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第〇四話 少年と再戦

 次の日も朝から天気が悪く、しかも昨日よりも空の色が鉛じみていて、もうそろそろ初夏だというのに、寝間着では鳥肌が経つほど気温が低い。崇次は布団から出るのが億劫なぐらいだったが、今日の授業のことを思い、気合で布団から抜け出す。

 朝食は白粥と納豆汁に、たけのことわかめを煮たので食べ、テレビの天気予報では午前中から降り出すというので、崇次は昨日と同じ傘を持って家を出た。

 冷たい風は食事で暖まった身体にさえ寒く、ただ歩いているだけでもブレザーの上から体温を奪っていく。コートの一枚も羽織っていない崇次は、震えるぐらいにかじかんでいる。

「これはちょっと辛いな、走るか」

 持っていた傘を把手の部分から真ん中あたりに持ち替え、崇次はオーバーアクション気味に走り出した。横断歩道で信号が変わるあいだも足踏みで待っていて、人気の少ないところでは、大股で全力疾走さえする。

 おかげでパン屋〔プティ〕の手前につく頃には、崇次の身体は火照るぐらいに温まっていて、寒いからではなく、顔が赤くなっていた。学校まであと数百メートルということで、ようやくゆっくりと息を整えながら歩き出す。

 ほかの生徒たちはマフラーや手袋なんかを引っ張り出してきていて、中にはニット帽をかぶっているのまで居た。自動販売機の缶コーヒーなどで暖をとっているのも珍しくなく、女生徒たちは細々としたものより、カーディガンを着込んでいるのが多い。春というよりは秋冬の装いで、季節を二つ先取りしている。

「おっはよーい、今日は寒いね」

 有紗が声をかけた。彼女も例外ではなく、カーディガンを着ていた。しかし小柄な有紗には大きめだったのか、袖に指先まで隠れてしまっている。

「おはよう。俺はなにも用意してなかったから、走ってきた」

「あはは。健康少年だ。いいことだよ」

「今はいいんだけど、汗が冷えたら悲惨だ」

 ばたばたと忙しそうに足踏みを繰り返し、崇次は体温を維持しようとする。その背後から、健がこっそりと忍び寄って首筋に缶コーヒーを当てた。

「熱っ?! ばっ、やけどするだろ!」

「礼はいらないぜ、取っておきな」

 マフラー、ニット帽、手袋、カーディガンという防寒装備に加え、ポケットに入れた缶のコーンスープで暖まっている健が、振り返った崇次に缶コーヒーを投げた。

 受け取って、傘をわきで挟み、手の中で缶を転がして冷えた指先を温めてから、プルタブを開けて一口飲んだ。

「はぁ。寒い日は缶コーヒーが美味いな。助かった」

「生憎の天気だが、今日が本番一発目だ。体調は整えとけよ」

「それは百も承知」

「それじゃ、風邪ひかないよーに、教室までよーい、どん!」

「お、競争だな。負けないぜ?」

 有紗が駆けだすと、健はすばやく反応して追従した。崇次も走ろうとしたが、傘と飲みかけのコーヒーを持っているのを思い出す。

 数秒間迷って、崇次はまだ熱いコーヒーを一気に飲み干し、空き缶をブレザーのポケットに押し込んで走り出した。

 三人が教室に着くと、信楽黒理はすでに席に着き、ターミナルを弄っていた。

「おはよーい、黒理ちゃん」

「おはよう、有紗。と、バカ二人」

「心外だな。バカは崇次一人で十分だよ」

「そう言うなよ。お前も俺もバカはバカだ」

 三人で談笑している横でも、黒理はディスプレイとキーボードを必死に行き来していた。あっという間に時間は過ぎてしまい、一時限目の授業が始まる時間となる。

 この授業中、崇次は気が気でなく、そわそわしていた。なにしろこのあとに実習の授業があるので、座っておとなしくしていろというのが難しい。

 しかし、教師に注意されると大人しくなった。崇次もこの授業――魔法理論――が好きだったので、いったん集中力が高まれば、余計なことを考える暇はなくなった。そうしていると、一時限目の時間は早々と過ぎていく。

 休憩時間になると、崇次の方はもはや意識せずにはいられない。鞠奈の方を見てしまい、妙に力が入っている。

 視線に気付いたのか、鞠奈も崇次の方を見返した。その視線のあいだには複雑な感情が絡み合い、どちらからともなく目を反らす。

 教室内では、今日は崇次がどれだけ持ちこたえるか、賭けの対象にしたり、どれだけ派手にやられるのかと、好奇心を見せているものも居る。

「俺は十秒に学食の素うどん賭けるぜ」

「いやいや、三十秒は持つでしょ、今回で何度目だよ」

「ばっか。今回はチーム組んでたろ。俺は二分と見たね」

「おー、強気だね」

 話し合っている時間は短い。全員、更衣室で着替えて、まだ寒いのに運動着姿で、外へ行かなければならない。

 今回の実習の授業は、四月も終わりということで、いつもの校庭ではなく、学校の裏にある山で時間いっぱい使った実践練習となる。月に一度の学校外授業は、居るべきところから外へ行くという、普段とは違う感覚から、昔から一種の人気授業にもなっている。

 通常の授業と違うからか、今回の授業はツールだけでなく、ターミナルの所持も許されている。山という環境に合わせ、直前までどの魔法を使うか選択できるのは、迷いにもつながるが、有利なことでもある。

 多くの生徒たちは、ターミナルも携帯していた。それは崇次たちも同様で、最後の最後までチェックできるというのは、彼らにとってもありがたいことだ。なにしろ相手は魔法使い、どれだけの猶予があってもありすぎるということはない。

 着替えてクラス全員が裏山に集合すると、身体の先から凍えるような寒気が襲いかかる。運動したり、集まって風から身を守ろうとする生徒の気持ちをくみ取らず、天気は朝から悪くなる一方で、湿度も高まり、いつ雨が降り出してもおかしくない。

「さみーよ。早く先生こねーかなー」

「ああー、あー。風邪引いちゃうよ。おれ、大学出てから入ったから二十二なんだぜ」

「それはキツイな。主に短パン姿が」

「おしくらまんじゅうでもするか?」

「懐かしいなー。しないよりマシかもな」

 男子生徒たちが集まり、背中と背中をくっつけ、声を合わせて動き出した。あまり見てくれのいいものではないが、動いて身体を温めるというのは悪くない。

 往生際が悪いというのか、黒理はこんな瞬間にもターミナルのキーボードを叩いていた。

 やがて時間も過ぎ、チャイムが鳴る時刻となった。教師がやってきて、授業が始まる。

 崇次は心臓の音がうるさいぐらいに興奮していた。今回は前半に魔法の使い方を教えたりなどしないから、心の準備すら満足ではない。ふと見回すと、多くの生徒が彼と鞠奈のことを見ていた。むろん、その中には有紗、黒理、健もいる。

 鞠奈はその視線をあまり心地よいとは感じないのだろう。早く抜け出したいとばかりに、歩いて崇次の方へ近寄った。

「やるんでしょう?」

「っ! ……もちろん」

 二人は山道を入っていき、中腹の、木々がまばらになって拓けた場所で立ち止まった。

 空はいよいよ泣き出し、ぽつぽつと地面が濡れ始める。

 冷たい雨が二人を打つが、崇次にはそれどころではなかった。

「今回は自信があるみたいね」

「結果はないけど、自信はいつも。今回はその上に、いろいろ乗っかってる」

「そんなにわたしが気に入らない、倒したいの?」

「ああ、お前を倒したい。さあ、かかってこいよ」

「っ! いいよ、今日はちょっと機嫌悪いんだから、怪我したって泣かないでよっ」

 鞠奈が得意の脚を使おうとしたその時、山頂近くから炸裂音が響いた。

 それを耳で捉えた鞠奈は、崇次の方へ跳ぼうとした脚に制動をかけ、〔微風〕を使って反対側へ跳んだ。直後、鞠奈が居た場所にロケット弾が突き刺さる。信管が機能していないのかわざとさせていないのか、爆発する気配はない。

「は?」

 崇次は理解が及ばなかった。しかし、鞠奈はこんなこと日常茶飯事であるかのように、ツールを山頂付近へ向け、魔法を放つ。

「いつでもどこでも、しつこいだからっ。データ、ロード〔旋風〕!」

 崇次が初めて見る魔法だった。ツールから数メートル先、地面の花弁や落ち葉を巻き込んで渦が作られ、次第にそれは竜巻へと育っていく。そして竜巻は意思を持つかのように、巨大化しながら山頂へと上っていき、そのあいだにあるすべての木々から、枝葉をむしり取っていく。

 山頂付近に達した竜巻は、生じた爆風と共に掻き消えた。橙色の炎が上がり、降りしきる雨がそれを消し止め、黒い煙が立ちのぼる。

 それを見ている余裕もなく、二人の居る方へ小さな固形物が飛んできた。それを崇次が認識するよりも早く、鞠奈が襟を引っ張って風を呼び起こし、地面を転がるようにしてその場から退いた。橙色の炎が、二人の背を焼くように広がる。

 どこからきたのか不明な爆炎や竜巻を見ていたり、異常を感知した麓の生徒たちは、混乱したり悲鳴を上げたりした。だがそれを教師が一喝して場を沈め、統率して山を離れ、学校へ戻り始めた。その中には当然、健、有紗、黒理も含まれる。

 三人は崇次と鞠奈のことを心配していたが、今は連絡を取るよりもこの場を離れるのが先とされ、どうしようもなかった。

「どういうことだ。なにが起こってる?」

 崇次の疑問はもっともだが、それに回答できるだろう鞠奈は緊張の糸を張り巡らし、穏やかではない。

「おい、匝瑳」

「さっさと逃げなさい、気が散る。これは授業じゃないんだから!」

 叫んだ瞬間、鞠奈の数メートル横をロケット弾が穿った。遠距離からの砲撃を躱す余裕はさすがになく、当たってくれるなと、足下から崩れるように屈んだ。重力に乗り遅れた髪が数本、別のロケット弾に引きちぎられ、雨でぬかるんだ地面に消える。

 崇次も地面に屈み込み、服が汚れるのもかまわないまま、匍匐前進で鞠奈に近づいた。

「逃げろったって、どうしようもないじゃないか。あれ、爆弾だろ?!」

「っもう。邪魔ってわからないの? そうだよ、爆弾。その狙いはわたし。これでいい?!」

 今まで見たことのない気が立った鞠奈に驚きを覚えつつも、状況はそれ以上の驚愕をもたらしている。冷静でなくとも、冷静に動かなくてはいけない。

 崇次もツールを握り、登録してある魔法を頭から絞るように思い出して、〔探知〕を使い、温度を探す。

 ツールの先端から浮かび上がるのは、崇次を中心として色分けされたサーモグラフの映像だ。

「匝瑳。そこから右に三十度ぐらいに、人間の体温ぐらいの温度が固まってる。爆発のあったところから、少しずつこっちに近づいて来てるぞ」

 片眉を上げて、鞠奈は崇次に振り向いた。

「そんな地味なのよく登録してるね。ここじゃまた爆弾がくるし、とりあえず移動するよ」

「オーケイ。とりあえず切り抜けたら、いろいろ聞くからな」

「できたらね。データ、ロード〔寒風〕!」

 すさまじい勢いで、冷たい風が雨、枝葉、地面を凍らせながら崇次の示した方向へ奔る。白く染まった向こうで、またも爆炎が雨空に咲く。転瞬、冷風のお返しとばかりに帰ってきた、ロケット弾よりも小さな固形物がこちらに向かってきて、炎へ変わる。

 魔法の余韻が残っているあいだに、崇次と鞠奈は中腰の姿勢で走り出す。近くの藪に隠れ、二人は一息吐いた。



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