第36話 『ラング』4
「何これ!」
マンション全体にその声は響いた。楓だった。
「・・・なんか・・・新しいお仲間・・・」
頭を掻きながらオロオロしている拓羅の陰から、良真が顔を出していた。
「オレ良真。狼犬。今年二歳になったばっかりなんだ!よろしく!」
勿論二歳とは犬の歳でだ。人間の歳で言えば二十四、五歳と言ったところだろう。
「エエ子やし。カワエエし。えんやない?」
「賛成!」
と言う事で、表向きはいい子の良真は仲間入りが決定した。
そして、事件はその日の夜に起こった。
一同は、楓の家で「セルヴォの生首をどうするか会議」を開いていた。首は広告で丸めてビニール袋に入れてある。勿論外に出したままだ。
「どーすっかねぇ?」
「どうするもこうするも早いとこ片付けた方がいいに決まってんじゃねぇかよ。凋婪さんも変な噂されんの嫌でしょ?」
「だーかーらその名前・・・。っていうか噂どころじゃ済まないでしょ。警察沙汰になるわよ」
「片付けるって事は決まってんだ。でもそれを誰がやるか・・・」
拓羅は楓をチラリと見た。
「・・・・・・え?・・・何?・・・ちょっと待ってよ、なんであたし見んのよ」
「だってお前ん家だし・・・」
「ほぉー。じゃああたしの家から出てけ。即出てけ」
「そういう事じゃなくてよぉ・・・」
「ってか、生首でしょう?警察に届けたほうが・・・・・・あ。ダメだ。俺も捕まりかねない」
「そんなんどうせあたしらが犯人扱いされるだけでしょ」
「でもこれ、片付けてハイ終わり、なんてワケにはいかねぇだろ?」
「当たり前じゃん」
「あーくそっ!あん時ラングの野郎に返しときゃ良かったぜ・・・!」
三人は頭を抱えて考え込んだ。そして拓羅がひらめいた。
「・・・あっ!そうだ称狼!お前アイツの居場所くらいわかんだろ?行って渡してこいよ、生首」
「生首生首言うのもどうかと思うけどね・・・。んでも簡単に受け取ってくれるかな・・・それに――――」
称狼は何かを深く考えるような表情を見せた。頭の中は、ラングのあの言葉で埋め尽くされていた。
(もし来なかったら――――わかってるな?)
「称狼・・・?称狼!・・・・・・おい称狼ッ!」
ハッとなったのが二人にもわかった。
「え・・・な、何?」
「本当に大丈夫か?お前おかしいぞ。アイツ・・・ラングが来てから・・・」
「・・・大丈夫だって!明日行ってみる。ボスん所」
「じゃあオレも行くよ。一人じゃ危ないだろ」
良真が出てきた。皆、少し驚いた顔をしていたが、承諾した。しかしファングも黙っていない。
「オレも!称狼様、オレも行く!」と言って、ファングは称狼にすがりついた。称狼は、そんなファングの頭を笑顔で撫でて頷いた。
(新入りに称狼様取られてたまるかっ)
頭を撫でられているファングは、内心そう思っていた。すると良真がファングを別の部屋に誘った。肩書きは「遊ぼう」だった。ファングも頷いて後に続く。だが、実際に行ったのは遊びではない。良真が小声でファングに言った。
「お前なんかお呼びじゃないぜ?」
ファングは驚いた顔で良真を見た。良真はあからさまに嘲笑していた。
「テメェこそ・・・。称狼様にはオレが付く。テメェは下がってろ、新入り!」
「新入り?あははっ!そうだな。オレは新入りか・・・」
良真はクスクスと笑う。
「何が可笑しい!」
「オレはもう仲間だ。そうだろう?」
「・・・だからなんだ?」
「仲間の権限で言わせてもらう。ハッキリ言ってさ、お前要らないよ」
そう言うと、良真は目を光らせる。なんとも言えない目だ。ファングはその「目」に恐怖を感じた。
「・・・!なん・・・」
「出て行け」
声を低くし、言った。しかし、ファングはそこであることに気付いた。
「・・・そうか。お前・・・」
「出て行けと言っている。出てけ!」
「寂しいんだな」
ファングのその一言に、良真の動きが一瞬止まった。
「寂しいだと?」
「目が言ってるぜ?」
「・・・黙れ」
「八つ当たりか?妬みか?」
「うるさいんだよ!妬みだと?ふざけるな!」
「だがそうだろう?違うなら何故オレに出てけなんて言う?」
「邪魔なんだよ・・・!」
「邪魔?」
「幸せそうにしやがって・・・。そうさ、妬みかもな!だがな、オレの苦しみは貴様の思っているようななまっちょろい物じゃないんだよ!貴様には一生分からないだろうがな!」
そう言い、良真はその部屋を去った。ドアを開け、外に出る。階段を降りていった。そして数秒し、その足音は聞こえなくなった。
ファングはため息をつくと楓達の居る部屋に行った。
「良真、どうしたんだ?」
「・・・いや・・・なんでも・・・」
何事も無かったように首を振る。称狼達は話を続けた。
「えーと、それで明日までアレは・・・」
称狼はドアの方を振り向く。
「兄貴ん家に・・・」
「なんで俺ん家なんだよ!嫌だよ寝る時怖ぇじゃんかよ!」
「わかった。今日はここで寝る事を許す」
「えっマジか?よし、ノッた」
「簡単だな、兄貴・・・」
嬉しそうな顔の拓羅を見て、ため息まじりにそう言う。拓羅はそれから、ビニール袋に入れてある首を自分の家の中に放り込んだ。そしてまた楓の家に戻る。称狼の目の前まで行くと、彼を指差して言った。
「絶っっっ対に明日持ってってくれよ?」
「わかってるって」
しかしまだ信用できないのか、拓羅は続ける。
「絶っっっ対に明日の朝五時には・・・」
「わかったって!早く寝ようぜ」
称狼は、ちゃっかり布団の中に潜り込んでいた。楓は何故称狼までここで寝るのか疑問に思ったが、朝早くに持っていってもらうにはそれが一番だと思い、そのままにしておいた。




