第一部
『悪魔さんと旅人』の昔のエピソードにあたる話です。一緒に読んで頂ければ幸いです。
彼はどこにでもあるような田舎の村の、なんてこともない普通の少年だった。学校に通い、家の仕事を手伝い、ごくごく平凡に育っていった。
その日、彼は学校にいた。教会に併設された小さな小屋がその教室。何人もの友達と一緒になって机を並べ、教師が本を読み上げるのをぼんやりと聞く。
退屈だ。
その本は有名な作家の、有名な著書らしい。けれどそんなものに別段興味も無く、彼は頬杖をついて窓の外を見る。春の青空はゆっくりゆっくりと日差しを地上に運んでいた。
ふと、窓際に座っている一人の少年が目に入った。どこか大人びた目つきの、華奢な黒髪の少年。真面目に教師の話を聞いているようにも見えるが、ただぼんやりとしているだけにも見えた。
「おい、フィーズ」
横から小声で呼ばれて、彼ははっとして振り向く。級友のクルトがイタズラっぽい笑みを浮かべていた。
「なに?」
「今日も山行こうぜ」
「ん、おう」
小声で答える。
皆の間では山で遊ぶのが流行っていた。それはただ遊ぶというだけではなく、子供、特に男の子にとっては『修行』だ。この村を、ひいてはこの国を守る国防軍は少年達の憧れであり、仕官するために強くなるのがいわば『常識』だった。
「今日は剣の訓練だぞ。持って来いよ?」
「わかってるよ」
剣というのも、言ってみればただの棒切れであるが。
「……あいつ見てたのか?」
「え?」
「あいつだよ。声かける気だったのか?」
「あ、いや……。んなこと、ないって」
フィーズはかぶりを振った。あいつ、とは窓際の少年のことを指している。
あの少年は、皆の輪の中にはいない。いつも遠くから自分達を眺めていた。声をかけてくるでもなく、無表情にただじっとして。
「だよな。よし、学校終わったらすぐ――」
「そこ! 何を話してるの!?」
眼鏡の女教師が突然大声を上げた。二人はびっくりして前に向き直る。
「今日は居残りで写本してから帰宅すること! いいですね!?」
「ええー……」
「何か!?」
『な……なんでもないっす』
ものすごい剣幕の教師に、フィーズたちは大人しく頷く。そんな二人を、窓際の少年はやはり無表情に眺めていた。
彼は名を、ルクといった。