第35話 『ラング』3
その頃、楓は男を捕獲していた。男が角を曲がる時のスピードダウンを利用し、ジャンプして捕まえたのだ。案の定その場に倒れこんだが、すぐに起き上がると腕を引っ張り、強制的に後ろで組ませた。
「いでででっ!」
「動くな・・・ッ!」
楓も拓羅と同様、ゼーゼーと荒く息をしながら男に向かって叫ぶ。そして男の腕を更に強く引っ張る。それ以降は動かなくなった。その時丁度、拓羅が二人を見つけた。
「・・・・・・あ!あの男か?でかしたぞ楓!」
「イエッサー隊長!」
楓は少しふざけて敬礼をし、また男の腕を両手で掴んだ。そこから拓羅の尋問が始まった。
「お前誰だ?「ラング」って奴か?」
「あ?何だよ!誰だよそれ?」
「今はこっちが質問してんだ。そうなのか?違うのか?」
「だから誰だよっ!違ぇつってんだろ!」
「ならなんで逃げた?」
「んな事どうだっていいだろうが!」
「・・・楓、もうちょいやってやれ」
拓羅がそう言うと、楓はニヤッと笑い、力を強める。
「いででででッ!」
男はさっきよりも大きな声で絶叫した。
「答えろ。なんで逃げた?」
「い、急いでたんだよっ・・・」
「急いでたとしても踊り場から飛び降りる人間がいるか?」
「ここにいい見本がいるじゃねぇか」
「お前以外にする奴いないだろ。そんなバカな行為」
「うるせぇよ!テメェはなんなんだよ!人に名前尋ねる時はまず自分から名乗るってのが礼儀じゃねぇのか!あぁ?」
「・・・ダメだな、こりゃ。絶対口割らないぜ」
楓の方をむき、首を横に振る。
「どーすんのよ」
「マンションに連れて帰る。称狼に見せればラングって奴かどうかわかんだろ」
「タク今日冴えてるじゃん!」
「へっへっへー」
そう笑うと、拓羅は歩き出した。楓も男の腕を掴んだまま後に続く。
マンションに帰ると、楓は称狼の目の前に男を出した。
「ボス!?」
「やっぱな。やっぱりお前ラングじゃねぇか」
拓羅は勝ち誇った笑みを見せる。しかし、この期に及んでもまだ男は白を切る。
「・・・・・・・・・ラングッテ誰?オレ知ラナイ・・・」
「とぼけんな!」
犬だったら今にも噛み付きそうな勢いで男に向かって怒鳴った。
「・・・あーもー。そうだよ。俺がラングだ」
半ばヤケクソになって男は白状した。
「ボス。丁度良かった。今から行こうと・・・」
そこまで言うと、ラングは楓の手を乱暴に振り解き、称狼の耳元に顔をやり、囁いた。
「あと一日待ってやる。もし来なかったら――――わかってるな?」
「・・・・・・・・・はい・・・」
ラングは楓と拓羅を見ていやらしく笑うと、横を通って階段を下りていった。
「・・・称狼、何言われたんだ?」
拓羅は称狼の青ざめた顔を覗きこみ、訊ねた。称狼は一瞬ビクッと動くと、拓羅の顔を見て、無理矢理の笑顔を作った。
「いや?なんでもないよ?」
「大丈夫か?」
「ああ」
称狼は頷くと、奥に入っていった。楓も家の中に入ろうとする。しかし拓羅は行かなかった。階段の方を見ている。
「・・・タク?どしたの?」
「ん?あ・・・ううん。先入ってていいよ」
不思議そうな顔をしながらも、楓は中に入っていった。ドアの閉まる音と共に、拓羅の顔付きが変わった。足音を忍ばせて階段を下りていく。踊り場に出た。
「・・・・・・」
拓羅はそこで用心深く辺りを見回す。
(視線・・・感じんだよな・・・)
彼の思った通りだった。足音が聞こえてきた。
「誰だッ!」
拓羅はそこそこ大きな声で言う。返事は無い。だが足音はする。彼は下の階から続く階段をじっと見つめる。足音が近く、大きくなるにつれ、彼の鼓動も速くなった。
そして最初に見えたのは―――――耳だった。だが人間の耳ではない。犬の耳だ。
「・・・・・・あ・・・?」
顔をしかめる。じきに全体も見えた。それは真っ黒く大きな犬だった。その犬は拓羅を見た。そして、
「ぃよっ!オレ良真!」
と言った。なんとも脳天気な言葉に、拓羅はがっくりと膝を付きそうになった。しかしその脳天気さはそこだけだった。
「お前らの名前はもう知ってる。色んなとこでのやり取りを聞かせてもらってたからな。それでだ。オレも仲間に入れろ。オレこれ言いに来た。だから他の奴等にも言っておいてくれ。よろしくな」
真剣な顔で拓羅に向かってそう言うと、良真は階段を上がっていった。
あまりに急な出来事だったため、拓羅の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。




