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第〇五話 少年と真実

 雨はいつの間にか勢いを増し、土がむき出しの地面はどろどろになって、服はもはや防寒の役目を果たしていない。吐く息が白くなりそうなほどの寒さに震えながら、崇次はツールを握りしめた。これがなければ魔術士もただの人間に過ぎない。ツールだけが今の状況を支えている。

「あいつら、いったいなんなんだよ」

 耳元に口を寄せ、雨の音に紛れながら崇次は聞いた。垂れ落ちてくる前髪を横に分けながら、鞠奈は応える。

「科学の信奉者。旧科学時代の人間だよ。魔法が出てきて職を失ったとか、世界に害のあるタイプの科学技術者だったとか、そういう理由で魔法嫌いの連中が集まってできた、反魔法勢力の一つ。だから、君みたいに〔魔法使い〕に執着してるの」

「ちょっと待て。それじゃなにか、お前は、四六時中あんなのに狙われてるのかよ」

「そう。君がいつも突っかかってくるみたいにね。でも今回はわたし一人のせいじゃないかな。本当は、学校外実習の生徒たち全員に攻撃を仕掛けたかったんだろうね。装備が並じゃないし」

 言葉のトゲに気を払う余裕もないぐらいに冷えた頭で、崇次は想像する。ただ魔法使いに生まれたという理由だけで、そんなことが許されるだろうか。

「悪かった。お前の事情までは思い至らなかった。これからは善処するよ」

「別にいいけどね、慣れてるし」

「だから、悪かったよ。今度、鯛焼きでも奢る。……そういう話じゃなくて」

 崇次は頭を振って、思考を切り替えようとした。彼女が人を遠ざける理由も、こういうところにあるのだろう。

「つまり、魔法使いも楽じゃないってこと。はい、おしまい。次は切り抜ける方法を考えよう」

 パチンと手を打って、鞠奈は話を打ち切った。彼女にとっても崇次にとっても、現在そうしているだけの猶予はない。

 崇次がそうしたように、科学の信奉者たちとて何かを探知をする手段を持っているだろう。でなければ頂上近くからのロケット弾による狙撃など、とうてい出来るものではない。

「……よし。とりあえず、そっちの魔法はなにがある」

「〔風圧〕、〔微風〕、〔旋風〕、〔寒風〕、それと日常系が少し」

「こっちは〔突風〕、〔探知〕、あとは〔空調〕、〔風船〕、雨じゃ役に立たないけど〔発火〕と、あとは自分用にチューニングした〔電撃〕ぐらいか」

「〔風船〕はオリジナル? 聞いたことないね、説明してくれる」

 崇次が開発した魔法について説明すると、鞠奈はしばし考え、うなずいた。

「ターミナル持ってる、持ってるか。わたしのツールにいろいろ入れておいてくれる」

「それはいいけど、俺用のチューンだから、そっちにも使えるかどうかはわからない」

「ないよりマシ。魔法を入れ終わったら、こっちから仕掛けるよ」

「本気かよ。本気だよな。わかった、腹をくくる」

 十秒ほどで、鞠奈のツールに魔法が登録された。崇次のツールに展開したままの温度〔探知〕は、近づいてくる七つの温度を示す。

 崇次は空を仰いで口を開けた。緊張で渇いた喉に雨が染みこむ。鞠奈は髪をかき上げ後ろにまとめると、ツールを握り直して顔をぬぐった。

 接触まで一五〇メートルを切ったところで、鞠奈は立ち上がり魔法を使う。

「じゃ、お先」

 そう言って発動した〔突風〕が、鞠奈の背を爆発的な推進力ではじき飛ばした。使った瞬間、ゼロからトップスピードまで加速して、一秒後、彼女は敵の真っ直中を通過しそうになっている。

「後ろもらった。データ、ロード〔寒風〕!」

 瞬間、信奉者たちに降り注ぐ雨のすべてが吹雪に変わった。ぬかるんだ地面ごと凍結させながら、鞠奈は慣性のまま地面を転がった。

 三回転ほどして膝立ちになると、雪と雨は想像以上に彼女の身体を冷やしていることに気付く。だがそれを気にしている余裕はない。

「足が取られた。だれかバーナーを使って暖めろ!」

「ダメだ、バーナーは雨でやられた。ボムはピンが凍ってる。お前の出番だ。砕け!」

 敵の中に、ごつい装甲をまとう、パワーアシストスーツというよりも、ロボットに近い三メートル級の機械強化服を着たのが一人混じっている。強化服と呼ばれたスーツは凍りつかないのか、両腕を振り上げ、地面にたたきつけた。途端、凍った地面がひび割れ、かけらが舞い上がる。他の六人が足を抜き出すと、地面は吹雪でまた固まりだす。

「ハハハハハ! これが我々の成果だ。科学者の哀しみ、思い知れェ!」

 科学の信奉者たちの一人が、哄笑しながら強化服を差し向ける。彼だけ装飾入りのレインコートを着ているから、他の五人とパワーアシストスーツの中身よりも偉いのだろう。

「これじゃこっちまで持たない。だったら、データ、ロード〔旋風〕!」

 鉄塊のような強化服を中心にして、渦巻く風が発生した。人一人どころか、車すらも持ち上げるようなその風にも、鉄の巨人は飲み込まれず、地面に立っている。

 よく見ればその強化服の四肢から、アンカーのようなものが凍結した地面に食い込み、それで留まっていた。背中からワイヤーを出してこのスーツを着ていない六人を一カ所にまとめて抱え込もうとした。しかし一人だけ間に合わず、ワイヤーで回収する前に木にたたきつけられ、ぐったりとする。

「敵は金属製だから〔電撃〕はどうだろう。風でダメなら、一か八か!」

 至近距離の竜巻に吹き飛ばされたのは、支えのない鞠奈も例外ではない。しかし彼女は浮力を保つ魔法〔風船〕を使うことで、、これ以上無いほど遅く落下している。

 だいぶ上空まで吹き飛ばされた鞠奈は狙いを定めると、〔風船〕をコントロールして徐々に加速をつけ、強化服めがけて落下していく。そしてツールを構え、

「データ、ロード〔電撃〕!」

 叫びと共にツールから青白い閃光が迸り、本来ならばスタンガン程度の威力が、魔法使いという力によってその威力を増し、パワーアシストスーツの中身ごと痺れさせる――はずだった。

 しかし実際にはツールからはそのようなものなど出てこなかった。崇次用に低スペックでもそれなりの威力が出るようにチューンされたためか、あるいは使用者が超高性能すぎたが故に、過負荷という形で魔法は不発となった。

「一か八かのタイミング、大外れにも程があるでしょっ」

 落ちてきた鞠奈を掴み、鉄の巨人は木めがけて放り投げた。たたきつけられる寸前、鞠奈は〔微風〕で直撃は避けたが、背中を強く打ち、地面に転がった。雪と雨とでぐちゃぐちゃになった泥が、全身にまとわりついて体温を奪っていく。

 背中を打ったからか、呼吸さえも小さくか細くなっていき、立ち上がる気力さえなくしてしまったように見える。

 鞠奈の頭に、眠気が襲ってきていた。強化服の足音が、彼女にとっては子守歌のようにやすらかで、現実に対する恐怖感を取り去る。

 意識が眠気に埋もれていく中で、鞠奈はだんだん近づいてくる人影を見た。そして手が届くほどになって、

(もう……ダメ、か)

 諦めそうになった。

「プログラム、ラン〔発熱〕!」

 その時、鞠奈を包むすべての冷気が消え去った。そしてぬかるみが温泉のよう温まり、彼女に熱を与えていく。。

「大丈夫か。っていうか生きてるか」

「……西園?」

「ああ。生きてるな。安心した」

 信奉者たちが、レインコートの中にある特殊警棒のような予備の武器を取り出した。強化服はワイヤーを伸ばし、鞠奈と崇次を拘束しようとする。

「プログラム、ラン〔突風〕っと!」

 ツールを自分たちに向け、吹き荒ぶ風を呼び起こした。雨と混じり暴風雨になったそれが、ワイヤーの軌道から自分たちを押し退ける。風で移動した先に、信奉者たちが特殊警棒で殴りかかった。今度は鞠奈が〔微風〕を放ち、彼らを転がしていく。

 崇次は鞠奈を引っ張って起こすが、鞠奈の身体はまだ回復したとは言いがたく、寄りかかる形となる。

「その、〔発熱〕って、さっきなかったでしょ。どうしたの」

「お前が戦ってるあいだに〔発火〕をイジった。おい、くるぞ!」

「君って研究者に向いてるよ。無茶苦茶だそれっ!」

 信奉者たちは特殊警棒を捨て、ワイヤーを飛ばしながら近づいてくる強化服を盾に、かろうじて使える、残った手投げ弾や、ネットランチャーを用いて二人を攻撃する。

 雨中で上手く広がらない投網と手投げ弾を崇次の〔突風〕が吹き飛ばし、鞠奈の〔微風〕で二人は飛び、ワイヤーを避けた。跳ね返るように飛ばされた手投げ弾が、信奉者たちの近くで爆発した。強化服が盾になったが、二人の信奉者がまともに食らい、全身に火傷を負って倒れる。

「ぐあああああ! 焼ける、焼け!」

「ごおぁおおあおあおあお!!」

「ひるむな。相手は手負い、こっちにはパワーアシストスーツもある。ひるむな!」

 装飾レインコートが叫んで鼓舞する。ちょうど、鞠奈も強化服に投げられた時のダメージが、足にきていた。風で飛んだときの着地が危うく、こけそうになるほどだった。

「ほら見ろ。相手はボロボロだ!」

 信奉者たちの士気が上がり、二人への圧力が増した。

「くっ。もっと動け、足ッ!」

 太ももを叩いて気合いを入れ、鞠奈は立ち直す。それでもがくがくと足が震えている。

 そこに崇次が彼女の腕を持って肩にかけ、

「俺が支えるから指図と魔法頼んだ。二人で行こうぜ、今は一蓮托生だろ」

「わかった。合図したら、目、閉じるんだよ。……それじゃ、接近!」

「あいよっ」

 爆風が去り、信奉者たちが攻撃に打って出ようとした時、そこにはすでに二人が〔突風〕で飛んでいた。そこで、鞠奈はさっそく合図を出す。二人はぐっと目をつむり、

「データ、ロード〔照明〕!」

 夜道で使う懐中電灯程度の魔法は、匝瑳鞠奈というハードで生まれ変わり、強烈な閃光を信奉者たちの目に叩き込んだ。

「がああああっ! 目が、目っ、ああああああ!」

「焼けっ、白、うあああっ!」

「ひぃぃ、ひっ、ぃいぃぃぃい!」

 生身の信奉者たちは、すべて地面に転がりながら目を押さえている。泥にまみれようと目を洗おうと関係なく、脳まで染め上げるような白色に抵抗する術はない。

 強化服のメインカメラは閃光によって焼き付いたが、しかし、彼はすでにその両腕を振り抜いていた。右腕が鞠奈に、左腕が崇次に襲いかかる。

「間に合わっ――!」



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