第53話 『夜逃げ隊』
今回、「空」と犬の「空」が同じ字でややこしい為、今回から犬の「空」は「ソラ」に変えました。
急な変更ですみません。
「チッ。調子に乗りやがって!」
建物内では、ファルがドアを開けようと体当たりしていた。外で縛ってある称狼の上着は、少しずつ破れてきている。
「まだかファル!早くしろ!!」
奥で座っているラングが怒鳴った。
「すみません、今・・・」
ファルはまた体当たりをする。そしてとうとう、上着は破れ落ちた。同時にドアも勢いよく開く。
「よし・・・!ボス、開きました」
「俺は歩けん」
「あ、はい」
そう言うと、ファルは座ったままのラングの方に駆け寄り、しゃがんだ。そのしゃがんだファルの上にラングが乗っかり、背負う形になった。
「行け」
「はい!」
一人と一匹は、夜のまっ暗な道に出ていった。
その頃、楓と拓羅は各自着替えを済ませ、家から出てきたところだった。
「さてと。早く称狼を助けに行かないとな」
気合は十分なのだが、病みあがりな上に、夜の、しかも冬の海に入れられた拓羅は、熱が凄かった。足もフラついる。
「・・・・・・。あのねー、今アンタに来られると、ハッキリ言って邪魔!」
「あ!?・・・・・・だってさっき・・・海ん時は二人いっぺんに落としてくれて良かったって・・・」
「さっきはさっき、今は今」
「なんだよそれ!そんなの屁理屈だ!!!」
拓羅が怒鳴った時、マンションの階段の下にソラが来た。
「楓ー!」
「お、来た。んじゃね」
そう言うと楓は階段を降りていった。
「おい!!・・・んじゃね、って・・・・・・」
拓羅の声だけが、薄暗い廊下に響いた。
楓は階段を降り、ソラの近くに行く。
「行くか?」
「うん」
自分の前に伏せて、「乗れ」と言うソラの背中に飛び乗った。
「うっわ。久しぶりだなぁ」
「オレもこの感覚は久しぶりだ!・・・で、どこに居るか分かってるのか?」
「何言ってんの?分かってないからソラ呼んだんじゃん!」
「自信満々に言うな、そーゆー事を・・・」
こちらも一人と一匹で、暗い空を飛んでいた。
マンションでは諦め切れない男が一人居た。言うまでも無く拓羅だ。
(自分の弟がヤバイってのに・・・・・・俺だけ休んでられっかよ!!)
歯軋りをして、外に出た。一応外灯の付いている道を走りながら捜す。だが少し走っただけで体は限界を訴えていた。すぐに気持ちが悪くなる。その度に止まってしゃがみ込み、収まるのを待つ。そしてまた走る。それの繰り返しだった。
(・・・ヤベェ・・・。マジ気持ち悪ぃ・・・)
息を荒げ、腹をさすりながら歩いている。その時、フッと横を見ると、称狼とユキの姿があった。
「称狼!?ユキも・・・」
「・・・あっ!アニキ!!」
「あ、たっくんやんか」
拓羅も休みたい気持ちがあった為、とりあえず同じ路地裏に入って座った。
「今楓とソラが捜しに行っちまったぞ、何してたんだよ」
「アニキ達こそ。俺何度も携帯に掛けたんだぞ!なのに全然出ねぇから・・・」
「あー。そりゃ出ないハズだ。ぶっ壊れてんだよ、俺の携帯。楓のも」
それを聞き、二人が海に投げ入れられた事を知っている称狼は「あ、そっか」と言った。
「しっかし・・・楓とラングが鉢合わせしなきゃいいけどな」
「ゲッ。なんかスッゲェ嫌な予感・・・」
「え、マジで?」
そしてその予感は見事的中してしまった。
またも二人は海付近で遭ってしまったのだ。いつもより少し強く風が吹いている。波も堤防からはみ出そうなくらいだ。
楓はソラから飛び降りると、急にラングの胸元を掴んだ。しかしラングは顔色一つ変えずに楓を見た。
「おや?愛娘の楓ちゃんじゃあないか」
「足怪我してんだ。いい気味だね」
二人とも口は笑っていながら、目は笑っていなかった。両者共絶対に目を逸らそうとしない。二匹の方はハラハラしながら二人を見ていた。
沈黙が流れる。
先に口を開いたのはラングだった。
「称狼はどこだ」
「知るわけないじゃん」
またも沈黙が流れ、今度は二人同時に口を開いた。
「この生意気小娘!」
「最低クソジジイ!」
「お前ら何気に息合ってんぞ」
背後でボソリと言ったソラは、一秒後には楓に首を締められていた。
「フン。生憎だがお前達の相手をしてる暇なんて無いんだよ。名残惜しいがサヨナラだ」
「うん、永遠にね」
楓は笑顔でそう言うと、ソラの横でラングを指差した。その瞬間、ソラは飛び出し、ラングの首に噛み付いた。
「・・・・・・!!?」
「ソラ、食いちぎっちゃいな」
「おう」
ラングが悲鳴をあげる中、ファルがソラの頭を掴んだ。
「貴様ボスに何をする!!」
「見て分かんねぇのか?相当な馬鹿だな」
ファルより遥かに大きなソラだったが、ファルの力によって空中に浮かせられた。ラングの首も解放される。頭を掴まれたまま逆立ちのような形になった。
「お前どんだけ力持ってん・・・」
そこまで言うと、ソラは地面に叩き付けられた。しかもファルがジャンプしながらだった為、相当な衝撃だ。
もう一度上に持ち上げようとした時、後ろから楓に木の棒で殴られた。その隙に、ソラはファルの腕に大きな歯形を残して脱出した。
「二対一なんて卑怯だぞ貴様等!!」
「そっちにだって一人居んじゃん」
楓がそう言った時、ファルの動きが一瞬止まった。不審に思ったその時、楓は後ろから羽交い絞めにされた。
「よくもやってくれたな・・・!!」
「やっぱセリフが古・・・」
ラングは更に力を入れた。
「憎まれ口叩けるのもそこまでだな、凋婪さんよぉ?」
すると楓は歯を食い縛り、ラングの腹に肘鉄を喰らわせた。
「・・・・・・ッ!?」
腕の力が緩み、楓は頭を引っ込めた。そのまま腕の外で足を踏ん張ると、前かがみになっているラングの頭を蹴った。
丁度その時、拓羅の声が聞こえてきた。
「楓ぇぇー!!!」
「げ。あのバカ。やっぱ休んでないし」
じきに姿も見え、すぐそこまでやってきた。目の前に来るやいなや、急にかがんで肩で息をした。
「ちょっと・・・・・・大丈夫?」
「・・・・・・おう・・・」
ラングとファルが倒れている間に、楓と拓羅はソラに乗って、なるべく低空飛行で一端退き返した。
「称狼、居た?」
「あぁ。路地裏で休んでたぜ」
「んで?」
「マンションに帰れって言っといた」
楓は「ふーん」と言って軽く頷くと、何かを思い悩むような表情になった。
「どうした?」
彼女の背後から拓羅が声を掛けた。ゆっくりと振り返る。
「他んトコ行った方がいいかもね」
「・・・・・・。追い詰められたら最後だもんな」
「うん」
「だけどファング達はどうする?今はヤベェんじゃねぇか?」
「だからその為に・・・・・・」
楓はそう言い、自分の下に居るソラを指差した。ソラなら動物の数匹くらい軽く運べるだろう。
いざとなればジークも居る。
拓羅は「なるほど!」と言って手を叩いた。
二人と一匹がマンションに着いた頃、ファング達の具合も少しだが良くなっていた。
ファング達の傍に座っている称狼の目の前に行き、拓羅は顎でドアの外を差した。
「ホラ、称狼行くぞ」
「・・・・・・あ?行くって?どこに?」
「へっへー!旅行だ!コイツ等運ぶの手伝え」
そう言って拓羅はファングを抱き上げた。称狼も一気に顔を輝かせ、運ぶのを手伝った。
全員外に出すと、ドンドンとソラの背中に乗せていく。動物達四匹を乗せても、人間達が乗るスペースは有り余っていた。
「ソラ・・・改めてスゲェな」
「へっへっへ・・・」
ソラは舌をペロリと出して自慢気に笑った。
ジークも空と同様、自分の大きさを調節出来るようだ。まだ子犬だからか、思った時に調節、とまでは行かないが、時間を与えればなんとか小さくはなれた。
中型犬ほどの大きさとなったジークもソラの上に乗せ、いよいよ出発だ。
空に舞い上がり、雲の間を抜けてもっと上を目指す。やっと雲の上に来た時、称狼が口を開いた。
「ささっ、凋婪さん、ドコ行くんですか?原宿?お台場?・・・あ、もしかして東京タワー??」
「なんでそう東京しか出ないのよ」
「だって旅行でしょ?」
称狼が顔を輝かせてそう言った時、楓の視線は拓羅へと移った。
「アンタ一体称狼になんつー説明したワケ?」
「称狼、旅行行くぞ!って」
(・・・コイツなんか勘違いしてるし・・・・・・)
楓はため息をもらしながら心の中で呆れた。
「で?で?凋婪さん、ドコ行くんですか??」
「あのさ、そんなウキウキワクワクしたトコなんて行かないよ?」
称狼の額に青い筋が入ったのが分かる。ついでに「ガーン」と言う音も聞こえた。
「どうでもいいけど楓・・・早いとこ下ろしてくれると嬉しいんだけど・・・・・・」
次は拓羅の震えた声が楓の耳に入った。一応楓なりに考慮したつもりだった。わざわざ雲の上に来たのは下の景色を見えなくするためだ。しかし、何をどうやっても拓羅と共に空の旅は難しいようだ。
自分の考えを無にされて少し怒ったのか、楓は拓羅の頭をガッシリ掴むと「じゃあ落ちる?」と笑顔で言った。こうなってしまうと拓羅の言葉は決まっている。
「ごごごごごごめんなさい」
「よし」
パッと手を放し、また前を向いた。
しばらく飛んでいると、拓羅が称狼にもたれ掛かってきた。
「・・・・・・おいアニキ?」
風邪がぶり返したのか、顔色が良くない。
「凋婪さん」
「ソラ、今どの辺?」
「知らん!」
ソラのあまりに早い切り替えしに、楓は瞬きを繰り返した。
「・・・・・・はい?」
「だから、知・ら・ん!」
「知らん!!?知ってて飛んでよ!!」
「バカ野郎、知らねぇもんは知らねぇんだ、仕方無いだろ。そもそもこの真っ白な雲の上から現在地を把握しろって方が無茶だろーが。お前は出来るのか?この一面真っ白な世界から今自分がドコに居るか分かるってのか?あーあーそりゃあ大した能力だなぁ!?」
「・・・・・・。じゃあ、さ・・・方角も・・・わかんなかったり・・・・・・?」
「おう、分からん!」
この瞬間、楓の額にも青い線が三本程入った。
「じゃあ下りて」
「無理だ」
楓は「なんでじゃぁ」と言ってソラの毛を思い切り掴んだ。
そして次は後ろを向き、称狼に向かって手を出した。
「方位磁石プリーズ!」
「持ってるわけないじゃないですか」
称狼は困り果てた顔で楓を見た。
「・・・・・・・・・だよねぇー・・・・・・」
「ったく。しょーがねぇなぁ。下りてやるよ」
「最初からそうしてよっ!!!」
楓が怒鳴り、ソラはしぶしぶ雲の下に下りた。上空から見る地上は、赤や白の光が綺麗だった。その光を見つめ、ソラは徐に口を開いた。
「今は京都に居るな」
「えっ東京!?」
再度称狼の顔が輝く。しかしソラに「きょ・う・と!」と言われ、またもブルーになった。
「あ。あれでしょ?京都って。えーと・・・ヤツハシ!!」
「あぁ、生チョコとか中に入ってんですよね」
「いいよねー、食べたいよねー」
「うんうん!・・・あ、そいえば郷土料理って京都に関係してるんですか?」
「・・・・・・さぁ?ねぇソラ、どっち?」
「知らねぇよ」
ぶっきらぼうに答えた。ソラ的にはまだあの忘れ去り事件の事を怒ってるようにしたようだが、楓は何も気付かないまま、また称狼と話し始めた。
「・・・・・・おい、拓羅いいのかよ?」
「あ、そうだタク!!ね、ソラ、下りて」
「地上に?」
「当たり前じゃん!」
楓が頷くと、ソラはニヤリと笑った。
「ちゃんとお願いしてくれないとなぁー・・・・・・。今までオレ、楓にちゃんとお願いされた事無かったしぃ?」
ソラがイタズラでそう言うと、楓はムッとした表情になった。
背後からは称狼の「凋婪さぁん」と言う声が聞こえてくる。
「お願いしまぁす」
「そーんな投げやりな言い方ぁ?しかも棒読みだし。そんなんじゃ下りる気にならねぇなぁ」
「・・・・・・・・・。おっ・・・お願いしますソラ様・・・」
「よし。下りてやろう」
そして地上に下りた時、ソラの頭には大きなコブができた。




