第四部
一人の黒髪の少年が、教会から出てきた。
夜空を仰ぐ。初夏の夜風、まだ涼やかな空気。
「おい」
背後から声をかけられて、彼は振り向く。
「なんで何も言わないんだ?」
「何も、って?」
「いやだ、とか、なんで僕が、とか」
少し困惑したような声で、フィーズは言った。
「黒神様の役、別に嫌じゃないから」
「……そうかよ」
どこまでも平静なルクの声に、フィーズはとたんにつまらなくなった。
ルクが何を考えているのか、フィーズにはさっぱりわからないが、記憶にある限りでは彼がなにかを拒んだという記憶はなかった。
つまり、そういうことだろう。
「さあ、二人も早く帰りましょうか」
教会の明かりが消えた。少し太った男と、優しそうなおばさんがフィーズの後ろから顔を覗かせる。男はこの村の村長で、おばさんはその奥さん。神父は一足先に、黒神様の役に決まったルクとそのお付きのリーダーになったフィーズを除く他の子供たちを送っていった。
「は、はい」
「うん。じゃ、行きましょう」
ルクを先頭に、すぐ後ろをフィーズ、さらに後ろに村長夫妻が並んで歩く。
「しかし、意外だったよ」
「なにが?」
最後尾の村長が、歩きながら言う。
「ファウデンさんとこの子が、黒神様をやるなんて。あそこの奥さんがね、うちの子は少し大人しすぎるんじゃないかってさ」
「あなた……」
「あ」
しまった、と村長は口に手を当てたが、当のルクは何も言わない。
「ん……こほん。ま、まあ、決まったことだし頑張ってもらおうじゃないか。なあ、フィーズ君?」
「え? あ、ああ。はい」
急に話を振られたフィーズは慌てて後ろを振り返った。
「あ、そうだ。言い忘れてたことが」
奥さんはぽんと手を打った。
「お祭でルク君が被る、神樹の冠なんだけどね。あれの材料の木の枝を、毎年黒神様とお付の子が一緒になって取りに行くことになってるのよ」
「それって……」
フィーズはゆっくりと視線を前に戻して、前を行く小柄な背中を見た。
「そう。早速なんだけど、明日の朝、二人で教会の裏山まで取りにいってもらえるかな?」
「はい……」
あの鉄面皮の少年と、二人で行動するなんて初めてだった。
どうなることか、と内心でフィーズが思っていると、
「……じゃあ、朝、迎えに行く」
ルクがそう言い残して、道を折れ曲がって一人先に行ってしまった。彼の家の方向だ。
「……」
足を止めて、フィーズは黙りこくった。後ろからどうした? と村長の声が言って、
「な、なんでもない」
あわてて歩き出す。