第32話 『中国』3
そして場所は再びユキとファングの居るケージに戻る。
「決まった!」
三十分ほど悩み、やっとユキの声が上がった。寝ようとしたところをその声に邪魔されたため、ファングは少し不機嫌そうな顔だった。
「カエデって子は「かえちゃん」、タクラって子は「たっくん」や!」
「・・・あぁそーかよ。決まって良かったな。じゃあオレは寝るぞ」
喜んで踊っているユキの隣のケージで、ファングは再度丸まった。しかし、またユキの声で眠りを妨げられた。
「あぁぁ!」
「なんっだよ!うるせぇな!」
ファングが飛び起きる。
「アイチってどんなとこ?」
「あぁ?」
「アンタが住んどるとこアイチってとこなんやろ?どんなとこか教えてくれてもええやないのー」
「・・・・・・どんなとこ・・・?・・・オレが知ってんのは・・・シャチホコってのがあるってことだな!」
「シャチホコ?なんやそれ?」
「ケツ上げて屋根の上に立ってるシャチ」
平然と言うファングを、ユキは目を点にして見ていた。そしてしばらくして口を開く。
「・・・えらい下品なシャチやな」
「だろ?しかも金ピカ!」
「・・・えらい金持ちで下品なシャチやな」
ユキは何か勘違いをしているらしい。しかしファングも本物の鯱を見た事があるわけではない。楓から聞いた話をあたかも自分が見たかのようにユキに言っているだけだ。だから、シャチ自身が金持ちなのではないと言う事を自分もわかっていなかった。勿論ユキもわかっていない。これで更にユキの頭の中に無駄な知識が一つ加わってしまった。
「で?で?他には何があるん?」
「え・・・えーっとな・・・」
「まさかアイチにおってその「金持ちで下品なシャチ」の事しか知らんわけあらへんよな?」
悪気があってこんな事を言っているのではない。その証拠に、ユキの目は輝いていた。だがファングは、鯱以外の話はあまり聞いていなかったためわからない。ここでファングの悪知恵が働いた。
「・・・東京よりも都会で・・・東京タワーよりもデカイ名古屋タワー・・・って言うのがあるんだ・・・」
「凄いやん!」
調子に乗ったファングは、更に続けた。
「富士山よりも高い山があってな、世界一高い山なんだ!世界遺産に登録されてるしギネスブックにも載ってるんだぜ!」
もはや滅茶苦茶だった。だが、愛知に行った事のないユキはそれを信じ込んでしまった。
「あたしもその山登ってみたいわぁ!また今度連れてってな!」
「・・・お、おう」
「他は?他は?もっと話聞きたい!」
「・・・え、と。も、もう品切れ」
「なんや。つまらへん。ほな、行ってのお楽しみっちゅうわけやな!」
「・・・・・・・・・え?」
ファングは凍った。ユキは愛知に行くつもりで話を聞いていたのだ。それをすっかり忘れて調子に乗ってしまった。これがバレたら恐ろしい事になる。
「なに?どないしたん?・・・おーい。ファング・・・?」
ファングの耳には、ユキの言葉は届いていなかった。凍ったまま一夜を過ごした。
次の日、ファングの足は棒になり、おまけに寝不足だった事は言うまでも無い。しかしそれでも中国の観光を楽しんだ。昨日、ユキの仲間入りが決定し、楓達もユキが一緒に日本に帰る事を反対しなかった。しばらく街を歩いていると、ファングが楓と拓羅に疑問をぶつけた。
「・・・なぁ、お前ら小さい頃遊んだりしてたのか?」
前を歩いていた二人が振り向く。
「遊んでた・・・っていうか・・・」
「遊びって言う遊びはしてなかったよな」
「そうそう。交流はあったけどさ、んでも・・・一緒にお風呂入ったりとかそのへんだったね」
「えぇっ!」
突然、ファングが大声をあげた。道行く人々はみんなファング達の方を見た。
「バッバカ!うるさ・・・」
「バカはお前らだっ!風呂に一緒に入ってただぁ?」
「だから小さい頃だって」
「小さい頃でも男は男、女は女だ!っていうか小さい頃っていつだよ!」
「・・・・・・二、三歳・・・?」
「邪道だッ!絶ッッ対邪道だ!」
「アホかっ!動物が喋るって方がよっぽど邪道じゃん!」
「そーそ。それにほら、男でもチビな時って女湯に入るじゃん。母親と一緒にさ。銭湯とかでも温泉とかでも・・・」
拓羅も楓側について参戦した。だがファングの熱りはさめなかった。
「じゃあなんだ!お前らは男女でも同じ風呂に入れると言うのか!今でもそうなのか!そんなのは許されないぞ!有り得ないぞ!」
「今は無理に決まってんでしょーがッ!」
楓は思い切り赤面し、絶叫した。それは街の賑わいを一気に静める程だった。拓羅もその後ろで咳払いをしている。
「・・・っていうか・・・なんでファングがそこまでムキになんのよ」
「だって男と女が同じ風呂に・・・」
「あーわかったわかった!」
ユキが間に入って止めた。ファングを少し睨むと、続けた。
「まぁ、人間には「混浴」言うもんがあるらしいやんか。それと同じ事や思て片付けりゃええやん。それにファングに一緒に入れ言うとるわけやないんやし・・・。これはかえちゃん達のことやろ?アンタには関係あらへんやん」
「カエチャン?」
拓羅が口を挟む。
「あ、そうや!言い忘れとった。アンタらの事「かえちゃん」と「たっくん」ゆうて呼ばせてもらうさかい。よろしゅうな」
ユキの言葉に、楓と拓羅は嬉しそうな顔を見せ、ファングは「関係ない」と言われ、少し落ち込んだ。
だがすぐに歩きだした。




