第6話 『称狼』4
―――――数時間後、先に目を覚ましたのは楓だった。
ムクリと上半身を起こす。まだ眠そうな目を擦りながら辺りを見回した。
隣では拓羅が気持ちよさそうに熟睡している。
(暢気だ・・・)
そう思いながら拓羅を見ている楓の視界に、突如ファングの顔がニョキッと現れた。
「ぅわっ!」
「へへっ。ビックリしたか?」
ファングは一度ドアの外に出たかと思うと、おぼんに乗せられたご飯を持ってきた。持ってきた、と言うよりも、おぼんごと鼻で押してきた。
「飯だ。食いたくなったら食ってくれ。ここ、置いとくぞ」
「ありがと」
照れたように「へへ」と言い、楓のかけ布団の上に丸まった。
「・・・なぁ、称狼様って幼い頃どんくらい弱か・・・・・・・・・・・・あれ・・・?」
言いかけて、ファングは目を泳がせた。そして再度口を開く。
「拓羅は称狼様の兄貴だろ?んで、楓も一緒になって助けてたって事は・・・お前ら、親戚とかそんなん?」
「親戚?・・・違うよ。ただの幼馴染。言ってなかったっけ?」
「いっ・・・言われてねぇよ!聞いてねぇよっ!」
「あれ?そうだっけ?ゴメンゴメン」
「んでも「薙」なんて名字、日本じゃ聞いたことねぇよな?」
「そりゃそうだよ。あたしら生まれは中国なんだし」
無論、ファングはそんな事一言も聞いていなかった。話についていけずに固まっている。
彼の頭の中の世界地図には「日本」と言う国しか載っていないのだ。新しい国の出現に、ファングの頭の中は「?」マークで埋め尽くされていた。
「ちょっちょっちょっと待て。なんなんだ?中国って・・・」
「な、なんだ?って聞かれてもなぁ。他の国だよ」
「他の国・・・「チュウゴク」なんてあったのか・・・」
こうしてファングの世界地図に、新しく「中国」と書き足された。
「他の国でも今オレらが話してるような言葉で話すのか?」
「ううん。中国語」
「じゃあなんで今の言葉が話せてる・・・?」
「え・・・そりゃ勉強したから・・・」
「勉強で話せるようになるのかっ?」
「さぁねぇ。なんとかなんじゃない?現に今あたし日本語話せてるし・・・」
「・・・ほぉぉ・・・」
そう言われてみれば、言葉がカタコトになっているときも、たまにだがあった。しかし日本語が上手いか下手かと言われれば、断然上手い方に入る。
「こっちにはいつ来たんだ?」
「えーとね・・・何年前だっけ・・・」
楓は天井を見て指折り数え始めた。
「・・・五年前・・・?かな?」
「五年間ずっと勉強尽くしか?」
「んなわけないじゃん!そんなん逆に頭イカレるって。そうだなぁ・・・。最初の二、三年くらいかなぁ」
「そんな短期間で出来ちゃうのか・・・大変じゃなかったか?」
「そりゃあ最初はね。言ってる事全っ然理解出来なかったし」
「でも今はペラペラだ、スゲェ。・・・なぁ、今でも「チュウゴク語」話せるのか?」
「・・・んー・・・もう忘れた!」
「・・・話せるんなら聞いてみたかったけどなぁ・・・」
一瞬楓の動きが止まった。ファングにはわからない変化だったが、楓の表情は少し重くなっていた。
横で声がした。拓羅が目を覚ましたのだ。
「んーっ・・・あー・・・」
両手を突き上げ、伸びをする。
「・・・あ、タクおはよ」
「・・・ぅはよ・・・」
楓と同じように、目を擦りながら辺りを見回し、二人を見つけるとちょこんと頭を下げた。まだまだ眠そうだ。拓羅が頭を上げるのと同時に、ファングも立ち上がる。
「じゃ、オレは向こう行くぜ」
そう言って部屋を出て行った。中には二人だけが残された。




