第42話 『真っ白』
良真も無事見つかり、平和なまま一週間が過ぎようとしていた。
十二月も終わる頃。真冬だ。その日、朝早くに楓が目を覚ました。
「・・・さぶっ・・・!」
一度布団から出たが、あまりの寒さに、巻き戻しでも行ったようにもう一度布団の中に潜り込んだ。
「・・・・・・でもやっぱ起きないとなぁ・・・」
しぶしぶ布団をはがす。楓は高速で起きて高速で着替えた。
(今日も空のご機嫌取りか・・・)
上着を着ながら憂鬱だった。上着のチャックを閉めながらドアを開けると、中とは比べ物にならないくらい寒かった。一度開けたドアはすぐに閉められた。
(寒っ!なにこれ!寒っ!?)
「手袋とマフラーは必需品だ!」
そう言って楓は中に戻っていった。そして五秒後にはストーブの前で丸まっていた。
「・・・もうヤバイな。空の機嫌が悪くなる・・・」
ため息をついて手袋をはめてマフラーを首に巻き、ドアを開ける。今度こそはちゃんと外に出た。
階段を降りると、一面雪景色だった。
「あ。雪降ったんだぁ・・・」
手袋をしている両手を擦りあわせながら、嬉しそうな顔を見せた。そして時々「お、深い!」と言って雪と格闘しながら道を進んでいく。雪の上にはまだ一人分の足跡しか付いていない。後ろを振り返った楓は、満足そうに笑うと左の空き地に入っていった。
「空ー。おはよ・・・おおっと・・・」
雪でバランスを崩しながらも空の許へ行く。空は懸命に怒っている自分を演じていた。本当は尻尾を振って楓に飛びつきたかった。
「雪だよ?」
「見りゃ分かる!」
空は、健康な時なら自分の大きさを自由に変えられる。いつ大きくなってもいいように、空はこの空き地で飼われている。今は丁度大型犬くらいの大きさだった。
「遊ばないの?」
「遊ぶか!ガキじゃあるまいし!」
「・・・ふぅーん・・・。前は雪がちょっと降っただけでも大はしゃぎだったのに」
空は鼻で大きなため息をついた。全く乗り気じゃない空を見て、楓は少しムッとした表情を見せた。
「・・・・・・いーぬは喜び庭駆け回りねーこはコタツで・・・」
「歌うなぁぁ!!」
「何よぅ。ピッタリの曲じゃんよ」
「生意気な・・・。忘れてないだろうな。お前はオレを怒らせた、オレはお前を怒ってる、OK?」
「NO!」
「なんでだよ!」
「無理しないでさぁ。遊びゃいいじゃん」
「無理なんてしてねぇよ!お前一人で遊べよ!人間が一人遊びだな!あーあー寂し!」
「・・・じゃあタクと遊ぼっと」
「へっへー!遊ぶ相手が居な・・・え・・・・・・?」
「ほんじゃあバイバイ。あ、また風邪ひくよ?ちゃんと小屋ん中入っときなよ?」
そう言って空に向かって手を振ると、楓はマンションの方へ戻っていった。
「・・・な・・・なんだよチクショーめ!」
空はその場でブスッとしていたが、しばらくすると素直に小屋の中に入った。
マンションに戻った楓が拓羅の家のドアを叩くと、拓羅はもう起きていた。
「あれ?珍しいね、早起きなんて」
「雪の匂いがしたんだ!今外降ってんだろ!?」
「や、降っては無いけど積もってる」
「よっしゃぁ!」
拓羅は飛び跳ねながら階段へと向かった。
「あ、タク!マフラーほどけるよ」
「ん?あ・・・」
立ち止まって後を向く。楓がマフラーを巻きなおしてやった。
「へへっ!さんきゅう」
ニカッと笑うと、階段を二段飛ばしで降りていった。楓は上着のポケットに手を突っ込んで拓羅を見ている。そんな楓の後ろに、称狼が忍び寄ってきた。
そして後ろから覆いかぶさるようにして抱きついてきた。
これは昔から称狼が楓にしていた事だ。
「あ、称狼」
「アニキに恋でもしました?」
「は?恋?なんで?」
「・・・・・・いや、なんでって・・・。もっと照れてくれないと・・・なんつうか・・・こ、困ったなぁ・・・」
「ダメですよ称狼様。コイツ恋愛に関してはトコトン本当に鈍いですから」
「何よそれ」
楓は家の中から出てきたファングを睨んだ。
「事実だろ」
「・・・・・・っつかホラ!犬はさっさと遊べ!庭駆け回って遊べ!」
「オレは犬じゃねぇ!ケルベロ・・・」
「ファング。行ってこい」
「はい称狼様!」
称狼が言うと、ファングはすぐに階段を降りていった。爽やかな顔の称狼の隣で、楓はファングを睨み続けた。
「・・・なんで称狼の言う事は聞くのに・・・・・・」
「凋婪さん苦労してますね・・・」
「・・・・・・。あっはっはっはっはっはー!」
楓は一度称狼の方を向き、またファングの方を向いた。そしてムカツク気持ちも納得のいかない気持ちも、全て笑い飛ばしてやった。
「楓ー!雪合戦しよーぜぇ!」
下で拓羅が呼んでいる。楓は不敵な笑いを見せると、降りていった。
「コイツに当てられたら絶対痛ぇぞ!っつか必ず命中すんだもん」
「え、なんで?」
「石投げを中国で鍛えたもんな」
「楓様をナメたらアカンべ!」
「お前どこの人だよ」
ファングが楓にツッコミを入れ、雪合戦が始まった。と言ってもファング達は投げる事が出来ないため、拓羅と楓の二人だけだ。
しかし雪が積もると言ってもこちらの地方での量は多寡が知れている。真っ白だった雪はすぐに灰色のシャーベットに変わった。
「あー。終わっちまった・・・」
「うわっタク汚いよ!そんなとこ寝転んだら・・・」
「冷てぇだけだ。死にそうなくらいに」
「じゃあ早く立ちゃいいじゃん・・・」
「・・・俺は真っ白よりも灰色になってる方が好きだ・・・」
「は?」
上から楓が拓羅の顔を覗きこむ。
「・・・・・・なんか、怖いじゃん。真っ白って・・・」
「あんなにはっちゃけてたのに?」
「お前怖くないのか?」
「うん」
「拓羅もそんな風に感じることがあるんだなぁ」
横でファングがニヤニヤと笑った。しかし真剣な顔の拓羅を見て笑うのをやめ、座りなおす。
「なんか嫌な思い出でもあんのか?」
「・・・別に・・・いや、無いわけでもねぇけど・・・」
「・・・・・・?」
「今日のタク・・・変だよね」
部屋に戻った楓がファングに言った。
「今日の拓羅は変だなぁ」
「・・・・・・だからそう言ったっつうの・・・」
楓が小声でボソッと言うと、ファングは今気付いたかのように振り向いた。
「ん?どうした?」
「・・・いや別に・・・」
「なんか知ってるか?拓羅が真っ白嫌な理由」
「全然。なんも知らない」
楓は昼飯を作りながら答えた。
「くそぉ、気になる・・・!」
「別にいーじゃん。んな事・・・」
「嫌だ!オレは知りたいぞ!」
「あーはいはい。どうぞご勝手に」
「・・・なんだよその言い方・・・」
「はぁ?・・・アチッ」
ファングの方を向いた時に手にフライパンが当たった。しかし何事も無かったように料理を続ける。
「いいもんね!じゃあ何か知っても教えてやんねー」
「はいはい。だから別にいいわよー」
「・・・・・・」
ファングがブスッとした顔でテーブルを向くと、楓は嬉しそうな顔で近づいてきた。
「・・・スネた?スネた??ねぇねぇスネた???」
「スネた。カワイイ?」
「カワイイ!」
ニッコリと笑ってファングの頭を撫でたかと思うと、すぐにいつもの顔に戻った。
「さぁ行ってこい。理由聞いてこい」
「はーーい」
楓に背中を押され、ファングは隣の拓羅の家へ向かった。だが行く途中の通路で立ち止まり、「・・・あれ?利用された・・・?」と呟いた。




