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『決闘』の場所はアスペンの街を出て少し歩いたところにある草原。その名もアスペン草原、そのままである。アスペン草原はこのゲームの中でも最弱のモンスターたちが歩き回っている。戦闘のチュートリアルをするのもこの草原だ。チュートリアルをするだけあって、人型、獣型、鳥形など様々あるモンスタータイプの基本ともなるモンスターたちが居る。夜になれば危険度が上がり、モンスターのレベルやタイプも増えるので、一概に初心者用フィールドとは言い切れないのがミソだ。初心者に夜の危険さを教えるため、と言われれば納得できない事もない。
そのアスペン草原の小高い丘の上。そこに僕とリザードマンの男性、その名をグラルという者が居た。少しだがギャラリーもいる。
二人の了承によって形成された『決闘』フィールド。このフィールドの形状は『決闘』をする際の設定によって変えれるが、今回は半径20メートルの円形だ。フィールド内には『決闘』参加者以外は入れず、中から外、外から中への攻撃も魔法も通らない。
「もう一度確認するが、勝敗はHPが1になったら負け、スキルやアイテムの使用については状態異常回復以外の回復行動は無し、それ以外は可、時間無制限、で良いんだな?」
「うん、いいよ」
はじめの設定によってフィールド内に特別なルールを設けることが出来る。例えば勝利条件であったり、使用スキルや、アイテムの制限である。それを、両者が承諾すれば栄えて『決闘』という訳だ。
「じゃあ」
「「いくよ(ぜ)!!」」
掛け声とともに、僕は駆ける。それはグラルも同じだ。すぐにぶつかることになるだろう。
「意外と速いね!!」
「だろう?」
グラルの大きな体を利用した体当たりを真上に飛んで躱す。リザードマンの特性は、筋力と鱗による防御力、それと毒に対する耐性だ。その代わりに、足が遅い。はずだが、グラルはそれを感じさせない素早さだ。グラルの体が下を通る際、斬りつけようとしたがそれは盾で防がれてしまった。着地と同時に体を回転させ、駆け抜けていったグラルの背中目掛けて、『投擲』のスキルを使用、投げナイフを投げる。『投擲』スキル、初心者スキル3つの内の一つで、アイテムを投げることが出来るスキルだ。スキルレベルが上がれば、速度と威力、同時に投げられる量が増える。投げた投げナイフの数は3、同時に3カ所を狙うそれは剣と盾で防がれても一つは当たるであろう。そう思ったが、結果は失敗。投げナイフに気付いたグラルは、僕の予想通り盾と剣で二つを防ぎ、僕の予想外に尻尾でもう一つを叩き落とした。
「おぉ凄い!!尻尾を使いこなしてるなんて!!」
「伊達にリザードマンやってないからな!!」
尻尾、それは獣族と龍人族の一部、それと魔族の一部に備わっているものだが、それを扱いきれるプレイヤーは少ない。足や手がもう一本増えるようなものだからだ。だから普通はシステムにまかせっきりの、大きめのアクセサリーのようなものだ。それを使いこなすグラルは、確かに上を目指すプレイヤーなのだろう。そんなプレイヤーに会えるとは、僕もなかなか運がいい。
僕は普段あまり人に戦い方を見せない。まず第一に、僕の戦い方はあまり褒められたものものではない。武器や装備が弱い分、アイテムを大量に消費するからだ。人によっては無駄遣いに映る事もある。第二に、どうもチートと思われやすい戦い方のようだからだ。僕としてはシステムに則った正々堂々としたものであると自負している。
イイ人物に会えて気分のいい僕は、本気で戦う事に決める。剣を掲げスキル名を叫ぶ。
「『ファストアップ』!!」
特に意味は無い。強いて言うなら見せるためだ。
初心者スキルが二つ『ファストアップ』。MPを消費するスキルで使用から数秒間、移動速度を上げるスキル。レベルが上がる毎に、消費MPは増えたものの、効果時間が延び、クールタイムは短くなり、更には補正効果そのものが増えた。今では移動速度、つまり足の速さだけでなく、行動速度、剣を振る速度やスキルを使う速度にまで補正が掛かるようになった。
時間が引き伸ばされるような感覚がする。『ファストアップ』の効果が掛かった証拠だ。『投擲』によって、また投げナイフを投げる今度は四本だ。
「また投げナイフか!!無駄だよ!!」
そう言って三本が弾かれた。
「なっ!?」
四本目が尻尾に突き刺さる。三本のナイフに隠れるようにして放ったナイフは、狙い通りグラルの尻尾に刺さる。ゲームなので痛みこそないが、そこに注意が引かれる。焦って視線を僕に戻そうとするが、僕はもうそこには居ない。
「目くらましか!!」
「はぁっ!」
グラルの盾を持っていない方、つまり剣を持っている方から僕は斬りかかる。あ、剣変えてなかった。それこそ、トカゲのような鋭敏さで気付いたグラルは僕の剣に自分の剣を打ち当て、防ぐ。その衝撃で僕の剣にひびが入る。それを見たグラルが笑みを浮かべる。
「おいおい。そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫だ。問題ない!!」
僕はひびの入った剣を手放す。僕が打ち合った瞬間に剣を手放すとは思ってなかったグラルは体勢を崩す。その隙にアイテムポーチから新しい剣を取り出す。これもまた「鉄の剣」、樽売りの量産品だ。さながら居合抜きの様に僕の放った剣をグラルは強引に盾を差し込んで防ぐ。体を捻った無理な体制で剣を防いだために、さらに体制を崩すグラル。
普段ならここで剣を喉に突きつけるなりして決着だ。しかし本気でやると決めた手前、最後までやり切らねばならない。
「『スラッ・・・!!」
「させねぇよっ!!」
僕は『スラッシュ』を発動しようとしたが、それは止められてしまった。体勢を崩したはずのグラルに。僕の『スラッシュ』を放とうと、上段で剣を構えた両腕にグラルの肩が当たっていた。
「言ったろ?『伊達にリザードマンやってねぇ』ってな!!」
そう尻尾だ。尻尾で崩れゆく体勢を無理やりただし、その勢いで僕の『スラッシュ』を放とうとした腕に当て身をかましたのだ。
僕は飛び退る。ついでに、投げナイフも添えて。が、普通に盾で防がれてしまった。
戦局は振り出しに戻った。
「・・・っは。正直舐めてたぜ」
「だろうね」
なんと言っても初心者装備の僕だ。僕の言う事には全く信憑性が無い。それを見越して『決闘』を承諾したのは僕だ。その為にはまず、勝たなければいけない。
「俺もスキルを使わせてもらうぜ『ハードスキン』!!」
グラルの鱗がキラリと光る、『ハードスキン』だ。これは本来、武道家系の職が使うスキルで鍛え上げた己の肉体を固くすることで防御力を上げるスキルだ。それを元々鱗を持ち防御力の高いリザードマンが使う。その堅さはもう鉄の鎧の比ではないだろう。
「からの『ハイジャンプ』!!」
グラルが空高く飛び上がる。『ハイジャンプ』、その名の通り高くジャンプするスキルだ。勿論、ただの高くジャンプするスキルでは無い。れっきとした攻撃系スキルだ。その効果は、ハイジャンプからの落下攻撃に攻撃力の補正と衝撃波が伴うというものだ。乱戦では非常に有用なスキルだ。撃ち落とされない限り。
僕は着地予想地点から急いで逃げ、『投擲』スキルを使用する。しかし、今度投げるのはナイフではない。剣だ。
「せいやあああ!!」
「はぁああああ!?」
魔界の村の騎士が如く剣を投げまくる。大きさのせいでナイフの様に弾幕は張れないが、大きさゆえに威力がある。僕の行動にトカゲ顔でも分かる驚愕の表情を浮かべたグランに、数撃ちゃ当たるの寸法で投げられた剣が当たる。クリーンヒットだ、グランが落下する。僕は腹から落下したグランに駆け寄り、
「『スラッシュ』『スラッシュ』『スラッシュ』『スラッシュ』『スラッシュ』・・・」
チュートリアルでまず使う基本中の基本スキル、『スラッシュ』による連撃を叩き込む。僕のレベルになるとクールタイムは0.25秒ほぼ0だ。『ファストアップ』によって加速された動作でその0.25秒の内に剣の軌道を直し、また『スラッシュ』を発動する。そして0.25秒で剣の軌道をただす。その繰り返しだ。
『グラルのHPが1になりました。あなたの勝ちです。決闘を終了します。なおHPは決闘前へ戻ります』
というアナウンスが脳内に流れる。
「『スラッ・・・ん、終わりか。おい、終わったぞグラン。起きろグラン。大丈夫かグラン?」
グランに手を差出し、起こす。グランは少し呆けている。なぜだ?
「・・・あ、あぁ。大丈夫だ」
心なしかふらついているような気もする。疲労というバッドステータスもあるが、今回の『決闘』ではそのような事が起こる事も無い筈だが。まぁ、気にし過ぎなだけだろう。
「久しぶりに楽しかったよ。ありがとう、グラン」
男同士の戦いの中で友情は芽生えるというらしいが、僕にはよく分からない。しかし、直接ぶつかり合ったことで何か伝わるものもあるかも知れない。僕はこのゲームの面白さ、世界の広さを知ってくれればいい。そんな事を思いながら、再び手を差し出した。握手だ。
「あぁ、ああ!!こちらこそありがとう!!」
差し出した手を、固く握り返してくるグラン。うん、これなら大丈夫だ。僕の思いは伝わっていなくとも、グランが掴んだそれは、きっと面白いものになる。その時はまたやりたいものだ。
「じゃあ、また、どこかで」
「おう!!今度やる時は負けないぜ!!」
「そんときゃまた大盤振る舞いしてやるよ!!」
「やめてくれ、結構なトラウマだぞあれ!!」
軽口を叩きあい、僕はグランと別れ、アスペン草原を後にした。