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endless battle  作者:
48/69

第48話 『涙』

 エレベーターで自分達の部屋がある階へ行くと、音を聞きつけたのかユキがドアを開けて出てきた。

「たっくんまだ風邪っぽいで。熱が下がらんみたいや」

「やっぱただの風邪じゃないんだねぇ」

「アンタ暢気やなぁ・・・・・・。平気なん?」

「何が?」

「たっくんや。熱下がらんのやで?心配やあらへんの?」

 ユキがそう聞くと、楓はケラケラ笑って「だってアイツ殺しても死なないよ?」と言った。それを聞いた称狼とユキは微妙な表情で顔を見合わせたが、拓羅の顔を頭の中に思い浮かべると楓の言葉も素直に受け入れる事が出来て、つい笑えた。

 ひとしきり笑うと、二人と一匹は楓の家に入った。すると、中は入っただけで汗が噴き出しそうなくらい暑かった。

「・・・やっぱ・・・・・・ファング達もまだ風邪?」

 ユキは頷くと、舌を出して息をし始めた。

「・・・あー暑い。ダメや。あたしやっぱ向こう行っとる」

 と言うことで楓の家は風邪ひき動物達に貸してやる事にして、二人と一匹は風邪ひき人間の家に入った。

 寝室の横の廊下を通ると、拓羅が目を覚まして「おう」と手を振った。しかし次の瞬間には目が点になった。

「・・・おおおおまおまおまっ・・・おままま前・・・・・・なんだそれ・・・!?」

「あ、タク部屋貸してね」

 楓は拓羅の質問には答えず、ヘラッと笑ってそう言った。

「いいけど・・・・・・じゃなくて、おいっ!どうしたん・・・」

「アニキ」

 楓の肩を掴もうとした拓羅の手を、称狼が掴んだ。目が「頼むから・・・」と訴えている。刹那的にその目を見ると、拓羅は手を引っ込めた。ベッドに座り、奥に入っていく二人の足音を聞くだけだった。

 楓はキッチンの椅子の上に腰掛けると、深いため息をついた。

「凋婪さん」

 称狼が救急箱を探しながら声を出した。

「ん?」

「それって・・・・・・あった」

「は?」

 救急箱をテーブルの上に置くと、それに手を乗せながら小さな声で聞いた。

「ボスにやられたんですか」

 楓はしばらく称狼の顔を見てから、軽く頷いた。称狼は「そっか」と言うと箱の蓋を開けた。中はぐちゃぐちゃで、いかにも拓羅の所有物らしかった。その中から使える物を探し出すのはまさに宝探しのようだった。

 少しすると称狼はさばくる手を休め、箱を見つめたまま聞いた。

「アニキには・・・・・・言わない方がいいですか?」

「うん・・・」

「・・・分かりました」

 称狼が消毒液を取り出すと、楓は手を出した。しかし傷口を出したわけでは無いので称狼は不思議そうな顔で楓を見た。

「貸して」

「え・・・」

「自分で出来るから」

「あ、はい・・・」

 称狼に渡されると、楓は消毒液と救急箱を持って違う部屋に入っていった。

「病院行かなくて大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫」

 楓は部屋の床に座りながらそう答えた。箱も床にドカッと下ろすと、中を見た。

「・・・・・・」

 全ての薬などに『拓羅の』と書かれていた。

(書かなくたって分かるじゃん・・・)

 壁にもたれかかって薬を箱に投げ入れた。血はもう止まっている。手の平で固まった血をこすり取り、ため息をついた。体中が痛かった。

「あーもー。痛いなぁ・・・」

 しかしそれ以上に頭も痛い。

「っていうか父親とか・・・・・・ワケわっかんないし・・・母親だけでも苦労してるっつの」

 首だけ動かして下を向いた。髪を束ねていたゴムを取ると、髪が傷口に覆いかぶさった。いつものように額に手を当てる。

「・・・もうなんか・・・・・・」

 今度は上を向いて、窓から見える雨をボーッと見ながら呟いた。

「泣きそー・・・・・・」

 雨がいっそう強くなった気がした。



 その頃、キッチンの椅子に腰を下ろして称狼は考えていた。

(一応手加減はしてあるみたいだな。・・・・・・だけど・・・女にまで手ぇあげるってどういう事だよ。いくらなんでもやり過ぎだろ)

 考えるだけでも怒れた。テーブルにヒビが入りそうなくらい力を入れた。少しパキッといったところで称狼の手が止まった。拓羅が寝室から出て、称狼の目の前に立っていた。

「教えろよ称狼」

「何を?」

「とぼけんなよ!楓の怪我に決まってんだろ!」

「・・・凋婪さんな、海に行ったんだ。堤防に座ってたから俺がふざけて後ろから押したら落っこちちゃってさ」

「ふざけんな。落ちただけでああもなるかよ。・・・本当の事言えよ!」

「なら凋婪さん本人に聞けばいいだろ」

 称狼は横を向いた。しかしすぐに前を向く。―――と言うより向かされた。拓羅が称狼の胸元を掴んだのだ。

「教えてくれるわけねぇだろ!?」

「本人も言えない事をなんで俺の口から言えるんだよ!少しくらい考えろ!」

 称狼が喧嘩腰にそう言うと、拓羅は力を弱めた。しかし服は放さない。称狼が放せよ、と言っても放さなかった。

「頼むよ称狼・・・・・・。絶対言わねぇもんアイツ・・・言わなきゃ分かんないのに言わねぇんだもん・・・。楓が怪我してる時に・・・俺ばっか寝てて情けねぇじゃんかっ・・・・・・」

「・・・・・・」

「頼む。本当の事教えてくれよ・・・・・・」

「・・・悪いけど・・・凋婪さんに口止めされてんだ・・・・・・。凋婪さんも考えてアニキには言わないようにしてんだよ。心配掛けまいと、って。分かってやれよ・・・」

 そこまで言うと、称狼は言葉を止めた。拓羅が称狼の肩に顔を乗せていた。そして肩に暖かいものが触れた。

「後悔してんだよ・・・・・・」

 声が震えていた。

「後悔?」

「小せぇ頃・・・アイツ守ってやれなかった。虐待から・・・守ってやれなくて・・・・・・今すげぇ後悔してんだよ・・・!今なら・・・日本連れてくるだけじゃなくて親の暴力からも守ってやれるのに・・・。力なら有り余ってんのに・・・・・・」

「・・・泣くなよアニキ」

「泣いてねぇよっ!!」

 だが確かに涙の跡は称狼の肩の部分にしっかりと付いている。称狼はポンポンと拓羅の震える背中を撫でながら言った。

「・・・・・・なぁ、もしさ、凋婪さんがアニキに守って欲しいなんてガラにも無い事思ってんだとしたら・・・きっと今回の事もアニキに言ってるよ?」

「守って欲しくなくたって言ってくれてもいいじゃんかよ!なんでだよ・・・!」

「やっぱそりゃ心配掛けたくないからだろ。・・・・・・凋婪さんさ、アニキにスッゲェ感謝してんだよ。行動見てればすぐ分かるくらい感謝の気持ち現れてるぜ?ただあの人、女のクセに口下手だから上手く言えないだけでさ」

 称狼は笑いながら言った。また拓羅の唇と背中が震えた。

「女のクセにって・・・・・・偏見だぞそれ・・・」

「ははっ。悪い悪い。・・・・・・それにさ、感謝して無いような、どうでもいいような奴だったら病院連れてったりだとか看病したりだとか心配したりだとか・・・そんな事しねぇだろ?」

「馬鹿野郎!話ズレてってんぞっ!」

「え、そうか?」

 称狼は()頓狂(とんきょう)な声で言った。

「だからもうさぁ!いいから理由教えろよぉ!!」

「ラングにやられたの」

「は?なんでラン・・・・・・あれ?」

 拓羅が顔を上げて横を見ると、部屋から出てきた楓が居た。拓羅は慌てて服で目をこすると、「なんだよそれ!?」と怒鳴った。

「凋婪さん?いいんですか!?」

「うん。ゴメンね称狼、無駄な労力使わせて。タクも・・・ゴメン。隠されたら気分悪いよね」

「違・・・いやでも違うくないか・・・・・・それより・・・なんでラングなんだよ?」

「父親なんだってさ」

 拓羅は「は?」と言って楓の顔を覗きこんだ。

「だから、父親。あたしの」

「・・・・・・え、だって・・・お前の親父・・・逃げたんだろう?」

「うん。逃げるのは天才的みたい。今日だって・・・」

「・・・・・・」

「でも逃げる間際に腹に一発入れてやったもんねーだ!ざまーみろぃ」

 楓は腰に手を当てて舌を出した。

「そう言う問題じゃ・・・ないだろ」

「じゃあどう言う問題?」

「・・・・・・そう言う問題・・・なのかな・・・?」

「ホラ、そうじゃん」

「だけど楓に怪我させるなんて最低じゃんよ!許せねぇじゃん!!」

 拓羅がそう怒鳴ると、楓は大きなため息をついた。

「あなたは一体あたしの何を見てきたんですか?」

「え・・・何を・・・って?」

「もう殴られんのは慣れっ子。ハッキリ言って怪我はどうでもいいの」

「どうでも良くねぇだろ!」

「だってコレ自分から望んだんだよ」

「・・・・・・はぁ・・・?」

 顔を覗きこんで眉間にシワを寄せたのは拓羅だ。どこからどう見ても「何言ってんだお前」と言う顔だった。

「条件付きなの」

「条件?」

「もう二度と顔見せるな、って」

 楓がそう言うと、拓羅は「お前バッカじゃねぇの!?」と叫んだ。

「は?なんでよ!」

「あのラングがだぞ。あのラングがそんなんで来なくなるわけねぇだろ!お前正真正銘俺よりバカだぞ!?」

 楓を指差して「バカ」の部分を強調して言った。楓は一瞬ムッとした顔をしたが、目だけ横を向くとわざとらしく言った。

「えー。なーんだ。あたしの父親なんだから聞き分けいい子だと思ったのにぃー」

「・・・はい?」

「だから、あたしの父親なんだから聞き分けいい子、って」

「お前の父親だから聞き分けいいのか?」

「うん、そう」

「ゴメンもっかい言って。誰の父親だから聞き分けい・・・」

「しつこい!!」

 いつもの調子で楓は拓羅の額を叩いた。拓羅は笑いながら額を押さえ、「ジョーダンだって」と言った。

「でもマジでボスはそれくらいじゃ来なくなるわけな・・・っと?」

 その時称狼のポケットに入っていた携帯が鳴った。バイブレーションでブルブル震える携帯を取り出してサブディスプレイを見る。

 そこに出ていた名前は―――『ボス』だった。



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