第五部
翌朝。フィーズはなんとなく、早起きした。
「……」
頭をぽりぽりかきながらベッドを降りる。日はまだ姿を見せていない。
窓の外を見て、彼は陰鬱な顔をした。
「……あいつ、うち知ってたっけ?」
ぽつり、ひとことそう呟いた。
彼の心配は杞憂だった。
朝食を終えてしばらくぼんやりしていると、母親が呼びにきたのだ。
「フィーズ、ルク君が来てるわよ?」
「……知ってたのか」
それとも探し回ったのか。まあ、フィーズにとってはどうでもいいことではあった。
手早く支度を整えて、フィーズはドアを開ける。まだ日の高くない青空の下、見慣れたつまらない村の風景と――
「……おはよう」
「ん……ああ」
いつも無口な少年がいた。
彼らの住む村は、人口が五百に満たない小さな村落だ。村の大部分を占めるのは農耕地で、とりたてて面白いものもない。学校を兼ねた、小さな教会が一つあって、その周囲に村長の家がある。そこを中心に、農地にへばりついて身を寄せ合うようにして木造の小さな家々が連なっていた。教会の裏側からは斜面が始まり、急に傾斜が厳しくなる部分がある。そこは村人から『裏山』と呼ばれ、そこを越えると隣の村落にたどり着ける。
その、裏山までの道を、二人は何一つ言葉を交わすこともなくただただ歩く。徐々にセミの声が耳につくようになってきた。と同時に、身体にまとわりつく汗の量も比例して増えていく。
「あちい……」
フィーズは額の汗をぬぐって呟いた。背中には神樹の枝を採るためのずっしりと重い鉈と、母が作ってくれた弁当の入ったリュックを背負う。別にルクに対して言った言葉でもなんでもないのだが、昨夜と同様に前を行く彼はなぜか急に足を止め、肩越しにフィーズを振り返っていた。
「……なんだよ?」
尋ねるとルクは何も言わず自分のリュックから何かを取り出して、フィーズに放った。
「わ」
あわててキャッチ。ちゃぷん、と音がして、少し手が濡れた。
「……飲め」
それからふい、と前を向いて、また歩き出す。
「ま、待てよ」
あわてて追いすがりながら、ルクから渡されたそれを確認した。
木を掘って作った水筒だった。ふたを取ると、水が一杯詰まっている。
「……」
ルクの背中と水を交互に眺め、それからフィーズは一口だけ水を飲んだ。
「……おい」
フィーズが声をかけると、再びルクは足を止めて振り返った。下手投げで水筒を投げ返す。なんとなく、フィーズは視線を下に向けて、
「あ、ありがとな……」
「……別に」
また、何も言わず歩き出す。
やっぱり、不可解なヤツだ。フィーズはぼんやりそう思いながら歩を進め始めたが、不思議と悪い気分ではなかったのだ。