第2話 『雪山』
ある日、楓の家のチャイムが鳴った。その日は日曜だった。朝からチャイムで起こされた楓は、少々不機嫌になりながらもドアを開けた。
そこに居たのは、普通の少年だった。見た感じでは楓より何歳か年下だ。
ごく普通の少年だが、この少年によって、この物語は本当の始まりを迎える。
「・・・助けてください」
少年の第一声はそれだった。案の定、楓には何の事だかさっぱりわからない。頭の上に「?」マークを並べ、眉をしかめた。
「・・・・・・はい?」
「あのっ・・・ここ、困ってるの解決してくれるって聞いたので・・・」
「・・・誰が言ったのそんな事」
「隣の家の人」
「・・・あんのヤロー・・・」
楓と拓羅の家は、隣同士だ。つまり「隣の家の人」とは拓羅の事だった。
どちらも一人暮らしだが、隣の住人―――拓羅の事だ―――は年中無休で動き回っている為、一人暮らし、という感じは全くしない。
「・・・んー・・・まぁいいや。とにかく入って」
「ありがとうございます!」
少年はにっこりと笑うと、中へ入った。
「で、何をどう助けてほしいの?」
楓にそう聞かれ、うつむきながら話し始める。
「・・・僕の家の近くに山があるんです。その山、年中雪が積もってる変な山なんですけど。それで、家で犬を飼ってて、ハスキーなんですけど。雪山に連れてったら喜ぶかと思って行ったんです。最初は良かったんですけど、途中で雪が急にひどくなって・・・」
「犬とはぐれたから探してくれ、ってとこ?」
楓がそう言うと、少年は少々驚いた顔をして頷いた。
「そうです・・・!お願い・・・できますか?」
「まぁ話聞いちゃった以上はしょーがないでしょ。それってどこ?」
「札幌です!」
場所を聞いた途端、楓の動きが止まった。何せ、ここは愛知県だ。札幌に行くのに一体いくら掛かるだろう。
しかし、動きが止まった時間はほんの一瞬だった。楓にはソラがいる。事情を説明するため、楓はソラの居る所へ向かった。
「ソラーッ札幌にひとっ飛び・・・・・・」
ひとっ飛びは出来なかった。何故なら、ソラは3日前から風邪をひいていたからだ。しかも今回の風邪はタチが悪く、入院中だったのだ。楓はそれをすっかり忘れていた。
ソラは、体が弱まると大きくなれない。あの大きさは健康な体だからこそ保っていられるのだ。弱っている時は、中型犬程の大きさでしかなくなる。
こうして楓は、飛行機で行かざるを得なくなった。
午前4時。
今札幌居に着いた。何故かそこには、三人の人間が立っていた。
白い息を吐きながら、楓がノロノロと口を開いた。
「・・・タクはなんでここに居んのかな?」
「なーに言っちゃってんだよっ!楓が行く先は、俺の行く先なの!楓の行く先なんてすぐわかっちゃうんだよーん」
そんな事を言っているが、本当は楓の家での話をこっそりと聞いていたのだった。
ビュービューと風が吹く中、楓は言葉が出なかった。寒さで唇がかじかんでいるわけじゃない。拓羅の発言に呆れて言葉が出なかったのだ。
そのせいで、楓の周りにはピリピリとした空気が漂っていた。
そんな中、少年がビクビクしながら言った。
「あ・・・あの、じゃあこっち来てください。とりあえず建物の中に荷物を置いて、またここに戻ってきてください」
楓も拓羅も頷き、言われた建物の中に各自荷物を置いた。
そして最低限要る物だけを持ち、さっきの場所へ戻った。そこからしばらく歩くと、雪山が見えてきた。
本当に真っ白だった。ノリを巻いていないオニギリのようだ。
「ここです。ほら、吹雪が凄くないですか?」
確かに凄い。山の周りをぐるぐると回るようにして、雪が渦巻いている。
しかし、楓は一つの疑問を覚えた。
「・・・ねぇ、どうしてあの吹雪、こっちに来ないの?」
「ああ。特殊なバリアが張られてるんですよ。あんなに凄い吹雪に攻め込まれたらこっち側の被害はとんでもない事になる・・・。だからこうして来ないようにしてあるんです」
「なるほどねぇ・・・」
楓は納得し、頷きながら言った。
その時突然、誰かが二人を後ろから捕まえてきた。ゴツゴツした手だった。
二人はそのまま、バリアの向こう―――雪山側へと放り投げられた。
「・・・・・・!」
ボスボスと音を立て、雪の上へ着地したが、もう外には出られなくなっていた。
「特殊なバリア、ってのはこういう事だったのね・・・」
「てめぇ!何のつもりだよこのクソガキ!出しやがれっ!!」
「タク、体力の無駄だよ」
「そーそ。そんなに怒っちゃダメだよぉ?」
バリアの外から、少年がバカにした笑みを浮かべながら見ている。さっきまでとは全くの別人に見えた。
「ざっけんじゃねぇよ!こりゃ一体何なんだよっ!?」
「くすっ」と笑った後、少年は大声で言った。
「ゲームだよ!俺が完成させた、最っ高のゲームだ!中に出てくる敵などはランダム、生きるか死ぬかは自分次第!勿論命がけのイベントもあるぜ!」
「じゃあテメッ・・・犬の話は・・・」
「嘘に決まってるだろ?あんな話真に受けてたのか?・・・ははっ!傑作だな!」
ゲラゲラと笑っている。そして続けた。
「あ、それからね、これ、命の保障は本っ当に無いから。これで生き抜いたら認めてやるよ」
少年は、そう言い残し、建物の中に入っていってしまった。
「認めてやるってなん・・・・・・・・・くそ。行っちまった」
「まぁ、ずっとここでこうしててもしょうがないし、とりあえずは雪を遮れる場所探した方がいんじゃない?」
「・・・そうだな」
そして話し合いの結果、雪山で別々になるのは危険なため、一緒に探す事にした。
「楓、大丈夫か?」
「何が?」
「・・・や、寒くないかなーっと思って」
「大丈夫だよ。それにタクのが薄着じゃんか」
笑いながらそう言うと、少し前に出た。
それは楓の「癖」だった。考え事などをしている時には、拓羅より一歩前に出てしまう癖がついていた。その癖のことは、拓羅も良くわかっていた。
「なーに考えてんだ?」
「・・・へ?なんで・・?なんも・・・・?」
「嘘付け。お前は考え事してる時には、癖もあるけど目つきも変わんだぞ」
自分も知らない事を拓羅に言われ、一瞬ギョッとした顔で見た。
「・・・・・・・・・いつ見てんのそんなとこ・・・」
ため息まじりで楓が言うと、拓羅は白い歯を見せてニカッと笑った。
「で?何考えてんの?」
「・・・何、って言うか・・・特殊バリア・・・」
「バリア・・・って、あの?」
「そ。だってあれ、普通に考えておかしくない?」
「え?そうなのか?」
「・・・話すのやめてもいいかなぁっ!」
「やっ、ちょっと・・・マジでわかんねぇの!お願い!教えて!」
笑いながらもちょっとキレかけている楓に向かい、拓羅は顔の前で手を合わせた。いわゆる「お願いポーズ」だ。
そんな事をされてしまったら、楓の性格上放っておけるはずがない。しぶしぶ話し始めた。
「・・・・・・あのバリア、建物側から入る事は出来てもこっち側から出る事は出来なかったでしょ・・・?」
「・・・・・・あっ、そっか!だから・・・」
「うん。あんなの誰が造れる?」
「わかんね。・・・あれ?んじゃあダメじゃん!」
「は?」
「じゃあ誰が造っ」
「だーかーら!それがわかれば苦労しないでしょーがっ!」
そんな情けない会話を繰り返しているうちに、雪から身を守るのに適当な洞穴を見つけた。二人して安堵のため息をつき、中に入った。中は特別広いわけではなかったが、二人なら少し余裕があった。
中に入ってホッとした途端だった。
すぐ近くで物凄い音がした。爆発音ではないようだが、それに近いような音だ。しばらくは地面が揺れたような気がした。
落ち着いてから外に出てみると、白いスモークに包まれた、犬のような生き物がいた。
そのスモークも、やがて吹雪によって掻き消された。出てきたのは、「犬」と言うより「ケルベロス」と言った方が確実に近い生き物だった。
頭から背中まで長い毛があり、四本足全てと尻尾の付け根には、黒くて太い枷のような物が付いていた。そして走ってきた二人を何秒か見つめた後、ソイツは口を開いた。
「お前ら、カエデとタクラか?」
「え?あ・・・や・・・。そう、だけどなんだよ?」
オドオドしながら拓羅が言うと、ため息をついた後、
「・・・ガキか」
と呟いた。それを聞いた拓羅は、目を見開いてソイツを睨んだ。
「なんだとコラ!俺らがガキならテメェは何だよ!?犬ッコロじゃねぇか!この犬犬犬・・・」
「ムッ!敵!」
「って聞けよテメェ!」
拓羅の言葉を無視し、ソイツは口から炎を吹き出した。後ろから迫っていた敵の腹に炎を命中させ、ものの数秒で倒した。そしてもう一度二人の方を向きなおし、口を開く。
「さて、と。遅れたな。オレはファングだ」




