第54話 『ファングの過去』
ソラが下りたのは森の中で、ラング達に見つからないよう潜むには丁度いい場所だった。
称狼は自分の上着を草の上に敷き、その上に拓羅を寝かせた。まだ空の色は暗く、風が冷たい。楓も自分の上着を脱ぐと称狼に渡した。
「・・・・・・?」
「タクの上。・・・掛けてあげなよ」
「・・・あ、そっか。ありがとう」
称狼は笑顔で上着を受け取ると拓羅の上にそっと掛け、しばらくそのまま座って拓羅の顔を見ていた。そしてしばらくしてから立ち上がると、ソラにくっ付いて座っている楓の隣にあぐらを掻いた。
「暖かい・・・・・・」
「まぁ獣だしね。足は寒いけど」
笑ってそう言う楓を見て、称狼もニッコリと笑った。
しかしすぐに真剣な顔になり、前を向きなおした。
「・・・・・・凋婪さん」
「ん?」
「ファングの過去・・・・・・・・・知ってますか」
真剣な顔で言われ、楓は少し眉をしかめてから首を横に振って「知らない」と答えた。
「アイツ、一度人間達に殺されかけたんです」
「・・・・・・は?」
称狼の言葉に、楓も真剣な表情になった。
そんな楓を見て称狼は続ける。
「ケルベロス、ってのは勿論、人間の方では珍しいなんてもんじゃないでしょう?しかも犬とのMIXだって言うんだから学者達は学者魂を揺さぶられる訳ですよ」
「・・・・・・うん・・・?」
楓はぎこちなく首を横に傾げた。称狼はそれを見て少し考え込む様子を見せ、それからまた口を開いた。
「とにかく学者達の餌食にならざるを得ないって訳です。・・・・・・意味分かりますよね?」
「分かる分かる。・・・・・・もしかしてアンタのアニキと同レベルって思ってる?」
「はい!」
張り切って言う称狼を見て、楓はため息を漏らし、「んで?」と聞いた。
「それで、まぁ学者達は研究するだけのつもりでファングに近付いたんです。その頃まだ幼かったファングは案の定怖がって攻撃したんです。そうしたら馬鹿な学者達が凶暴な動物だ、って騒ぎ立てて、アイツは炎の中に放り込まれた・・・・・・」
称狼が話す間、楓はずっと正面を向き、黙ったまま耳を傾けていた。
「鎖に繋がれたまま人間の見世物になって、それでもファングは人間に対する威嚇のやめなかった。そんなアイツを見て腹を立てた一人が火の勢いを強めて、ファングの体の中は煙で一杯になって・・・・・・。多分そこで力が目覚めたんだと思います、炎魔法の・・・・・・元々ケルベロスは炎魔法を使えるハズなんです、子供の頃から。だけど普通の犬の血も混ざってるアイツは発動が遅かったんでしょうね。意識がぶっ飛ぶ寸前で炎を噴き出して人間全員殺したんです」
称狼が一息つくと、楓はソラの腹の上に頭を乗せた。ソラは驚いたのか、一瞬ビクンと動いたが、楓だと分かるとまた前足に顎を乗せて目を瞑った。
「俺と最初会った時には人間への警戒が強すぎて俺も殺されかけました。だけどしばらく一緒に居るうちに心開いてくれるようになって・・・・・・それからです。「称狼様」って呼ぶようになったのは・・・・・・」
「・・・そっか」
楓は上を見てそう言う。横では称狼が頷きながら、「後から聞いた話だから事実かどうか分かりませんが」と言った。
楓も頷いたところで、称狼は立ち上がった。軽く伸びをしてから楓を見下ろす。
「じゃ、アニキのトコ行ってます」
称狼が一歩踏み出した時楓も起き上がる。地面に座ったまま少し前に居る称狼を見た。そして徐に口を開く。
「なんで・・・・・・あたしにその話をした?」
睨むわけでも無いが優しい眼差しでもない、そんな楓の目を見て称狼はフッと笑う。
「単に俺が話したかっただけ、ってのもあります。凋婪さんなら黙って聞いてくれると思ったし。・・・俺の考えは当たってましたね」
そう言われ、楓は一度地面に目を向けた。そして称狼が「それに」と言うと、また彼を見た。
「貴女なら・・・分かるんじゃないかと思って」
楓はため息混じりに笑うと、口角を上げたまま称狼を少し睨んだ。
「何それ。分かるわけ無いよ」
「そうでしょうか?」
軽く眉を上げて言う称狼に対し、口角を下げ、更に睨む。
「からかってんの?」
「いやぁ滅相も無い」
ニッコリと笑う称狼を見て、楓もニカッと笑って立ち上がる。二人の間ではさっきの会話は冗談でしか無い。
「・・・・・・明るくなってきましたね」
楓が称狼の横まで行った時、称狼が遠くを見てボソリと言った。木々の間から光が差し込んできていた。
しかし明け方と言ってもやはり寒い。
楓も称狼も、トレーナーのポケットに手を突っ込んでいた。
二人分の白い息が空気に触れている。光に当たって息の白さが更によく分かった。
「へへっ。こうしてると俺ら恋人同士みたいですね!」
「・・・タクの弟だねぇ、紛れもなく」
「え、嫌だなぁ」
「しょーが無いでしょ、弟は弟だ」
微妙に笑いながら楓が言うと、称狼も「ははっ」と笑った。
「あーあ。あたしも兄弟欲しいなぁー・・・」
白い息を吐きながら言う楓を見て、称狼は一歩下がると、雪が降った日のように後ろから抱きついた。
「ちょっ・・・・・・重・・・」
「凋婪さんはもう俺のアネキだろ」
笑いながらそう言うと、楓は嬉しいような照れくさいような、そんな笑顔を見せた。
「・・・・・・。なんか・・・逃げてる、って感じしないね」
「いっその事もう空の旅で一生を終えちゃいましょうか」
「いいけどさ、タクが泣くよ」
「あぁ・・・確かに」
称狼が笑いながらボソリと言い、楓も笑った。
しばらくして称狼は手を放し、服のポケットに手を突っ込んだ。
「それじゃ。今度こそアニキのトコ行ってますね」
「称狼も少しは寝なよ?」
「分かってます」
笑顔で手を軽く振ると、寝ている拓羅のところへと向かった。相変わらず上着を被って寝ている。少し顔が赤くなっていた。
「・・・熱が上がっちまったのかな・・・・・・?」
掛けた時とズレている上着を掛けなおし、横に座る。じっと見ていると、ノロノロと目を開けた。
「・・・・・・おう・・・・・・」
今にも死にそうな声だ。かすれている。称狼は、拓羅の額をペチンと軽く叩いた。
「おう、じゃねぇよ。・・・大丈夫か?」
「頭痛ぇけど・・・・・・なんとか・・・。楓は?」
体を起こそうとする拓羅の背中を支えながら、称狼は呆れた顔をした。
「向こうに居る。っつーか自分の心配しろよな」
「別に・・・心配じゃないけどさ・・・・・・怒ってなかったか・・・?」
咳込みながら頭を掻く。そんな拓羅の隣で、称狼は「いや」と言って首を横に振った。
「そか。ならいいや・・・・・・」
「ってかアニキのセリフ矛盾してるかんな」
「・・・・・・そうか・・・?」
「頭更に悪くなったな、アニキ。「怒ってなかったか?」って結局は自分の心配じゃねぇか」
「・・・・・・そうか・・・」
フッと笑うと、拓羅はまた寝転んだ。
上着を被って丸まり、そのまま、また眠りに入った。影から見ている者が居ると言う事を知る由も無く、称狼は拓羅を見て優しく微笑んだ。




