけれど気にならない。
キミの隣に立てるのはボクだけ。
死体のキミを知っているのはボクだけ。
死体のキミの手を取れるのはボクだけ。
ボクの胸にあるのは小さな下らない優越感。