第67話 『手錠』
「称狼」
鉄の檻の中に入っている称狼に、ラングが近づいた。
ラングの部屋のようだ。壁は一面ガラス張りになっていて、床は部屋の外と変わらず真っ白だ。
称狼は無言のまま睨み付ける。
「お前もアイツに頼もうかと思ったが…………まぁいい。お前は俺が殺る」
檻の中から睨む称狼を見て、ラングは薄暗い部屋の中で笑った。
「ボス」
外から声がした。ラングは近づいてドアを開ける。自動ドアの開く音が響き、部屋の外には宇宙服のような服を着た二人が居た。
「お前等か。外の奴等は殺ってきたか?」
「はい。奴等弱すぎで一分も掛かりませんでしたよ」
「そうか。ご苦労だったな。もういいぞ。下がれ」
ラングはクルリと後ろを向いた。
一歩踏み出した時、後ろから首を捕まれた。しかし彼は驚いた様子一つ見せず、その腕を掴んだ。
「なんの真似だ?」
低い声だった。腕を掴んだままの手に力を入れる。
「バレちゃってたか?」
「当たり前だ」
宇宙服の一人が横に移動し、腕を捕まれている方も振り払って横に行った。
ラングは二人に挟まれた。
「お前等、芝居が下手すぎだぞ」
宇宙服の一人が頷く。もう一人は首を傾げた。
その間にもラングはポケットから銃を取り出した。両手に黒い銃を持ち、二人に向けた。
「動けば撃つぞ」
二人は黒いプラスチックに覆われた顔を見合わせた。遠くから見ると相手の顔なんて全く分からない。
だが、一人が頷き、同時に動き出した。銃声が響く。
左右の部屋に飛び込んだ。
「っあー。もー、なんだこれ。暑いし重いし……」
左の部屋に飛び込んだ一人が、頭に被さっていた物を取った。楓が顔を出す。
右の部屋でも同じ事をしていた。
こんな重い物を頭に乗せたままでは上手く動けない。拓羅も楓も白い服を脱ぎ捨てた。
中央の部屋ではラングがジッとしている。しかし、少しでも動く気配が感じられれば容赦なく引き金を引くだろう。
拓羅はラングを見て舌打ちをした。
(どうすんだ、チクショウ……)
こちらが動かなければラングも動かないようだが、これでは埒があかない。
そしてラングの居る部屋には称狼も居る。もしラングが称狼を盾にしてしまえば、手の出しようが無くなる。
しばらくの間は様子を窺っていたが、急にラングが立ち上がった。
何しろ短気な為、もう痺れを切らしてしまったのだろう。
「お前等が出てこないのなら仕方が無い。称狼を殺すまでだ」
最悪のケースだった。ラングは檻から称狼を出し、首に腕を回して頭に銃を突きつけた。
真正面を向いている為、後ろに回ろうとすればどうしてもラングに見つかってしまう。
「凋婪さん、アニキ!出てくる事無いぞ!!殺すなら殺せよ!どうせ二人が出てきたって殺すつもりなんだろ!!?」
称狼が怒鳴った。その声は、静かな部屋に響いた。
「……そうだな。それまでの時間が縮まるだけだ。別に今殺したって差し支えないがな」
しかし、そんな事は二人が許さないだろう。ラングはそれを分かった上で言っていた。
その時、横で物音がした。ラングは瞬間的にそちらを見る。拓羅が走って向かってきていた。ラングは全く動揺せず、銃口を彼に向けた。
真っ白な部屋に銃声が響いた。壁に吸い込まれるように、その音はすぐに消えた。
銃口から出る煙が消えた時、銃は床に転がっていた。ラングが手を押さえている。
だがすぐに顔を上げると、銃に手を伸ばした。手が銃に触れる寸前に、拓羅が奪い取った。今度はラングが銃口を向けられた。
「……お前に撃てるか?」
ラングはニヤリと笑い、挑発的に言った。
事実、撃てそうに無かった。銃を持つ手は緊張と重さで微かに震え、このまま撃ったら称狼にまで当たってしまう。
ラングの額に狙いを付けていた銃は、ゆっくりと下ろされた。ラングは安堵の笑みを溢す。そして手を伸ばした。
「……お前には扱えない。返せ」
しかし、拓羅は自分の後ろに銃を隠すようにして、舌を突き出した。
「誰が返すか!!」
「…………俺はナイフも持ってんだ。称狼の首裂いてもいいんだぞ!!!」
拓羅は称狼を見た。称狼も、何かを訴えかけるようにして彼を見ていた。
そして称狼は大きく口を開くと、ラングの腕に噛み付いた。
「っ!?」
「逃げろっ!!」
拓羅に向かって叫ぶ。少し迷ったが、拓羅は舌打ちすると、銃をズボンのポケットにしまって楓を担ぎ上げた。
「!?ちょっ……」
「とにかくこの部屋離れるぞ」
「はぁ!?バッカ何言ってんの!!?下ろして!!」
耳元で声をあげるが、拓羅は一向に止まろうとしない。
エレベーターが来るのを待っている時間も惜しいようだ。迷わずエレベーターの前を通り過ぎ、階段にさし掛かった。
一気に降りて、一番下の階まで戻ってきた。
そして角を曲がった時、急に拓羅の足に激痛が走った。ガクンと折れて倒れる。
当然、拓羅に担ぎ上げられていた楓も床に転がる。
「いっ…………悪ぃ……」
拓羅が足を押さえながら言った。頭をさすりながら、楓は起き上がった。
「や、いいけど……って言うか……大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。ゴメン」
顔の前で軽く手を合わせる拓羅の前に、楓の手が差し出された。
拓羅が彼女の手を握った時、ガチャリと音がした。楓の腕に冷たさが残る。
ふと楓が自分の手を見ると、両腕に手錠が掛けられていた。拓羅は「ゴメンな!」と言って、手錠の鎖の部分に縄を通して手すりに縛り付けた。
「はっ!!?ちょっと待ってよ!何コレ!!」
「称狼のトコには俺だけで行く」
「なんで!」
「俺の弟だから。それだけだ」
拓羅はそう言うと、走り出した。
「あっコラ!外していきなさいよ!!恩を仇で返すのかっ!!このバカ拓羅っ!!!」
楓の声は届いていなかった。
足の痛みなど感じていないように見えたが、本当は我慢して走るのが精一杯の状態だった。
今度はエレベーターを使って、一気にラングの部屋のある階へと上がっていった。




