第24話 『事情:楓vs拓羅【最終ラウンド】』
あれから三日過ぎた。楓と拓羅は顔を合わせる事あっても会話をすることはなかった。今まで二人は大声で喧嘩する事はあっても沈黙続きなのは一度たりとも無かった。クラスメイトも、二人の近くにはとてもじゃないが寄れなかった。
こういう事の方が対処に困る。ピリピリとした空気は、それを感じ取ったファングにもストレスが溜まるくらいだ。と言うより、逆にファングの方が二人よりもストレスに感じているだろう。気を使っていないといつ爆発するかわからない。
(なんかこの頃二人ともコワイぞ・・・)
ファングは楓を恐いと思う事は多々あったが、拓羅を恐いと思う事は全く無かった。だからこそ今回は余計に恐い。
そんな生活も一週間を迎えようとしている頃だ。朝、拓羅の家のチャイムが鳴った。
「ほいほいほいっ」
急いでドアを開けると、目の前には楓が居た。
「お・・・おう楓ッ!・・・どうした・・・?」
「ちょっと言いたい事があって・・・、来た」
彼女は自分よりも少し背の高い拓羅の顔を、目だけで見上げた。
「そかそか!・・・あっはっはっは!・・・と、とにかく入れよ」
楓を中に入れ、拓羅はドアを閉める。そしてまた、前に話をした椅子に座らせた。
「で、言いたい事・・・って?」
手を組み、自分の前に居る楓を見るが、相手は拓羅の顔を見ようとしない。下を向いたままだ。そしてそのまま口を開いた。
「・・・・・・あたしの家にも・・・行くの?」
それは拓羅としては予想外の言葉だった。彼はてっきり、「言いたい事」と言うのは自分を怒りに来た事だと思っていたからだ。そして驚きの顔のまま言った。
「中に入らないとしても、まあ行くのは俺ん家だから・・・すぐ近くには行く、かな。でもちょっと帰るだけだし・・・」
楓はやっと顔をあげた。しかしやはり嬉しそうではない。少し悲しそうな笑いを見せ、「やっぱり・・・」と呟いた。そしてすぐにいつもの顔に戻り、キッパリと、「行かない」
と言い放った。
拓羅も「やっぱり」と言う気持ちだった。ここで折れる事も出来るが、そうしてしまったら約束が守れなくなる。彼は大喧嘩覚悟で言った。
「楓、頼む。お前ん家には入る事絶対ねえから!」
「入んなくたってあんな小さな町じゃわかるに決まってんじゃん!」
「あっ・・・わかった!じゃあ変装して行こう!」
「・・・バッカみたい。そんなに行きたいんなら一人で行けばいいじゃんッ!タクの家に行くのにあたしが行く必要なんてどこにもないし!」
「お前連れてくって約束なん―――――」
失言してしまった。こんなところで言うつもりではなかった。また今度改めて言おうと思っていた事だった。拓羅は気付くな、と祈ったが、楓が気付かないわけが無い。
「・・・約・・・束?なにそれ・・・」
「違・・・」
「誰とッ?」
「・・・お・・・親・・・」
「いつ?」
「・・・中一ん時・・・」
「・・・あたしらがこっち来た時じゃんか・・・。え、じゃあ隠してたわけ?六年間も?」
「ゴメン・・・その・・・また今度話そうって」
「隣に住んだのもその為?」
「え?」
「あたしの様子うかがってたの?そんで待ってたってわけ?あたしがあの事忘れるの待ってたわけッ?」
「ちょっ・・・ちょっと待てよ、俺はそんな事」
「じゃあなんでもっと早く言ってくんなかったの」
「違うんだって!あの・・・」
「何が違うの。っていうかまた今度話そうって、普通順番逆じゃないッ?」
「・・・俺だって悩んでたんだよッ!だけど言わなきゃ駄目だろッ?約束の事お前に言わなかったのは悪かったよ!謝るよ!でもっ・・・じゃあ黙って行ってもよかったのかよッ!!?」
机が大きな音を立てた。拓羅が殴ったのだ。その場所には大きく穴が開いていた。しかし楓も怯まず言った。
「何よそれッ!それで謝ってるつもりッ?そんな投げやりな謝り方で許してもらえるとでも思ってんの?」
「だから悪かったって言ってんだろ!」
「開き直ってるし!最ッ低!別に行くなら黙って行きゃいいじゃん!っていうかそんな約束してまでタクに一緒に来てもらわなくなってよかったよ!」
「・・・・・・」
「・・・あたしはタクに頼んだわけでもないし!そっちが勝手についてきたんじゃんかっ!それなのに何!?自分は可哀相に悩んでた、みたいな言い方してさぁっ・・・」
「そんな言い方してねぇよ!」
「してんじゃんか!・・・あたしはあんなとこから離れて忘れるためにこっち来たの!なのになんでまたノコノコ帰んなきゃなんないの!?」
「・・・・・・悪ぃ・・・・・・。ホント、ごめん・・・」
拓羅は座ったまま頭を下げた。楓の動きも止まる。こんな拓羅を見るのは初めてだった。いつもの謝り方とは全く違う。それを見てしまってはもう怒れない。楓は黙って一生懸命に言葉を探した。しかしいい言葉が見つからない。
「・・・・・・今日・・・もう帰る・・・・・・」
首の後ろに手を回しながら言った。そして気まずい雰囲気を抜け出す。拓羅は頭を下げたままだ。
ドアの開く音がして、少し時間を置いた後に閉まる音がした。




