第37話 『ラング』5
次の日、まだ楓達も眠っている時間に、称狼は飛び起きた。家の中だと言うのに寒い。すぐに靴を履く。そして拓羅の家に入り、例の「アレ」を持った。拓羅の家に入った時にマフラーと手袋が目に入ったため、壁から奪い取り、装着した。そして階段を下りていく。勿論「アレ」は中身が見えないようにしてあった。
マンションから出ると、更に寒かった。空もまだ暗い。白い息がこれでもかと言うほど出る。道は、車がたまに通るくらいで、人とは全くすれ違わなかった。
(寒ぃなチクショー・・・)
手袋もマフラーもしているが、やはり寒い。
信号をいくつか越え、一本、普通に歩いていたらわからないほどの細い道に入る。称狼が横歩きをしてやっと通れるくらいだ。
冷たい壁が身体に当たり、称狼を更に震わせた。ようやく細い道を抜けると、一つの広場があった。しかし、水の止まった噴水、ツタが生い茂っているベンチなど、長年使われていない事が一目瞭然だった。
噴水の向こう側には、四つほどの建物が建っている。その中で使われていると思われる物は一つだった。それがラングの棲み家だ。
称狼はゆっくりとその家に近づき、ノックをした。扉は勝手に開いた。中に入ると、外よりも幾分か温かかった。見ると、ストーブに火が付いている。吸い込まれるような速さでストーブの近くに行き、しゃがみ込む。そして手を出した。白かった手が赤く照らされる。今まで自分の手がどれだけ冷たかったかわかる。しばらくは温度差で手がピリピリしていた。足が痺れそうなので、あぐらを掻く。ストーブのまん前にベタンと腰を下ろした。そのまま待っていると、奥からラングが出てきた。称狼を見ると、ニッコリと笑った。しかし、それは優しい笑いではなかった。
「やあ称狼。よく来たね」
称狼はビシッと立つと、震える口を開いた。
「・・・・・・コレ、返しに来ました・・・」
紙袋を投げ捨てる。ゴツン、と言う音がした。ラングはそれを見て、また視線を称狼に戻す。
「で、連れてきたか?」
「・・・・・・・・・今日は・・・それを返しに来ただけです・・・。あの、もうこんなことしないでくださ・・・」
「この間からお前、私をバカにしているのか?」
「え・・・」
「私を待たせていいとでも思ってるのか?いい気になるなよ。お前なんていつでも殺せる」
笑ったままそう言った。その時称狼の背筋が凍った。今すぐにでも逃げ出したかった。だが、今日はもう一つ目的があって来たのだ。それを達成せねばならない。
「バ・・・バカになんてしてません・・・。あの・・・俺は・・・もう兄貴達の敵にはなりたくないんです・・・」
「なんだと?」
ラングの顔から笑いが消えた。
「とにかくっ・・・も、もう来ません・・・!失礼します・・・」
そう言うのがやっとだった。称狼はドアを乱暴に開け、外へ飛び出した。気を抜いたら豪快に転びそうなくらい膝が震えている。
口の中が乾燥してきた。喉も乾燥して、ヒリヒリしてくる。だが立ち止まったら終わりのような気がして、マンションまではずっと走り続けた。階段を上がろうとした時、足がもつれて倒れた。
「・・・いってぇ・・・」
やっとの思いでその言葉が出た。息を荒くしながら立ち上がる。痛いのだが、なんだかスッキリしたような、変な気持ちだった。ゆっくりと一段一段踏みしめるように階段を上がり、楓の家の前まで来た。
時刻はいつの間にか七時をまわっていた。中から声がする。渇いた喉に必死に水分を与え、ドアノブをまわして入った。
「・・・お、称狼!」
「ただいま・・・」
息を切らしながら言った。
「ラングに返してきたんか?」
「ああ。・・・・・・ファングは・・・?」
「なんか良真を捜してくるとかなんとか言って出てったぞ」
「・・・そか」
深呼吸して、椅子に腰掛けた。




