第47話 『関係』
楓は一人紙に向かって怒りながら、倉庫の前まで戻ってきた。
「クソムカツクッ!!あんにゃろー!」
指をポキポキ鳴らせそうな勢いだったが、楓は鳴らすことが出来ない。「タクなら鳴らせるのに」と思いながら、自分の手を見た。拓羅に出来て自分に出来ないのが悔しいのか、しばらくその場に座り込んで「えいっ!鳴れ!鳴れってば!」と自分の手と格闘していた。
数分後、そんな自分がバカらしく思えてきたのか、スッと立ち上がると倉庫の入口の前に立った。また何か仕掛けがあるだろうとダメ元で開けようとしてみると、いとも簡単に開いてしまった。
楓は移動している間もずっとこの扉を見ていたが、人が近づく所は見ていない。
(・・・って事は・・・・・・?)
最初から開いているのに自分はまんまと騙された、と言うわけだ。そんな自分を見てラングは笑っていたのだろうと思うと、無性に腹が立ってきたみたいだ。扉を思い切り蹴って開けた。
中には予想通り、笑い疲れた様子のラングがダンボールの上に座っていた。
「あー。ホンット笑えるなぁ」
笑いすぎで目には涙が溜まっていた。その涙を指で拭うと、楓の方を向きなおし、「よく来たね」と言った。
「誰にも言わなかったんだな。いい子だ」
一瞬にして目の前に来て、楓の頭を撫でようとしたが、彼女はそんな手を強い力で振り払った。
「何なのさっきから」
「まだ分からないのか?」
「だから何が」
「・・・勉強出来てもこう言う時に頭回らないと意味ないぞ」
「赤の他人にそんな事言われたくないねっ!」
楓が睨んでそう言うと、ラングは急に笑い出した。
「赤の他人?・・・笑わせるなよ。俺とお前は―――」
その頃、称狼とユキは楓を捜していた。雪の上に落ちていたあの血を見て少し焦ったようだ。マンションの敷地内の他、空き地や街に出て捜してもみたが姿は無い。
「凋婪さんどうしちまったんだよ・・・!」
「称狼様ぁぁ!!」
向こうの方からユキが走ってきた。
「どうした?」
「かえちゃんの匂いがあっちに続いとって・・・」
「どこだ!?」
一人と一匹は小雨の中走った。時々ユキが匂いを探す為に止まる事があったが、なんとか海の近くまで来れた。しかし潮の匂いが強くなり、匂いが分からなくなってしまった。
「どないしよう・・・・・・」
「とにかく捜すしかないだろ」
オロオロするユキを置いて、称狼は一人歩き出した。後ろからユキが「どこ行くんですかー!?」と叫んできたが、そんな事称狼自身にも分からない。とにかく動かないと始まらないと思って動いているだけだった。
(凋婪さんどこに居んだよ・・・!?)
そう思いながらひたすら歩いていた。
そして場所は倉庫に戻る。段々と風が強くなっていて、シッカリと閉まっている扉を風が叩いた。静かな倉庫内にその音が響き渡る。
そんな中、さっきラングの口から出た言葉に、楓は戸惑いを隠せない様子だ。
「だから言ったろ。似てるのも無理はない、と」
「・・・おかしいじゃん。じゃあなんで今更あたしの前に現れんの!?」
「我が子の成長を見守って何が悪い?」
楓は「我が子」と言う言葉に反応し、あからさまに嫌そうな顔をして見せた。
ラングの言った言葉。それは『親子』だった。ラングは自分が楓の父親だと言いたいのだ。
だが自分と母親を置いて逃げた輩を父親と呼べるハズがない。目の前に現れた、今までただの敵だと思っていた人が自分の父親だと分かり、楓の頭の中はパンク寸前だった。
「ショックか?結構ヒントを与えてきたつもりなんだがな」
ラングが楓に触ろうとすると、楓は先程以上にそれを拒んだ。しかし攻撃するでもなく、少し身を引いただけだ。
どうしたらいいのか分からない様子の楓を見て、ラングは少し笑った。
「俺が父親だと分かって・・・・・・どうだ、今の心境は。俺に対する想いを聞かせてくれ」
「・・・最低・・・・・・を通り越してもう呆れてる」
「呆れてる、か。何にだ?」
「言わなきゃ分かんないの?」
楓は軽蔑の眼差しを向けた。それでもラングはすました顔で「分からないな」と言った。そんなラングに対して、今までに無い怒りが込み上げてきた。こんな奴が自分の父親と思うだけでやるせなかった。
「・・・・・・もうホンット馬鹿!」
口から出せるのはそれだけだった。しかしラングの顔からはすました表情は無くなり、代わりに険しい表情があった。
「親に向かって馬鹿とはなんだ」
「親?よくためらいも無くそんな事言えるね」
その瞬間、楓の顔に向かって拳が飛んできた。楓は意外にもそれを素直に受け、倉庫内に音が響いた。
しかしそこまで痛そうな顔をしていない。
自分から殴られる方向に顔を向け、ショックを和らげたようだ。
再度顔をラングに向けると、彼は少し驚いた表情を見せていた。
「殴れば?」
驚いた顔のラングを鼻で笑いながら楓は言った。
「殴って済むんならどうぞ。どんだけでも殴って結構です」
半ばヤケクソ気味にそう言った。拳を握りなおそうかどうか迷っている様子のラングを見て更に続けた。
「でもその代わり一生顔見せないで」
最後のその一言だけ冷たく言い放った。
「ユキ!凋婪さん海の方に行ったんだってさ!」
街のど真ん中でユキと称狼が話していた。喋る白くまとそれと会話する少年。珍しいどころじゃない光景に、通行人全員が驚愕した。
だが今はそんなのに構っている場合ではない。注目の的になろうとも、一人と一匹は会話し続けた。
「せやけど海に行って何するんやろ・・・」
「・・・・・・アレ、じゃないか?」
「へ?」
称狼は堤防のすぐ横の街側にある小さな錆びた倉庫を指差した。
「倉庫・・・・・・ですか?」
「きっとボスに呼び出されたんだ・・・。だとしたら人が入る可能性が極めて低い所を選ぶはずだろ?」
「そっか!さっすが称狼様!!」
「へっへっへー・・・・・・って天狗になってる暇は無いからな。早く行くぞ!」
一人と一匹は、街から人気の少ない所へと走っていった。扉を開けようとしたが、鍵が掛かっている。
仕方なく扉ごとユキの魔法と称狼の力でなんとかこじ開けた。
「凋婪さ・・・」
大きな音を立てて中に入る。だが目の前には何も無く、称狼は首を傾げた。
だが横から聞き覚えのある声がした。
「あ、称狼。ユキも」
横を見ると、壁に手を付いた楓が居た。よく見ると所々血が滲んでいる。
「あ・・・え!?ちょっと・・・凋婪さん・・・?」
「なに?」
「や、なにじゃなくて・・・・・・大丈夫、なんですか?」
「歩けるし大丈夫じゃない?」
あっけらかんとした顔でそう言った。そのまま歩き出す。左足は少し跛をひきながらだった。
「あ、そうだユキ」
「はいっ!?」
「ファング達の様子見てきて。あとついでにタクも。なんかあったら携帯に電話してくれていいから」
「ついでって・・・・・・でも・・・」
「ユキ、行け」
称狼に言われ、ユキはしぶしぶ走り出した。二人になった途端、称狼は楓の顔を覗きこんだ。
「・・・・・・なに?」
「力貸しましょか?」
「大丈夫だよ」
強がって先に行こうとする楓の腕を強引に掴むと、自分の肩に組ませた。
「俺だって役に立てますよ。立たせてください」
ちょっと頬を膨らましながら言う称狼を見て楓は少し笑い、「ありがと」と言った。
称狼も少し照れくさそうに笑い、今度は違うコンビで注目を浴びながら帰った。




