第66話 『合流』
楓はドアを口でこじ開け、外へ出た。走っていきたかったが、手足の縄が邪魔だ。これではピョンピョコ飛び跳ねて行くしか無い。
ピョンピョコ飛び跳ねている自分を想像した楓は、その一生懸命な顔にため息をついた。ため息によって想像のモヤモヤは消される。どうでもいい事を想像するより、縄をほどく方が先決だ。
どこかにいい道具は無いか、と探したが、そんな物が置かれているはずが無い。鍵を掛け忘れて、縄をほどく道具まで用意しているとなると、ラングは相当バカなボスだ。
「さすがに無いかぁ」
ため息混じりに言った。
その頃、ラングは一人、部屋の中で椅子をクルクル回して喜んでいた。
「うむ!これで楓も少しは俺に対して怒りを覚えるだろう!」
うんうんと頷き、また喜んで椅子をクルクル回し始めた。
少しどころかかなりの怒りを覚えている楓だが、そんな事ラングは分かっていないようだった。今までの行為は、彼にとっては序の口なのだ。
ラングはまた喜んで、椅子をクルクル回し始めた。
だがその幸せは一瞬にして壊れた。彼がある事を思い出したからだった。
(しまった!!あの……あの倉庫には……!)
ワインが入っていたのだ。しかし箱の中に入っているため、易々とは見つからないだろう、と考え直したラングは、また椅子をクルクル回した。
しかしクルクル回っている間も、嫌な予感は絶えなかった。
そして、その嫌な予感は的中だった。
縄をほどく道具が無いため、楓は倉庫の中の箱を片っ端から頭突きで壊して中の物を確認していたのだ。おかげで彼女の額はもうすでに赤くなっていた。頭突きする度に足も頭もフラフラしてくる。
「これは……かなり痛いぞ……?」
分かりきっていた事だったが、口にせずにはいられなかった。
しかし凝りずにまた隣の箱に頭突きする。はたから見たら自分の行動に後悔している人間か、ただのバカにしか見えない。
「あっ!」
だが突然、楓が声をあげた。
箱の中にはワインの入ったビンがズラリと並んでいた。
「こんなん毎日飲んでんのかなぁ……?」
首を傾げる。正直、楓にはワインの凄さが分からなかった。美味い美味いと言って飲む人達の気が知れない。
しかし、今回ばかりはその凄さの分からないワインに感謝した。いや、ワインのビンに感謝したのだった。
音が漏れないようにドアを閉め、ビンを起こして口にくわえた。そのまま落下させた。
パラシュートも何も付けていないビンは、一瞬にして割れて地面に散らばった。その中の欠片をしゃがんで持ち、まず腕の縄を切り始めた。
少し時間が掛かったものの、なんとか切る事が出来た。あとは足の縄も同様に切るだけだ。自由の利くようになった腕は、すぐに足の縄を切った。
「クソジジイめ。自分の阿呆さを思い知れっ!」
誰も居ない倉庫に向かってべーと舌を出し、走っていった。中には寂しく、縄と割れたビン、床に零れたワイン達、そしてバラバラに壊された木の箱が残された。
しばらく走ったところでため息をつく。
壁にもたれ掛かって、腕の縄の跡を見た。
楓が悩んでいたのは、拓羅にこれをどう説明するか、と言う事だった。本当の事を言ってしまえば、拓羅は暴走してしまうだろう。そして「なんで言わなかったー!」と状況を知った上でも滅茶苦茶な事を言ってくるに違いない。
楓自身、わざわざそんな事を言って拓羅を怒らせたくは無かった。
そして嘘を一生懸命考え始めた。歩きながらうーんうーんと考える。
その時、別の方からもうーんうーんと聞こえてきた。最初は自分の声がこだましているのかとも思ったが、それにしては低い。
小首を傾げ、楓は声のする方へ歩いていった。
どうやら声はすぐそこの扉の向こうから聞こえるようだった。扉は少し開いていて、隙間から中の様子が見える。
そっと覗いてみると、中に見えたのは拓羅だった。口をガムテープで塞がれて腕も縛られているようだ。
急いで扉を開け、中に入る。縄をほどこうと動き回っている拓羅は、いきなり楓を視界に居れると、叫び始めた。
「ん!!んんん!!」
「何言ってるかわかんないよ」
「んんんんんんんんん!!!」
「…………」
何を言っているか分からなくても、大体は分かっていた。早くほどいてくれ、とでも言っているのだろう、と思い、楓は拓羅のそばまで行き、しゃがみ込むと、ガムテープに手を添える。
そして手加減無しに、全く容赦せず、楓は拓羅の口に張り付いているガムテープをベリッと剥がした。
その後、拓羅が痛々しい悲鳴をあげた事は言うまでも無いだろう。
「テンメェェェェ!!!もっと剥がし方があんだろ、剥がし方が!!!」
まだ腕を縛られているため、口だけで反抗する。
「もー。静かにしなよ」
楓は正面から食って掛かってくる拓羅を後ろに向かせると、腕の縄をほどいた。
腕が自由になるやいなや、拓羅はすぐに楓の首を掴んだ。
「もっと優しく出来ねぇのかお前はっ!あぁん!!?」
「まぁそう興奮しないの」
自分の首をガッチリ掴んでいる拓羅の腕を、楓が掴み返した。
丁度その時、本当に偶然に見てしまった。楓の腕にもついている縄の跡を。
「なんだよ。お前も捕まってたのか?」
その一言で、楓は拓羅の腕を掴んだ自分の腕を憎んだ。しかし見られてしまっては逃げようが無い。なんとかその場で、一瞬で嘘を考えついた。
「あのねっ夢見たのねっ!」
「……あ?夢?」
「そ!夢夢!誰がなんと言おうと夢!!」
「分かったから。だからなんだ」
「それでね、幽霊が出てきたのね。ソイツがね、なんかね、急に、ホントにホントに急に、あたしの腕を掴んできたわけなのね」
「……ほう?」
「そしたらね、そこで目が覚めて、そしたらなんと腕に手形が!あら怖い!あっはっはっはっはっは………………はっ…………ははは……」
長い沈黙が流れた。
楓にとっては物凄く気まずい、十八年間の中でもっとも気まずい沈黙だった。
「お前いつからそんなに嘘が下手糞になったんだ?」
その沈黙を破って、拓羅が眉をしかめて言った。
確かに見ようによっちゃ手形に見えないでも無いが、拓羅はそんな物には騙されなかった。楓がもっと本当の事のように言えば騙されないでも無かっただろうが、今回は状況がキツすぎたようだ。
元々下手な演技は、この短時間で考えたシナリオに付いていけず、更に下手さを増してしまっていた。
思いっきり赤面する楓を見つめて、拓羅はニッカリ笑った。
「っていうかなんでアンタまで捕まってたわけ?」
「お?一番始めに捕まった奴が大口叩いてんなぁ」
「…………質問してんだから答えなさいよっ」
「うるせぇな、知るかよ。急に白衣の男が捕まえてきやがって……あれ?そいえばアイツ、どこ行ったんだろ?」
「白衣?」
拓羅はゆっくり頷く。
そして檻の中に人が入っていて、その人を白衣の男が撃ったと言う事も話した。
「その中の男が称狼だったりとか……そーゆーのは考えなかったわけね……」
そう言われて初めて気が付いたようだ。拓羅の顔はサーッと白くなっていった。
「まぁ大丈夫だとは思うけど」
「……なんでだよ?」
「ラングが来たの。捕まってる時にさ。もし檻の中が称狼ならその時点で言ってるハズじゃ…」
「お前捕まってたのか!!?」
「は!?何、さっき気付いたんじゃなかったの!?」
二人とも驚いた顔を見合った。
しかし、ここで喧嘩しても意味が無いと考える事が出来た、少し大人になった二人は黙った。
「……で。なんだったっけ?」
「あー……っとね……」
またも沈黙だった。
どちらも頭を掻いて別々の方向を向いている。二人は喧嘩しないと逆におかしくなるらしい。
「……だから……とにかく、それが称狼ならラングが挑発するような事言ってなきゃおかしいって事」
「あ。……あーあーあー。そっかそっか。そーだな、うんうん」
「ホントに分かってる?」
「分かってる分かってる。要するに檻の中の男は称狼じゃないってワケだ?」
「要するにもクソも無いけどね」
楓がボソッと言った。
その楓を拓羅が睨む。
だが睨んだ後は、普通の会話に戻った。
「なぁ、ラングがどこに居るか分かるか?」
髪を縛っている楓を見て言った。
縛り終わり、彼女は拓羅を見てから横に伸びている道を見た。
「大体ああ言う奴の行動は分かりきってんのよ。捕虜とか俘虜とかは下の階に置いて、後は手下に任せてさ、自分は高みの見物ってわけ。だから……」
「だから?」
「上の階じゃない?」
楓は力無く言った。拓羅は呆れ顔で「高みってそっちかよ……」と言った。
「タク」
「あ?」
楓が顎で差した方を向くと、真っ白な宇宙服のような物を身にまとった人間二人が歩いていくのが見えた。その二人が曲がった角を見てみると、エレベーターのマークのような物が書いてあるプレートが貼り付けてあった。
「ツケてくか?」
「まぁ彷徨うよか無難だわな」
二人を追って、楓と拓羅も角を曲がった。




