第46話 『楓とラング』
次に目を覚ました時には、もう朝の10時になっていた。楓はあくびをしながら目をこすり、病院に行く準備をしていた。
「よし。タクー。ホラ起きな」
「んー・・・・・・」
「はい、熱」
夜中の時と同じように、楓は拓羅の目の前に体温計を突き出した。
今の熱は『38.3』だった。
「あ、ちょっと下がった」
「病院だろ病院。行こ行こ早く行こ」
「アンタホントに病人?」
「え、なんでー?早く行こうぜー」
ヨロヨロしながらも上着を来て玄関に向かう。そんな拓羅を、楓は呆れた笑いで見た。拓羅の家から出ると、ファングが居た。
「ビョーインか?」
「そうだけど・・・ファング中入ってないと・・・・・・」
「歩いてくのか?」
「だってそれしか足無いし」
「車はないのか?」
「免許はあるけど車は無い」
「・・・・・・ビンボー女め・・・」
「お前寝てろ。一生寝てろ」
楓はファングの前で軽く足を振って蹴る真似をし、家の中に戻した。「クソ犬」と言うセリフ付きで。拓羅と一緒に階段を降りようとした時、下に称狼が現れた。
「あ、凋婪さん。アニキも・・・」
「あっちょっとこら!アンタ今まで何してたのー?アンタのアニキこんなんなっちゃってるわよ」
「すいません、すいません。病院・・・ですか?」
「そ。一応ね」
「俺運びますよ」
そう言うと称狼は拓羅を背負った。病院には5分ほどで着いた。着くと、「終わったら連絡してください」とだけ言い残し、称狼は帰っていった。
平日だからか病院内はガラガラで、すぐに終わった。
診察結果は胃腸風邪だった。良真大正解だ。
称狼がマンションに帰って手を洗い、ヨッコイショと椅子に腰を下ろしたその時に携帯が鳴った。
「早っ・・・・・・!?」
携帯にそう呟き、称狼は再度出ていった。
帰り道、また雪がパラパラと降ってきた。
「凋婪さん」
「うん?」
「あなた方学校は?」
楓はその場で凍った。本当に体の芯から凍った。かろうじて目が動くくらいだ。楓の頭の中には、「ヤバイ」と「どうしよう」の文字しかなかった。
「凋婪さん。・・・凋婪さん?このままじゃホントに凍りますよ?」
「っあー!もうヤダ!もうやめる」
「はい?」
称狼が驚いた顔で聞き返すと、楓はドシドシと歩いていった。
「もういい!学校なんてやめてやる!!退学にするなら勝手にしろぃ!」
「ちょちょちょっと!凋婪さん言ってる事滅茶苦茶ですよ」
楓の得意技の一つに「開き直り」がある。今まさにその状態だった。こうなってしまっては誰が何と言おうと聞かない。右耳から入って左耳から抜けていく。
開き直り界の女王だ。開き直りの世界でなら楓はイナバウアーだって出来てしまう。
わざと大きな足音を立てながら、楓は雪の中を進んだ。その後を称狼が追いかける。そんな図でマンションまで帰ってきた。
マンションのまん前まで来ると、二人は同時に足を止めた。入口にはラングが立っていた。
「や。お久しぶり」
「・・・・・・ボス・・・!?」
「おー。上手くいったみたいだね」
ラングは称狼に背負われている拓羅を見てから、楓達に不気味な笑いを見せた。
「まさか・・・・・・」
「ついこの間開発したんだ。人工風邪菌。略して人工風邪菌!」
「略してねーし」
楓がボソリと言った。それでもラングは続けた。
「さすがにおかしいとは思わなかったか?いくら寒いとは言え同じ時に皆で風邪をひくのは」
「だけど・・・・・・俺達はひいてない・・・」
「そりゃそうさ。いたぶる相手が居ないとつまらないだろう?」
そう言うと、ラングは問答無用と言った様子で殴りかかってきた。楓はそれをギリギリで避けると、彼の腹に蹴りを入れた。だが少しかすったくらいだ。
再度向かってくるラングに、今度は確実に攻撃を喰らわせた。
「とりあえずタク置いてきて。んでユキ呼んできて」
そう言われ、称狼は走ってマンションの中に入っていった。そのすぐ後に、ラングがむくりと起き上がった。
「一人で余裕、ってわけか?」
「こうするしか無いでしょ」
少し怒り顔で言う楓を見てラングはフッと笑うと、ゆっくりと楓に近づいた。まん前まで来ると、片手で楓の顎を上げさせた。
「似てると思わないか?」
「誰と誰が」
「お前と俺だ」
「ふざけんな」
楓はわざと歯を噛み合わせたまま言った。
雪が雨に変わってきた。ポツポツと二人の肌に当たる。それでも両者とも動こうとしなかった。
「まぁ似てるのも無理はないがな」
「だからさっきから似てるなんて・・・」
そこまで言うと、頬に銀色の冷たいものが当たった。その「冷たいもの」はラングの手から伸びている。雨でないことは確かだ。
「あ。銃刀法違反」
「ふざけるな。いいか、今から俺の指定する場所に来い。一人で、だ」
「はぁ?」
その時、頬に突きつけられた銀色の冷たいもの―――ナイフが肌の上を移動した。ナイフが動くにつれ、赤い血の量も多くなる。
白い雪の上に、一滴だけ赤いものが落ちた。
「場所は誰にも言うなよ。誰か来たらお前も来た奴も殺す」
ラングは耳元でそう言うとナイフをしまった。楓の顎を持っていた手も放す。
ポケットに手を突っ込んで紙を取り出すと、楓の手に握らせた。そしてまた不気味な笑いを見せ、足早に去っていった。
「・・・・・・なんじゃこりゃ?」
頬の傷を服で拭うと、紙を開いた。中は英語で埋め尽くされていた。拓羅や称狼に分からないようにしたようだ。
(英語で書くなよボケ)
心の中でラングにパンチを喰らわせると、紙をじっと見つめた。一分くらい紙と睨めっこした後、それを手の中で潰した。そんな楓のこめかみには、久しぶりに「ムカツキマーク」が現れた。しかも出血大サービスで三つもだ。
彼女が握り潰した紙の最初には、英語で『お馬鹿な楓さんへ』と書かれていた。
そしてその紙に書かれていた場所へと走る。ラングに言われた通り、楓はそれを誰にも言わなかった。
―――指定された場所。それは海の近くにある倉庫だった。
入口は重そうな鉄の扉だ。その前まで行くと、紙が挟まっているのに気付いた。
「・・・・・・?」
中を見ると、今度は日本語で『裏に行け』と書かれていた。
「なにこれ」
その紙も握り潰す。そして素直に裏へ向かった。少し錆びている倉庫の裏には一つのドアがあった。楓はドアノブに手を伸ばすと、捻った。
しかし一向に開かない。ヤケになって思い切り引っ張っていると、ドアノブの影からまたも紙が落ちてきた。
「・・・・・・アイツ絶対遊んでる・・・」
そう言いながらもしぶしぶ紙を広い、中を見た。『岩に向かって歩け』と書かれている。楓は首を動かし、辺りを見回した。楓から見て後ろ、砂浜に大きな岩があるのに気付く。
堤防を乗り越え、砂の上に足を置いた。冬の海は風が冷たく、楓は縛っていた髪をほどいた。しかししばらくすると、やっぱり邪魔になったので縛りなおしていた。風が強くないのが救いだった。
岩の前まで行くとため息をつき、周りを一周した。だが何も無い。
「・・・・・・」
怪訝そうな顔で離れて見てみると、岩と砂の間に白い物が挟まっていた。
「・・・よくやるねぇ、こんなにも・・・」
まるで子供のお遊びに付き合っているようだった。
岩のまん前でしゃがみ込み、白い紙を引っこ抜く。中に書いてあった文字を見て、楓は一人「はぁ!?」と怒鳴った。
『倉庫に戻れ』。




