第60話 『火山噴火!!』
ラングに見つかってしまってはずっと居座る意味が無いと考え、三人は店内を後にした。
外に出てソラ達が待っている場所へと向かう。狭い空間に向かって声を掛けるやいなや、急にソラが飛び出してきた。
飛びかかった相手は―――。
「あ、楓、危ねぇぞ」
女の叫び声が聞こえるかと思いきや、聞こえたのは犬の悲鳴だけだった。
飛びかかろうとしたソラの顎に、楓は見事アッパーを喰らわせたのだ。勿論手加減はしていたようだが、ソラにとっては予想外の行動であったため声を出さずにはいられなかったのだ。
地面に寝そべって、舌をベロンと出したままのソラに拓羅が近づく。
「悪ぃな、今楓すっげぇキレてんだよ」
「……キレてる?なんで……?」
「あのー……どっかのクソジジイのせいで」
「…………???」
ソラの頭の上には「?」マークが扇状に広がっている。ワケが分からないようだ。
分かるのはキレてる楓に向かって飛びかかろうとした自分がバカだった事、そして顎がまだ痛むことだけだ。
「く……くっそー!もういい!お前に飛び掛ってやるーー!!!」
そう言うと、今度は称狼に飛びかかろうとした。拓羅が後ろで何か言っているが、それすらも耳に入らないくらいソラは興奮していた。
いつもナメて掛かっていた楓に逆にやられ、誰かに八つ当たりしないと気が済まなくなっている。
しかし、悲劇は重なる時にはとことん重なる。
またもソラは返り討ちにあってしまった。称狼は向かってくるソラの頬を殴ると、スタスタ歩いて地面に腰を下ろした。下を向いて、まるで貞子のようだ。
その地面に寝そべっているソラに、また拓羅が近づく。
「悪ぃな、今称狼もすっげぇキレてんだよ」
「…………なんでそうキレてる人間ばっかなんだよ!!?」
「仕方ないだろ。どっかのクソジジイのせいなんだから」
「………………うぅぅぅ〜!」
ソラは唸り声を出し、悔しさを押し殺した。近くに居ては自分も危険と感知し、拓羅は楓の近くに行った。
隣に座ると肩を叩く。
「かえでー。今からどーすんのー?」
しかし、虫の居所が悪い楓は怒鳴るでもなじるでもなく、ただただ隣の拓羅を睨むだけだ。
彼の上がっていた口角も見る見る下がっていく。
「…………む、無言ってのが一番怖いんですけど……」
しばらくの間ジッと見ていると、急に自分の膝を叩いて立ち上がった。案の定驚く拓羅を放って、楓はその場で伸びをした。
「さて。どこ行きますかね」
改めて拓羅の方を向いた楓が言ったのはそれだった。
口を半開きにしたまま彼女の変わり様に驚きっぱなしの拓羅だったが、数秒後彼も言葉を発した。
「……って、それさっき俺が聞いた事じゃねぇかよ!!!」
「あれ?そうだっけ?いつ言った?」
「…………もういい……」
今回は珍しく拓羅が呆れてため息をついた。
隣にちょこんと座っている称狼に目を向け、楓は首を傾げた。そしてまた拓羅の方を向く。
「称狼何怒ってんの?」
「何、ってなぁ……お前のせいだ、お前の!!」
拓羅が怒鳴ると、楓は微妙に縮こまって「は?」と言った。拓羅が言うには事の起こりはこうだ。
「楓、そんな怒んなよ」
ラングが帰って三人の頭痛地獄も治ってきた頃。ラングに強制的に飲まされた楓の怒りは止まる事を知らない、と言うくらいまできていた。火山噴火五分前だ。
その火山の怒りを静めようと頑張っている者が二人。言うまでも無く拓羅と称狼だ。
一生懸命火山のてっぺんにジョウロで水を撒いているが、そんな物で静まるはずも無い。火山噴火は三分前に迫ってきている。暢気にカップラーメン作ってもいられない。
もうダメだー、と逃げ出した者が一人。拓羅だ。しかしもう一人は諦めなかった。
「大丈夫!みんなで力をあわせればなんとかなるはずさ!!」
思いっきり役に入り込んでいる称狼だ。しかも「みんな」と言ってもたったの二人しか居ない。
こうなってしまっては仕方ない。拓羅も称狼の演劇ごっこに付き合ってあげる事にした。
「じゃあどうするんだ!このままじゃ俺等も……」
「僕が火山の中に入って栓になるよ!そうすれば被害が広がる事は無くなるだろ!?」
いつもは「俺」と言う称狼だが、この偽善者役には「僕」が似合うだろうと言う事を瞬時に分析したらしく、頭の中で従来の称狼をぶっ壊して偽善者称狼に大変身を遂げていた。
少々呆れ気味の拓羅だったが楓の怒りが自分に来なくていいと考えるとそれはおいしい話だ。
と言うわけで火山の悪魔は称狼に任せる事にした。
「分かった。じゃあ頼む。俺はその間に逃げる!!」
「待ってくれ!なんでそんなに冷たいんだ!?」
「……だってお前が犠牲になってくれるんだろう?」
「弟が自分を犠牲にしてまで兄を助けようとしている!その兄弟愛が分からないのか!?弟が兄を助けようとしてるんだから兄が弟を助けるのが筋ってもんじゃあないのか!?」
拓羅は心の中で「アホか……」と呟いたが、称狼をこのままにしておいてはそれもそれで可哀相な気もする。
それに弟に全てを任せて自分だけ逃げる、と言うのも、考えてみればセコイ話だ。
「…………し、仕方ない。じゃあ俺はどうすればいいんだ?」
「僕が栓になる!だから火山が噴火しそうになったら僕を引っこ抜いてくれ!」
「………………あ?」
どうも辻褄が合わない。被害を少なくするための栓なのに、それを噴火前に抜いてしまっては意味が無いのもほどほどに、だ。
しかし称狼はやる気満々だ。命綱を付けて準備体操まで始めている。拓羅は一瞬冷めた目で弟を見てしまった。いつもとキャラが真逆だ。
そんな事をしている間にも噴火時間は迫ってきている。あと残り一分ほどだろう。
「っもーー!どーすんだよ!!このままじゃお前はおろか俺だって……!」
「あれ?……見てくれ。火山が……」
「ん〜?」
見ると赤い怒りゲージが下がっていく。限りなくMAXに近かったゲージは一気に赤から青に変わった。
「なんだ?何がどうなってんだ?楓の怒りがこんな簡単に静まるなんて……」
言っている間にもどんどん下がっていき、怒りゲージは有る意味が無くなった。
怒りが下がっていって火山がどうなったかと言うと、眠り始めた。
「……おい。何やってんだコイツは?何寝てんだコイツは!?」
「あぁー。なんか色々ごちゃごちゃしててロクに寝てなかったのかも…」
称狼は楓の肩に手を掛けた。
「凋婪さーん。起きてくださーい。早く出てかないとまた烏龍茶飲まされますよー?」
そこまで言うと、称狼は急に後ろに倒れた。それは一瞬の出来事だった。
どんな時でも悲劇は起こる。寝癖と寝言と寝相が悪い拓羅に対して、楓は寝起きが悪い。
あの森の時でもそうだ。称狼に起こされたため、彼にアッパーを喰らわせた。今回も同様だ。称狼に起こされたため、彼にアッパーを喰らわせたのだ。舌を歯と歯の間に挟みながら、称狼は後ろに踏ん反り返った。
その後、「何やってんだお前!」と拓羅に殴られた楓は思いっきり不機嫌になったのだ。強制的に飲まされた烏龍茶と、寝起きの悪さと、拓羅に殴られた事でまたも火山噴火直前となった。称狼も自分で飲んだ烏龍茶の冷たさと、楓にアッパー喰らわされた事で火山噴火直前となった、と言うことだ。
「っつうわけだ」
そして今、人間三人は地面に座っている。
一部始終聞き終えた楓は、口を開けば「シンジラレナ〜イ」とでも言いそうな顔をしている。称狼は相変わらず下を向いたまま一言も発しない。
「これで分かったか?楓。お前のせいで称狼がこんなにブラックになっちまったんだよ!!」
「……申シ訳ゴザイマセン」
「急にカタコトになるなよ、お前はホントに……」
「お前お前ゆーなっ!」
下手に出ていた楓は急に立ち上がり、反撃し始めた。しかし拓羅は怯むことなく、楓を見下ろすように見ている。その迫力に珍しく逆に楓が怯み、初っ端からドモった。
「だっ……だだだだだってさっ!第一さっ!タクだって寝相悪いじゃん!!」
「それとこれとどう関係が?」
「だから………………あたしが寝起き悪くてもおかしな話じゃな…」
気が付くと拓羅が目の前に来ていた。顔が一センチほどしか離れていない。さすがに楓も後退る。
「この期に及んで?言い訳するのかな?楓ちゃんは??あぁーん?」
目の前で舌舐めずりする拓羅を見て、謝らざるを得なくなった楓は引きつった愛想笑顔でぎこちなく「ゴメンナサイ」と言った。
「感情がこもってない!!」
拓羅が調子に乗り始めた。彼が調子に乗る時はなんとなく口調で分かる。それを十八年も一緒に居る楓が分からないはずが無い。
無理して上げさせていた口角が一気に下がった。しかし楓は称狼を殴ったと言う弱みを握られている。それを理由に「口ごたえするのかー?」などと言われてしまえばそれまでだ。
仕方なくニッコリ笑いなおす。
「すみませんでした」
笑ったままそう言った。おや?と言う顔をする拓羅を見て心の中でガッツポーズをとる。
楓の笑顔に見事ハメられ、拓羅は「仕方ないなぁ」と言って引き下がった。
残るは称狼だ。こうなってしまった称狼はただ謝るだけでは許してくれやしないだろう。八つ当たりマシンとしてジャンケンで負けた方を行かせる事にした。たかがジャンケンに二人とも真顔だ。
そして、勝者楓。敗者拓羅。
以前楓とジャンケンした時にも負けていた。敗因は彼の最初に出す手の形だ。拓羅は緊張すると必ず「最初はグー」のまま出してしまう。緊張で、手の形を変える事にまで頭が回らないようだ。
今もまだグーのまま悔やんでいる。隣では楓が大喜びだ。これでもかと言うほど喜んでいる。たかがジャンケンでここまで喜べる人間も珍しい。
「なんでだチクショオ……!!」
「だーかーら、グーのまま出すからでしょ。ホラ、早く行け行け」
「……うぅ……楓様お願いします……」
「こればっかりは無理。男ならちゃっちゃと覚悟決めろ!」
「お前のせいでこうなったのに…………」
楓の動きが止まった。それを言われてしまえば勝者であろうが敗者であろうがオシマイだ。
ふと後ろを見ると子犬のような目をした拓羅が居る。
「そっ……そーゆー目ぇしな…………しな………し、しなっ………………」
「お願い、かえで」
捨てられた子犬のような目をしている男は口を開いた。凄いくらいに甘えているようだ。
これを高校三年生の、しかも男が言うのはどうかと思うが、楓にとってはこういう目をした者は犬でも人間でも、高校三年生の男でも関係無いらしい。
「ズルイよ!!そうやってさぁ……ジャンケン負けたくせにっ!!そーゆーのにさ、よ、よよ弱いって知ってるくせにっ!!!」
拓羅を指差して、楓が怒鳴る。最後にハッとして「ヤダからね!!」と付け加えた。
結局、いくらそう言う目に弱い楓も拓羅の身代わりになるのだけは嫌だったようだ。最終的にどう足掻いても、拓羅が八つ当たりマシンになる事は変わり無かった。
「なぁ、早く行こうぜ」
騒いでいる人間三人衆にソラが声を掛けるが、全く聞こえていないようだ。特に拓羅はソラの声を聞く余裕は無い。
「……もういいや。動物達だけで逃げようぜ」
「賛成や〜!」
「早く手当てしないとファングも死んじゃうよ?」
「そーだそーだ!ケル犬死ぬぞー?」
みーなと良真言葉に人間達の動きが止まる。全員、今になって駆け寄ってきた。
楓も拓羅も称狼も、まさか思ってはいないだろう。
この人間三人組で笑い合えるのは今日で最後だと言う事を。




