第25話 『事情』3
「かーえーでっ!どーだったんだ?拓羅と仲直りしたのか?」
「・・・・・・ほっといて」
「・・・ハイ・・・」
拓羅の家から戻ってきた楓は、靴を脱ぎ捨て、部屋に閉じこもった。それからもう四時間が経過していた。
(腹減ったぞ・・・)
今は午後九時だ。いつもの夕飯の時間はもうとっくに過ぎている。流石にファングも腹が減ってきたようだ。
「か・・・楓?その・・・オレ・・・腹、減ったんだけどさ・・・」
すると、凄い勢いでドアが開いた。不機嫌そうな顔で出てきた楓は、キッチンへ行き、棚を開けてファング用のドッグフードを専用の皿に盛った。無言でファングの前に出す。そしてまた自分の部屋に戻り、ドアを閉めた。所要時間は三十秒だった。
「・・・・・・早ッ・・・」
しかし、やはり三十秒は三十秒。いつもより大分ザツだった。ドッグフードが台所からファングの足元まで散乱している。ファングはそれさえも拾って食べた。
(勿体ねぇ勿体ねぇ。美味ぇ美味ぇ)
そう思いながらボリボリと食べた。
その日、楓は自分の部屋の椅子に座ったまま朝まで起きていた。その間時々目を長く瞑ることはあっても寝る事は無かった。楓の中に「どうせ明日は休日だし」と言うヤケクソな気持ちがあったからなのかもしれない。
翌朝七時頃。
楓の部屋の外からは、あくびまじりに彼女の名前を呼ぶファングの声がしていた。
「楓ー?起きてるか?入るぞ」
その声に楓は一瞬ピクンと動き、ドアの方を見て返事をした。部屋に入るとファングは少し驚いた。そこには今まで見た事の無い、椅子に座ったままボーッとしている楓が居た。
「・・・楓・・・?どうした?」
彼女が喋りだすまでには時間が要った。
「・・・・・・・・・ファングー・・・」
「ん?何だ?」
「・・・もー無理」
「えッ!どどどどうかしたのか?調子悪いのか?腹痛いのか?頭痛いのか?」
ファングの対応は、久しぶりに孫に会った祖父のようになっていた。
「もー無理なの!とにかく無理なのっ!」
「な、何がだ?一体どうした?」
「だってさぁー・・・そんなのさぁー・・・・・・ねぇ?」
「ねぇ?・・・って言われても・・・」
「だって帰ろっつったって無理に決まってんじゃん!ファングのばかっ」
「えっ・・・オ、オレ?」
「もーヤダ!ホンットヤダ!マジでヤダッ!」
「・・・大丈夫かお前?もしかして酔ってんのか?」
「酔ってないもーん!タクがばかなだけだもんねーっだ!」
「拓羅?」
返事はなかった。
「拓羅が何か言ったのか・・・?何言ったんだ?アイツ・・・」
ファングは考えた。楓をこんな風にさせる言葉とは一体何なのだろうか。そして拓羅は何故そんな言葉を楓に言ったのか――――。
考えていると、ゴン、という鈍い音が静かな部屋に響いた。ビックリしたファングが慌てて楓を振り向くと、彼女の顔と机が正面衝突していた。
「ぶっ・・・ぶつかっ・・・楓・・・?い、痛くないのか・・・?ってか・・・もしかして寝てんのか・・・?て事はさっきの、寝言か・・・?」
(それとも・・・本心か・・・?)
ファングは真剣な顔で、スヤスヤ眠る楓を見た。その寝顔は、彼女の年齢よりももっと幼く見えた。そんな安心しきった寝顔を見て、ファングは少し微笑んだ。
(・・・まだ十八だもんなぁ・・・・・・)
人間の歳で言えばファングは二十八歳。丁度楓達より十歳上だ。
(拓羅は・・・コイツに何言ったんだ・・・?)




