第29話 『事情』5
――――マンションへ帰ると、楓の家の前に拓羅が座り込んでいた。首が少し上下に揺れている事から、眠っているのがわかった。
「・・・何してんのコイツ」
楓が吐き捨てるように言った。言いながら足で突付く。その時、マヌケな男はハッと目を開けた。
「うおっ!びっくりした・・・」
「こっちのセリフだ!何してんのよ人ん家の前で!」
「べっ、別に変な事なんて考えてないぞ!待ち伏せして驚かそうなんて考えてないぞ!ましてや夜這いなんてもっての他・・・」
「あっそ。考えてたんだね。めっちゃくちゃ変な事考えてたんだね。・・・この変態男が!」
楓はそう言いながらしゃがみ込む。そして同じ目線になった拓羅の頭を小突いた。
「いてっ・・・くそっ・・・しまった・・・!」
「しまったじゃない!本当の用は!?何?」
「・・・・・・め・・・飯、作ってくれ・・・」
「・・・は?んなもん自分で作りゃいいじゃん」
「違ぇんだよぉ!作ってみたんだよ!でも真っ黒焦げになっちまってさぁ・・・」
「そういう子犬みたいな目で見な・・・」
「頼む!」
楓は深いため息をついたが、しぶしぶ中に入れた。
「っていうかさ、飯作れって言われてもあたしも今日コンビニ弁当なんだけど」
「じゃあ金くれ!」
「あほ!あたしはお前の保護者か!」
「・・・じゃあ・・・楓の飯分けて・・・?」
拓羅はさっきのように上目で見た。彼は気付いていないようだが、楓は拓羅のこういう「捨て犬顔」に弱い。そんな目で見られては断れない。
「・・・あーもー!じゃあいいよほら!」
楓は上着を脱ぎ捨てて、テーブルの上にコンビニの袋を置いた。
「おぉッ!さんきゅー楓!」
そしてもくもくと食べ始めた。楓も拓羅と向き合う形で椅子に座った。誰かが見ようが見まいが、拓羅はそんなこと御構い無しだ。ペースを全く変えずに食べまくる。時々、「美味ぇ!」という声があがる。
そんな拓羅を見ながら、楓が口を開いた。
「・・・・・・いいよ。中国、行っても」
丁度その時拓羅はお茶を飲んでいた。だが吹き出したら後からどうなるかわかったもんじゃない。吹き出さないのに苦労した。口の中に入っている物を全て飲み込むと、楓を見た。
「いっ・・・いいのか・・・?マジでいいのか?」
「マジでいいって。なんか・・・もうどうにでもなれって感じだし」
「でも・・・行ったらまたお前・・・もしかしたら・・・」
「自分から言い出したくせに・・・」
楓は意地悪な笑いを見せた。そして続ける。
「約束、守るんでしょ」
拓羅は楓の口から出た優しい声と言葉に驚いた。少し返事に困ったが、「ああ」と頷いた。
「・・・あ、でも一つ。条件、付けてい?」
「なんだ?」
「日数出来るだけ・・・、本ッ当に短くして」
「ああ。わかった」
また頷き、ファングを見る。
「ファングも行くよな?」
「二人が行くんなら行く!」
ファングはもう食べ終わっていた。その場に座って二人のやり取りをじっと見ていたようだ。
こうして、中国行きは決まった。




