第43話 『理由と風邪』
拓羅の家の前まで行くと、ファングはドアを爪でガリガリと引っ掻いて音を立てた。
「拓羅ー?入るぞー」
「あ、おう!」
ドアを開けてファングを中に入れる。拓羅も昼飯の時間だったようだ。こちらはコンビニ弁当だったが。
「なんだよ、どうした?お前昼飯は?」
「や、まだ食ってない。帰ったら食う」
「・・・どしたんだよ?」
拓羅は急に箸を置いた。
「え?あ・・・何が・・・?なんで?」
「なんか真面目な顔してっから」
そう言ってファングの顔を覗きこむ。ファングは一度顔を逸らしたが、ゆっくりとまた拓羅の方を向いて口を開いた。
「・・・雪・・・」
「あ?ユキ?」
「違う、雪!」
「雪?」
「雪!」
「・・・が、何?」
目をパチクリさせてから、拓羅が聞いた。
「雪・・・何が怖ぇんだ?」
「・・・・・・」
「楓も知らないって言うし・・・」
「知りたいのか?」
拓羅の顔付きが変わった。ファングは一瞬ビクッとすると、恐る恐る頷いた。
「・・・・・・」
「・・・あっ・・・でも嫌なら無理して話さなくても・・・」
「俺がさぁ」
「・・・・・・うん?」
「俺が、中学生の時・・・。確か、二年・・・?だったかな・・・」
「・・・うん」
「中学の時にもうこっち来ててさ。十二月頃、雪、降ったんだ。俺等が初めて見た雪・・・」
「うん」
「真っ白で。真っ白以外なんもなくて。どこまでもどこまでも真っ白で・・・。その白さが、怖かったんだ・・・。朝早くだったからさ、誰の足跡も付いてねぇの。嬉しい事なんだろうけど、俺からしたらそれはスッゲェ怖いことだったんだ・・・。寒さとか、空の暗さとか、そんなの忘れるくらい、怖かった」
「・・・それ、だけ・・・なのか・・・?」
「その日に、じいちゃんが死んだんだ」
「・・・・・・え・・・?」
安心してたファングの顔が、また固まった。
「俺らが日本に来れたのは、じいちゃんが日本に居たから。俺の父親日本人なんだ。最初はじいちゃんの事無愛想だな、って思って嫌だったんだけど・・・やっぱ一緒に暮らしてる間に段々と好きになってってさ」
「・・・うん」
「だけど、じいちゃんなんの前触れも無く・・・」
「・・・・・・死んじまったんだな・・・?」
拓羅は下を向いたまま、無言で頷いた。
「そん時にさ、ガキだったから「あの白さがじいちゃんを奪ったんだ」とかって根拠も理屈もなんもないまま考えててさ・・・。でも・・・今でもそれが嫌だって思うってことは・・・俺は今もまだまだガキなんだよな・・・」
「・・・・・・」
「・・・何も無いって・・・怖ぇよ・・・・・・」
ファングは拓羅の横で静かに頷いた。
「・・・あははっ!そんだけで怖くなるなんてバカだよなぁ!もっと深刻な事情があるならまだしもさぁ!笑えちゃうよなッ・・・!」
「拓羅・・・・・・」
「・・・それだけだ。たったそれだけ」
「・・・・・・ホンット似てるな、お前ら」
「んあ?」
「楓とお前だよ」
「・・・似てるか・・・?」
ファングを見てすっとんきょうな声を出した。ファングはそんな拓羅を笑い、続ける。
「あぁ。こういう暗い話の時に限って・・・なんつーか、自虐ネタ?っつーかさ、そういうの持ち出してきて、ケラケラ笑って・・・。全然笑えないのに笑ってさ・・・。お前もそうじゃん」
「・・・・・・」
「お前ら二人とも無理しすぎんの!笑えない時は別に無理して笑わなくたっていんだよ」
「・・・でも」
「でももヘチマも無い!!・・・・・・なぁ、ヘチマって何?」
一人の男が椅子からずり落ちた。
「・・・おまっ・・・分かってから使えよ!」
拓羅が声を裏返しながら言うと、ファングは「ニヒッ」と笑った。
「ただいまー。楓、昼飯!」
「おかえり。お風呂にする?ご飯にする?そ・れ・と・も・・・」
「だから飯だって・・・・・・って、何言ってんだお前?」
ファングがビックリして顔を上げると、そこに居たのはニヤリと笑っているユキだった。
「何言うとんの、あたしや、あたし!」
「・・・あ、ユキ」
「なーにかえちゃんと間違えとるん」
「スマン。・・・楓は?」
「出てってもうた。「急に友達に呼ばれたから行ってくるねー!ほんじゃ!ばいばーい」やって」
「・・・なんかアイツキャラ変わってきたな・・・」
「せやな・・・。夕方には帰ってくる言うとったで?」
「そか」
「ほんで、メシはテーブルの上や」
「おう。さんきゅう」
ファングは椅子に飛び乗ると、そのままテーブルの上のドッグフードを食べ始めた。
―――昼二時頃。
楓の家のドアが開けられた。開けたのは拓羅だ。
「・・・楓ー・・・」
「お、拓羅。楓なら友達と遊びに行ったって!」
「マジかよ・・・」
「なんだ、どうした?」
「いや、なんでもない・・・。じゃ」
拓羅は静かにドアを閉めた。
「・・・?なんだアイツ?」
自分の家に帰った拓羅は、ベッドに倒れ込んだ。
(ヤベェ、かったりぃ・・・)
昼のうちから毛布を被り、寝始めた。
拓羅の家の外では心配したファングがドアを開けようか開けまいか迷っていた。
(どうした方がいいかな・・・。もしも大事なこととかしてたら邪魔だし・・・。でもアイツなんか変だったよな・・・。開けた方がいいのかな。でもなぁ・・・)
ドアの前で行ったり来たりしている。結局ファングはドアを開けた。爪で音を立てても開けてくれないので、自分で開けた。
「・・・ドア自分で開けるのって・・・疲れる・・・」
ボソボソと言いながら奥に入っていく。すると寝室から寝息が聞こえてきた。
「・・・・・・拓羅・・・?」
そっと見てみると拓羅が熟睡していた。毛布に包まってぐーぐー寝ている。
「昼間っから毛布かよ・・・」
ファングが少し笑いながら近づくと、拓羅はトロンとした目を開けた。ファングの方を見てゆっくりと瞬きすると「気持ち悪ぃ・・・・・・」と言った。
「!!気持ち悪い!?オレか!?オレが気持ち悪いのか!?髪生えてるからか?喋るからか?それともこの目か!!?」
勘違い魔王のファングは目を見開いて言った。
「・・・違ぇよ・・・体、だりぃの・・・・・・」
「・・・・・・は?カラダ?・・・そう言えばダカラっていうスポーツドリンクが・・・」
「だから違ぇよっ・・・・・・楓はぁ?」
「居ないっつの。オレじゃ不満か?」
拓羅は相変わらずトロンとした目でファングを見ると、ゆっくりと口を開いて「ふまん。」と言った。
「もういい!お前なんか知らん!勝手にヘバってろ!」
「うっ・・・・・・」
「!?」
ファングが出て行こうとすると、拓羅は急に口を押さえた。
「なんだ!どうした!?」
「・・・・・・!!」
「おわっ・・・」
拓羅はトイレへ駆け込んだ。しばらくして出てきた彼の顔は、スッキリしていた。
「・・・・・・なんだ・・・?大丈夫か・・・?」
「おう・・・。でもやっぱ寝とく・・・」
そう言うとベッドに転がり込んだ。
その頃、楓は友人の千明に呼び出されてファミレスに居た。
千明とは、あの修学旅行で一緒に行動した友人だ。
楓は朝雪が降るほどに寒いと分かっていながらも冷たい飲み物を注文してしまい、頭痛地獄に悩まされながらもズビズビと飲んでいた。
そんな楓を目の前にして、千明はテーブルをバンッと叩いた。
「ねぇちょっと!聞いてる!?彼氏がさぁ!」
「・・・あたしは愚痴吐き機じゃないんだけど」
頭を押さえながら答える。しかし千明は話すのをやめない。
「いーの!聞ーて!!」
「急に呼び出されたと思ったら愚痴ってさぁ・・・。あたしは一体なんなのよ?」
「楓のバカ!いいから聞いてよっ!!」
「・・・・・・あー・・・。頭痛い・・・・・・」
さすがの楓もこの迫力には勝てないようだ。冷たい飲み物と千明の愚痴のダブルパンチで、頭痛地獄は更に凄いものとなっていった。




