第44話 『お怒りユキ様』
「熱?」
「おう」
「たっくんが?」
「おう」
午後六時。ファングとユキは楓の家の中で話していた。
「アイツのデコが熱ぃの」
「ほなこのチャンスにたっくんのデコで魚焼こかー」
「バカ、そこまで熱いわけねぇだろ」
「・・・・・・じょ、冗談や、冗談!」
「っつか・・・楓の野郎は何やってんだ!拓羅が熱あるってのに・・・・・・」
「・・・本人が聞いとらんでホンマ助かったわ・・・・・・」
「どーすんだよぉぉぉ!このまま拓羅が死んじまってでもしたら殺されんのはオレらだぜ?」
「そういう心配かぃ・・・」
呆れたユキがファングを見てると、みーなと良真も入ってきた。
「おじちゃん!どうしたの?」
「おじちゃんなぁ、困っちゃってんだよ」
「おじちゃん、何に困ってるの?」
「おじちゃんなぁ、拓羅に困っ・・・・・・って・・・おじちゃんおじちゃん言うなぁぁ!オレはお兄さんだっ!!」
「・・・面白くないよ?なんかテンション上がって一人浮いてる子みたい」
「そんな具体的に分析しなくたっていいだろ・・・」
「だってなんか見てるこっちが痛々しく・・・」
みーながそこまで言うと、ファングは下を向いて赤面して、「うるせぇよ・・・・・・」と言った。
「なんだよ?あの男がどうかしたのか?」
落ち込むファングの前に良真が座り、尋ねた。ファングはゆっくり顔を上げると、イジケ顔で「熱があんの」と言った。
「あの男がねぇ・・・。今の状態は?」
「さっき便所行って「おえー」って言ってた」
「・・・・・・。それってただの胃腸風邪じゃねぇの?」
「なんや?銀杏風邪?あの黄色い葉っぱか?」
「違う違う。銀杏じゃなくて、胃腸」
「銀杏やんか」
「・・・だから、胃腸!」
「せやから銀杏・・・」
「お前ら漢字で会話するなッ!分かり辛い・・・」
ファングは喧嘩になりそうな二匹の間に入って止めた。
「・・・・・・。ま、とりあえず、かえちゃんが帰るまではあたしらで看とくしかあらへんやろ?」
「あたしら、って・・・オレら?」
「他に誰がおるん?」
「こんな四足歩行の獣達が看病?」
「そや」
しばらく沈黙が流れた。
ファングは気に入らない様子だったが、結局四匹で拓羅の家に押しかけた。
「おいそこの男!大丈夫か」
「拓羅くーん、みーなさんが来てあげたよーん」
「たっくん、あたしのアザラシやろか?北極に埋めてあんねん」
「・・・・・・騒がしいぞお前ら・・・」
ファングが呆れて物申す。
そんな具合で動物達が騒いでいると、拓羅がしかめっ面で目を開けた。
「あ、起きたで。たっくん!」
「おい男!男なら男らしく男でいろ!!」
「・・・良真、ワケわかんねぇぞ?」
「つまり・・・寝込んでちゃダメだ!」
「みんな滅茶苦茶ー。拓羅くん、しょうがないからあたしが楓の代わりになってあげるね!」
「お前も滅茶苦茶だぞ」
「ホラ、おじちゃんも!ブツクサ言ってないで声掛けてあげなよ」
みーながファングの後ろに回り、背中を押してきた。ファングも「お兄さんだ!」と言いながら拓羅にそっと近付く。
「拓羅・・・?大丈夫か?」
「・・・・・・気持ち悪い」
「!!!! オレか!?気持ち悪いのはオレのせいか!?髪が生え・・・」
興奮気味のファングを三匹で押さえ込み、とりあえず別の部屋に移動した。
「アホファング!あっこで興奮してどないすんの!?」
「だだだだって・・・」
「だってもクソもあらへん!!たっくんの病状悪化したらどないするつもりや!!」
「おおおお前らもうるささは人の事言えないぞ・・・」
「自分の事棚に上げて人の事責めるつもりか!?」
「そそそそれだったらお前も人の事言えないぞ・・・」
「ユキ・・・?」
「アンタなぁ!そうやって逃れようとしたってダメや!」
「ユキ!」
「あたしはなぁっ!・・・・・・・あれ?今あたしの事呼んだ?何?」
あっけらかんとした顔でみーなを見た。
「・・・ボリューム下げて。部屋移動した意味なくなるから」
「あ、ゴメンゴメン」
みーなの言葉どおり、ユキの声は拓羅の居る部屋に大音量で響いていた。
「そうだぞユキ!それじゃあまるで白くま版の楓だ!」
「・・・そんなにヒドかった?」
不安そうに尋ねるユキを見て、三匹は同時に首を縦に振った。
「・・・・・・かえちゃんまでは行っとらんやろ・・・?」
三匹はまたユキを見ると、同時に首を横に振った。
「まるで大阪弁の楓だ」
「そうそう!その通り!!」
ファングと良真はそう言うと、二匹でウンウンと頷いた。
「・・・・・・今頃かえちゃんクシャミ連発しとるで」
「は?クシャミ?」
「知らへんの?噂された人ってクシャミ連発するんやで」
「なんだそれ?迷信?」
「さぁ?とにかくそう言うんや!」
「ユキ!だから静かにって・・・」
ユキの後ろでみーながそう言うと、隣の部屋でゴソゴソと音がした。
見ると、拓羅が這いずりながら携帯電話を手にしていた。
「拓羅!お前なにやってんだ!?」
「携帯・・・楓の番号入ってっから・・・・・・」
拓羅は何故かファングに携帯を渡した。ファングは足元に転がる携帯を見て、再度拓羅を見る。
「・・・・・・呼び出しするのか?」
ベッドに戻った拓羅はコクリと頷いた。
「お前は子供か?」
拓羅は首を横に振った。
「でも呼び出すのか?」
また頷く。
「・・・オレがやるのか?」
「頼む」
「オレは手先は全く器用じゃないぞ?ホラ、指三本しかねぇし。一本一本が太いし・・・」
「貸して」
自分の前足を見せるファングに向かって、拓羅は手を出した。ファングはそこに銜えた携帯を乗せる。
何度か鼻をすすりながら、拓羅は携帯のボタンを押した。再度ファングに渡した時には、もう電話からは呼び出し音が聞こえていた。慌てて耳に押し付ける。耳に携帯を押し付けながら、ファングは心臓が飛び出そうなくらい緊張していた。
(楓〜・・・。オレを怒鳴るなよー。怒鳴るなら拓羅を怒鳴れよー・・・・・・)
携帯の呼び出し音は、静かな部屋に十回ほど響いた。
「ねー!ちょっと楓!!聞いてんのぉ!?」
「聞いてる聞いてる。聞いてるからさ、お願いだから耳元で大声出さないで」
楓と千明はまだファミレスに居た。やっと頭痛地獄から抜け出せた楓は、次なる敵の餌食となっていた。「千明の大声攻撃」だ。
本当に耳のすぐそばで声を上げるから鼓膜が破れそうなくらい痛くなる。
「・・・で!どう!?楓はどう思う!?こんな彼氏どう思う!!?」
「・・・・・・ゴメン、何が?」
「もー!!ちゃんと聞いてよ!こっちは真剣なんだから!!」
「ゴメンゴメンゴメン!違うのホンットに痛い・・・・・・あれ?あ、電話」
「あっ、ちょっとー!そうやって逃げんの!?ねぇってば聞いてよ!!」
「うん。後からねー。あ、もしもしー?」
楓はそそくさと出入り口のドアを開けた。傘立ての横に座り込む。
「タク?どうし・・・・・・あれ?違う?ファング?なにどしたの?」
【拓羅が熱あんだよ。お前今何してんだ?】
「や、まだ友達とファミレス・・・」
【帰れそうか?】
「どーかなぁー・・・」
楓がそう言った時、遠くで「まだー?」と叫んでる声が聞こえてきた。
「あーもーうるさいなっ!戻ってなさいよっ」
【な、なんだ?「トモダチ」か?】
「そ。・・・あ、そいえば称狼は?」
【称狼様も出掛けてる。だからお前に電話してんじゃねぇか】
「んーと・・・わかった。なるべく早く帰る。じゃね」
【ちょっ・・・おいっ・・・・・・】
ファングが言うのを無視し、楓は携帯を閉じた。席に戻ると、千明が待ってましたと言う顔で楓を見た。
「・・・・・・」
「楓、聞いてっ!」
「うん。もう凄い聞いた」
「でももっと聞いて!」
「・・・ねぇ、あたしってさ、暇人に見える・・・?」
千明は急な質問に驚いた顔をしたが、数秒としないうちに大きく頷いた。
「見える!」
そう言うと同時に楓は立ち上がり、「帰る」と言った。
「ちょちょちょちょっと待ってよ!ゴメンって!嘘嘘!全然忙しそう!!すんごい大変そう!あらまぁ楓ちゃん大変ねーってくらい大変そう!!」
「・・・・・・実際暇か暇じゃないかなんて関係ないんだよねぇ」
「んえ?」
「ゴメン、ホント帰んないと」
上着を着る楓を見ながら、千明はボケッとした顔をしていた。
「・・・さっきの電話?拓羅くん?」
「うん、まあ・・・・・・。じゃあね」
「楓は・・・ホントに拓羅くんが好きなんだねぇ」
その言葉に、颯爽と歩いていた楓はその場でずっこけた。頭をぶつけ、店内にゴン、と言う音が響いた。
「なななななななななんっ・・・なんでそーなんのよッ!!」
体を起こし、後頭部を押さえながら涙目で千明を睨んだ。
「だって凄いドモってるじゃん」
楓に睨まれながらも、千明は笑顔でそう言った。笑う千明の前で立ち上がると、出入り口のドアの方を向く。
「・・・かっ帰るからねっ!もう何も聞いてあげな・・・」
「あ、楓、奢って!」
伝票を持った千明がニッコリと笑っている。
「・・・・・・は?」
「あのね、だってね、財布の中にね、お金がね、入ってなくてね・・・」
楓に向かって自分の財布を広げて見せた。中には百円と一円玉しか入っていなかった。
(・・・コイツわざと金抜いてきやがった)
そう思いながらも千明に渡された伝票を見た。合計金額を見た楓はその場で気絶しそうになった。
「アンタ食べすぎ」
「えへへー」
楓はため息をつくと、千明の顔に伝票を押し付けた。
「札は?」
「無いよ。一枚も」
「よくもそんな平然としてられるわね」
「だってなんだかんだ言っても楓、優しいんだもん!」
千明は顔の横で手を組むと、甘えた声でそう言った。
「優しいと甘やかすは違うでしょーがっ!」
「あ、でも楓、早く帰んなきゃいけなくない?」
千明がそう言うと、楓は伝票を押し付けていた手の力を強めた。楓の顔には、「アンタのせいだろ」とハッキリ書かれていた。
「いたたたたっ!痛い痛い痛い!」
「金は貸したげる。だから学校で返して。いい!?」
「はい・・・」
やっと手を離すと、グシャグシャになった伝票と五千円札をテーブルの上にダンと置いた。そして出口へ向かう。
「あ、楓ー。百円足んな・・・」
そう言いかけた千明の額に、楓の投げた百円玉が見事に当たった。




