第4話 『称狼』2
しかし、全てを出し尽くしても一部が溶けるだけで雪崩がおさまる事は無かった。もう一度炎を出す準備をしようと思うも、時間が無い。
その瞬間、ファングの頭の中は真っ白になった。
絶体絶命だ―――。
(・・・ダメだ。どうしようもねえ)
目を瞑った。もうすぐ身体に物凄い衝撃が走るだろう。だが、それが過ぎればすぐ楽になれる。
覚悟を決めた。
―――だがいつまで経ってもこれっぽっちも衝撃なんて来なかった。
「・・・・・・・・・?」
恐る恐る目を開けてみる。
周りを見回しても、ついさっきまでの雪崩など無かったかのように静まり返っていた。
「なんで・・・」
「なっさけねぇなぁ!」
声がした。驚いたファングが振り向くと、そこにはキツネが居た。そう、このキツネこそが、ファングの命の恩人なのだ。
ファングは、このキツネを覚えていた。ファングと同じように称狼の所に居たキツネ形の使者、「坤」だ。
「・・・坤っ!」
さっきよりも更に驚いた顔で、ファングは坤を見つめた。
「久しぶりだな、ファング」
「おまっ・・・なんでここに・・・!?」
「お前と同じ。称狼様からの命令だ」
それを聞き、ファングは一瞬ドキリとした。称狼が、一人の使者の居る所にもうひとり使者を送る時は、敵同士となるケースもたまにあるからだった。
ファングは坤と敵同士になるのか、と思い、掻きたくも無い嫌な汗を掻いた。
「あ、言っとくが悪い知らせじゃないぞ」
「え?」
ファングの心を読んだかのように、坤は笑いながらそう言った。安心したファングは、「なんだ・・・」と呟き、続けた。
「で、なんの知らせだ?」
「えっとな、カエデって人とタクラって人に・・・」
「おーう!俺らか?」
走ってきた拓羅が、自分を指差して言った。
「えと、多分・・・じゃあそうかな?あのな、お前らの試験は終わった、入口に戻って来い、との事だ」
「・・・試験だったんだ?これ・・・。っていうかあたしら何かしたっけ?」
拓羅の横に並んで聞いていた楓が言う。それを聞いてファングは、即、首を横に振った。
「いんや。なんも」
「まぁいいじゃねぇか!出すっつってんだからよ。早く行こうぜ!」
坤に入口までのガイドを頼む。その場から2キロ程歩いたところに、最初の場所、入口があった。こうして考えてみると、この雪山周辺はさほど広くはないようだ。
まず最初に、拓羅がバリアに向かってそっと足を出してみる。何もないかのように簡単に出られた。どうやらこのバリアは、称狼によって操作されているようだ。
「・・・出れた・・・」
確かめるように、彼は自分の両手を広げてみた。そして喜んだ。その時、後ろから誰かの視線を感じた。
「・・・!」
振り向くと、そこには楓の家に来た少年が立っていた。
「・・テメェ!あの時のクソガキッ」
「拓羅っ!貴様称狼様に向かってなんて口の聞き方だ!」
「え・・・?」
楓と拓羅は、同時にファングを振り返った。
「・・・じゃ・・・ファングが言ってた「称狼様」って・・・」
「そうとも!この方こそ恐れ多くも称狼様であるぞよ!皆の者、頭が高い!」
ファングは少しふざけながら言ったが、それに突っ込む人間はいなかった。楓と拓羅はカルチャーショックを受けていたのだ。開いた口が塞がらない。
自分たちをハメた張本人が、自分達のパートナーの尊敬している人なのだ。
「ファング、坤、ご苦労様」
称狼がファングと坤の頭を撫でている間に、開いたままだった口を手で閉じて、拓羅はずっとブツブツ言っていた。
「・・・称狼・・・?って・・・まさか・・・」
「・・・タク?」
「おっ・・・おおおおお前もしかして・・・薙・称狼っ・・・?」
「え?あぁ・・・そうだけど・・・?」
「は?・・・・・・薙・・・って・・・」
「楓、覚えてないか?・・・俺の弟だ・・・」
「・・・え?・・・じゃ、お前、菁氾か?」
「おう・・・」
それを聞いた二人と二匹は、拓羅の方を呆然と見ていた。




