第30話 『中国』
今、楓、拓羅、ファングは空港から出てきたところだった。
「ここは・・・」
中国の空気を吸い、一番に口を開いたのは拓羅だ。
「ここは中国だねぇ!」
「そりゃそうでしょ」
興奮する拓羅の横には、「当たり前だろ」と言う顔で拓羅とその背景を見つめる楓が居た。拓羅は楓の言葉に少し落ち込んだようだったが、すぐに顔を上げてポケットから紙を取り出した。そこには拓羅の字で「中国旅行プラン!」と大きく書かれ、その下に中国に着いてからの行動がズラッと箇条書きにしてあった。
本人曰く「少々ザツ」なため、拓羅以外は誰も読む事が出来ない。
「え・・・と。じゃあまずは俺ん家行くか。挨拶とかもしといた方がいいし」
楓もファングも賛成して、拓羅の家へと向かった。
自分の家と言ってもやはり久々なのだから、開ける時少し戸惑うのだろうか、と考えていたファングとは裏腹に、拓羅は何の躊躇もせずに豪快にドアを開けた。中からは中年の女性が出てきた。最初は驚いた顔をしていた。行く前に何も言わなかったから当たり前だ。しかし二人を見た途端、大声で笑いながら喋り出した。恐らくは拓羅の母親だろう。
そして彼女は座っているファングに視線を向けた。初めて見る生き物なため、不思議そうな顔でジロジロと見ていたが、ニッコリと笑うとファングも中に入れた。
中に入るとまず目に入るのは四角く大きなテーブルだった。そのテーブルを挟むようにして置いてある椅子には父親と思われる人が座っている。父親も驚いた顔の後に、満面の笑みで二人を抱き寄せた。どちらも優しそうな顔をしている。ファングは少し安心した。だがやはり父親もファングに目を向ける。いくら珍しい生き物だとは言え、ジロジロ見られるのは気分のいいものではない。
ファングはビクビクしながら拓羅のそばに行くと、耳元でささやくように言った。
「オ、オレの事ちゃんと説明してくれよ」
「あ。そっか。・・・わかってるって」
拓羅は説明を始めた。何十分も掛かるかと思いきや、たったの一分で終わった。両親は納得したように頷いている。
「・・・なんて言ったんだ?」
「突然変異で髪が生えて喋れるようになったらしいぞ、って」
サラッと言った。
「え、それで納得しちまったのか?もう少し疑う事を覚えた方がいいんじゃないのか?お前の親」
ファングが驚くのも当然だ。普通ならそんな説明ではまかり通らない。
「ま、面倒な説明延々とせずに納得してくれたんだしさ、いいじゃねえか」
その後、何時間か話し、昼食も拓羅の家で終えた。そして一行はその場を後にした。中国の街に出て、拓羅はまた紙を取り出す。
「次は――――楓の家・・・」
そこまで言うと、隣を歩いている楓に少し睨まれた。慌てて言い直す。
「楓の家は素通り、と。んーと・・・じゃあファングどっか行きたい所あるか?」
「え?いや別に・・・全然わかんねぇし」
「んー・・・。どーすっかねぇ?一泊するからホテルまで・・・」
拓羅がそう言った時、大きな音がした。羽をはばたかせているような音だ。それも半端無くうるさい。辺りは一気に悲鳴で溢れかえった。
「なんだ?」
音がする方を向くと、鳥のような怪物が降りてきていた。着地した所は人が大勢居た。その中の殆どがソイツに踏み潰され、犠牲となった。
「アイツは・・・!」
「ファング知ってんのか?」
「・・・ああ。ヴェギラス。とにかく殺し方が酷い事でオレらの中じゃ結構有名なんだ。だが何故ここに・・・」
「え、でもじゃあ放っといたら俺らの親も殺され兼ねないワケだよな?」
「ああ」
「ヤベエじゃねぇか!こんなとこでチンタラしてらんねぇよ!」
「そうだな、でも・・・」
ファングの言葉を無視し、拓羅は駆け出した。
「あっ!おい、ソイツは・・・」
だが言った時にはもう遅かった。拓羅の体は、風によって地面に叩きつけられた。「・・・・・・何だ今の・・・!触ってもいねえのに・・・」
「アイツはあの羽で風を出すんだ。ほら、お前の体、ところどころ切り傷が出来てるだろ」
ファングが走って来ていた。言われて見てみると、腕や足から血が出ていた。特別大きな傷なワケではないが、いくつも出来ている。『かまいたち』だ。
「じゃあどーすんだよ!攻撃出来ねえじゃんかよ!」
「あの羽が無くなればこっちのものだ。身体よりも羽を狙え」
そう言うとファングは走り出した。ヴェキラスに一番近い建物の上に行くと、そこから炎を連射した。ヴェキラスも一応押されてはいるが、羽が取れるとまではいっていないようだ。ファングの放った炎で、一面煙だらけになった。煙の向こうでチラリと何かが動いたのが見えた。その瞬間、物凄い勢いで何かがファングを下に叩き落とした。
ヴェキラスの腕だ。やはりあの攻撃だけで死ぬ程弱くない。
「くそっ・・・!」
もう一度炎を出そうとするが、上手く出ない。出るのは灰色の煙と少しの火だけだった。
「ファング!どうしたんだよ?」
「・・・喉痛くなって出ねぇ・・・」
一度にあまりに多くの炎を出しすぎたせいだろう。ファングの身体は、まだそのレベルには到達してないようだ。いくら身体が炎を出せる造りになっているとは言え、やはり限度がある。途方に暮れている時間すらない。しかしファングの炎でも倒れなかった奴だ。人間の攻撃で倒れるはずが無い。
だが拓羅は納得出来なかった。自分の両親が殺されるかもしれないのに、自分はこんなところで降参だなんてそんなものは彼自身が許せなかった。
拓羅は殴りかかろうと走り出した。ファングの止める声が聞こえたが、構わなかった。拳を握り締めた時、後方から足音がした。だがファングのではない。拓羅の横を足音の持ち主が通っていき、ヴェキラスの前に立った。まだ煙が少しあったため、その姿はハッキリとはわからない。
「お、おい危な・・・」
拓羅はその者に手を伸ばす。しかしその時、辺りは冷気に包まれた。伸ばした手を引っ込め、反射的に目を瞑った。




