第39話 『ママを尋ねて皆殺し』
「ただいまッ」
ファングが楓の家のドアを開けた。中の部屋から楓が顔を出す。
「あ、おか――――」
良真が居ないかわりに、耳の尖った少女が立っている。当然のごとく楓は驚いた顔をしている。ファングとその少女の顔を交互に見た。
「・・・・・・・え、と・・・。誰?・・・っていうか良真は?」
「あっ!良真忘れてたッ!・・・あ、えっと、コイツはみーな。十ヵ月だってさ」
「フーーン・・・」
「あたし、狼少女!このおじちゃんに仲間になれって言われたからなりました!」
「お兄さんだっつの!」
後ろからファングが言った。そして言った後、耳がピクリと動き、ドアの外を見て真剣な顔になった。
「・・・・・・今、音がしなかったか?」
「音・・・?」
今度はハッキリと全員の耳に、その音は入った。音はどんどんとマンションへと近づいてくる。
「・・・なんなんだ・・・?」
「わからねぇ・・・。とにかく行ってみようぜッ!」
しかし全員で行ってもそれぞれが邪魔になるだけだ。とりあえずは拓羅とファングで行く事になった。急いで階段を降り、マンションの外に出て辺りを見回す。
東の方にソイツは居た。巨大な――――犬のようだ。
目が三つある。頭には角が生えていた。
「なんだ、アイツ?」
「ストラント族!」
「・・・あ?ストラ・・・?」
「拓羅、戻ってろ」
「は?」
「いいから!」
「なんでだよッ!俺だって・・・」
「アイツはあれでもまだ子犬だ。今の状態でも物凄く危険なんだ。暴走しちまったら・・・」
ファングの頭の中に、嫌な光景が広がった。だがそんな心配をよそに、拓羅は叫んだ。
「子犬ぅ!?」
「・・・ああ。とにかく戻れ!戻って作戦考えとけ」
ファングを見つめて、拓羅はしぶしぶ頷いた。
「・・・わかった。でもじゃあ、三十分経っても帰ってこなかったら行く、そんでいいか?」
「おう・・・」
拓羅はファングの後姿を見て、心配そうな顔をしながらも戻っていった。マンションの階段を上がっていく拓羅を見届けると、ファングは再度ストラント族の方を見た。
「さて、と」
もうまん前まで来ていた。やはり近くで見ると更に迫力があった。
「話終わるまで待ってるなんて余裕じゃねぇか」
ファングがそう言うと、敵は不服そうな顔をした。
「よく言うよ。隙があればいつでも攻撃してやろうと思ってたのに」
「ほおー。ガキのクセになかなかだな」
「ガキって言うな!」
敵は勢いよくファングに飛びかかった。
その頃、拓羅は家の中で待っていた他の者達に状況を説明していた。
「・・・三十分待つ?」
楓が怪訝そうな顔をして言った。
「ファング、今戦ってんだ。・・・アイツがめちゃくちゃに頼んでくるから・・・」
「どんな奴やったん?」
ユキが楓の横から顔を出し、訊ねた。拓羅は敵の事を全て話した。その話を聞いていると、次第にユキの顔色が変わった。
「ストラント族か・・・。アイツ、あほやなぁ・・・。アカンで。ファングじゃ勝ち目あらへん。ま、あたしもやけど」
「えっ、なんで?」
楓と拓羅は同時にユキを見た。
「ストラント族はな、魔力を喰うねん」
「・・・・・・は?」
ユキの言った通り、敵はファングの放った炎を喰っていた。そして自分の体力にする。ファングの攻撃は敵を強くしてしまうだけなのだ。
「チクショォ!」
悔しそうに歯軋りして、攻撃を避ける。しかし足の攻撃は避けたが、直後、角が伸び、ファングを襲った。その角に後足を攻撃され、その場に倒れ込む。
「うおっ・・・・・・」
見ると、足には穴が開いていた。そこから血がドクドクと流れ出る。ヨタヨタと立ち上がろうとするが、上から敵に押さえつけられた。
「ぐ・・・・・・」
背中からメキメキと音が聞こえた。歯を食いしばり、痛みに耐える。敵はそんなファングを見下ろしながら不敵に笑った。
「・・・・・・三十分だ・・・」
拓羅は時計を見ながら呟いた。そして立ち上がる。
その時、彼の左腕に切り傷ができた。
「・・・!」
振り返ると、そこには外で見たあの敵が居た。角を伸ばして攻撃したのだ。
「な・・・なんで・・・・・・ファングは・・・」
「ファング・・・。ああ、それってコレの事?」
そう言うと、拓羅の目の前にファングを放り投げた。
「・・・・・・!ファングッ!」
傷だらけだった。拓羅はファングの体をそっと撫でると、的を睨んだ。それを見て、思わず敵も後退る。
「・・・ガキだからって容赦しねぇからな・・・」
物凄く低い声で言った。そして拳を握りしめ、敵の方へジャンプしながら構えた。
「うおあああああぁぁッ!!」
足を思い切り殴った。ボキッ、と言う音が響く。
しかし敵はニヤリと笑うだけだった。
「折れたね。お前なんかには僕の体に傷なんてつけられないよ」
「・・・・・・!」
拓羅は右腕を押さえてその場にうずくまった。全体が震えている。猛烈な吐き気を覚えた。
やっとの思いで顔を上げる。だが、目の前にいたのは敵ではなくみーなだった。みーなは徐に敵の足を掴むと、手に力を入れた。足は見る見る変な方向へ曲がっていく。仕舞いには、引きちぎる始末となった。
敵は嫌な音と共に悲鳴をあげた。しかしみーなの顔は全く変わる事が無い。ずっと敵の顔を睨んだままだ。
「・・・おっ・・・お前なんかに殺られてたまるか・・・。僕は生きてママの許に戻らなきゃ・・・」
「アンタの事情なんてどうでもいい」
冷たい声で言い放つ。敵が唖然としている中、みーなは更に続けた。
「・・・「生きてママの許に戻らなきゃ」?」
口だけでフッと笑うと、そのまま敵の腹を蹴りつけた。
「死ぬ覚悟も無く来てんじゃねぇよッ!」
怒りのオーラを放っているみーなの後ろで、楓は目をパチクリさせていた。開いた口が塞がらない様子だ。
「・・・・・・あんな・・・男口調、なワケ・・・?」
みーなを見て言う楓の横で、拓羅が「お前も負けてねぇから安心しろ」とボソリと言った。楓は前を向いたまま拓羅にストレートパンチをくらわせた。
「っていうか腕は?大丈夫なの?」
「殴った後に言うなよ、お前・・・」
頬を押さえながら言った。そして右腕の袖を捲くった。手首が明らかに変な方向に曲がっている。
「・・・・・・痛くない・・・ワケないな」
「うん。痛ぇ」
「はい、病院レッツゴー。いってらっしゃーい」
楓はマンションの外を指差し、笑顔で手を振った。
「え、一緒に行ってくんねぇの?」
楓を見て、拓羅はわざと寂しそうな顔で言う。しかし楓は「何言ってんの、ガキじゃあるまいし」と冷たく言った。仕方なく、拓羅は一人で病院へと向かった。
そんな事をしている間にも、みーなは圧倒的に敵を押していた。ヨロヨロと向かってくる敵の顔を、爪で引っ掻いた。そしてそれに続け、顔を思い切り蹴りあげる。敵はそのまま倒れ込んだ。
「ファング!」
みーなはファングの方へと駆け寄る。楓が「生きてる、生きてる」と言うと、安心したようにため息をついた。だが、そんな時間も束の間だった。敵は起き上がるとみーなの腕に噛み付いた。
「・・・・・・!」
みーなはそのまま後ろへ投げ飛ばされる。壁に叩きつけられた。
「・・・帰んなきゃなんないんだ・・・・・・。ママのとこに・・・」
その目はセルヴォのようだった。みーなを睨みつける。
「そのためには・・・・・・倒すんだ・・・!」
切れ切れにそう言うと、角をみーなに向け、走り出した。
「・・・みーなッ!」
その時、敵の後ろから声がした。直後、敵はその場に沈み込む。
「大丈夫か・・・?」
みーなの前に立ったのはファングだった。瞬きを繰り返してファングを見つめ、やっと頷く。
「・・・・・・うん・・・。ファングも・・・」
「あ?何だよ?・・・・・・ホラ、早く立て」
その後ろで、敵が立ち上がる。振り返り、ファングが面倒臭そうに言った。
「・・・しぶといな・・・。オレお前の弱点見つけちまったんだよなぁ」
「・・・・・・え・・・」
不安そうな顔をしている敵を無視して、ファングはみーなにコッソリと耳打ちした。話し終わったのか、みーなは力強く頷いた。




