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第〇三話 少年と準備期間

 翌日、崇次はメールの着信音で起こされた。めざまし時計を見ると、鳴るにはまだ早い時刻を示している。

 昨夜、健からメールが来た崇次は、比較的遅くまでターミナルを開いて、魔法使いに有用そうな魔法を作るか、もしくは対策を立てておけ、という内容に従い、急ピッチで魔法を作った。そのせいか、ろくな睡眠時間をとっていない。

 めざまし時計のスイッチを切って止め、ベッドに放り投げると、寝間着から着替えて一階へ下り、洗顔、歯磨きを済ませダイニングに入った。

「おはよう、母さん」

 崇次は台所に立ち、水仕事をしている歩実あゆみ に声をかけ、コップに水をついで飲む。

「はい、おはよう。ご飯できてるよ」

「ありがとう」

 席に座って、崇次は用意された白粥としじみの味噌汁に、梅干しと春キャベツの漬け物を食べた。比較的よく噛んで食べるので、食後のお茶を飲み終えると、登校するのにちょうどいい時間になっている。

 テレビでは今日の魔法汚染情報と、四月の一週目近くから旧・日光東照宮ダンジョンへ挑んだ攻略隊の情報が流れていた。およそ全体の三分の一を踏破したところで、強力なモンスターや罠と出会い、苦戦中らしい。

 おまけのように魔法反対運動をやっている団体の話が出ていたが、マスコミュニケーションではこの手の輩をあまり良くは取り上げていない。自分たちが魔法推進派なのだから、それも当然だろう。

 テレビの電源を消して食器を片付けてから、バッグを持って、崇次は家を出た。

 薄墨を流したような空で、朝だというのに少し暗い。しめった空気が雨を予想させる。

 崇次はいったん家に引き返し、傘を一本持った。

 国立魔法学校日本分校は、数百メートル手前には小さなパン屋〔プティ〕があり、所持金に余裕があるときは、生徒たちがここでパンを買って学校へ行く。ここの店は数年前に開店したばかりだが、フランスパンの生地を使った総菜パンが人気である。

 崇次は寄ろうかとも思ったが、食べたばかりだし、手持ちもあまり多くないことを思い出し、まっすぐ行くことにした。その背後では、同じ制服を着た生徒が店に入り、メンチカツの入ったサンドウィッチを買っている。

 校舎に入ると、崇次はまっすぐクラスに向かい、まず一時限目の準備を終えた。そうしてから、モーニングコール代わりになったメールの送信者である健を探した。しかし、健はまだ来ていない。

 崇次が窓から外を見ると、パン屋〔プティ〕から、整髪料を多めに使った髪型の男子生徒が出てきた。間違えようがなく、須々木健である。

 数分ほどすると、健はカボチャのフィリングが入ったパンを食べながら、教室に入ってきた。もう片方の手には器用に、薬指と小指で鞄を引っかけ、人差し指と中指、親指で小さな牛乳パックを持っている。

 ストローで牛乳を吸い上げ、健はパンを平らげた。

「よう、バカ次。元気か」

「おはよう。お前のメールで起こされたから、余計に寝不足気味だ」 

「早寝早起きは大切だぜ、もちっと早く寝ろよ」

「お前のせいだろ。話し合いは休み時間ってこでいいんだな」

「そういうことー」

 健は、仲の良いクラスメイトたちへ挨拶をしながら席に着き、授業の準備を終えたところでちょうどチャイムが鳴り、教師が入ってきた。

 崇次の好きな技術系の授業が終わると、その机にだるそうな表情の健、いつもにこやかな有紗、すました顔をした黒理の四人が集まり、個人用のターミナルと実習用ツールを取りだして、各自が計算、収集、作成した魔法の情報を共有していく。ああでもないこうでもないと、やかましく声が飛び、周囲の生徒たちが非難の目で見ているのを気にせず、当人たちは話を続けている。

 ふだん、女生徒としか一緒にいない黒理が男子生徒と仲よさげにしているのを、物珍しそうに見ている者たちも居た。同時に、二人の美少女と一緒に居る崇次と健に、嫉妬などの感情がこもった熱視線を浴びせている。

「羨ましい。あの黒髪、あの黒タイツ。あの大人びた表情」

「まったくもってだ。でも俺は天馬有紗派。栗毛のボブ、小さくてコンパクトでラブリー」

「拙者は両方とも良いと思うで候」

 男子生徒たちは、好き勝手に言う。

 渦中の人、匝瑳鞠奈はと言えば、これもまた遠巻きに崇次たち四人を見ていた。その眼差しにはいくつかの思いが複雑に交じっていて、そのすべてを明確にするのは難しいだろう。

 逆にこの鞠奈を見ている生徒も少数居たが、彼女に近づき、その感情の正体を確かめようとするものは、一人も居なかった。

 鞠奈は相変わらず誰かと仲良くなろうというそぶりが見えず、次第にクラス内で孤立していく原因となった。少しひねくれた生徒たちからは、

「魔法使いだからって、周りを見下しているんじゃないか」

 などという想像や悪評が立ったり、けっして良い立場ではなかった。

 四人の話し合いが満足いくまでやるには休み時間はあまりにも短く、次の授業の準備もあるから、時間いっぱい話すことも難しい。

 それでも四人は休み時間ごとに集まり、なかなか上手く進まない対魔法使いにおける勝利条件の検討などしていた。これは主に、崇次が納得しないというのもあるが、鞠奈に一泡吹かせるのすら難しいというのにも原因がある。

「だから、あいつに土つければ上等だろうよ。崇次ちゃん」

「目標が小さいだろう。せめて、参ったは言わせたい」

 首を振って、崇次は次の条件をうながす。

「それは無理だよ。じゃあ、五分以上試合継続とかどう?」

「短時間勝負じゃないと、手札とか無くなるんじゃない」

「あ、そっか。耐久力にも差があるしね」

 黒理に言われ、有紗も考え込んだ。少し間が空き、健がふたたび提案する。

「あいだを取って一発食らわせるぐらいでいいんじゃないか?」

 全員が考え、それが落し所であろうと納得した。

「とりあえずそこを目指すか」

 四人ともがうなずいて、目標が決まった。

 崇次たちが集まるごとに、鞠奈の眼差しにも強くなっていく感情があった。それは喜びや怒りではなく、寂しさや哀しみの色に見える。

 三時限目の休み時間でそれはより顕著にあらわれ、わずかに鞠奈の眉がひそめられるのを、クラスメイトの一人が目撃している。彼は寡黙であったため、それが教室内で話題になることはなかった。

 そして午前中、最後の授業も終わり、崇次と健は購買部へ行って昼飯を調達しているあいだ、有紗と黒理が机を並べ替え、四人が話すスペースを作っていた。

 女性二人は弁当を持ってきているので、飲み物だけを頼んで教室で待っている。しばらくして男子二人がパンと飲み物を分担して持ち、帰ってきた。

「ただいま。ヘイ、パス」

「おかえりー。ナイスパース。ダンクシューっ」

 健が放った二つの紙パックジュースを受け取り、有紗が片方を黒理の机に置く。

「お疲れ様。それじゃ食べましょうか」

 四人が席に着き、各自、弁当のふたを開けるなり、ビニール袋を引き裂くなりして、昼食を取り始めた。

 これだけの時間、黒理が特定の誰かと――特に男子生徒――と一緒に居るというのはかなり珍しいので、注目は強まるばかりだ。それをわかってか、有紗は周囲の目を気にするように、耳元でささやいたり、弁当のおかずを交換したりと、ここぞとばかりに交友関係をあたためようとしていた。

「女同士。そういうのも」

 一部の女子生徒と男子生徒が、有紗と黒理、二人の仲の良さを別の意味で捉え、想像力に翼を生やしていた。

 黒理は女子生徒とはそれなりに仲がいいが、男子生徒とは積極的に話そうとしない。とはいっても、鞠奈のようにすべてを遠ざけるようなわけではなく、単に男子生徒が苦手なのか、もしくは下心が見えすぎていて、相手をするのも面倒なのだろう。

 崇次がコロッケパンを食べ終えてメロンパンを取りだし、かじりつく。健もハムサンドをぺろりと平らげ、ジャムパンを頬張っている。しかし、そのあいだも片手は机上のターミナルのキーボードを叩き、現在作成中の魔法を組み立てたり、できあがった魔法のエラーチェックをしていた。

「チェック終了。俺のはエラーなし。動作はともかく」

「こっちは微妙にバグあり。やっぱふだんから作ってないと、ダメだわ」

「私もちょっとエラー出てる。どっちかというと、魔法は買ってしまうから」

「えーと。それじゃ、いま出てるのだけ、まとめようか」

 弁当を食べ終えた有紗が買ってきてもらったいちごミルクを飲みながら、みんなの手持ちから使えそうな魔法の一覧を作り、一つ一つ説明して崇次のツールに入れるかと聞いていく。

 取捨選択した魔法を、崇次はターミナルを経由して、選んだ魔法をツールへ登録した。

 ツールにはキャパシティがあり、それを超える魔法は登録できない。学校の新入生に貸し出されるツールはそれほどのキャパシティがなく、多くの生徒たちが使う魔法、使わない魔法の選択に頭を悩ませている。

 また魔法についても同様で、国が無料で配布してくれる魔法、学校が無料で提供してくれる魔法、一般販売または提供されている魔法、自作した魔法、同じ結果を起こす魔法を選ぶにしても、自分に合うものとそうでないものがあった。崇次たちはこの面からも、少しでも効率や相性がいいものを探し、選ぼうとしている。

 限界までパズルのようにキャパシティの差し引きをして、ようやく自分たちで考え、構成したツールができあがり、四人は拍手でもって一応の完成を喜んだ。しかし、これが想定通りの効果をあげるか、また、鞠奈に通じるかどうかはまた別の話で、そこからが大きな課題になっていくことは、明らかだった。

「勝負は明日の授業だな。オレたちの努力を無駄にするなよ」

「そーそー。かんたんに負けちゃったら、さすがにがっくりするからね」

「四人も揃えば文殊以上。目標の一撃、入れてきなさい」

 三人の努力と応援を受け、崇次はそれに笑顔で応える。

「みんな、ありがとう。とりあえず、瞬殺はされないように気をつける」

 もうあと五分ほどで、昼休憩の終わろうとしている。四人は机を元に戻し、食べ終わり、飲み終わりのゴミを捨て、五時限目の授業を迎えた。

 やがてすべての授業が終わると、その日の放課後は組み上がったばかりの魔法を試し、四人でバグのチェックをして細かい修正をかけた。思ったよりも効果の無かった魔法を入れ替えたりもあり、あれだけ考えたにもかかわらず、所詮は急ごしらえだからか、万全とは言いがたい。

「ケチついちまったな。大丈夫か?」

「やるだけやるよ。いつも以上にはね」

 朝から曇っていた空は雨こそ降り出さなかったものの、結局、晴れることがなく、崇次たちが学校を出る頃には、すでに暗くなっていた。それでもとりあえずの完成をなにか祝おうというので、四人は屋台の鯛焼きを途中で買い食いしつつ、帰って行った。



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